第6話『亜人間からの訴追』

[1]

 「クガルの息子さん、おかわりはいかが?」

 ファーゴはクスタへ今しがた啜りきった山菜スープの皿を出すことで返事のかわりとした。

 クスタは皿よりも小さなもみじのような手でそれを受け取り、鍋に向かう。ファーゴはその間、固い丸パンを取って齧り、食べる。

 「ファーゴさん、丸一日寝てらしたから、食欲が旺盛なのね」 

 「モグ……、すっ、すいません! 何から何まで……」

 ファーゴは自分を救ってくれたクスタに頭が上がらなかった。彼女はファーゴをコックピットから救出したのち、昨日は寝ずに看病し、ファーゴが寝ている間にポッドの通信機器を立ち上げて、数時間後に連絡してきたウィルダムにファーゴの無事を伝えたという。

 「それでウィルダムはなんて言ってきました?」

 クスタは鍋からスープを皿に盛りながら答えた。

 「んー。あなたのお父さんを看病してるから、起きたらすぐにヘルハウンドの背に乗ってステルの街に来いって。はい、どうぞ」

 「えっ! 今、なんと」

 「だから、アルマーニさんっていうヘルハウンドを迎えに寄越すから、その子の背に乗ってステルの街に来なさいって」

 「うわ、よりにもよってアルマーニかよ」

 ファーゴはそうつぶやき、3杯目の山菜スープを平らげようとする。その時、地面が軽く揺れ始めた。

 「! 地震か」

 「違うわ。ケッケちゃんよ」

 ファーゴは体感で震度三と感じたが、クスタは何も動ぜずに彼に対し微笑んだ。

 今度は地響きが起こったかと思うと、地震と地響きが収まった。あたりに静寂が訪れる。

 「と、止まった……」

 「ファーゴさん、ご飯の途中だけど行ってみましょう」

 クスタはファーゴの手を取って、彼と一緒に家から出ようとする。ファーゴが驚いたのは彼女の突然の行動と共に、強力な握力と引っ張る力で有無を言わさずに彼を外へ連れ出したことだ。とても10代にもならない幼女の力ではない。

 「いっ、行くってどういうこと? だいたいあなたは何者なんですか!」

 「ついてくればわかるわ」

 そのままぐいぐいと森の中をクスタは突き進む。すでに夕方なのか、獣道に赤い光が差し込む。

 ファーゴは右手を離そうにも、逆方向に走ろうとしてもムダだった。ファーゴは仕方なく、クスタに引きずられるまま走る。

 (うわわ、ようじょ強い……)

 「さあ、見えてきたわ」

 クスタに獣道を連れまわされたファーゴは森の中のひらけた場所に出た。そこは赤い夕陽に照らされた芝生が敷き詰められ、ファーゴにとっては数年ぶりに見る生物たちがいた。生物たちは口々に挨拶をする。

「こんばんわ」

「こんばんわ」

 「導師さま。そのケガ人は誰です?」

 そこには二本足で立つカバの集団がいた。それぞれがシャツやズボン、スカートなどの服は着ていたがサイズはLを3つ重ねても足りないくらいの巨漢でカバの顔だ。中には人間を真似ているのか、長めのシルクハット帽子を頭部につけていたり、金髪のカツラをつけているカバもいる。帽子であればかぶるのが普通だが、カバの頭のサイズに合うシルクハット帽子はなく、糊とか接着剤などて無理やり帽子を頭に接着しているものとファーゴには思えた。

