第5話〔5〕禍花摘み

 

 

 

 

 

 最終的に陸軍基地という場所にたどり着いた。

 

街外れの平野にある、フェンスで囲まれた広大な敷地がそれだった。

 

 小銃を肩にかけた兵隊がいる、まるで検問所のようなゲートを通過して中へ。

 

数台のオートモービルがまばらに停められていた駐車場の片すみまで進んでゆくと、モモたちが乗った車はじょじょに速度をゆるめてついには停車した。

 

 

マリー「アステルさまっ!!」

 

 

 マリーがまっ先に荷台を降りて、向こうで待っていた人物へと駆けてゆく。

 

彼女はアステルに勢いよく抱きついた。

 

アステルもまた、マリーを強く抱きしめ返した。

 

 

マリー「信じておりました!

信じておりました!

きっと助けに来て下さると、わたしは……わたしは……」

 

 

アステル「ああ、マリー……無事でよかった」

 

 

 モモやルナたちが降車してあるじのそばまでやって来ても、マリーは彼を離さなかった。

 

 

マリー「異変に気付いたのは、ほんの一週間ほど前でございます……!」

 

 

 どこか落ち着ける場所へ移動するまでも、がまんできなかったのだろう、マリーは声を大きくしてことのいきさつを語り始めた。

 

 

マリー「イゴールという男とファウネルさまがされていた話を偶然聞いたのでございます……。

“エルフは高く売れる”と……!

わたしが立ち聞きしたことに気付いたファウネルさまは、わたしを部屋に閉じこめてしまいました。

逃げようとしてもだめでございました。

そこで、持病の薬を1つぶ残して粉々にくだき、ベッドの下にまいたのでございます……!」

 

 

アステル「ああ……なんて無茶なことを……」

 

 

マリー「わたしに喘息があると分かると、ファウネルさまは部下の者に薬を買ってくるよう命じました。

わたしをオークションで売ったあとのことに気を回して、多めに買い上げてきたようでございます。

うまくいくとは思えませんでしたが、アステルさまに気付いていただくにはこの方法しか思い付かなくて……」

 

 

アステル「そうだったのか……」

 

 

マリー「競売の話を持ちかけてきたイゴールという男は、さっきの会場でオークショニアをつとめてもおりました……!」

 

 

アステル「そうか、なるほど、あれがイゴール・ブラマンテ……。

ごめんね、マリー、私がバルビエーリ・ファウネルの本性を見抜いてさえいれば、こんなことにはならなかった……」

 

 

マリー「いいえ、アステルさま!

わたしは信じておりました……アステルさま。

どんなことがあろうと、アステルさまが必ず迎えに来て下さると……!

わたしは……わたしは……、わあぁぁ!」

 

 

 マリーは口早に言い尽くすと、アステルの胸の中で声を上げて泣き出した。

 

思えばずっと、そのことだけを心のよりどころにして、彼女は耐えがたい仕打ちを耐えてきたのだった。

 

事実、マリーは今まで一度たりとも泣き言をこぼしたり、あきらめたりはしなかった。

 

窓のない部屋に閉じこめられたり、オリの中に押しこまれたり、手かせをはめられて売り物にされそうになったりしても、売り値の決まるその瞬間まで彼女は、アステルを信じて待っていたのだ。

 

そうして本当にアステルが現れ、仲間が現れ、あの建物から脱出を果たして、ようやく彼女は悪い夢から覚めたことを悟った。

 

 今、アステルに抱きついた時、マリーは初めて、それ以上強がる必要がないことを知って、泣き出したのだった。

 

モモは、メルヴィル家のメイドとしてあるじを信じるということがどういう意味を持つのかを、少しだけ理解できた気がした。

 

なんだか自分も胸があふれそうになってきて、隣に立つルナの片腕にそっと抱きついていた。

 

 星降る夜空に、薄べに色のうすものをまとった花乙女の泣き声は止まない。

 

たくさん苦痛を味わった分だけ、彼女は彼の胸の中で安堵の涙を流した。

 

かきいだき合う主従の姿を、モモはただ静かにながめて、みずからも胸をなで下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルドベキアはオルブライト公爵と事前に電話で申し合わせた通り、夜を待ってから街へ向かった。

 

首から上だけをおおわない全身鎧を身にまとい、大剣を背中に負い、月毛馬つきげうまのベルジアンにまたがって公爵との待ち合わせ場所へと駆けつけたのだ。

 

 富裕区の中の、バルビエーリ・ファウネルが仮住まいをしているという屋敷を望める一角。

 

