第68話・ウソ?×ホント?
花嫁選抜コンテストの出場受付が始まってから六日目。
お昼前の小休憩時間。二年生の教室が並ぶ三階の奥にある生徒会室を覗きに来ると、開け放たれた廊下側の窓から生徒会役員の忙しなく働く姿が見えた。
昨日でコンテストの出場受付も終わり、今日は生徒会が朝から出場者一覧を張り出す為の出場者確認作業に追われている。
先生の話によると、生徒会の作業が終わり次第、自薦他薦を含めた出場予定者一覧が各学年がある階の掲示板に張り出されるとの事だ。いったいどれだけの人数が出場しようとしているのかは分からないけど、生徒会の忙しさを見れば結構な参加希望人数なのは間違いないだろう。
「鳴沢くん」
廊下から生徒会の人達が忙しく働く様を少し見ていると、不意に名前を呼ばれてその方向を振り向いた。
「あっ、し――じゃなかった。霧島さん」
「よろしい」
未だに霧島さんに会うと、つい四季さんと言ってしまいそうになる。その度に霧島さんには厳しい表情をされてしまうのだが、しっかり言い直すとこの様に笑顔を浮かべてくれる。
「ところで、鳴沢くんはここで何をしているの?」
「いや、別に何かある訳じゃないけど、生徒会は大変だなーと思って見てただけさ。そう言う霧島さんはどうしたの? こんなところで」
「私は今度のコンテストで記録係を頼まれているのよ。つまりは関係者ね」
それを聞いた俺は霧島さんに近付き、誰にも聞こえないくらいの小声で言葉を発した。
「それって取材部の活動?」
「いいえ。今回は生徒会から受けた依頼だから、そっちとは無関係よ」
それを聞いた俺は霧島さんから程良い距離を取り、再び普通に会話を始める。
「そっか。でも記録係って何をするわけ?」
「私の役目はコンテストに関する経過、及びその状況を映像や写真に収めていく事よ」
なるほど。つまりコンテストを目に見える形で記録するって事か。
「そっか。じゃあ霧島さんて、カメラの扱いとか上手なんだ」
「まあ、色々やってるからね」
霧島さんの言う色々やっているというのは、取材部での活動を示しているのだろう。
取材部ってカメラとかの扱いに慣れてそうなイメージがあるから、それを考えると彼女が記録係として選ばれたのにも納得がいく。
「じゃあ霧島さんはカメラの腕が良いから生徒会に頼まれたんだね」
「確かにカメラの腕には多少の自信があるけど、私は自分の特技や趣味を誰にも言った事は無いわよ?」
「えっ? そうなの?」
――でも待てよ、そうなるとおかしいよな……。霧島さんが自分の特技を話してないのに、何で生徒会はピンポイントで霧島さんに記録係の依頼を出したんだ?
