第5話『私みずからが出る』

 [1]

 ベルディアたちは戦岩の爆発時の火災から逃れるため、森に逃げ込んだ。

 ベルディアは草地に倒れこんだヤスミンに治癒魔法をかけて彼を回復させた。

 「あ……、ありがとう……、ございます」

 「礼はいい。それより森の火災を止めるのが先だ。おまえの窒息魔法で火元を消してもらうぞ」

 ベルディアが指をさした先には戦岩の残骸が激しく燃えており、森の木々も再び燃え始めていた。

 「炎の呼吸を止めるのですね。やって……みます」

 ヤスミンはヨロヨロと立ち上がり、迫る炎に向けて呪文を小声で詠唱してから叫ぶ。

 「ヤムモイ!」

 戦岩の残骸の炎のまわりに黄色い光の輪がまたたき、炎は瞬時にかき消えたが、木々に燃え移った火は勢いを増そうとしている。ベルディアは慌ててヤスミンをけしかける。

 「がんばれ! あと三ケ所だ」

 「わ、わかりました……」

 「ヤムモイ!」

 ヤスミンが魔法での消火活動をしているうちに、ベルディアはオークが持っていた水筒の水で顔を洗い、死んだ兵士の服をちぎって、ベーコンを殺害した直後の返り血を拭った。



 その頃、最前線にいる戦岩はある異変を感知していた。 

 「南よりの飛翔魔力を感知。飛行物体の反応あり」

 ここは女魔道士紫のポーラが乗る戦岩内の操舵室。ポーラ配下の女性オペレーターたちが忙しく働いている。黒に紫を一滴落としたミニスカートの制服は、なるべくしわを作らないようにゆっくり歩くのがここでのたしなみ。室内はラベンダーの香りに包まれ、まさに女の園という言葉があてはまろう。

 「敵機確認。クストール軍の偵察DM(ドリームス・ムーバー)と思われます!」

 1人のレーダー要員のこの声に、他のオペレーターの視線が彼女に集まり、室内のオペレーターのほとんどが緊張したが、次の瞬間ポーラが指揮官席から立ち上がり、視線はポーラに集まった。

 「来たか。ベルディアのヘタレが判断を誤るからこうなる。撤退するぞ!」

 自分の赤い髪で顔の左半分を隠した副官のヴィウが頷く。

 「わかりました。ベルディア様には……」

 「ヘタレ男との回線を開け」

 「はい」

 通信兵が羊皮紙上のコンソールを操作する。

 ポーラとヴィウの目が合った。ポーラは不安そうなまなざしを送るヴィウに対し笑って応えた。

 「安心しろ」

 通信兵がチューナーを調節する。どうやらベルディア艦との通信が途絶したらしい。次に通信兵はベルディアの持つ携帯念話機との回線を開こうとする。ポーラはその間、ヴィヴの耳元で囁く。

 「敵の艦隊が来るのだ。撤退しなければ我々が全滅する。それぐらいの算数はできる男だよ」

 通信兵がポーラのほうを振り向いた。

 「回線、開きました」



 「全軍撤退ですと!」

 グラーフの白い口髭が震えた。操舵室のスクリーンごしに映るのは、ベルディアの巨大な顔面であった。携帯念話機に付けられた眼球カメラからの魚眼レンズのような画像のため、自然と鼻の穴の中が見えるまで彼の顔がアップになる。

 『そうだ。ポーラが敵の偵察機を発見した。敵の艦隊に捕捉される前に国境を越える必要がある』

 「確かに。我々は艦隊の半分を失っています。撤退するしかないでしょう。ですが、禁書はいかがなさいます?」

 『それならば、先ほどバークレイに敵の禁忌兵器の残骸を回収させた。それに敵の隊長はこちらの手にある。禁書は手に入らなかったが、禁忌兵器とダークネスをこちらで量産できる可能性が見えただけでもこの戦いの意義はあったハズだ』

 「わかりました。撤退を開始しますが、一つだけ気になることがあります」

 『なんだ?』

 「バークレイと彼の部下の性格です。この前の戦でも、本国に連れていくハズの捕虜がオークたちに嬲り殺されています」

 スクリーンの中のベルディアの表情が曇った。嫌なことを思い出したらしい。

 『ああ、そうだった……。あれがなければもっと早く禁書の在り処を探ることができたのに……』

 「いかがなさいますか?」

 ベルディアは少し考えたあと、自分の秘書の容態を尋ねた。

 『……、エスノはどうしてる? それとエクストリームは飛べるのか?』

 「エスノ様は今、格納庫でエクストリームを整備しています。それが何か?」

 『彼女には悪いが、クガル・ダルオンの回収をしてもらう』



 クガルは手足を縛られたまま、バークレイの戦岩内の営倉に閉じ込められていた。薄暗い中で肉の腐った臭いが充満した部屋に藁だけが敷き詰められ、その上に彼は寝かされている。臭いをまともに嗅ぐと体の中の血が逆流しそうだった。ろくな手当てを受けられず、腹からは包帯越しに血がにじみ出て痛み、噛み締める口の中は血の味で一杯だ。

 (ざまあねえな……くそっ……、ザップガンまで回収されちまうとはな……)

 営倉の外にいる敵兵たちとオークの会話で、この艦内にザップガンの爆発後の破片が回収されていることを知ったクガルはまずは腕の戒めを解こうと、口の中で前歯の数本を舌でスライドさせて前歯の後ろに仕込まれた刃をせり出させて腕を縛っている茶色い縄を口に持ってきて噛み、敵兵が小さな窓越しに営倉を覗こうとする気配を察知しては元に戻りを繰り返していた。

 (あと、もうちょい……)

 縄があと数噛みで千切れそうになったとき、数人からなるコツコツと鉄の通路を歩く音が聞こえて、彼は慌てて作業を中断して気配の過ぎるのを待った。だが、気配はクガルの営倉の扉前で止まった。

 「おい、奴はまだ生きてるな」

 「はっ、自分が応急手当しました」

 どうやら営倉の門番と彼の上官が会話しているらしい。クガルは腹の痛さを堪えて、聞き耳を立てた。

 「奴はこの俺が直接殺してやりたいところだが、ベルディア様にとってこいつは重要人物らしい。たった今、移送の命令を受けたところだ」

 「どちらへ?」

 「グラーフの艦だ」

 「なぜですか? ベルディア様は先のエトフ会戦で捕虜を殺した我々をまだ信じられないと?」

 「その通りだ。1年以上経っても、まだ大魔導士さまの怒りは収まっていないようだ。別にポーラのとこでもいいかもしれないが、ポーラのとこにいるサッキュバスどもは“底なし”だからな、別の意味で殺されかねん。それでグラーフの爺さんが奴を運ぶことになった」

 「いいのでしょうか? 我々の仲間も奴1人に殺されています。先ほどもオークたちがこちらまでやってきて“奴を差し出せ、俺たちが私刑にする”と抗議しにきました」

 「まあ、俺たちは上の命令に従うだけさ。グラーフのところで奴の惨殺死体が上がったら上がったで、今度はグラーフが責めを負うだけだ。開けろ」 

 「はっ」

 キィとドアが開けられ、営倉の中に入ってきたのは上半身裸の戦士だった。

 「クストール軍第13独立部隊、通称“ステル防衛隊”……のクガル・ダルオン陸佐とお見受けする。自分は……」

 「よう、バク、久しぶりだな」

 呑気なクガルの台詞にバークレイの怒りは瞬時に沸騰し、拳を振り上げようとする。 だがクガルは余裕の笑みを浮かべた。

 「ま、待て、俺を万が一にも殺せばおまえはどうなる? オークどもから話は聞いたぞ。ここで俺が死ねばおまえは折角手に入れたこの戦岩から降ろされるんだったな」

 「……そうだった……、クソッ!」

 バークレイは拳を静かに下ろす。そしてクガルの右足を見てとった。クガルの膝から下には銅でできた鈍い光を放つ義足があった。義足の男はゆっくりと昔のことについて想いをめぐらせた。

 「バク……まさかおまえが敵の士官になっていたとはな……」

 「貴様こそ! なぜクストール軍などにいる! そして、その……脚はどうした?」

 「傭兵を辞めちまうと、お互いこうなっちまうといういい見本だな。俺たちは……。ああ、この脚はちょっとしたトラップにひっかかって切断されてな。以後、この義足を使っている」

 「大人しく戦のない国で暮らしているものとばかり……、家族がいるんだろ」

 「その戦が無かった小国に攻め込んだのは、他ならぬ今、おまえが所属している軍だろーが」

 「何?」

 「エトフに居たんだよ」

 「そうだったのか!?」

 「一時期、家族総出でクストールからエトフに移り住んだ途端に、おまえらが攻めてきたんだよ。小国を渡るうちにロマニー軍の士官の中に、過去マンチェストに所属していた元傭兵たちの噂が立っていてな。どこに行っても、マンチェスト出身者は嫌われた。結局クストールに戻ってきても、村八分を避けるために俺は防衛隊に入らざるを得なかった」

