第76話・沈黙×合意

 花嫁選抜コンテストの第一審査が終わった後、会場では宮下先生と渡の料理審査に対するコメントが行われていた。


「いやー、どれも満足のいく料理の数々でしたけど、宮下先生はどうでしたか?」

「うむ。どれもそれぞれに味があって素晴らしく、私の予想を遥かに上回る大満足な内容だった」


 宮下先生はその言葉のとおりに本当に満足しているようで、その表情はとても至福に満ち溢れている。


「本当に美味しかったですね。宮下先生は誰の料理が一番気に入りましたか?」

「そうだな……如月は和を中心とした料理でその出来栄えは見事だった。和食は塩梅の調整が難しいがそれも絶妙で、よほど和食について勉強し、練習を積み重ねたのだろう。料理の一つ一つにその努力の成果が現れていた。これほどの和食にはなかなか出会えるものではない」


 何だかんだでしっかりと料理を味わっていたようで、解説としてはこれ以上無い程にまともな事を言っている。


「では宮下先生は、如月さんの料理が一番お気に入りだったと言う事ですか?」

「いや、確かに如月の和食も良かったが、水沢の料理も素晴らしかった」

「今回の料理審査の大本命と言われてましたからね!」

「うむ。如月とは対照的に洋風のチョイスではあったが、そのどれもに水沢の溢れ出る料理センスが光っていた。特にメインであるところのハンバーグは絶品だったな。ちなみにどれだけの者が気付いたかは分からないが、あのハンバーグ、繋ぎにはおからを使っていた。大豆のほんのりとした香りが素晴らしく、洋のテイストに和を取り混ぜた絶品だったな」


 ――宮下先生すげーな……俺も何となく普段のハンバーグと違う事には気付いてたけど、その正体がおからだとは気付かなかった。


「ではやはり、大本命だった水沢さんが一番お気に入りだったと?」

「いやいや、鳴沢も篠原も涼風も良かったぞ。はっきり言って、高校生にしては十分に高いレベルだったからな。そもそもこの三人はだな――」


 食べた料理がよほど美味しかったからか、宮下先生はそこから約10分くらい饒舌じょうぜつに出された料理の話を続けた。

 言っている事は至極まともで良かったのだけど、最終的に宮下先生が言いたかった事は、どれも良くて一つには決められない――と言う事だ。

 それから宮下先生による料理審査のコメントが終わったところで、次の審査へと移って行く事になった。そう言えば事前情報で審査は第四審査まであると聞いていたが、こんな進行具合で間に合うんだろうか。

 進行の遅さが心配になってホールにある大きなデジタル表記の時計版を見ると、既に午後15時47分を表示していた。


「えー、たった今、花嫁選抜コンテスト実行委員からお知らせが届きました。内容を読みますねー」


 そんな心配を俺がしていると、渡が生徒会役員から届けられた通知を開いて内容を見始める。


「――えー、皆さんに残念なお知らせです。この後、第二審査、第三審査、第四審査と続くはずだったこの花嫁選抜コンテストですが、料理審査に時間を取られ過ぎた事により、第二、第三審査をするのが時間的に不可能との判断に至った為、次が最終審査となります!」

「「「「ええ――――っ!?」」」

「ふむ、残念な事だが、時間がないのでは仕方ないな」

「ですねー。でも何でこんなに時間かかっちゃったんでしょうかね?」

「まったくだな」


 不思議そうに顔を見合わせる渡と宮下先生。

 いや、ここまで時間が足りなくなったのは、間違い無く渡と宮下先生のせいだろう。まあ当の本人達は微塵もそう思っていないみたいだけど。


「まあまあ皆の衆、そう騒ぐでない。最終審査はこのコンテストを締め括るに相応しい内容だ! ねえ、宮下先生!」

「うむ。期待してもらっていいだろう」


 何とも自信満々な表情の宮下先生。いったいどんな審査を最終審査に持ってきている事やら。

 こうして先の事が決定すると、審査を受ける五人は最終審査の準備の為に一旦控え室へと戻って行った。それと同時に生徒会役員も最終審査の準備へと移行して行く。

 正直、第二審査と第三審査が何だったのかは非常に気になるところではあるが、それは後で渡にでも聞けばいいだろう。

 特別審査員席をステージ下の方へと移した俺達がしばらく最終審査開始を待っていると、生徒会役員達がホールの出入口からステージ上まで伸びる真紅の絨毯を敷き始めた。そんな様子を見ていったいどんな審査が始まるのだろうかと思っていると、突然ホールの照明が全て消え、その暗闇に生徒達がざわめき始める。