霧島さんが発したその言葉を聞いて、俺は妙な違和感を覚えてしまった。
そしてその違和感について少し考えた後でそのおかしな点に気付き、それを確かめてみようとした。
「……ねえ、特技や趣味を誰にも言った事が無いって本当?」
「どういう意味かしら?」
俺は疑問に感じた事を霧島さんに素直に話してみる。
すると霧島さんは黙って話を聞きながら、何やら笑顔を浮かべてウンウンと頷いていた。
「――なるほど。言動の細かな矛盾に気付いたのね。そう、私は本当は生徒会に依頼されたんじゃなくて、理事長に依頼されたのよ」
そう言うと霧島さんは小さく両手の平を叩いてパチパチと拍手を送ってきた。
霧島さんがこう言っているという事は、少なくとも理事長は霧島さんが取材部の四季であると知っているという事になる。
「どうも普段の活動が活動だからか、話の中で細かく嘘をつく癖がついちゃったみたいね」
そう言ってふうっと息を吐き出すと、霧島さんにしては珍しく苦笑いを浮かべていた。
取材部の四季さんとしての活動がどんなものなのか、俺にはまったく分からない。
前に彼女が言っていた事だけど、綺麗ごとでは済まない事も多いのだろう。つまり嘘をつくと言うのは、彼女にとって取材部の四季であるという自分の素性が知れるのを防止する役目もあるわけだ。
「因果なもんだね」
「そうね。でも、自分で選んだ事だから」
そう言ってにこっと微笑む霧島さんは、自分が選んだ選択に後悔はしていないようだった。それは立派な事だと思う。
「凄いね、霧島さんは。俺は自分で選んだ事でも後悔してばっかりなのに」
「それでいいのよ。人って本来そういうものだから。でも、ありがとう。褒めてくれて」
「あ、いや……」
普段は同い年にも関わらず大人びている霧島さんだが、この時に見せた笑顔は初めて歳相応だと感じた。そんな霧島さんが見せた笑顔に、不覚にも少し胸キュンしてしまった。
「それにしても、私の言動の矛盾によく気付いたわね」
「あ、いや、何となく変だなーって思っただけだからさ」
「変だなと思えるところが凄いのよ。人ってね、他人の話をちゃんと聞いているようで、実はちゃんと聞いていないものなのよ。相手が話している内容の三割くらいをまともに聞いて理解していればいいくらい」
「へえ、そうなんだ」
「多くの人は相手の話の要点だけを聞いて、その話の内容を自分の中で予想して組み立ててしまうの。だから相手がもし嘘をついていても、そこになかなか気付かないのよ」
霧島さんの言わんとしている事は何となく分かる気がする。
そう言われると俺も、普段気の知れた友達との話を全部が全部まともに聞いているとは言えない。むしろ聞き逃した部分を前後の会話から予想し、勝手に内容を自分で作り出して答えている事もあるくらいだ。
「鳴沢くんは、私達の調べた内容とは少し違った人なのかもしれないわね」
「調べたって……いったい俺はどんな奴だと思われてるの?」
「そうね……ストレートな物言いをするなら、凄く鈍感な人って感じかしら」
「鈍感? 何でそういう事になってるの?」
俺みたいに物事に対して敏感な奴はそう居ないと思うんだけど、何をもって鈍感などと言われているんだろうか。
「日常の鳴沢くんを見ていれば、誰でもそう思うはずだけどね」
「日常の俺?」
そう言われて自身の日常を振り返ってみるが、どこをどう思い返してみも、鈍感というキーワードに当てはまる出来事など思いつかない。
「ふふっ。どうやら私達の調査も、あながち間違いではなさそうね」
過去の記憶を思い出しながら首を傾げていた俺に向かい、霧島さんは大きく息を吐き出してそう言うと、横を通り抜けて生徒会室へ入ろうとする。
「ねえ、どういう意味か教えてよ」
そう言うと霧島さんはこちらを振り返って俺に近付き、耳元でこう囁いた。
「だーめ。これは鳴沢くん自身が自分で気付かないと。そうじゃなきゃ、みんなに失礼よ?」
そう囁いた霧島さんは、俺から離れて生徒会室へと入って行こうとしたが、再び足を止めてこちらを振り返った。
「鳴沢くん。人が発する言葉に真実だけがあるのは珍しいの。だから、私の言葉も疑ってかかった方がいいわよ?」
そう言ってクスクスっと笑うと、霧島さんはそのまま生徒会室へと入って行った。
――つまり要約すると、私はよく嘘をつくから気をつけろって事か? 相変らずよく分からん人だな……。
それにしても、霧島さんが言っていた『みんなに失礼よ』って言葉が気にかかる。
まあ去り際の発言を聞いた後だと、それすらも彼女が俺を煙に巻く為に言ったトラップなのかもしれないけど。
「あっ、やばっ!」
ぼんやりそんな事を考えていると、小休憩が終わりを告げるチャイムが学園内に響き渡る。
それを聞いた俺は、急いで踵を返して自分の教室へと走った。
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