 「……」

 「息子もDT乗りになって、野盗やオークどもを退治したり、DTを改良するうちに、イチからDTを作りたくなって、DTを開発している間にアレヨアレヨと階級が上がってな。防衛部隊を率いるまでになっちまったと……いう訳なのさっ」

 クガルはそう言ってから自分の頭を床の藁に向けて自由落下させた。

 「……」

 「ところで何の用だ? 俺の昔話を聞きにきたわけじゃあるまい」

 落ち込んでいたバークレイはハタと我に返り、クガルを見据えた。

 「そうだった。おまえの身柄を別の戦岩に移すために使いの者が来るそうだ」

 「ほう。まさか紫の肌の巨乳お姉さん? 最近、アッチ方面はトントごぶさたしていたところだ」

 クガルは頭を起こした。彼の目には普通の男がヌードグラビアを流し見するような喜色が浮かんでいる。

 「違う。グラーフという元からロマニーにいるカタブツ爺さんのところだ」

 「なんだ、つまらん」

 クガルはいじけた素振りで、首を振りながら自分の頭を床に落とした。バークレイが真剣な表情になって、捕らわれの男に裏切りを持ちかける。

 「なあ、ロマニーに亡命しないか? 元傭兵でクストールに入ったばかりとか言えば、我々の軍団に損害を与えたことは上量酌量の余地があるし、裁判になったら俺も証言台に立つ。特に“命の見返り”として戦岩を一撃で沈めたあの兵器や、明らかにこれまでのDTより性能がいいあの黒いDTを作ることができれば家族ともども……」

 「おまえはそうやって、ウチの人間を何人そっち側に引き込んだ?」

 「おいおい、怖い顔して睨むなよ。それにスカウトしたのはうちの部隊の人間じゃない」

 「じゃあどこの部隊だ。そしてどいつをスパイにした?」

 「それは……、おおっと! 危うく誘導尋問に引っかかるところだった」

 「フン。バクも成長したってことか?」

 その時、バークレイの後ろの扉が開き、彼の部下が営倉に一歩入り、槍を立てて敬礼した。

 「失礼します。グラーフ艦からの使いの者が到着しました」

 「おまたせしました。えっ?」

 エスノが兵士の後ろから営倉に入った時、彼女は6年もの前に傭兵部隊内で会った、憧れの男が今は捕らわれていることを知った。バークレイとクガルは彼女の顔を見て驚いた。6年前の男女が再開した瞬間だった。

 「えええっ!!」

 エスノの絹を引き裂くような悲鳴が戦岩じゅうに響いた。



 [2]

 ベルディアの艦が不時着して爆発した跡地ではベルディアの指揮の下、朝もやと山火事の後の煙が漂う中、オークたちが戦岩の爆発した残骸の後始末をしていた。焼死体を埋葬し、自軍のDTの残骸があればそれを回収し、動かせないものが出てくれば、軍事機密を守るためヤスミンが魔法で破壊した。

 その作業の途中、驚くべき知らせが空中の戦岩にいるグラーフから地上にいるベルディアの耳に飛び込んできた。

 「なんだと! ダークネスをほぼ無傷で回収できそうだと?」

 『はい。ベルディア様直属のブラッド隊のニフからの通信を受けて、ダークネスを倒した現場に我々の艦隊が急行したところ、ニフ機とダークネスを発見しました』

 「でかした! ブラッド隊長に褒美をとらせよう」

 『……。残念ながらブラッド隊はニフを残して全滅しました。彼の話によると、ブラッド隊長とボブ、エイの機体はダークネスが手から繰り出す光線に木っ端微塵にやられたのだそうです』

 それを聞いたベルディアは首を捻った。スパイからもたらされたダークネスの設計図を見たときは、そのような機能はなかったと彼は記憶していたからだ。

 「ダークネスにそんな内蔵火器があるのか?」

 『はい。“ある”との報告です』

 「ところでほぼ無傷だと? ダークネスの搭乗者はどうした? 拘束したのか?」

 『いえ、ブラッド隊の3機を破壊した直後、ダークネスから搭乗者が出てきて、空を見上げて手を広げ、何かを叫ぶと太陽に向かって一直線に飛んでいったとのことです』

 ベルディアの目が点になった。そして急に優しい口調になって、老士官を問いつめようとした。

 「グラーフ……くん?」

 『はい』

 「おまえは子供のたわごとを本気で信じるのか?」

 『それはニフのことですか? 彼は子供ではありません。ああ見えても19歳の成人男性です』

 「ニフはどこから見ても10歳以下にしか見えないぞ。……まあいい、ともかく搭乗者は逃げたんだな」

 『はい。あとお言葉を返すようですが、敵は戦岩を一撃で破壊できる程の兵器を作る技術力があるのですから、浮遊呪文を発展させた新魔法を秘密裏に開発できたとしてもおかしくはありません。ここは常識のほうを疑うべきです』

 「うーむ」

 『ダークネスの回収の許可をお願いします』

 「わかった。許可する。ただし敵が安易にDTを捨てたとは考えにくい。自爆装置が作動するやもしれん。十分に警戒して回収作業に当たれ」

 『はっ』

 「ダークネスの回収が済んだら、急いで我々を回収しろ、それから一気に高度を上げて国境を越える。わかったな」

 『はっ、司令官殿。失礼します』

 ベルディアは通信を切り、マグが敵に乗っ取られて自爆した光景を回想した。


 ×ベルディアの回想シーンはじめ×

「マグに乗っていた敵は逃走した模様。マグはオークたちの手に渡ったようです」

 「なに? 拡大投影しろ」

 ×「ベルディアさま……」雑音消去×

 スクリーンに100メートル先の景色が投影され、マグに乗ったオークが誇らしげに万歳とばかりに両手を上にあげたその刹那……。

 ×「……さま……」雑音消去×

 ベルディアはオークの後ろにある自爆装置のランプが点滅していることを見逃さなかった。

 「いかん! そこにいるオークどもはこっちに……」

 そう彼が言おうとした時、マグは爆発した。

 ×回想シーンここまで×


 「ベルディア様!」

 ベルディアの隣でヤスミンが叫び、ベルディアは我に返った。

 「すまん。考え事をしてた」

 「こんな時に考え事なんかしている場合じゃないでしょう。ダークネスの設計図を収めていたオークの脳が潰れていました。再生は不可能です」

 (そういえば先ほどまでそれをヤスミンに探させていたな)

 ベルディアは自分が指示していた事を思い出したが、急にヤスミンに笑顔を向けた。

 「ヤスミン、安心しろ。ダークネスが無傷で手に入りそうだ」

 「まさか……。でも、また自爆するのでは?」

 ヤスミンが不安そうな顔でベルディアを見る。

 「今、グラーフの部隊が回収するところだ」

 「もう一度、グラーフに自爆のことを警告すべきでは……」

 「それもそうだな」

 ベルディアは再び携帯念話機でグラーフを呼び出す。

 「グラーフか?」

 呼び出しに応えたグラーフは慌てた様子で受話器を受け取った。

 『大変です。司令官殿のおっしゃる通り、ダークネスが自爆のカウントを始めました。ただ今、ニフがたった1人で解除作業にあたっています』

 「なんで子供にやらせるか!」

 『だから彼は19歳で既にDT技能検定二級を持っています。……、うん? ……わかった』

 どうやらグラーフは彼の副官から何かを聞かされたらしい。声が喜びに満ちている。

 『やりました! ニフが自爆装置を解除しました。これより回収作業を開始します』

 「わかった。頼んだぞ」

 『はっ、司令官殿!』


 念話機を切ったベルディアは困惑していた。

 「あやしい……」

 「自爆したのですか?」

 隣にいるヤスミンが聞いてきた。

 「いや、その逆だ。自爆装置の解除に成功した」

 「良いことではありませんか。なぜ、そのような眉毛を八の字にして困った顔をするのですか?」

 「DTの自爆装置は子供ごときが解除できるシロモノではないぞ」

 「クストール軍の自爆装置は我が軍のそれより単純な構造になっていたのでは? それよりもなぜベルディア様はホムンクルスに対して差別的な態度を取るのですか?」

 ベルディアはヤスミンから視線を逸らして答えをはぐらかす。

 「さあな。ともかくブラッド隊長というご主人様が死亡したにもかかわらず、ニフ君はロマニー軍の一員として活躍している。そのことが“あやしい”と考えただけだ」

 「……」

 太陽は彼らの真上に来ようとしていた。昼の活動が苦手なオークたちの眠る時間が迫ってきていた。



 [3]

