第三章 反乱軍

新たなる騎士たち


「騎士資格だけ与えて、“雇わない”なんて。ほとんど詐欺でしょうっ?!」


 ルイに恨めしげに見つめられ、ヴラマンクは苦笑する。

「しつこいな、ルイ。もう2か月も前に決めたことなのに!」


 アテネイが城に訪れてから2か月。季節は初夏に移っていた。


 サングリアルの王と、その侍従卿じじゅうきょうは、城壁の中に集う『即席』騎士たちを見渡した。ヴラマンクが各地の自警団に騎士資格を与えたため、サングリアルの騎士は一気にその数を増やしたのだった。


「それだけじゃありません! わずかに残った王家の財産だって売ってしまって……。王さまの私室のタピスリ、あれがどれほど価値のあるものか、ご存知なかったのですか!?」


「けど、あのタピスリ1枚がこれだけの騎士に化けたんだ。充分だろ?」


 王城の中庭では、1000人近い騎士たちが思い思いの装備に身を包み、先ほどからせわしなく歩き回っている。

 鉄の鎖を編んで作る鎖かたびらや、革服に無数の鉄板を縫いつけた小札こざねかたびらを着ている者が多い。騎士隊長でさえなかなか持っていない、鉄製の全身鎧を着ている騎士までいた。


「あのタピスリ1枚だけじゃありません。ずっと売らずにおいた国宝だって……!」

 語調を強めたルイの抗議を、しかし、ヴラマンクは笑って受け流す。


「だったら、買い戻せばいいさ。それぐらい、儲けているんだからな!」


「そういう問題じゃないでしょうっ!?」


 即席騎士たちが王城に集まっているのは、これから始まる競技大会のためだ。

 試合のため入城を許可された120頭ほどの馬たちが、主人と共に競技開始を待っている。10日に一度、騎士たちの技量を競う大会を開催することにして、四度目の大会だった。


「でも、いい考えだったんじゃないか? 今のサングリアル王家に1000人の騎士を雇う金はないが、たった1組分の優勝賞品で、これだけの騎士たちを訓練出来るんだから」


 競技大会に元自警団員の騎士を参加させるため、ヴラマンクは国宝の一部や、自室のタピスリをエサにした。

 すなわち、国宝を優勝賞品に、地区対抗戦を開いたのである。

 元々、娯楽の少ない庶民はこの催しに飛びついた。今では、入場料だけで大会の運営費をまかなえているほどだ。──もっとも、儲けはすべて軍備のために消えるだろうが。


 ルイが物欲しげに言う。

「……これだけ儲かるのなら、10日に一度と言わず、毎日やってはいかがです?」


「確かに儲かってはいるけどな。あんまりやると飽きられるぞ? 一体なんのために、騎馬戦、剣術、弓射きゅうしゃ、って大会ごとに競技を変えてると思うんだ」


「それも訓練のためでしょうか」


「弓射なんて、指の形が変わるぐらい訓練しなきゃ使い物にならんさ」


 弓射に関して、ヴラマンクはあまり期待をしていなかった。

 大会の狙いは、とにもかくにも騎士を増やす、それだけだ。

 ダンセイニと戦うには、騎士がどうしても必要となる理由がある。育成に最も時間と金がかかる兵種だが、欠くことのできない戦力だった。


「しかし、王さま。せっかく騎士を鍛えても、彼らと王家の間に雇用関係がない以上、戦争が起こっても、役には立たないのではないですか」


「よし、騎士資格証明書でも発行するか。騎士資格を有する代わりに、『国家有事の際は王家の招集に応じて、戦闘に参加する義務を負う』とでも書いておこう。どうせ、文字を読めるやつなんざほとんどいないだろうし、いても、今の時代の人間なら気にも留めないんじゃないか?」


 ルイは絶句した。

「栄光あるサングリアル王家が、ますます詐欺まがいの行為に手をそめていく」


 ルイは頭を抱えているが、ヴラマンクも密かに焦っていた。例え、10年間ダンセイニが待ってくれたとしても、騎士たちが馬に乗って戦えるようになるまでには絶望的なまでに時間が足りていない。

 それでも、今回のような速度のある改革を断行できたのは、サングリアルが97年に渡って余剰な国力をたくわえてきたからだった。国民が食うに困っていたら、このような催しは出来ない。