 30匹はいるであろうカバの集団のその奥にはサーモンピンク色の巨大な円がみえる。

 「ト、トロルぅ?」

 思わずそう呟くファーゴを尻目にクスタはシルクハット帽子をつけた2本足で立つカバ、もといトロルに対し、ファーゴを紹介した。

 「紹介しますね。こちらはファーゴ。あなたたちが拾い集めたバーキンのパイロットです。ファーゴさん、こちらはマロイ族の若頭ヤヨエナさんです」

 ヤヨエナが普通の人間の3倍はあろうかという手を差し出してきた。ファーゴは急に灰色の5本の蹄を見て怖がった。

 「はじめまして、ファーゴさん」

 「どうしたのファーゴさん? ほら握手しなさい」

 「は、はじめまして」

 ファーゴはおそるおそる手を差し出した。

 その時、ヤヨエナの後ろにいた金髪のカツラをつけた女性のトロルがファーゴの顔をまじまじと見つめていたかと思うと、急に叫び始めた。

 「あーっ、思い出したよ。こいつ、マンチェスト傭兵の息子だ!」

 ファーゴはびくりと反応し、ヤヨエナも握手の動作をやめて悲鳴をあげた金髪のほうをみやった。

 「アロロ、それは本当か?」

 「間違いないわ、そいつは4年前にうちの村に災いを持ち込んだ男の連れ子よ! 昨夜のロマニーの侵略だって、こいつのせいかもしれないわ!」

 「え? ファーゴさん、本当なの?」

 状況がよく飲み込めないクスタはファーゴの腕を掴んで確認しようとするが、他のトロルたちが騒ぎ始めた。

 「じゃあ、昨夜まで森が焼けたのはあいつの仕業か?」

 「あたしの家が昨日焼けたのもあいつのせいなのね!」

 ヤヨエナは目つきを変えてファーゴを捕まえようとする。やめようと取りすがるクスタにヤヨエナは厳しく声を荒げた。

 「導師さま、あなたには関係のない話です。今日はこいつをここに置いてお帰り下さい。さあファーゴ、おとなしく来るんだ!」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ、僕の話も聞いてくれ!」

 クスタは言い訳をしようとするファーゴの腕をひっぱり、自分の後ろにつけてからヤヨエナを凝視した。

 「関係あるわよ! だって私が彼を救出したんだから。それに彼はクストール軍の一員としてバーキンに乗って活躍しなければ、ロマニーはステルの街どころか、この村も侵略していたのよ! あなたたちは彼に感謝こそすれ、捕まえるなんてとんでもない!」

 一気にまくしたてるクスタの後ろでファーゴはDTの名称の修正を求めたが聞く耳を持っていないようだ。

 「あのう、バーキンじゃなくてダークネスっていう名前なんですが……」

 「一体、彼が何をしたっていうの? 罪状は?」

 「4年前に人間の親子がうちの村に入ってきて食い物を盗んでまわり、その直後にロマニーから豚どもが攻めてきたんだ。こいつの親父が手引きしたに違いない!」

 「そうだ、そうだ!」

 「マボが死んだのはこいつのせいだー!」

 「あの親父の皮鎧はマンチェスト傭兵のもんだった!」 

 ファーゴに向けて指をさしながらヤヨエナはクスタを厳しい目で見つめた。他のトロルもファーゴが逃げないように静かに取り囲もうとしている。クスタはファーゴに確認をとろうとする。

 「ファーゴさん、それは本当なの?」

 「違うよ! 僕たちはロマニーに追われていたんだ。僕たちはエトフに住んでいたけれど、突然ロマニーが攻めてきて、命からがらここまで逃げてきたんだ」

 「じゃあロマニーを手引きした訳じゃないのね。でも、何で追われていたの? 食べ物を盗んだことは?」

 「それは……もう4年前……」

 「人間と違って、トロルは覚えがいいのよ。さあ、思い出して……」

 クスタは言いづらそうに語るファーゴの目をじっと見ている。

 「母さんがオークに刺されて、怒った父さんが刺したオークたちを斬っていくうちに、敵がオークの小隊を送り込んだんだ。この村に逃げ込んだのは本当に偶然で……、母さんの傷の回復のために薬草が必要だったのと僕はお腹を空かしていて……」

 「それで、マボの家に入って、薬草と食べ物を盗んだにもあきたらず、彼を殺したんだな!」

 怒るヤヨエナの断定口調があたりに響きわたった。対するファーゴも自分がここで罰を受けることを覚悟して謝罪しようとする。

 「……。何も断りなくあなた方の村に入り、物を盗んだのは謝ります。ですが、マボさんを殺したのは僕たちじゃありません。僕たちを追ってきたオークたちです。僕たちはロマニーの追撃を逃れ、ステルの街に避難した後に、何度かこのことを書いた手紙をマロイ族の長老宛に送りましたが受け取りは拒否され、たった1人でこの村にお詫びに伺った父は右の片足を切断された状態で帰ってきました」

 「豚狩りの罠にひっかかったな。3年前にあの罠に人間の片足が残っていたので覚えている。よく我々に助けを請わないまま、1人で帰れたものだ」

 ヤヨエナの目から怒りの炎が消えかかるが、アロロはファーゴへの追撃の口を休めない。

 「何言ってんだい! 結果はどうあれ、あんたたちがここに逃げ込んでこなければ、マボは死ぬことなんてなかったんだよ!」

 「違うわ。マボを殺したのはロマニー配下のオークたちよ。マボの刺し傷はオークの槍だったって以前聞いたわ。ロマニーが他国を侵略しているからこんな事件が起こったのよ」

 「導師様は黙っていて!」

 だが、ヤヨエナはアロロの方を振り向いて、片手を挙げた。

 「いや、アロロ。導師様の言うとおりだ。これ以上、彼らの罪を問うのはやめろ」

 「けど……」

 そしてヤヨエナはファーゴの前に向き直る。

 「ファーゴ。よくぞ事実を話し、謝ってくれた。君のお父さんは十分に罰を受けたのだ。それに昨夜のロマニーの侵略を阻止したというのが本当なら、我々は君に感謝をしなければならん」