 「よし! 作戦通りだ。父さんが収容された艦とは違うけど、戦岩の中に潜入することができたぞ」

 「ファーゴ、あれは危なかったわよ。なんで自爆装置なんかを仕掛ける必要があったの?」

 ここはグラーフの戦岩内の格納庫。薄暗い格納庫内をさらに暗くする黒いDTダークネスと灰色のDTマグが対照的に立たされている。

 ニフがこの戦岩の艦長、グラーフから聞いたところによると、格納庫内にいた整備員の2人はDT乗りをも兼任していた。彼らはマグに乗って地上に降りてしまい、クガルによって殺されたのだという。他の兵士、騎士たちも前線に出されて防衛隊に殺されるか、クガルの仕掛けた地雷などのトラップにかかって死に、整備員の助手をしていたオークたちは朝になったので眠ってしまったとの事で、結果的に格納庫は人がいない状態になってしまったという。

 ファーゴとラフィはそれぞれダークネスの車輪を割ったような形の右と左の脚部装甲に隠れて、ロマニー兵士を欺き、彼らのダークネスの回収(ほとんどがバークレイの部隊によるもの)によって敵の艦内に潜入することができたのだ。

 「しっ。大きな声を出すな、敵に見つかる。いいか、敵にダークネスを捨てたと思わせるためにはそれなりの演出が必要なンだよ」

 「あんたが勝手にそう思ってるだけじゃないの? しかも解除作業をニフ君1人にやらせるなんて酷いじゃないの。いつ爆発するかハラハラしたんだから」

 「だから“演出”だって言ってるだろ。いよいよ危ないというときには……」

 ファーゴはパンツのポケットから手のひらに収まるぐらいの小さな青いボタンのついた機器を取り出した。

 「このハクションリプレイっていう無線機で瞬時にカウントをリセットして、解除しました! と……、ぐぇっ!」

 ラフィは発作的に両手でファーゴの首を絞めて左右に振った。

 「どうして、そんな大事なことを言ってくれないのよ、この野郎!」

 「やっ、やめろっ」

 「お姉ちゃんたち。仲良さそうだね」

 ラフィは横からの少年の呼びかけにハッとして、彼女はファーゴを絞めていた両手を離した。

 ファーゴがふとニフ少年を見ると、トースト数枚にレタスのサラダ、コーヒーを入れたマグカップ2つがお盆に乗せられていた。コーヒーからは湯気が立っている。

 「朝食を持ってきました。冷めないうちにどうぞ」


 戦岩の上窓から朝日が差し込み、いじらしい笑顔のニフを照らす。ラフィは少年のその光景を見て、たまらなくいとおしくなった。

 「美少年が作った朝食をいただくなんて光栄ですわ」

 「おい、さっさと食べるぞ。ニフ、そっちの木箱の上に置いてくれ」

 「あんたって、なんでそうムードをぶち壊しにする訳?」

 「そういうおまえこそ、敵のいる艦でムードとかモードを言うなっての!」

 ファーゴはそう吐き捨てて、四角いバターの切れ端が溶けかけているトーストにパクつき、コーヒーを啜り、ゆで卵を割って入れたサラダにフォークを突き刺してバリバリ食べ始めた。

 「あ……、ご主人様も早く食べて……」

 「見苦しい奴を見せてごめんなさいね。では、いただきます」

 ラフィもトーストを食べ始める。

 「それにしてもファーゴ、なんで“ヘルハウンドは鍾乳洞にカエレ!”ってグッチたちに酷い事言うの……」

 「そりゃ(モグモグ)現時点で本作戦、つまり戦岩がこのまま撤退して国境を越えるまでに父さんを奪還する“ゲットバック作戦”の戦力にならないことと、仮にグッチたちが炎を吐けたとしても攻撃力が高すぎて(モグモグ)戦岩ごと破壊してしまいかねない、イコール僕たちも死にかねない。あとウィルダム以外の鍾乳洞の守りが(モグモグ)必要だというこの3点だな」

 「貴方ってよくそんなに頭が廻るわね」

 「そうかな? ともかく父さんからは“戦場では冷静な判断を欠いた者が死ぬ”って良く聞かされたから……」


 ファーゴはトーストを2枚食べ終えたところで、ニフの分のマグカップがないことに気がついた。

 「あれ? ニフ君の分は?」

 「あんた、相当ニブいわね……、これは何で付いたと思うの?」

 彼女はそう言って、自分の左の太ももを指差した。そこには包帯が巻かれ、うっすらと血がにじんでいる。形は歯形をしていた。

 「そうか、仕え代わりの儀式? ラフィは受血体質だったな」


 ヒト型のホムンクルスは普通の人間より成長が遅く、50歳でやっと外見が成人になる。ただしそれまでに月に1回は“受血体質”の人間から血液を一定量吸わなければならない。そのため彼らは、受血体質の人間と契約を結び、その人物を“ご主人様”と呼んで、その人の命ずるままに働かなくてはならないのだ。


 「そうよ、代々エルドリッチ家はこれで財産を築きあげてきたのよ。貴方もわたしと一緒に覗いたじゃない」

 「何を?」

 「わたしの兄さんが拷問部屋で12人のメイド……もといホムンたちに一斉に体中のあちこちを噛まれた光景を……」

 ファーゴは視線を天井に移して当時のことを思い出そうになって気持ちが悪くなった。

 「……、あれは酷かった。というか、食事中に思い出させないでくれ」

 苦虫を噛みつぶしたような表情のファーゴを尻目に、ラフィはトーストにパクついた。その時。けたたましいサイレン音が艦内に響いた。

 「警報?」

 艦内で警報が鳴り響き、次に老人の声が格納庫の上階にある伝道管から発せられる。

 『総員、戦闘体制をとれ! 敵の捕虜が脱走し、現在バークレイ艦内で戦闘中。繰り返す、バークレイ艦内で戦闘中。捕虜の名前はクガル・ダルオン!』

 「父さん……」

 立ち上がり呆然とするファーゴの横で、ラフィは一気にトーストのカケラを口の中に入れた。それから彼女はコーヒーを飲んでカケラごと飲み込み、ニフに指示する。

 「ニフ、ここの艦長につないで」

「はい」

「自分がダークネスで出撃しますと言って、上のハッチを開けてもらって」

 「はい」

 ニフは伝道間がある上階へ梯子を上り、ファーゴはダークネスに駆け寄って、装甲の一部のボタンを操作し、コックピットをせり出した。

 「僕はダークネスで出る。ラフィとニフはそっちのマグで援護射撃を頼む。武装は長銃でいい」

 「なんでよ、わたしはマジックミサイルポッドを撃ちたいのに」

 「ばか、それだと父さんごと戦岩が爆発する。威嚇でいいから銃を撃て、ただし僕に当てるなよ」

 ファーゴがダークネスに乗り込むのと同時に、上からニフが下に向かって叫ぶ。

 「出撃許可が下りたよ。ハッチが開くからね!」

 そう言うが早いか、岩の軋む音と共にハッチが左右に開き始めた。ラフィもマグに乗り込み、格納庫の壁から長銃を取り、バーニアを吹かして機体をゆっくり上昇させた。

 ファーゴが搭乗したダークネスも背中に背負ったDT用の巨大な剣の柄を取り、ジャンプする。

 「マグリット!」

 ダークネスは一気にラフィの乗るマグよりも高く飛び上がり、戦岩の上部甲板に着地した。

 ファーゴはダークネスの視点となり、地上とバークレイの戦岩を見た。3つの戦岩は地上から約50メートルの低空で飛んでおり、まだ敵は国境を越える気がないようだ。

 北の森で火災を逃れた木々の一部が戦岩の下部に触れて倒れる木もあった。

 「こんなに低空のまま飛んでいる? まだ回収するものがあるのか……」

 バークレイの戦岩上部の甲板が爆発した。爆発のあったところを拡大すると甲板に大きな穴が開いている。さらに戦岩の下部から、羽の生えたDTが下へ落ちていった。

 「エクストリーム! エスノが乗っているのか?」

 エクストリームは落下中にバーニアをふかして墜落を免れた。ファーゴはそれを見て相手が敵であるにもかかわらず、なぜかホッとした。

 コックピットにいるファーゴの元にラフィから念話機を通じて声が届く。

 『貴方、剣だけで戦えるの?』

 「大丈夫、おまえじゃないから」

 『ひっどーい!』

 「DM形態に変形して先にいくぞ!」

 ダークネスが乗るグラーフの戦岩とバークレイの戦岩の間隔は約90メートル。対してダークネスのマグリット2段ジャンプは60メートルが限界だ。バークレイの戦岩内での戦闘を抑えるためグラーフとポーラの戦岩が両脇から徐々に間隔を縮めていたが、ジャンプに余裕のある距離まで近づく時間がファーゴにはなかった。

 (父さん……無事でいてくれ……)

 ダークネスはジャンプを開始し、ファーゴはコックピット内の右下にある変形レバーを思いっきり手前に引いた。途端にダークネスは空中で手足を前に出す前屈姿勢になり、両腕が車輪を半分割ったような形のパーツになり、脚部の同様のパーツと合体する。背中から後方に向けて尾翼とバーニアがせり出し、さらに脚部から羽が展開して双胴の戦闘機の形に変形した。