到着すると馬を降り、適当な欄干らんかんにその子をつないでおいて、レンガ造りの壁に背でもたれて待っていた人物へ近寄ってゆく。

 

 

ルドベキア「お久しぶりです、閣下」

 

 

オルブライト「やあ、ルーディ。

変わりないかね?」

 

 

ルドベキア「おかげさまで」

 

 

 彼はスターチス・オルブライト公爵。

 

2mを越える上背の、真っ向にななめの傷あとがあるウェアウルフだ。

 

オリーブドラブの軍服を着けていて、腰もとに軍刀をいてはいたが、するどい爪と牙を持つ彼にとってその得物はおそらくただの飾りに過ぎない。

 

 

ルドベキア「よもや公爵みずからお見えになるとは……」

 

 

オルブライト「はっはっは。

アステル君のメイドが関わっているとなると、じっとしておれんかったのでな。

こんなことを言うと迷惑がられるかもしれんが、息子を一人失ってから、あの子のことが本当の息子のように思えてならんのだ」

 

 

ルドベキア「あの戦争は、悲惨でありましたな。

実に多くの犠牲が払われた……」

 

 

オルブライト「まことに……」

 

 

 2人は並び立ってファウネル邸を一望し、かつて経験した戦争に思いをはせた。

 

 

オルブライト「君とこうして肩を並べるのも、あのいくさ以来であったかな。

君の母も、とても強かった」

 

 

ルドベキア「あの時はただがむしゃらで、閣下についてゆくだけで必死でありましたから……。

“鉄血の大狼たいろう”といえば恐怖せぬ者のない将軍でしたからな」

 

 

オルブライト「はっはっは、それを言うなら君も“サラマンダー”と呼ばれて恐れられていたではないか。

……懐かしいことよ」

 

 

ルドベキア「ええ、まことに……」

 

 

 そこまで話すと、両者は感慨深げに沈黙した。

 

9年前、女王陛下の名において剣を取り、闘った戦争では、どちらも大切な人を一人ならず失っていたのだ。

 

公爵は5人の息子のうち1人と多くの部下を、ルドベキアは当時メルヴィル城の城兵長をつとめていた母と、そして城主のデュランタ・メルヴィル子爵を。

 

 

オルブライト「さて、そろそろ行こうか」

 

 

ルドベキア「行きましょう」

 

 

 2人の獣人はファウネル邸へと続くまっすぐな道を歩き始めた。

 

 

オルブライト「一応、警ら隊には周囲に伏せておくよう伝えたが、君と私だけで充分であろう」

 

 

ルドベキア「ええ、後ろを気にせず得物を振り回せるのはありがたい」

 

 

オルブライト「そうそう、重飛行船を配備したのだよ。

飛行船にレシプロエンジンを搭載した大型船でな。

これで一個小隊をすばやく輸送できるようになってな」

 

 

ルドベキア「ほう、重飛行船でありますか。

それはたのもしい」

 

 

 たわいもない言葉を交わし合っているうちにファウネル邸の表門へとたどり着いた。

 

ルドベキアはおもむろに背中の大剣へ手を伸ばし、留め金を外してそれをつかみ取る。

 

 彼女の得物は、自身の上背ほどもある鋼のツヴァイハンダー。

 

門前に立って大上段に構えると、固く閉ざされた縦格子の鉄門扉てつもんぴのまん真ん中を目がけて、ひと息に振り下ろした。

 

 

ルドベキア「ふんっ!」

 

 

【バァンッ!】

 

 門扉の合わせ目を縦斬りにして、ささっていたを断ち割った。

 

 

ルドベキア「は────っ!」

 

 

【ドォン!!】

 

【…………ギャギャギャッ!】

 

 すかさず水平に構えなおしてなぎ払うと、今度は門扉自体がくしゃりとつぶれて奥のほうへ飛んでゆく。

 

【ガシャアァン!】

 

 

男「何だっ、どうしたぁ!!」

 

 

 飛んでいった門扉が館の玄関ドアにぶち当たって破壊する音で、邸内の警備員たちが即座に色めき立った。

 

玄関口に真っ先に駆けつける男どもは6人。

 

 

オルブライト「オオオ──ン!」

 

 

 天に向かって公爵が吠える。

 

血色の眼を見開き、体毛を逆立てて、彼は力強く地を蹴って駆け出した。

 

 

男「何だ、うわぁぁぁ!」

 

 

【ドゴッ!】

 