 「じゃあ……」

 「ああ、村を救った君を客人として迎えよう」

 トロルたちが歓声をあげた。

 クスタはホッとした様子でファーゴの顔を見上げる。

 「ああ、ファーゴさん。一時はどうなることかと思ったわ。とにかくケッケちゃんが長話に飽きて寝たそうにしているから、バーキンのパーツについて手短に話さないと……」

 「そのことなんですけど、さっきから言っているように、僕の乗ってきた機体は“ダークネス”という名前です」

 「でも、どう見てもエルダ国のエルゲシュ社の最新鋭DT“バーキン”に見えるわ」

 「僕はその“バーキン”というのが初耳です。どこからそんな情報を?」

 「まあ、呆れた。私は月間ウェポン・ロードを定期購読しているのよ、あなたのお父さんは元々エルダの傭兵部隊マンチェストの紅部隊リーダーのクガル・ダルオンなんでしょう。知らないほうが……、いえ、知らされてなかったのね」

 「……。そうです。今、はじめて知りました。僕の乗っていた機体が正規兵器のパクリだったなんて……」

 「ごめんなさい。苛めるつもりはなかったの。そんなしょげた顔しないで、とにかく付いてきて」

 クスタは再度ファーゴの手を引っ張って広場の中央にやってきた。その途中、村のトロルが巨大な木のコップにブドウ酒をなみなみと注いだ物体をファーゴに向けてふるまおうしたが、クスタがそれを止めた。

 「ごめんなさい。この子、今夜中にヘルハウンドに乗るから、飲酒運転させるわけにはいかないの。ほら、ファーゴも、早くきなさい」

 広場の奥にはファーゴが乗ってきた黒い卵形のコックピット部を中心に、破壊されたロボットの手足の残骸が転がっていた。そしてさらに奥にはサーモンピンク色の4メートル大の円の正体が判明してファーゴは驚いた。本来森には存在しない巨大な砂ミミズの頭部を正面から見ていたのだ。おそらく土の下には50メートル以上もの巨大な身体の本体が横たわっているに違いない。

 「紹介するわ。こちらは砂ミミズのケッケちゃん。えーと、コックピット部の匂いを嗅がせて、森のあちこちに落ちていた"ダークネスのパーツを拾い集めてくれたの。ケッケちゃん、こちらはこのダークネスのパイロットのファーゴさん」

 「ブアーッ・ブー・ブー」

 ケッケは言葉をしゃべれないかわりに、象が鳴くような声をあげた。

 「“待ちかねたぞ”だって。さっ、お礼を言いなさい」

 クスタはケッケの言葉を翻訳して伝えてくれた。ファーゴはケッケに向けて頭を下げる。

 「あ、パーツを集めてくれてありがとう。今は何もお礼はできないけど、街に帰ったら、えーと、牛肉を送るよ」

 「ガァアー・ブグァー・ギチギ」

 「“牛二頭分の約束だ”だって。大丈夫?」

 「親方……、知り合いに相談してみるよ」

 とは言えファーゴは内心、ミミズ相手に変な約束をしてしまったと思った。


 「ファーゴ、ほれ、飲め」

 今度はヤヨエナが後ろからファーゴの肩を叩き、ビールを勧めてきたがファーゴは少し飲んだ後、ケッケに向き直った。

 「ええと、飲みます?」

 ケッケは頭をタテに振ったあとに土の下からサーモンピンクの触手を六本伸ばして、ファーゴからビールの入った木のコップを渡されて器用につかんだ。そして触手は円の中心にある巨大な口にビールをコップごとほうりこむ。

 「あれ、コップごと食べちゃったよ」

 ファーゴとクスタ、それに彼らのまわりのトロルたちは笑いあった。だが、アロロをはじめとした数匹のトロルは示し合わせたように笑いの輪から外れ、森の中に消えたことをファーゴは知る由もなかった。



 [2]

 “ダークネス”か……

 ポーラは泡だらけのバスタブの中でそう呟いた。紫色の美しいラインの脚を湯舟から出し、彼女は一昨日、戦場を駆けた黒い鬼神の姿に想いを馳せた。たった1機に味方のDTが56機も撃破されたのだ。鬼神と言わずして何と言おう。