 この世界での戦闘機は“ドリームズ・ムーバー”通称“DM”と呼ばれる。ダークネスは戦況に応じてDT形態とDM形態のどちらにも変形が可能な機体であった。

 「いくぞ!」

 DM形態のダークネスは風に乗ってあっという間にバークレイの戦岩の上部甲板にたどり着いた。DM形態から元のDT形態に戻る。すると、ファーゴの背後から電子音の警報が鳴る。ファーゴはダークネス視点から意識を外して自分の後ろにある戦闘可能時間のメータを見て唸った。

 「格納庫のランカ液は不良品だったか……、あと10分もない……、クソッ」


 ランカ液とはDTの人工血液だ。白血球や赤血球、血小板にあたるのは人間に養殖され、各々に単純な命令を与えられた“ダブ”と呼ばれるノミよりも小さなタガメのような虫で、彼らが液体の中を泳ぎまわり、人工心臓を動かす燃料を運び、動作に必要な人工筋肉部位に集合しDTの関節が動く仕組みになっている。

 ダークネスの人工心臓を動かす化石燃料はまだ2時間ほど余裕があるが、ランカ液はダブ自身が吐き出す排泄物によって時間が経つごとに汚れていき、しまいにはダブ自身が排泄物に詰まり窒息死していく。そのためDTは6時間30分ごとにランカ液を交換しなければならなかった。

 ちなみにDT知識の乏しい人は“化石燃料”と“ランカ液”を合わせて“燃料”と呼んでいる。


 ダークネスは急いで爆発で甲板に大穴があいたところまで走った。ファーゴの想像したとおり、やはり眼下では格納庫でのDTマグの同士討ちの光景が見えた。

 一機のマグが機関室の扉を背にして、4機のマグを相手に銃撃戦をしている。ファーゴは急いでスピーカーのスイッチをオンにして機関室前のマグに向かって叫んだ。

 『父さん!』

 だが父が乗っているであろうマグは、右手でDT用の銃を撃ちながら左手を振る。

 『ファーゴ! こっちに来るんじゃねぇ!』

 『撃ち方やめ!』

 四機のマグのリーダ機らしきDTから声がした。さらにそのマグは首を上に向けて、こちらに来るように手招きする。

 『その声はファーゴ君か? 驚いたな、いつダークネスを奪い取った? いいからこっちに来い、顔を見たい』

 『誰だ?』

 『おいおい、質問に質問で答えるなよ。忘れたか、バークレイの小父さんだよ』

 ファーゴは目を見開いて驚いたが、直ぐに気を取り直し、ダークネスに剣を構えさせる。

 『昨日から元マンチェスト傭兵団に会うことが多いな。その小父さんがなぜ父さんと戦っている?』

 バークレイに向けて話しかけていると、何かの音が鳴っていることに気がついた。コックピットの中で小さな音ながらも、念話機が一定規則の音を立てている。

 “スッ・チャチャー・イイ・イイ・スー・チャッ・チャッツー・ツー”

 (これは……、イマカヤ信号! 父さん?)

 イマカヤ信号とは我々の世界でいうところの“モールス信号”にあたる。この世界の戦場では時として必要な暗号伝達方法だ。


 クガルが自分の息子に対して信号を送っていることをバークレイは知らない。

 『自分は、捕らえた捕虜を捕らえなおすために威嚇射撃を行っているにすぎん』

 ファーゴはバークレイの警告を聞きながら、自身のいるコックピット内に響く音を頭の中で解読し、さらにこちらからも交信を試みていた。

 (コチラ、ファーゴ、大丈夫カ?)

 (ソノママ、バクト話セ)

 (トウサン、今タスケニイク)

 (腹カラノ血ガ止マラナイ、オレハモウ助カラン)

 『それよりもファーゴ君、今の状況を理解しているか?』

 (ラフィヲ連レテ来タ、治癒魔法カケル、治ス)

 (無理ダ、モウ自爆装置ヲセットシタ。カウント、50)

 『この艦の左右に戦岩が展開し、砲手はファーゴ君を狙っているハズだ』

 もう、ファーゴにはバークレイの警告は聞こえていなかった。急ぎ念話機に向かって返事を打ちながら、ダークネスのすり足機能をオンにして、じりじりと穴に近づく。 

 (ナンデ、コンナコトヲ?)

 (コノ艦ニハ、ザップガンノ破片ガ回収サレテイル、コノ艦ゴト破壊シナケレバ、敵ガ、ザップガンヲ作ルカラダ)

 『君と君のお父さんはここから逃げることは無理だ』

 もはやグズグスしていられなかった。ダークネスは身を屈めて跳躍する準備をする。

 (遺言、ダークネスノ右手第二結節タ……ノ……ム)

 『こ、このバカヤロー! 遺言だとぉ! ふざけやがって!』

 ファーゴの叫び声と共に、ダークネスはクガルの乗るマグに向かってジャンプした。

 『撃て!』

 バークレイは躊躇せずに部下に指示を出した。とたんに敵からの銃撃が再開される。



 [4]

 エスノは落下するエクストリームの中で泣いた。そして心移りする自分の心を責めた。

 「クガルとベルディア様……、私はどっちが好きなの? ああっ……、このまま死んでしまいたい……」

 

 少し時間を巻き戻す。

 エスノは営倉でクガルと再会したのち、彼の足を縛っていた縄を切り、後ろから短刀で彼を脅しながら格納庫へ向かった。途中までバークレイがついてきたが、兵士の1人がベルディアから通信が届いていると聞き、操舵室へ走っていった。

 エスノとクガル、2人っきりで細い通路を歩く。クガルの足が滑り床に倒れた。

 「くそっ、義足がホントに壊れやがったぁ!」

 だが、クガルは義足が壊れ、両手が拘束されていて思うように立てないらしい。エスノはたまらず短刀を懐にしまい、クガルの背中に手を回して引っ張り上げた。

 「大丈夫ですか?」

 「バカ、こういうときは捕虜の横っ腹を蹴り上げて“とっとと立ちな、このクソ野郎”って言うんだ。教えた……はずだろ……」

 エスノはクガルの顔が青ざめ、足が小刻みに震えているのを見て、そのまま強く強く彼の肩を抱いて格納庫へ急いだ。

 義足が鉄の廊下に当たるたびにカナキリ音が響く。クガルは彼女に尋ねる。

 「エスノよぅ。おまえロマニー軍に入ったって……何故だ? おまえのおふくろさんは病気が持ち直したハズだぜ……」

 三年前、彼女は自分の母親の高額の治療費を稼ぐために畑を耕す彼女の兄の反対を振り切って人殺しでお金をもらう、傭兵のギルドに就職した。

 マンチェスト傭兵団が解散させられる直前に彼女は最後の手術代金を振り込み、母は新しい肝臓を移植され快方に向かった。だが……、

 「……、母も兄もクストール軍の空爆にあって殺されました。それで……」

 「復讐のためにロマニーに入った……、という訳か……?」

 唇が紫色になったクガルの問いにエスノは頷いた。エスノの脳裏には復讐の他にも黒髪の魔導士の顔もよぎったが今は……彼と一緒に歩きたかった。

 クガルの説教が続く。

 「もうギルドは……、守ってくれねぇってのになんでそんな泥道に入った? いいか、俺の遺言だと思って聞くんだ。おまえは復讐なんて考えずに軍を辞めろ。おまえ……、みたいなお人好しは軍隊では他人に利用されて、いい踏み台になって、しまいにゃ……友軍に後ろから撃たれるのが関の山だ」

 「!」

 エスノは言葉を詰まらせた。今、彼が言ったことは間違いなくベルディアに利用されて殺される自分の姿と重なったからだ。

 「第一、お前の兄貴は軍人を憎んでいた。いつだったかそいつ、俺の胸倉を掴んで妹に人殺しをさせるな!って食ってかかったことがあったよな。おふくろさんだってそうなんだろ? その二人が天国で、いいか、天国でおまえが人殺しをするのを喜んでみていると思うのか!」

 突如、クガルは拘束された両手でエスノを突き飛ばした。エスノは床に転ぶ。

 「なっ、何を!」

 彼女は懐から短刀を抜こうとする。

 「そう、おまえの体には傭兵の血が染み付いている。その人殺しの武器をすぐに手にするのがいい証拠だ」

 「……」

 「さあ、俺を殺してみろ!」

 クガルは両腕に力を入れて縄を引きちぎった。営倉の中で彼は縄を引きちぎれる手前まで縄に切り込みを入れていたが、それを知らないエスノはまだクガルにこんな力があることを知り驚いた。