 そしてしばらくすると突然スポットライトが点き、その光が解説席に居た渡に浴びせられた。


「待たせたなみんな! いよいよ最終審査だ!」


 高らかに最終審査開始を宣言する渡。その言葉を聞いて、今までに無い程の元気な声で盛り上がる生徒達。


「よーし、それじゃあ最終審査を受ける花嫁達の登場だー!」


 渡がそう言うと、浴びせられていたスポットライトが消え、別のライトがホールの出入口を照らし始める。それと同時にホール内に音楽が流れ出した。


「これは……」


 ホール内に流れ響いているその音楽は、よく結婚式のある場面で聴く音楽だった。新郎新婦が入場する時とかに流れる定番のやつだ。

 そしてその音楽が流れ始めてから数十秒後、スポットライトに照らされて、五人が一人ずつ真紅の絨毯の上を歩いて入って来た。


「す、すげえ……」


 スポットライトを浴びながらステージへと向かって来る五人を見て、俺は一言そう言葉を漏らす。

 ホールに居た生徒達も入場して来るウエディングドレスを着た五人の姿に目を奪われているのか、静かにその様子を見守っている。その姿は例えようも無い程に綺麗で、ドレスの純白が途方もない清純さを醸し出していた。

 そんな五人が真紅の絨毯の上を通ってステージ上に並ぶと、その煌びやかさは一層際立ち、彼女達の艶やかさが眩しくも感じる。

 衣装を変えただけでこうも印象が違うんだから、女性ってのは恐ろしいもんだ。もちろん良い意味で。


「さてさて、ステージ上に並んだ五人の花嫁達はどうだみんな! 最高に美しいだろう!」

「「「おお――――っ!」」」


 その言葉に沸き立つ生徒達。まあ主に興奮しているのは男子生徒で、女子生徒の多くは静かに恍惚の表情を浮かべてステージ上の五人を見つめている。

 前に花嫁衣裳がステージ上に並べられた時も女子達は恍惚の表情を浮かべていたが、今回は少し違った感じだった。

 やはり実際に人がウエディングドレスを着ているのを見ると、リアルに自分へ置き換えて想像ができるのかもしれない。

 きっと彼女達の頭の中では、ドレスを身に纏った自分と好きな相手が並んでいる姿でも見えているのだろう。それが片想いの相手なら微笑ましいと思えるが、それがリアルな彼氏だとしたら、爆発しちまえと思ってしまう。


「それじゃあ五人が出揃ったところで、最終審査の説明を宮下先生からしてもらうとしよう。ではどうぞ!」

「うむ。この最終審査は単純明快。ステージ上に居る五人には、意中の相手に対して告白をしてもらう」

「「「「ええ――――!?」」」」


 ステージ上に居る杏子を除く四人が驚きの声を上げる。

 いったいどんな事をするのかと思ったが、かなりハードルの高い審査だ。

 宮下先生の発言は相当の衝撃を与えたようで、それはステージ上の人物はおろか、ホールに存在する生徒達までが驚きの表情を浮かべながらざわついている。

 ただ一つ不思議なのは、審査の当事者である杏子がわりと平然としている事だ。我が妹ながら、肝が据わっていると言うか何と言うか。


「今の世の中、ただ意中の男性から告白されるのを待っているなど駄目だ。女性が男性を待っている時代は既に終わった。本当に好きな相手なら、自分から心を奪いに行くくらいの気概がなければいけない」


 珍しく熱く語る宮下先生。何か色恋沙汰で思い入れでもあるのだろうか。


「では宮下先生、ステージ上の五人には、好きな相手を前にして告白をしてもらうと言う事ですか?」

「いや、これはあくまでもコンテストだ。わざわざ本人を呼んで告白などさせないさ。本人を前にした告白は、自身の気持ちが決した時に行われるべきだ。ゆえに本当の告白は、こんな場所で見世物にすべきものではない」

「となると、五人には意中の相手を思い浮かべながらその想いを語ってもらうと言う事でしょうか?」

「まあ、そう言う事だな。もちろん無理強いはしない。この審査が無理と思うなら、棄権してもらっても構わない。どうかな?」


 真剣な表情でステージ上の五人を見る宮下先生。しばらくホールの中に沈黙が流れる。


「…………どうやら棄権する者は居ないようだな。では、最終審査の開始だ!」


 こうして五人の沈黙の了承をもって、花嫁選抜コンテストの最終審査が始まる事となった。

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