 「ファーゴ・ダルオン……。覚えておこう……」

 ダークネスは彼女とグラーフの戦岩からの対空射撃によって墜落したが、落ちた村は知っている。3年前に自分の命を救ってくれたあの先生のところだ。

 (クスタせんせい……)

 「お背中を流しにまいりました」

 赤髪のヴィヴがバスタオル1枚を巻いただけの姿でバスルームに入ってきた。手には石鹸とタオルがある。

 「ふふふ、“抱かれに来た”の間違いだろう? おまえの発情する匂いがするぞ」

 ヴィヴは頬を赤らめた。

 「まあ……、でも行為の前にその髪は束ねておかないと、また髪を傷めてしまいますわ」

 ヴィヴはバスタブの後ろにしゃがみ、ポーラの銀色の長髪を撫でてから三つ編みにしはじめた。

 「何を考えていらしたのですか?」

 「ダークネスのことだ。ほれ、マロイ族の村に落ちたあの」

 「……、機体の回収とパイロットの捕獲を考えておられるのですか?」

 「そうじゃない。確かにパイロットは生きている可能性があるがな」

 「では何を?」

 「ミッションディスクの回収だ」

 「えっ?」

 「機体自体はバーキンの改造型だから、ヘタレのように捕獲とか部品の回収などということを考えるのは労力のムダだ。戦況を記録したミッションディスクと死んだ兵士の脳髄、それに私の魔法が合わさればダークネスと同じか……、それ以上のDTが作れるぞ!」

 ポーラの髪で三つ編みを作っていたヴィヴは急にポーラが振り向いたので、作業の半分が無駄になってしまった。

 「あっ、もーう」

 「すまない、作り終えるまで振り向かないから」

 「仕方ないですね。他に考えていたことってありますか?」

 「ニフのマグに乗って逃げたあの子だ」

 ポーラは続いて一昨日の戦場で双眼鏡ごしに見えたピンクのポニーテール少女のことを話そうとした。

 「浮気ですか!」

 「違う! あの子はニフがヘタレ男を撃つのを止めたのだ。それに私はあの子の素性を知らない」

 「ホムンクルスを従えたところを見ると、彼女は“受血体質”なのでしょう。確かにヘタレ男があの場で射殺されないのはおかしいと思います」

 「“受血体質”か……、明日にもエルダのラボギルドに問い合わせてくれ。クストールでの該当者はそんなにいないハズだ」

 「はい。……、でもなんでそんなションベン臭いガキのことが気がかりなんですか?」

 「計算が速いことだ。頭の回転が速いとも言うな」

 「計算?」

 「バークレイの戦岩からダークネスとニフの乗ったマグと二手に分かれたことが1つ。

ファーゴかあの子の指示はどうだか知らんが、我々の機銃掃射は二手に分かれた。続いてニフのマグの浮遊呪文をわざと切って、我々からの機銃の射線上にパラシュートで脱出したヘタレ男が来るようにした。奴はヘタレを盾にしたのだ!」

 「確かに、ニフ機を撃つときにヘタレ男がスコープの中に入ってきた時はびっくりしました。全軍に斉射の中止命令をかけなければ、我々が上官を撃つところでしたわ」

 「そして、先に着地したニフはヘタレを撃とうとした。だが、それを止めたのはあの子だ。ヘタレを撃とうとしたニフの目の前であの子は木の上で手を広げていた」

 「……」

 「正直、見ていてびっくりしたさ。しかしDM(戦闘機)を出してヘタレを救出するのが先だった。あの子を追うよう命令していたら敵の艦隊を相手に戦わなければならなかったろうな。逆にあの子がニフを止めなければ、ヘタレは射殺され、グラーフは確実にニフとあの子を殺すために戦岩をUターンさせていただろうな……」

 「本当にそこまで計算して動いていたのでしょうか?」

 「偶然にその3つのリアクションを起こせたとしたらそっちのほうが怖いさ」

 「……、そうですね。ところで、あのヘタレ、もといベルディア様はどうなりますか?」

 経過はどうあれ、宿営地から戦岩6隻で出撃したロマニー軍第5艦隊は敵の意外な反撃により4隻とDT63機を失い、残る2隻は撤退して宿営地に戻ってきた事実は変わらない。ここまでの敗北を喫しながらベルディアに対し、教祖イコルス・ナガから全軍を預かるザンギュラ将軍が怒らないはずはない。