 エスノはかなわないと知っていても、短刀を持った彼女の腕は自然とクガルの胸を突こうとする。クガルは難なく短刀をかわす。

 「だから、おまえは軍隊に向いていないんだっての!」

 クガルはそう言いながら、エスノのみぞおちに右手の拳を沈み込ませた。急激にエスノの血が頭に上り、彼女は気を失った。

 「……」

 「おい、そこのオーク、この姉ちゃんが乗ってきたのはどのDTだ?」

 意識が戻りかけたエスノは宙に浮いた感覚のまま、外でクガルが何かを言う声に気がついた。だが再び気を失う。

 「……」

 「ああ、オークどもがマヌケで助かったぜ。よいこら、しょ」

 『おい、起きろ!』

 クガルの念話機ごしの声がエスノの頭に響く。

 「!」

 気がつくと彼女はDTのコックピット内に搭乗させられていた。シートベルトがしっかりと彼女の体を固定している。

 (念話機……確か壊れていたハズだったのに……)

 『黙って落とすと化けて出そうなんでな、起きてもらった』

 「これはエクストリームの……、クガル! 何をするつもりだ?」

 何かのハッチが開く音がする。エスノは急いでコックピット内の機器を起動させて目をつぶり、エクストリームの視界を得た。

 「えっ!」

 なんとエクストリームは格納庫の壁からの触手にからみ捕らわれたまま、下部ハッチが開こうとしていた。下を見ると、森の木々が見える。エスノは格納庫にいるであろうクガルを探した。果たしてすやすやと眠ったオークたちのそばで、携帯念話機を持ってしゃがんでいるクガルを発見した。彼の顔を拡大すると、微笑みを浮かべた表情を発見し、エスノはホッとした。彼の唇が動く。

 『これから上部ハッチを爆破する。おまえの機体が爆破したと思わせるのと、この戦岩に国境を越えさせないためだ。おまえはこのままエルダ王国に行って亡命しろ。エルダの管制塔と交信しやすいように念話機を修理しておいたからな』

 「何を勝手なことを言っている!」

 『じゃっ!』

 その声と同時にエスクトリームは拘束から解かれ、落下をはじめる。

 「おい! まだ話は……」

 上部ハッチが爆発し、閃光がエスノの視界をホワイトアウトさせた。

 「!」

 エクストリームが地上に落下する寸前に、エスノは舵を引いて、ボタンを押す。バーニアを噴射して機体の墜落を回避した彼女は涙を手で拭った。

 『……ザーー、おう……せよ……、こちらベルディア、エスノ、応答せよ!』

 エクストリームのコックピット内にベルディアの声が響く。

 機体は水平飛行に移行し、このまま東へ300キロを飛べば、エルダ王国への国境へとたどり着くだろう。

 『エスノ、応答しろ!』

 「……(このまま無視すれば……、どうしよう……)」

 ああっ……。

 エスノは迷い、戸惑いながらも念話機の受話ボタンを押した。

 「こちらエスノ」

 『どうした! バークレイの戦岩が爆発したぞ』

 「……、クガル……、クガル・ダルオンが……」

 『脱走したというのか!』

 「……」

 『どうした! 返事をしろ』

 「申し訳……ありません……」

 エスノがうなだれると、ベルディアは念話機の向こうで、舌打ちしてからエスノに命令を下した。

 『たった今、ポイントを指定した。私のところに飛んで来い』

 見るとコックピットの左側面に掲げられた羊皮紙上に立体的に地形が表示され、エクストリームの現在位置を示す緑の光点と、目標地点となる青の光点が表示された。

 『急げよ!』

 「はっ!」

 エクストリームは上昇し、西へUターンを開始した。


 「それにしても、我々が地上にいなければエクストリームを発見できませんでしたね」

 「何が言いたい」

 双眼鏡から目を離したベルディアはヤスミンの方を見やった。

 「てっきり彼女は……、我々を裏切るものと思っておりました」

 「グラーフからの報告を信じていないのか?」

 「そうではありません。彼女が記憶喪失を装った可能性があります」

 「何を根拠に……。おまえの勘だとでも? だが、現にエスノはこちらに向かってきているぞ」

 エクストリームがベルディアのいる所に向かって飛んできた。ベルディアはここだと叫びながら、手を振る。

 「ベルディア様、少しは警戒してください」

 「ヤスミン、そういうのを“杞憂”というのだ。私が彼女に女の喜びを教えたのだぞ」

 エスクトリームがひらけた場所を見つけて、垂直にゆっくりと着陸する。ベルディアは着陸予想地点まで駆け寄ろうとする。ヤスミンも疑いを知らぬ上官を追いかけていく。

 

 エクストリームはベルディアから10メートルも離れていない場所に着陸し、コックピットハッチを開けた。中からエスノが飛び出してくる。

 「ベルディア様!」

 エスノはそう叫び、ベルディアに駆け寄って抱きついてきた。彼女は泣いているようだ。

 ベルディアは彼女を笑顔で向かえ、後ろから走り寄ってきたヤスミンを見やる。

 「だから、杞憂だと言った」

 ヤスミンは悔しそうな顔をしながら2人を見た。

 それを知ってか知らずか、ベルディアは抱きついてきたエスノの頭を撫でると、その手で彼女の顎をさわり、彼女の顔を上げさせ目を合わせた。

 「エスノ、早速で悪いが、選手交代だ。私があれで出撃する」

 エスノは頷く。元々エクストリームはベルディアの専用機体であるからだ。

 ベルディアはエスノから離れ、携帯念話機でバークレイを呼び出した。

 「こちらベルディア。バークレイ、応答せよ」

 『……』

 バークレイの声はイヤホンごしにベルディアにしか聞こえない。エスノは自分の上官の発言で会話の内容を探るしかなかった。

 「今の爆発はクガルの仕業か?」

 『……』

 「なんて……、ことだ……。グラーフの報告が、まさか本当だったとは……」

 『……』

 「元クガルと行動を共にしていた男が……、言うな!」

 「!」

 エスノは言葉を詰まらせた。やはりベルディアはクガルと同じ傭兵集団にいた男を信用していなかった。裏を返せばエスノもベルディアから見れば、信用のおけない人物だと思われている可能性が高い。 

 「私はこれから士気高揚のために、本作戦に参加した全将兵に向けて演説を行う」

 『……』

 「いいか、裏切り者だと思われたくなければ、私の演説の最中にクガルとファーゴ、親子もろとも射殺せよ。ただし、あまりダークネスに傷をつけるなよ!」

 ベルディアはバークレイとの念話を切った。

 それから彼はチャンネルを全部隊放送に切り替えてゆっくりと言い放つ。


 『ロマニー軍第5艦隊の全将兵に告ぐ、全将兵に告ぐ、司令のベルディア・ヴォクトである。

 ベルディアより本作戦に参加した、勇敢なる将兵に告ぐ。

 諸君、我々はこの戦いで部隊の半分を失った。

 だが、志半ばで倒れた殉教者は、決して無駄死にではない。

 敵の最新DTダークネスと、強大な破壊力を秘めた禁忌兵器をこの手中に収めたのだ。

 これら兵器を敵よりも多く量産することができれば、必ずや次の作戦で完全なる勝利を……』

 閃光!

 演説中のベルディアの目の前で、バークレイの戦岩から耳をつんざくほどの爆発音が響く。

 飛行する円盤状の戦岩の中心から上下に向けて火柱が上がり、まるで火柱を軸とした“コマ”のようにも見える。

 内部での爆発が続いているであろう戦岩は急激に高度を下げてベルディアたちのほうへ落ちようとしていた。

 そして上部甲板に黒いDTが何かを持ったようにして這い出てくる。

 「あれは、ダークネス……。バークレイめぇ~、失敗したな!」

 ベルディアは首から下げた双眼鏡を再び手にして、火柱の立つ戦岩の甲板を見た。ダークネスはマグから降りてきたピンク色の髪の毛の少女に包みを渡したようだ。

 その光景を地上から憎々しげに見ていたベルディアは、演説を中断したまま急いで携帯念話機のチャンネルを変えて、生き残っているポーラとグラーフを呼び出して怒鳴った。

 『もはや、おまえたちにまかせてはおけん! 私みずからが出る!!』

 ベルディアは死地に行く覚悟を決めた。

 「ヤスミン、預かってくれ」

 「ベルディア様、何をするおつもりですか!」

 彼はヤスミンに携帯念話機と双眼鏡を渡し、マントを脱ぎ捨て、先ほどまでエスノが乗っていたエクストリームのコックピットに入っていった。ヤスミンとエスノは揃って叫ぶ。

 「ベルディア様!」

 「無茶です。お考え直しください」とヤスミン。

 「おやめください!」とエスノ。

 「ヤスミン、私にもしものことがあれば、おまえが副司令として命令を下せ。禁忌の新兵器とダークネスの捕獲はあきらめるが、しかし、しかしだぞ! 私は……、あの忌々しいクガル親子を許すわけにはいかん!」

 ベルディアはコックピットハッチを閉めて、エクストリームを立ち上がらせた。

 「べっ、ベルディア……、さまぁぁぁ」

 ヤスミンは泣き出し、鼻水を垂らしながら、なおもエクストリームの足に取りすがろうとする。それを引き剥がしたのはエスノだった。

 「離せ! エスノ! おまえ、裏切ったかぁぁ」

 「ヤスミン様、ベルディア様が出撃なさいます。危険です」

 エクストリームは上昇し、クガルの息子、ファーゴの乗るダークネスに向かって飛んだ。 



 [5]