 まがりなりにも1000人もの騎士が集まり、一定の収入が見込めるのは、庶民の生活に余裕があるからだ。大会の評判が広がれば、収入を見込んで、競技大会の真似をする領主や豪商も現れるだろう。ヴラマンクもそれを望み、地方の有力者を積極的に招待してきた。


(むしろ、そうなってくれなければ、この大会は半分失敗したと言ってもいい)


 全国に散らばる1800人の『即席』騎士たちをヴラマンクがたった1人で指導するのは、さすがに無理があった。ならば、騎士たちが自分から訓練を積んでくれる環境を作るしかない。


 そんな心中の不安を見せないよう、ヴラマンクは笑顔で提案する。

「よし! 次は近隣の森へ獣狩りに行こう。乗馬の訓練にもなるし、食糧の確保も出来る。獲物が大きければ名前も売れる。まさに『1つの石で3つに当てる(フェール・デュヌ・ピエール・トロワ・ク)』最高の……」


 ヴラマンクが言いかけたその時──、


 ルイの瞳が今までになく真剣な光を帯びた。じっと見つめられて、ヴラマンクは思わずあごを引き、居住まいを正す。

「……なぜ、王さまはそこまで訓練に、戦に固執するのですか」


 一瞬、答えに窮した。


「それは──、無論、軍備は王家の務めだからだろう?」


「王さまにとってはたったふた晩ですが、100年も戦などなかったのです。──何を焦っていらっしゃるのですか」


 しっかとヴラマンクを見据える眼差しに、それ以上、答えをはぐらかすことが出来なかった。


 長い息をついて、ヴラマンクは瞑目する。

「俺の父の首は、3か月、砦の壁の上にさらされ続けた」


「……えっ?」


「その時代、北方の領土の一部は、ダンセイニによる侵略を許していたんだが、戦線は父の母方の領地にまで達してな。──やつら、そこで何をしたと思う? 男は死なない程度に痛めつけて町の外に捨て、女子供だけを殺して回ったんだ。城壁には赤子が串刺しにして並べられていたそうだ」


「な、それは……」


「無論、父は激怒し、騎士団を率いて町を奪還しに出かけたが──、結局、赤子らと同じ場所に並ぶことになった。亡骸を取り戻すのに、3か月かかったよ」


 ──淡々としたヴラマンクの話に、ルイの顔がみるみる蒼白になっていく。


「俺の弟は死んだ後、リュードの力で操られ、宮廷に戻って10人を斬り殺した。斬っても倒れない弟を止めようと、必死で応戦したよ。結局、弟が動かなくなったころには、あいつの顔は判別できないほど潰れていた。やつの母親のほうが俺の母親より位が高くてな。よく俺につっかかってきていた。顔を真っ赤にして怒る、可愛いやつだったんだけどな」


「も……、」


「まだある」

 続けようとするヴラマンクを「もう、結構です!」とルイが止めた。


 あえぐように息を吐き、ルイは問う。

「……恨んでいるのですか、ダンセイニを」


「恨む? ──いや、違うな。俺はこの道を選んだ。ただ、それだけさ。俺にはこの道しかなかった。そして、選んでしまったからには、途中で投げ出すわけにはいかなかった」


 そこでひと呼吸置いて、ヴラマンクは顔を上げた。

「それに──、愛してしまったからな」


「……どなたをです?」


「サングリアルさ」


 ルイははっと息を飲んだ。


「この城を見渡せる高台で、言われたことがあるんだ。『今、その目に見えているものが、あなたに託されるすべてだ』と。その時かな、この国を守り戦う覚悟を決めたのは」


 思わず昔語りをしてしまったことに多少の気恥ずかしさを覚えて、ヴラマンクは頬をかく。

「だから俺は、この国を守るために必要と思えることなら、何でもやる。お前たちには苦労をかけるかも知れないが──」


 と、それまで黙って聞いていたルイがヴラマンクに背を向けた。


「お、おい。──どこへ行く?」


「……どこだっていいでしょう。少し、騒がしいのに疲れましたもので」


「なんだ、またあの掘立小屋か? ったく、試合はこれからだってのに」


「ふん……」

 どこか寂しげにも見えるルイの後ろ姿を、ヴラマンクはただただ、見送るしかできなかった。

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