 「ヘタレは降格。戦力の大部分を失った老いぼれグラーフは降格でなくとも責を負う。そして私は……」

 ポーラがそう言いかけた時、丁度ヴィヴがポーラの三つ編みを完成させた。

 「はい。準備できました」

 ポーラは湯船から立ち上がった。ヴィヴは慌てて自分のバスタオルを取って、ポーラの身体を拭いた。腕の水滴を拭おうとしたとき、ポーラは待ちきれないとばかりにヴィヴの腕を掴んで身体同士を引き合わせた。 

 「長話で湯が冷めてしまった。おまえの身体で暖を取らせてもらうよ……」

 「あっ……」


 宿営地のサーチライトがわりの牛ほどの巨大なホタル、甲虫ルエルの1匹は上空から黄色のテントの中で朱に染まる光を発見して、フラフラと近寄ろうとしていた。

テントの外にいたセムシのゴダルはその様子を見て慌てて蟲笛を吹いて、その甲虫を呼び戻した。そのルエルが彼に向かって飛んでくると、ゴダルは鞭でピシャリとルエルの背中を叩いた。

 「おう、新米さんよォ! 蟲であろうとポーラの姉御は覗きをゆるさねぇからな。覚えとけよ。おまえの前任は、それでケシズミになっちまったんだからな!」

 新米の甲虫は前脚をバタバタさせて許しを請うようにした。

 だが、ポーラの行為に呼応するように巨大なテントの中で女性の吠える声がいくつも響き、男の悲鳴も聞こえ、それからテントの中で数個もの朱色の光点がまたたいた。

 ゴダルはフケだらけの自分の白髪を手で叩きながら笑った。

 「ヘッヘッヘッ、サッキバスどもがお盛んなことで……、ヘッヘッヘッ」

 蟲遣いゴダルは他の甲虫3匹もテントの中に帰るように指示し、あたりは急に暗くなった。


 それから1時間後、ヴィヴと共にベッドに入っていたポーラの元に、かねてから指図していた結果の報告がもたらされようとしていた。化粧台の上に置かれていたピンク色の携帯念話機が鳴る。彼女は念話機を取る。

 「私だ……。繋いでくれ。……。やはりファーゴは生きていたか……、そうか……。わかった。いつもの民家で落ち合おう」

 話し声に気がついたヴィヴはポーラが化粧をすませ、外出着に着替えようとしているのを見て、驚いた。

 「ポーラさま。どちらへ?」

 「スパイがダークネスのミッションディスクの奪取に成功した。これから取りに行く」

 「まさか、これからテレポートですか?」

 「そうだ。留守を頼むぞ」

 ポーラは呪文の詠唱を開始した。

 「成功を祈っています」

 ヴィヴの願いにポーラは手を振って応え、そして緑色の光と共に消えた。

 あたりにはラベンダーの香りだけが残された。

 


 [3]

 月の下で黒いガラクタが月の光を反射している。ガラクタの中央に卵形のコックピット部があり、ファーゴはその中に入って必死に何かを探していた。

 「ない! ない! ない! どこにもない!」

 「ファーゴハ、オレヲオチョクッテンダロ?」

 「違う。本当にないんだ」

 「マヂデ?」

 「マヂだ」

 ヘルハウンドのアルマーニとファーゴはお互いに見詰め合って嘆いた。アルマーニはコックピットの匂いを嗅いでから、森の中に入ろうとする。

 「おい! どこに行くんだ」

 「匂イヲタドル。コッチダ」

 3メートルもの巨躯が走り始める。ファーゴも走ってアルマーニを追う。

 「わ、待ってくれ~」

 だが、アルマーニは黒色のためすぐに森の闇の中に溶け込んでしまった。

ファーゴは振り返りコックピットの奥にあるであろう自分の母親の脳髄が収められた場所を見た。

 (母さん……)

それから向き降り、アルマーニが向かったと思われる方向に走る。すると、200メートル先に明かりが見えた。彼はそちらのほうに向けて走り始める。


 「これか……。礼だ。受け取れ」

 「こ、こんなにたくさん……」

 「クスタせんせいの近況を教えてくれた駄賃も入っている。早く行け」

 「ディスクハ、イネガァァ!」

 「ぎゃああっ」

 「ちいっ!」


 どこかで悲鳴があがったが、ファーゴはそれにかまわずに明かりの方向へと走る。それは1軒の廃屋のようだった。

 カビの生えた扉を開けて中に入ると、目の前に1本のロウソク立てがあり、ロウソクに火がともっていた。おそらく誰かの別荘だったのだろう。ファーゴは慎重に廃屋の中に入る。扉が自動的に閉まった。