 時間を少し巻き戻す。


 『こ、このバカヤロー! 遺言だとぉ! ふざけやがって!』

 ファーゴの叫び声と共に、ダークネスはクガルの乗るマグに向かってジャンプした。

 とたんに敵からの銃撃が再開される。

 バークレイを含めた敵のDT乗りたちは、てっきり自分たちが攻撃されるものと思い、ダークネスがジャンプをする前の空間に向けて銃を撃っていたが、弾丸は虚しく空へと跳んでいく。

 『でぃやああ!』

 ダークネスはクガルの乗るマグの目の前に着地した。搭乗者を傷つけない範囲でマグの胸部左に剣を浅く突き刺す。ダークネスは剣を真横に向けて切断していき胸部を一文字に斬っていった。

 『なっ……』

 バークレイはその様子を見て言葉を詰まらせた。

 ファーゴがクガルを助けるためにダークネスを動かしていることは一目瞭然であり、ダークネスが彼らに対し背を向けていることはまたとない攻撃のチャンスであった。当然、バークレイ以外のマグに乗ったDT乗りたちは好機とばかりに銃を構えなおそうとする。

 『待て! 撃つな! これは命令だぞ!』

 バークレイは自分の乗っているマグの両腕を操作し銃を持ったまま広げさせて、部下たちに自制を求めた。

 『我々に背を向けた敵に対し、発砲することは許さん! 騎士道に反することだ』

 『ケッ、元傭兵のアンタが騎士道を語るなよ』

 バークレイは無言で愚痴をこぼした味方のマグに対して銃を向ける。

 『わ、わかったよ……。けど、こちらを向いたら撃つぜ。それでいいな?』

 バークレイのマグは“もちろんだ”という仕草で銃を下ろした。

 バークレイのコックピットの中で念話機が雲雀の鳴き声をあげたのちベルディアの声が響く。

 『こちらベルディア。バークレイ、応答せよ』

 バークレイは念話機の受話ボタンを押した。

 「こちらバークレイ」

 『今の爆発はクガルの仕業か?』

 バークレイは顔をしかめたが、事実は認めなければならなかった。

 「はい。ですがクガル、ファーゴ共に袋のネズミです。既に周りを囲みました。このまま捕獲しなければなりませんか?」

 『ファーゴ? どういうことだ』

 (しまった! ファーゴがダークネスに乗っているという余計な事までしゃべってしまった……)

だが時すでに遅し。バークレイは息を吸い込んでから釈明した。

 「ファーゴはダークネスに乗っています。どうやって機体を奪還したのか……。空を飛んでグラーフの艦(戦岩)に侵入したとしか……考え……られません」

 『なんて……、ことだ……。グラーフの報告が、まさか本当だったとは……』

 「どういうことですか! 情報がこちらに正確に届いていなければ、対処のしようがありません!」

 『元クガルと行動を共にしていた男が……、言うな!』

 「!」

 バークレイは言葉を詰まらせたが、ベルディアの一言は彼をますます怒らせることに成功した。 

 『私はこれから士気高揚のために、本作戦に参加した全将兵に向けて演説を行う』

 「?」

 『いいか、裏切り者だと思われたくなければ、私の演説の最中にクガルとファーゴ、親子もろとも射殺せよ。ただし、あまりダークネスに傷をつけるなよ!』

 ベルディアは一方的に念話を切った。バークレイは思わず念話機を叩く。

 「ええい、コロコロと命令が変わる司令官様だぜ!」

 やがて艦内のスピーカーごしに司令官の声が響く。

 『ロマニー軍第5艦隊の全将兵に告ぐ、全将兵に告ぐ、司令のベルディア・ヴォクトである』

 クガルの救出中のファーゴにとってベルディアの声は雑音でしかなかった。ダークネスの剣をうまく使ってマグの自爆前までに自分の父親の身体を取り出さなくてはならない。

 『ベルディアより本作戦に参加した、勇敢なる将兵に告ぐ』

 「父さん!」

 マグのコックピット内の凄惨な光景を見て、ファーゴは思わず叫んだ。

 クガルの乗るマグのコックピットの床に血がしたたり落ちて池を作っていたからだ。

 「威嚇射撃なんて大嘘を……、バク小父さんか……、くそっ!」

 『諸君、我々はこの戦いで部隊の半分を失った』

 クガルは意識を失ったのか座ったまま動かない。だがファーゴが耳を澄ますと、まだ彼から呼吸音が聞こえる。

 『だが、志半ばで倒れた殉教者は、決して無駄死にではない』

 「父さん……、こんなところで死ぬな! 今、助けるから……」

 意識を失った自分の父親に向けて、ファーゴは涙ながらにつぶやいた。

 『敵の最新DTダークネスと、強大な破壊力を秘めた禁忌兵器をこの手中に収めたのだ』 

 マグの自爆まで5秒、時間がない!

 ダークネスは手を伸ばしてクガルの身体を掴んでマグから取り出し、ジャンプした。

 『これら兵器を敵よりも多く量産することができれば必ずや完全なる勝利を……』

 バークレイは非情に徹して、部下にダークネスへの発砲命令を下す。

 『今だ! 撃て!』

 「マグリット!」

 バークレイと部下の発砲とファーゴの呪文発動はほぼ同時だった。ダークネスはさらにジャンプし、爆破された上部ハッチに取り付いて這い出ようとした。

 その直後にクガルの乗っていたマグは機体から閃光を発して爆発した。

 「何?」

 バークレイのマグは上空に向かって銃を撃ったが、爆発に巻き込まれ格納庫の脇に投げ出された。彼が爆発した場所を見ると、既に格納庫横の機関室に向けて大穴が開き、奥では放電と火の手がまたたいている。