 最初の男は、通り道にあった邪魔な石をすみへ片付ける要領で、剛腕を振り抜いて弾き飛ばした。

 

 

男「ひっ!」

 

 

 さらにもう一方の腕を一往復させて、人狼スターチス・オルブライト公爵は2人をたちまち叩き飛ばしてしまった。

 

 

ルドベキア「ヤ────!」

 

 

【ズンッ!】

 

 

男「あああっ!」

 

 

 懐からピストルを引き抜いた男を認めて、今度はルドベキアがすばやく跳躍ちょうやくして大剣を突き出す。

 

その切っ先がピストルを突き刺し、男の肩を突き飛ばした。

 

 

ルドベキア「は──!」

 

 

【ドォォン!】

 

 

男「ぎゃあぁぁ!」

 

 

 そこからひるがえってなぎ払えば、あとの2人がやいばの腹に打ちつけられて飛んでゆく。

 

ほんのあいさつ程度のことがすんでみれば、玄関アプローチに意識をなくした6人の男たちが横たわっていた。

 

 

声『殴り込みだ──!』

 

 

 館の中からあわてふためく男どもの大音声だいおんじょうが聞こえる。

 

先ほどルドベキアが斬り飛ばした鉄門扉の直撃によって、玄関ドアはすでにさんざんに壊れていたので、館内へ侵入する2人をさまたげる物はなかった。

 

また、玄関ホールから奥へ向かって堂々と突き進んでゆく2人をさまたげることができる者も誰一人いなかった。

 

【ゴォォッ!!】

 

 

男「がぁぁっ!!」

 

 

 大狼の獣人が剛腕を振れば、男は人つぶてとなって吹き飛んだ。

 

【バコンッ!!】

 

 

男「ぐは──っ!!」

 

 

 大ワニの騎士が大剣を振れば、男はくの字となって吹き飛んだ。

 

2人はなだれのように押し寄せてくる悪党どもを、片っ端から叩きのめしていった。

 

 人身売買で悪銭をためこむファウネルという男は、相当な数の用心棒をかかえているらしい。

 

ただし、砲煙弾雨の戦場をいく度となくくぐり抜けた手練てだれの2人にとっては、ものの数ではなかったが。

 

 彼女らが長廊下を押し通ると、通ったあとから肉を斬られ骨をくだかれ倒れ伏す男どもの瀕死体がるいるいと積まれていった。

 

ファウネルが立てこもっているだろうと見当を付けている部屋まであと1人。

 

 

2人「ヤ────!!」

 

 

【ズドッ!!】

 

 

男「ぎゃ──!」

 

 

 最後は剣と爪の同時攻撃で男を突き飛ばし、館の中の悪党どもをすっかり平らげてしまった。

 

 

オルブライト「さて、せっこうの報告では、この部屋でが荷造りをしているらしいのだが……」

 

 

ルドベキア「ノックをしてみましょう」

 

 

 男どものうめき声も止まぬ中、2人はドアの前までやって来てさっそく入室を試みた。

 

だが、ノックを提案したルドベキアは、ドアノブに向かって突きの構えを取っている。

 

 

ルドベキア「ふんっ!」

 

 

【ガツンッ!】

 

 気合ひと突き、彼女が突き出した大剣の切っ先は、ノック代わりの破砕音を発してドアの鍵構造ごと突き砕いた。

 

大剣を引き抜くと、つかえのなくなったドアがひとりでに開いてゆく。

 

【ギィィィィ……】

 

【パァン!!】

 

 

ルドベキア「がっ!」

 

 

 開扉し切った途端に暗い部屋の中で火花が起こり、ルドベキアの眉間に衝撃が走った。

 

彼女は弾かれて真上を向き、後ろへ3歩、のけぞってよろよろと下がった。

 

 放たれたのは、一発の銃弾。

 

用心をおこたって戸口に立ち、ピストルを構えていた室内の者に、うまうまとなまり玉をぶち込まれたというわけだ。

 

 

オルブライト「くっ……!」

 

 

 相棒の負傷を知ってからの公爵の対処は速かった。

 

獣の身ごなしで室内へ踏み入り指爪ゆびづめをひらめかせば、そいつの持つピストルはそいつの腕ごと切り裂かれる。

 

【ギャンッ!】

 

 

声「ぎゃああぁ!」

 

 

 鉄が割れる音、男の悲鳴ののち、他方の腕でもって強烈な一撃を食らわせる公爵。

 

【ドゴン!!】

 

 

声「ぶぉっ!」

 