 「罠か?」

 突然、ファーゴの目の前で緑色のまばゆい光がまたたいた。その光が人型の形になり、色がついて正体が現れたとき、ファーゴは唾を飲み込んだ。

 白銀の髪は三つ編み、紫色の肌と顔で耳が長く、マスクメロンが二つ入ったような胸をしていて両腕にはプラチナリングが輝き、白いドレスはボディラインを艶めかしく表現し、スカートのスリットからは紫色の長い脚が伸びている。白いハイヒールも何か少年の胸を心躍らせるものがあった。

 「白い夢魔……、サッキュバスだ!」



 「ふう、ヤツはなんだったんだ……ん?」

 ポーラの目の前に少年が立っていた。栗色の髪と瞳に上半身は包帯が巻かれ、安っぽい青いジャージのズボンと竹で出来たサンダルを履いている。少年はポーラに笑いかけながら近づいた。

 「あの……、僕、ファーゴといいます。こ、これは夢でサッキュバスさんは僕の……、僕の……」

 「何かと思えばガキか。さっさとオウチに帰れ……。え、お、オイ!」

 ポーラは片手で犬を追い払うようなしぐさをしたが、少年はその動作が見えていないのか不気味に笑いながらじりじりと近寄ってくる。

 「僕の童貞を奪ってください!!」

 驚きと覚えがある強烈なニオイのあまり、ポーラの視界が一瞬、真っ白になって、それから暗転する。


 ファーゴの目の前のサッキュバスがペタリという音と共に床に座り込んでしまった。床をよく見ると木でできた茶色い床はツルツルに磨かれ、所々に魔法文字が読み取れる。そして偶然なのか彼女は魔方陣の中央にいた。ファーゴは勝手に自己解釈する。

 “これはサッキュバス伝で読んだ童貞奪取の儀式で、男の勇気が試される儀式なンだ……。でもミッションディスク……、いかんいかん、これは一生に1度あるかないかのチャンスなんだぞ、今やらなきゃもう二度とないかも……”

 ファーゴの頭の中ではミッションディスク紛失の件と、自分の童貞からの卒業とがハカリにかけられたが、この童貞からの卒業の重さがディスクの件を上回ってしまった。

 「い、いいんだよね。ね」

 夢魔サッキュバス族は人間の男の精気を吸い取って命を繋ぐといわれている。ファーゴの目の前のサッキュバスもたくさんの男の精気を吸って胸を大きくしたに違いない。

 ファーゴは言葉にならない声を叫んでサッキュバスを押し倒した。


 倒れて茫然自失状態のポーラの目の前で少年が彼女の体のあちこちを触っている。抵抗しなきゃと彼女の脳は身体に命令していたが、この匂いには覚えがあり身体はその命令を拒否していた。

 “おまえはサッキュバスだろ! 手術を受けるだけの体力のために、俺の精気を吸え。吸うんだぁ!”

 彼女の頭の中では荒々しい男の声がこう叫んでいた。

 少年は両手で胸を揉み、それに飽きると彼女の股間に手を伸ばす。

 「やめろ!」

 やっと声が出た彼女だが、少年の手は無常にも……、彼女の股間にある物体に触れていた。

 今度は少年の瞳孔が開き、茫然自失になる番だった。少年は自分の手を見ながら何かを呟いた。

 「あ……、嘘だ。ウソだろ……」


 よろよろとファーゴは立ち上がり、サッキュバスから後ずさるように離れた。そして脚をガクガクさせながら叫ぶ。

 「ウソだ!」

 一生に1度の童貞奪取の儀式の相手が男のサッキュバス、いや違ったインキュバス族で、本来夢魔インキュバス族はサッキュバス同様に闇の国の木の幹から生まれでて、女性の夢の中に現れてその女性からの蜜で命をつなぐと書かれてあったのに……、じゃあオカマのインキュバスはサッキュバスを装って、胸まで作って童貞を、童貞の処女を、処女が童貞で……、そんなの、そんなの嘘だ、ウソだ!