 「……ハッ、ざまあないな……」

 それがバークレイの最後の言葉だった。

機関室まで誘爆し、炎は容赦なくそして平等に格納庫内を包んでいった。


 ダークネスは機関室からの爆風を利用して、格納庫の穴からの脱出に成功した。

 戦岩の上部甲板に着地したダークネスは、甲板の上ではためいているロマニー軍の旗を引きちぎり、血だらけのクガルの体を包んだ。

 「父さん……、もう少しだからね……」

 ラフィとニフが乗るマグが爆発の続く戦岩の甲板に着地し、ダークネスと合流した。

 ダークネスのコックピット内に念話機を通じてラフィの呑気な声が響く。 

 『モウ、銃を撃ちたかったのにぃ』

 「ラフィ、表に出ろ」

 『やだ、冗談よ』

 「冗談じゃない! 急いで父さんに治癒魔法をかけてくれ!」

 ダークネスはラフィたちの乗るマグの前で包みを広げた。

 『オジサン……。わかったわ』

 ラフィは急いでマグから出て、クガルの前で呪文を詠唱した。

 「水の精霊ウンディーネよ、我に力を。ライル!」

 ラフィの両腕から水の飛沫が飛び散り、クガルの全身にかかる。

 クガルの全身が痙攣し、傷口から流れた血は逆流して傷口の中へ戻っていったが、彼の意識が戻らない。ラフィは思わず後ずさる。

 「いやっ、そんな……」

 ファーゴはたまらずにダークネスのコックピットハッチから飛び出た。

 「ラフィ、頼む。もう一度唱えてくれ!」

 倒れたクガルをはさんで、ラフィとファーゴの真激な目が合う。ラフィはおもむろに腰に下げた短刀を取り出す。

 「ファーゴ、オジサンは今、血が足らないわ。腕を出して……」

 ファーゴはラフィの目の前に自身の左腕を差し出す。

 「わかった。僕もこれで父さんに命を救って……」

 ぐさ。

 「うぎぁぁ!」

 ラフィはおもむろにファーゴの腕に短刀を刺した。とたんに血が噴き出し、クガルの腹に向けて血が注がれる。

 「ファーゴ、何を情けない声を出しているのよ! オジサンはこれよりも何十倍の痛みを受けているのよ」

 「ううっ」

 ファーゴは痛みに耐えた。

 「さあ、これでいいわ。プチライルっと」

 ラフィは静かに短刀を引き抜く。するとファーゴの傷口が塞がっていった。


 ラフィは再び呪文を詠唱した。

 「水の精霊ウンディーネよ、火の精霊サラマンダーよ、我に力を。メガライル!」

 ラフィの両腕から先ほど唱えたよりもより多くの水の飛沫が飛び散り、クガルの全身にかかる。

 クガルの全身が再び痙攣し、ファーゴの血がクガルの傷口の中に入っていく。クガルの口がわずかに開いたと思うと、彼はくぐもった咳と共に血の塊を吐き出した。

 「……、蘇生に……成功したわ!」

 ラフィはファーゴの血が顔にかかったまま笑う。

 「やった!」

 ファーゴも彼女に満面の笑みを返して笑いあう。


 その時だった。下から羽が風に当たる音が来る。何かが飛んでくる。ファーゴはその飛行音で何が飛んでくるかを悟った。

 「これは……、エクストリーム!」

 「敵?」

 ファーゴは頷いて話を続ける。

 「ラフィ、すぐにここから降りてくれ。そして……父さんを頼む。僕は敵を撃退する」

 「わかったわ」

 『きっっさぁぁまままらぁぁぁ、ころろろろろぉぉぉすぅぅ』

 エクストリームはダークネスギリギリに掠めるように飛んできた。だが飛びながらスピーカーごしに怒鳴っているようで何をしゃべっているのか聞き取りづらい。

 「あーっ、この声は……」

 ラフィはそう言いながら、意識が戻り始めたクガルを再び軍旗でくるみ、顔を出させた状態にすると、ダークネスのコックピットに入ろうとするファーゴのほうを見上げた。

 「さっき演説していた、ベルディアって人なんじゃない?」

 「さっきの演説? 知らん。とにかくベルディアがあれに乗っているのか」

 エクストリームは空中で静止したかと思うと、再びダークネスに向かって急降下してきた。ファーゴはダークネスを立ち上がらせて、空中に向けて剣を突き出す。

 『ラフィ! 早く逃げろ!』


 「ニフ!」

 ニフが乗るマグは、二の腕でミノムシのように軍旗の布に包まれたクガルとラフィを持ち上げて甲板の外に向かって走る。

 エクストリームは急降下をやめて空中に一時停止した。ラフィたちに頭を向ける。

 『フフフ、いい場面に出くわしたものだ。まずは丸腰のクガルから……、殺すとしよう!』

 『やめろおおおっ!』

 ダークネスはエクストリームに向けて跳んだ。だが、いくら剣を振っても甲板から20メートルの高度を取るエクストリームに届かない。遂には万有引力の法則に従ってダークネスは爆発の炎が広がろうとする甲板に落ちようとした。

 『こいつがダークネスか、口ほどにもないな。さあて……』

 ベルディアは舌なめずりをしながら、DT用の長銃を背中にしょって、ラフィとクガルを運ぶマグを下に見やり、エクストリームの腹部に仕込まれた銃の標準に入れようとした。

 「マグリット!」

 ファーゴの呪文に反応したダークネスの機体が蒼いオーラに包まれ、足場がないにもかかわらず次のジャンプをする。

 「ギロチン!」

 さらにファーゴはコックピット内にある黄色い小さなレバーを引く、たちまちダークネスの脚部が展開し、両脚から鋭い刃が現れる。

 ダークネスは加速をつけてベルディアの乗るエクストリームに向けて急上昇し……。

 甲高い金属音と共にダークネスの脚部の刃はエクストリームの背中から生えている右の羽を切断した。


 空中での突然の不意打ちに、ベルディアはスピーカーのスイッチが入れっぱなしになっているのも忘れ、後ろを振り向いてつぶやいた。

 『フェイント……、この、この私がフェイントを取られたというのか!』

 『フェイントだが、フェイトだか知らないけど、騙し討ちは戦場のイロハだよ。ベルディアさん。じゃッ!』

 ファーゴはそう言いつつ、素早くダークネスのギロチン形態を解除してDM形態に変形しなおして空を飛ぶ。


 「くそっ、動け、なぜ動かん!」

 次に万有引力の法則に従ったのはベルディアのほうだった。片羽を無くしたエクストリームがきりもみしながら墜落しようとしていた。

 「おのれぇ~。覚えていろよファーゴ! この借りは必ず返す。絶対にだっ!」

 彼は足元の隠しスイッチを押して、エスノには教えていない緊急脱出レバーを引いた。とたんにダークネスの胸部が分解し、ベルディアはシートごと空中に脱出した。

 乗り手を失ったエクストリームは甲板に墜落して爆発した。その衝撃に呼応するように、バークレイの戦岩は大爆発し、破片が四散した。


 戦岩の爆発を尻目に紫色に包まれた物体が地上へ降下していく。

 ニフの唱えた呪文で、彼とクガル、ラフィを乗せたマグは紫色の光に包まれていた。

 「ニフって、すごーい! この呪文って、習得するのに普通2年近くかかるっていうじゃない。わたしだったら勉強中に投げ出すわよ!」

 クガルは眠りながら何事かを呟き、ニフはニフで軍を裏切って正しかったのかと思い悩んでいたが、ここに陽気にはしゃぐ少女が1人いた。


 突如、念話機のコールが鳴る。

 『ラフィ! ニフでもいい。応答してくれ!』

 「こちらニフ。どうしました?」

 『ダークネスが操縦不能なんだ! ランカ液が完全に死んでしまった』

 つまり、ダークネス内を循環するランカ液中の数千ものダブ虫たちが、全て窒息死してしまったことを示す。

 ラフィは外からコックピット内の念話機に向けて怒鳴った。

 「ファーゴ! 落ち着いてよ。人力グライダーコンテストに出てた時を思い出して!」

 『あっ!』

 「下から見たところ、今のダークネスはDM形態よね」

 『そうか……、グライダーの要領で……』

 行きたい方向に向けて体重を傾ければ、旋回できたはずだとファーゴは気がついた。彼は体重を傾けて敵からの弾幕を避けようとする。

 しかし……

 爆発。

 『うああっ』

 「今度はどうしたの?」

 『被弾した。このまま不時着する』

 DM形態のダークネスは機体の後部から黒い煙を吐き出し、西に向かって落ちていった。

 「大丈夫?」

 『や、やばい……ザー……バーニアを……離す……ザー』

 ラフィは2隻の戦岩からの対空砲火を受けているダークネスを見た。DM形態に変形するときに展開されたバーニアが切り離されたかと思うとバーニアが爆発した。

 「ファァッゴッ!」

 ラフィは思わずあらんかぎりの声で叫ぶ。

 ダークネスの四肢が爆発で分解し、一番大きな黒い物体が蒼いオーラをまたまかせながら森の中へと落ちていった。それを見たラフィは安堵の息を漏らした。

 「ファーゴさん……」

 「あいつなら大丈夫よ。爆発する瞬間にコックピット部だけ脱出できたみたいだから」

 「……でも」

 「心配ないって。ファーゴはこんなことで死ぬようなヤワな奴じゃないわ。それより……」

 ラフィが上空を移動中の二隻の戦岩を指差す。ニフが見ると、戦岩の壁面からいくつも伸びた砲塔がこちらに向けて動き出していた。

 「こっちの心配をしなさい!」

 「どっ、どうすれば」

 「浮遊元素固定呪文をすぐにオフにして! 大丈夫、こっから落ちても死にはしないわ」

 「ええっ」

 ニフはマグの視界から下を見た。三十メートル近く下に緑の木々が見える。彼は躊躇した。

 そうこうするうちに、オレンジ色の光の球が三発ほどマグの機体を掠めた。マグの肩に乗っていたラフィはマグの中にいるニフに向けて叫ぶ。

 「早く!」

 「とっ、トーシツ、カットオフ!」

 ニフが叫ぶやいなや、マグを包んでいた紫の光がかき消えて、マグは落下する。

 ラフィの頭の上をいくつもの敵からの弾が飛んでいった。

 マグは森の中へと落ちていった。


 「あいたた……」

 気がつくと、ラフィの身体は木の枝に引っかかっていた。彼女が空を見上げると、北へ向けて低空飛行を続ける戦岩が2隻あった。敵はあきらめたのか弾は飛んでこない。

 「あれ、オジサンとニフは?」

 ラフィは下を見た。10メートル下の地上で、灰色のDTが上空を見ながら背中の長銃を構えようとしている。ニフの乗っているマグの横にミノムシ状態のクガルがいた。ファーゴの父親はあいかわらず寝ているようだ。

 「ニフ、何をしているの?」

 『今……、ベルディアを殺すところ』

 マグとラフィは数10メートルの距離があるので、ニフがスピーカーを付けたらしい。

 ラフィは上空を望むマグの視線を追った。

 「!」

 ニフの乗るマグの視線は、脱出用の赤いパラシュートを開いてゆっくりと落ちていくオレンジ色のローブの男を捕らえていた。こちらに背を向けているので顔はわからないが、ニフが言うのだから間違いないのだろう。