 

 男の体がの字に折れ曲がって真横に飛んで、ぼこりと壁にめりこんだらしい音が響いた。

 

 

オルブライト「ルーディ!」

 

 

 すぐにこちらを向き、彼はあわてて彼女を呼ばわった。

 

 

ルドベキア「いや、心配ご無用……」

 

 

 ルドベキアは立っていた。

 

どだい、彼女にはピストルごときの弾など通用しなかった。

 

ぱらぱらと眉間からはがれ落ちたのは、

 

彼女の顔面に生えていた鉄のように硬いワニのうろこが、なまり玉を弾き返したのだった。

 

 

オルブライト「……ふぅ。

今のは少々、肝を冷やしてしまったぞ……」

 

 

声「うぅぅ……」

 

 

 ルドベキアの無事に安堵するオルブライト。

 

壁ぎわでうめき声を上げる男に気をもどして、2人はそちらへ近寄っていった。

 

 

ルドベキア「では、この者が……?」

 

 

オルブライト「ああ、バルビエーリ・ファウネルだ」

 

 

ファウネル「ごほっ、ごほっ……ぁぁあああっ、

カッツォ!!」

 

 

 ほつれ毛の多い黒髪をしたスーツ姿の彼は、負傷した右手を押さえてほこりにまみれてうずくまっていた。

 

ルームライトが1基ともっていただけであったので、床面が照らされている以外は暗くて見にくい。

 

居室か寝室のようであったが、衣類やかばんやお金が散乱していて、どうやら高飛びする気でいたらしいことは確かであった。

 

 

ルドベキア「大人しく投降しろ。

貴様が旅立つべきは故郷ではなく、牢獄だ」

 

 

 ルドベキアが大剣の切っ先をファウネルの首に突きつけて言った。

 

 

オルブライト「私の領内で好き勝手をやってくれたものだ。

バルビエーリ・ファウネル、君を連行する」

 

 

 オルブライト公爵がにぶく光る爪を見せつけながら告げた。

 

足もとに転がるファウネルは、ぎらぎらとしたまなこをこちらに差し向けて言った。

 

ファウネル「ふっ……犬の亜人に、トカゲの亜人か。

高くは……売れそうにないな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ルナは高空にいた。

 

 ヴィトラスの陸軍基地というのは、実はオルブライト公爵の息子の一人が司令官をつとめているのだった。

 

おかげでレシプロ機の滑走路を借りることができ、さらには一晩の寝床をも借りることができたというわけだ。

 

 そうして基地で一泊し、翌日の朝早くにルナたちは無事、2機の複葉機に乗り込んでメルヴィル城に向けて飛び立つことができたのだった。

 

モモはカトレアにいだかれてニアの操縦する1号機へ、

マリーはアステルにいだかれてルナの操縦する2号機へ。

 

ヒースブルグでファウネルが捕まり、ヴィトラスでイゴールという共犯者が捕まったという知らせを受けて、一行は晴れがましい気分で帰路についた。

 

 透き通ったような青空がどこまでも続き、秋の風は爽涼として吹き抜けてゆく。

 

これであとは、メルヴィル城までたどり着いて一件落着。

 

事件はようやく幕引きとなった。

 

 結論としては、バルビエーリ・ファウネルの正体は、ヴィトラスを拠点に希少きしょうな亜人や盗品を闇市場で売りさばく悪人だったということだ。

 

彼は始めからエルフを裏オークションにかけるつもりでアステルに接触し、シルバーエルフのマリーをやとったのだろう。

 

それから折りを見てマリーを売り飛ばしたのちに、やむなく彼女を解雇したとうそをつき、行方の分からなくなったメイドをアステルが探し回っているすきに自分は悠々と姿をくらませようと画策していたのだ。

 

 手れん手くだを発揮してこちらをずいぶんと追い詰めたのは、悪才のなせる技と認めざるを得ない。

 

消えた花乙女たちを無事に取りもどせたのは、ただ運が良かっただけとも言えるからだ。

 

今回のことは、メルヴィル家のメイドたちにとって、大変な教訓を残すこととなった。

 

 この後、メルヴィル城へ帰還を果たしたマリーだったが、彼女はすぐに外仕えを願い出ていた。

 

今度はオルブライト公爵のもとで働く運びとなったので、そこでならもう事件に巻きこまれる心配はない。

 

そうしてもろもろのことが片付くと、メルヴィル城はつかの間の平穏を得たのだった。

 

 

 

 

 

── つづく ──

 

 

 

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