 ファーゴは自分の希望と現実の狭間で精神的な適応障害を起こし、混乱してしまった。

 その間に目の前のオカマのインキュバスは身なりを整えスカートのポケットから何かを取り出そうとしていた。すると、カタンという音と共にファーゴの目の前に見覚えのある赤いフロッピーディスクが床に転がった。

 「あれ?」

 ファーゴがしゃがもうとするより早く、目の前のオカマはさっとディスクを掴んでポケットに仕舞った。それを見て、ようやくファーゴは正気を取り戻し始めた。

 「おい、それは大事なディスクなんだ。返せよ」

 ファーゴがそう言いかけた瞬間に紫色の拳が彼の顔面に叩き込まれた。ファーゴはそのままどうと床に倒れこむ。


 

 「ウソだ!」

 そのころアルマーニは森の中で、聞き覚えのある少年の叫び声を聞いた。

 「! ファーゴノ声ダ」

 アルマーニの前にはトロルのアロロが倒れていたが、彼女が持っていたディスクはすでに先ほどテレポートしたサッキュバスに奪われていた後だった。アルマーニはファーゴの声のした方向に向かって走る。

 


 「ひさしぶりに男相手に素手で叩けたな……」

 ポーラはポケットからディスクと一緒に飛び出たハンカチで汗を拭った。それから床に倒れこんだ少年の腹部に向けて蹴りを放った。

 「グガッ!」

 「そう言えば、おまえはファーゴといっていたな。……。それで私が動けなかったのも合点がいった」

 さらにポーラはファーゴに蹴りを見舞った。

 「ぐえっ」

 「おまえの父親、クガル・ダルオンが私の処女を奪ったのだ! 今でもおまえらと同じような男のニオイを間近で嗅ぐとおかしくなってしまう」

 ハイヒールでファーゴの腹を踏みつけると、ファーゴは口から血を吐いた。

 「ゴプッ」

 少年は気を失った。

 「そうだ! もっと血を流せ、血のニオイでおまえ自身のニオイを無くせ!」

 そのとき、廃屋の外からヘルハウンドの叫ぶ声がした。

 「ファーゴ!」

 木材を破壊する音と共に扉が開く!

 

 アルマーニは体当たりで廃屋の扉を破り、中に入ると、そこにはファーゴの首を掴んで盾にしたサッキュバスがいた。

 「ファーゴヲ離セ!」

 「そうかい、おまえはファーゴの仲間だね。動くんじゃないよ!」

 サッキュバスの顔は禍々しいほど不気味な笑みをたたえ、その横にあるファーゴの顔は顔面蒼白だった。彼は目を閉じて口からかすかな呼吸音と共に血を流している。このサッキュバスにやられたのだろう。だが、盾にされている以上、アルマーニはうかつに動けなかった。ここはファーゴにきっかけを作ってもらうしかない。

 「ファーゴ! 目ヲサマセ! ファーゴ!」

 騒ぎを聞きつけたのか、廃屋の外で数匹のトロルとクスタが駆けつけてきた。アルマーニのすぐ後ろにクスタが来ると、彼女はサッキュバスに向けて意外な一言を放った。

 「ポーラちゃん! なぜこんなことするの!」

 「知リ合イカ?」

 「ええ。ポーラちゃん、やめて!」

 クスタの叫び声でポーラと呼ばれたサッキュバスは不気味な笑みから悲しそうな顔へと表情を変えた。

 「クスタ先生……。お久しぶりです。まだ私をポーラちゃんと呼んでくださるのですね」

 「ポーラちゃん。あなたまさかロマニーに?」

 「ごめんなさい。現在の私の立場はロマニー軍第5艦隊空佐、ポーラ・ヴィネットです」

 「ええっ!」

 「オマエハ袋ノネズミダ。オタナジクファーゴド、ミッションディスクヲ返セ」

 「嫌ね。これは私の出世のための道具。サッキュバスというバケモノがそれなりの地位を確保するための足がかりなのよ」

 「出世ですって! なんでそんなことを考えるようになったの? それにあなたはバケモノじゃない。男嫌いなだけのごく普通の女の子よ。今だったら引き返せる。さっ、戻ってきて……」

 「……。3年前の私だったら、何の迷いもなく、あなたの胸に飛び込んでいたかもしれない。だけどこの村から逃げてわかったの。人間に迫害されているサッキュバスと奴隷女たちを。そしてバケモノを差別しないロマニーならばサッキュバスと人間の女たちの集団が作れるかもしれないって」

 「……」

 「そして実際に作ったわ。次の第5艦隊司令官は私なのよ!」

 「違う! あなたはロマニーのイコルスに操られているだけよ! 侵略の道具として使われているだけ。イコルスは世界征服を成し遂げた後は手のひらを変えてあなたたちを殺し始めるに決まっている!」

 クスタの叫びにポーラはびくりとした。ファーゴの首を掴む力が緩む。

 「……。その時は人間とバケモノの戦争が始まるだけよ。そう、それだけ!」


 ファーゴは目を覚ました。気がつくと、目の前にはアルマーニとクスタと破れた扉の向こうにはトロルたちが見えた。そして、先ほどのオカマが後ろについて自分の首を掴んでいるのがわかった。背中にはふたつの弾力のある物体がぴったりとついているが、オカマとわかったからには、これは作り物であると自覚した。だが、彼の右の尻には別の感触があった。物体がスカートとジャージの布を挟んで、ぴったりとついていたのだ。

 まさか、このオカマは僕に欲情しているのか、ヤバッ、やばいぞ、ヤヴァイ……。

 「助けて! 犯される!」

 ファーゴは力の限りそう叫んでオカマの手を振り解いて前のめりに倒れた。

 (今ダ!)