 「あれが、敵の司令官ベルディア……」

 ガチャリと撃鉄を引く音がして、マグは長銃を構えた。本来は対戦車、対DT用の武器なので、あれが空中を漂うベルディアに当たれば確実に彼の身体に大穴が空く。

 「ニフ! やめなさい!」

 ラフィは狙撃を阻止するため、木の枝から枝へと渡り、ニフの乗るマグの前で両手を広げた。

 『ご主人様、これは僕とアイツとの問題です。アイツさえいなければ、前の僕のご主人様が死ぬことはなかったんだ』

 「ブラッド隊長のこと?」

 『違う、その前!』

 「今のご主人様はわたしよ。わたしの命令に従いなさい!」

 『いやだ! お姉ちゃんの仲間だって殺されたんじゃなかったの?』

 「ん!」

 確かにラフィは戦岩に潜入する前に、ニフに対し自分の家の人間と街の人たちがどのように殺されたかを語っていた。

 「だからって、貴方が人殺しをすることに変わりはないのよ! やめなさい!」

 長銃の砲身は震えていた。

 『お姉ちゃんどいてっ! アイツ殺せない!』

 「ニフ、落ち着いて良く聞きなさい。確かにわたしはわたしの友達や街の人たち、家族同然の使用人たちを殺した敵の司令官を許すことはできない!」

 『だから僕はアイツを!』

 「けどね、今、無抵抗の彼を殺したところで何もかわらない。むしろ敵の復讐心を煽るだけよ」

 『……』

 「人を殺されたから、犯人を殺して復讐する。けれど復讐された側にとっては人を殺されたことに変わりないわ。また殺された側の人たちがこちらを殺しに来る。憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなくちゃいけないの……」

 ラフィは木から降り、マグに近寄った。

 ベルディアの見えた向こうから、3機の敵のDMが飛んできていた。おそらく自軍の司令官を回収するつもりだろう。

 ベルディアの身体も森の中に落ちていった。もはやマグでの狙撃は不可能だ。

 「ニフ、街へ帰りましょう。オジサンの蘇生には成功したけど、本格的な治療はこれからなんだから」

 『うん……』

 マグから漏れたニフの声は弱弱しかった。彼はやはり複雑な心境であろうことは、ラフィにも想像できた。

 マグは無言のまま長銃を背中にしまい、ミノムシなクガルを右手に抱えた。ラフィはマグの左腕を上り、肩のアーマーに座る。

 そのままゆっくりと獣道ぞいに1歩を踏み出す。

 「元気がないわねぇ、オイッス!」

 『えっ?』

 「うちの街では元気の無い子にこう言わせて、元気を付けさせるのが流行っているのよ。オイッス!」

 『オイッス!』

 「アハハ、スピーカーを切ってもう一度」

 「オイッス!」

 「アハハ……」

 「ご主人様……」

 「ご主人様って、わたしまだそんな歳じゃないわ。さっきみたいに“お姉ちゃん”って呼んでみて」

 「じ、じゃあ……」

 「そうそう」

 「お姉ちゃん。なぜ泣いているの?」

 「えっ」

 ラフィは自分の右頬に涙が流れていることに気が付いた。それから彼女は思い出す。先ほどオイッスと言ったときに脳裏にあったのは、家の使用人たちが笑ってそれを言い合っていた時だった……。

 「ご、ゴメン。なんだろ、なんでだろ。涙が止まらなくなっちゃった……」

 「お姉ちゃん……」

 3人を乗せたマグはとぼとぼと街へ歩いていった。



 [6]

  彼は壊れかけた機体の中で気を失い、夢を見ていた。


   ×ファーゴの回想はじめ×


 4年前、ファーゴが学校に再入学した頃に同い年のラフィに誘われて、彼女の屋敷に招かれたことがある。

 3時のおやつを食べた後に確かラフィは“おもしろいものを見せたい”と言って、彼女はロウソクに火を灯してから、彼を地下室のある部屋に案内した。

 「ファーゴ、これから見せるものは誰にもしゃべっちやダメだからね」

 それからラフィは壁の一部を取り外して“これを覗いてみて”と覗き穴を指差した。

 ファーゴがそれを覗く、壁を隔てた隣の部屋では異様な光景が広がっていた。

 部屋は様々な責め具が壁のいるところに掛けられ、一目で拷問部屋だとわかる。部屋の中にいたのは屋敷内にいる6人のメイドと、さらに他の屋敷にいたであろう制服の異なる6人のメイドがいた。

 そして部屋の中心には磔台があり、彼女の兄、ドガがブリーフだけの姿のままで手足を縛られて猿轡までさせられていた。ドガは腹に脂肪が溜まっており、彼の裸身はおせじにも美しいといえないものであった。

 ファーゴの隣で、求めてもいないのにラフィが解説する。

 「ミチル、マコ、アリサ、イオウ、カナリ、ロッタはウチのメイドで、ファーゴにも紹介したわよね?」

 ファーゴは頷いた。長いスカートのメイドたちには彼は屋敷内で何度も会ったことがある。

 「黒いミニスカートの、やーらしい格好をしたお姉さんたちがいるでしょ」

 「う、うん」

 ファーゴは顔を真っ赤にして頷く。

 「あの女の人たちは、この街の幽霊銀行ステル支店に派遣させられて働いているの。

 銀髪が七色に輝いているのがクールン、腕に黄色と黒の刺青をしているのがバルスー、緑の肌をしているのがゲルトリ、ちょっと太めでオッパイが大きいのがドラヌ、褐色の肌で筋肉ムキムキなのがゴチャラ、太ももまで黒くて長い髪の毛をたらしているのがトップレースっていうの」

 「えっ、それって女の人の名前じゃないんじゃないの?」

 「おっきい声を出さないで、あの人たちに見つかっちゃう。ほら、始まるわよ……」

 メイドたちのリーダー格のミチルが、白い手袋をしてドガの傍らに寄り添う。

 「ご主人様、それでは始めさせていただきます」

 ドガは猿轡をはめられているため声を出すことが出来ない。だから頷くのみ。

 「かかれ!」

 ミチルの合図と共に、ミチル以外の12人の女ホムンクルスたちは口の中の刃をむき出しにしてドガに襲い掛かった!

 ドガの手足、胸、腹に女達は噛み付き、彼は猿轡ごしに苦悶の悲鳴を上げた。

 「モンッガァァァ!」


 「私の一族はね、“受血体質”っていって、ホムンクルスに噛まれてもゾンビにならないんだって。だから私たちはホムンを働かせることができるの。でもそのかわり……、1ヶ月に1度の割合であの子たちに血を与えないといけないの」

 そんなラフィの解説はファーゴには届いていなかった。壁向こうの気持ち悪い光景を見せられてもなお、ファーゴは変な興奮を抑えることができなかった。

 「ハァハァ」

 「ねえ、聞いてるの? 地方では月に一度の里帰りの姫さまを略して“月姫”っていうの」

 ドガに噛み付いていたメイドの1人、トップレースがどこからか来る風に反応したのだろう、ファーゴの方を振り向いて近寄ってきた。だが黒い髪が彼女の顔を隠している。

 「えっ?」

 トップレースはおもむろにファーゴの方に向かって走ってきた。彼女の右の赤い目と真っ赤に染まった口と歯を見たファーゴは思わず悲鳴を上げる。

 「うあぁぁぁぁぁああああああぁぁぁ!」


   ×ファーゴの回想ここまで× 

 「うあぁぁぁぁぁああああああぁぁぁ!」


 ファーゴはがばと跳ね起きた。

 

 「あ、あれ?」

 ファーゴはどこか知らない民家の部屋のベッドにいた。ファーゴが寝ていたベッドの右の窓から朝日が差し込んでくる。ふと、自分の体を見ると、ウェイターのズボンと靴下は脱がされ、上半身は裸の上に包帯が巻かれていた。

 包帯からラベンダーの香りがする。

 ファーゴは、6畳ちょっとの部屋の中をぐるりと見回した。おそらく誰かの寝室兼書斎なのだろう。壁際には机と椅子と本棚があり、机の上と下にはいろんな書類が雑然と積み上げられている。

 「学のあるような人にしては、机と椅子のサイズが子供用だなぁ……」

 ファーゴがつぶやく。

 バタバタと人の足音が聞こえた。おもむろに扉が開く。

 「ねえ、大丈夫!?」

 部屋に入ってきたのは、黒い髪を両胸にたらし、エプロン姿の美少女であった。背丈からして8歳前後にしか見えない。

 「えっ?」

 「外まで何か悲鳴が聞こえたものだから、慌てて来たの。どこか、痛いの?」

 「い、いえ。なにか悪い夢を見ていたようです」

 「悪い夢? あー、墜落した瞬間をフラッシュバックするっていうの、昔、私もそれにかかったことがあるわ」

 ファーゴはそれで状況を理解した。おそらくこの子の親か誰かが、墜落したダークネスの残骸を発見して、彼が救出されここに寝かされていたのだろう。それにしては少女の態度が妙に大人っぽい。まさか……ホムンクルス?

 「僕を助けていただいようで、ありがとうございます。あなたは……」

 「私はクスタ・ラメール。クスタでいいわ。貴方は?」

 「僕はファーゴ、ファーゴ・ダルオン」

 「じゃあファーゴ、朝ごはん食べます?」

 「いえ、そんな……」

 ファーゴが断ろうとするも……。

 ぐうるるぅ~。

 「あっ」

 ファーゴのお腹がぎゅるぎゅる鳴り出した。

 「ふふふ、身体は正直ね」

 2人は笑いあった。


 つづく

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