 アルマーニは吠えて、ガラ空きになったポーラの顔面に向けて紅蓮の火炎を吐き出した!

 「ぎゃあぁぁ!!」

 「やめて、アルマーニ!」

 クスタは咄嗟に炎を吐くアルマーニの前に出ようとする。アルマーニはすぐに炎を止めた。そのスキにポーラは火傷の痛みに耐えながら呪文の詠唱をはじめた。

 「やったわね。ギガスパーク!」

 ポーラの両手から雷が発射され、アルマーニ、クスタ、そして床の上のファーゴに電光が走った。

 「ガッ!」

 アルマーニは後ろに転がって避けようとしたが、間に合わずに直撃を受けて倒れた。

 「きゃああっ!」

 クスタの悲鳴。

 ファーゴは再び気を失ってしまった。

 ポーラはアルマーニが横倒しに倒れたのと、クスタが軽傷ですぐにも立てそうなことを確認してから、テーブルの上に無造作に置かれていた機器を操作し始めた。

 「クスタせんせい。そのままで聞いてください……。ダメッ! 顔を上げないで! せんせいには私の醜い顔を見られたくないから……」

 「なっ、何をするつもり……」

 「この小屋を自爆させます。こいつらなんかほっといて、先生はここから逃げて、荷物をまとめてエルダに行ってください。このままですと、あなたはクストール軍に身柄を確保されて利用されます」

 「! クストールを侵略して、他の小国を蹂躙し併呑、それからエルダに攻め込む算段ね?」

 「全ては私とロマニーの理想のためです」

 「その理想のために、あなたみたいに泣く子が何万人と出るのよ。早く自分の間違いに気づいて!」

 「3分後にセットしました。急いでください。それでは永遠に……」

 「ま、待って!」

 クスタは顔を上げてポーラの顔を見た。鼻から上が黒く焼けて火ぶくれがあちこちにできていたが、両目の瞳の輝きだけは失っていなかった。ポーラの脚から胸までが消えていく。クスタはポーラがあらかじめこの廃屋にテレポート用の魔方陣と証拠隠滅のための魔法爆弾を設置していることに気がついた。そしてポーラは緑色の光に包まれ今にも顔まで消えかけようとしていた。

 「さよなら。もう私のこと、忘れてください」

 「ポーラちゃぁぁん!」

 クスタが駆け寄ったときには既にポーラは消えていた。後にはクスタと同じラベンダーの香りが残る。クスタが振り向くと床にはファーゴとアルマーニが倒れたままになっている。彼女は破れた扉から外に向かってあらん限りの声で叫んだ。

 「誰か、誰か助けてください!!」

 外で様子を見ていたヤヨエナが、続いて他のトロルがこちらへ向けて走ってきた。



 「うーん。もう、なんだってのよ~」

 ロマニーのスパイという正体がヘルハウンドのアルマーニに知られたアロロだったが、アルマーニにお尻を噛まれて、ディスクをポーラにあげたことをしゃべってしまっていた。

 その後、ファーゴとおぼしき悲鳴が廃屋のほうから上がり、アルマーニはアロロへの詰問をほったらかしにして廃屋へ向かってしまった。

 「でもポーラさまにはファーゴとヘルハウンドといえどかないっこないでしょう。あたた……」

 痛い腰をひきずって、彼女が廃屋に近づくと、ヤヨエナとクスタが他のトロルと一緒に

 ファーゴとヘルハウンドを御輿のように担いで村のほうへ逃げていくのが見えたので、アロロは慌てて草むらに隠れた。

 「まさか、私がスパイだってこと、知られちゃったわけじゃないわよね~」

 トロルの集団が逃げて行ったのを確認して、アロロは再び立ち上がり、廃屋に入った。

 ポーラが自爆装置をスタートさせたことに気がつかずに彼女はズカズカと入り、タンスの引き出しを開けて薬箱を出そうとした。

 「えっと、塗り薬は……」

 『アト、5秒デス』

 彼女は機械の自動音声に気がついて、テーブルの機械を覗き込む。

 「あらやだ」

 それがアロロの最後の言葉だった。

 大爆発!!

 

つづく

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