第1話『侵略のはじまり』

 [1]

 我々の世界とは次元を隔てた空間にある異世界…… 

 『エクイノクスワールド』

 それは、春秋分点世界ともいう。

 それは、世界の大部分を占めるバダム大陸と大小様々な島々から成り立っている。


 そのバダム大陸中央部において、人間中心の王政国家と、邪神ブアーを崇める教祖イコルス・ナガの下、人と人ならざる怪物たちが共に住まい“力”あるものから身分が定められ、奴隷制度による暴力がまかり通る邪教国家との対立があった。

前者は“クストール王国”、後者は“ロマニー教国”といった。


 これは、幻想世界にてドリームス・トルーパーという人型戦車で戦場を駆け抜けた傭兵たちと、少年少女たちの物語である。

 


 [2]

 月は森も街も平等に夜の中での光を与えていた。森からフクロウの泣き声がする。


  かつて

  人間の住まう古き世界は

  四つの世界の交わった場所にあった~


 平和なステルの街に吟遊詩人の歌が響き渡る。

 歌はその街で一番のグリズリー酒場から聞こえる。広い酒場の中央に床から一段高い舞台があり、店主の親父が趣味で買い集めた三頭の熊の毛皮の上を、吟遊詩人はゆったりとした足取りで舞台を歩き廻りながら朗々と歌っていた。

 詩人の後ろには紫色のローブをまとった銀の長髪に肌の黒い女性“メラム”が洋ナシのような琴で曲を奏でている。

 その日の夜の酒場は満席で各々のテーブルには老若男女の人々が、舞台の上にいる緑の蔓のついた横に長い帽子に緑のジャケット、緑のタイツに茶色の長ブーツといういでたちの彼に注目していた。

 結婚適齢期の若い娘たちはひと目、この美貌の詩人“ウィルダム”会いたさに隣村からはるばる来た者もいたほどだ。


  ~新たなる至高神への代替と

  悪魔と天使の戦いにより

  新世界の調和まではさらに300年を待たなければならなかった


 歌の曲目も終盤にさしかかり、非番の兵士や商人、野良仕事を終えた農民たちに安酒がまわり彼らの瞼が重くなったころ、ふとウィルダムは舞台をひらりと音もなく降り、少女たちのいるテーブルに近寄った。


  天使が悪魔たちを封じ

  新たなる至高神が星を動かせるようになると

  彼は新世界へ祝福の言葉を投げた

  光へ!

  我が方へと!


 少女たちは黄色い歓声を上げて、ウィルダムを出迎えた。

 吟遊詩人ウィルダムは酒場のウェイターの少年に近寄った。


  『エクイノクスワールド』

  それは春秋分点世界ともいう

  この世界の大部分を占める大陸“バダム”にも光がさし

  生きとし生けるものは光へ向かって流れ始めた


 ウェイターの少年ファーゴは少女たちがいるテーブルへアイスティーを置いた帰りに、ウィルダムが抱きついてきたものだから、思わず木の盆を落としてしまった。ウィルダムはファーゴの栗色の髪をなでニコリと笑う。そして彼は最後の一小節をこう締めくくった。


  ステルの街、酒場で働く少年がいる

  天使は幸運を運んできたのだろうか?


 ウィルダムがファーゴと手を繋ぎながらそう歌い終え、観客から拍手喝采を受けると、ウィルダムはファーゴに皆に聞こえないような一言を伝えて彼を解放した。そしてウィルダムは一陣のつむじ風のごとく琴を持った女性を連れて、楽屋へと入っていった。

 ファーゴはそそくさと盆を拾って、カウンターに戻り、厨房から料理を受け取ると男たちのいるテーブルへと持っていく。が、彼に向かって幼馴染のラフィがピンクの髪のポニーテールを左右に揺らしながら駆けつけてきた。

 「ちょ、ちょっとファーゴ、あなた男でしょう? いつウィルダムさまとあんな関係になったの?」

 「誤解だよ、あいつはいつもああなんだ。それより仕事中に話しかけてくるな」

 「もう……、わたしはあんたの貞操が心配だから言っているのにィ」

 ファーゴはラフィを無視して仕事を続けた。

そのうちにラフィは少女たちのテーブルに戻り、悲喜こもごも小さな悲鳴を上げながら彼女たちだけが理解できる妄想話を進めていた。ファーゴはテーブルとカウンターの往復時に彼女たちの話をほんの少し小耳に挟んだが、その男同士が愛を語る内容はファーゴにとってかなり不快に思えた。

 「ファーゴ、ちょっと」

 ファーゴの手の空いた隙を見た同僚のチロルが彼を呼んだ。チロルは自身の緑色の瞳をファーゴの顔に向けて微笑む。

 「スマイル、スマイル」

 「ああ」

 ファーゴは一息入れて、チロルに対し笑顔を向けた。いつ如何なる時もこの店は「笑顔」がモットー。で、あることをファーゴはいっとき忘れていた。

 「で、どうだった? ウィルダムの腕の中にいた感想は?」

 「あーあ、チロルさんも頭が腐っていましたか?」

 「質問に質問で答えんな。ぶーぶー」

 チロルは一瞬ふくれツラをしたが、すぐに笑顔に戻った。この子は顔面の反射神経が普通の人の3倍は早いな、とファーゴは心の中で呟いた。

 「どうもこうも、嫌いなヤローに捕まって迷惑だった。これが本日の舞台のゲストでなかったら、張り倒していたところだよ」

 「でもでも、まんざらでもなかったぞ、君。頬なんか赤らめちゃって、あれだけでもラフィたちの妄想が広がっちゃって、今度の同人活版のネタになったりして」

 「おい、リゾットが上がったぞ!」

 厨房からコックのベーコンが料理をカウンターに乗せた。ファーゴはすぐさまハイッと応えて、料理を兵士たちのいるテーブルへ持っていく。チロルも客に呼ばれて追加注文を受ける。


 ステルの夜は更けてゆく。



 [3]

 ステルの街から北へ12キロほど離れた荒野に円盤の形をした巨大な岩石が六つ、地上から30メートルの間隔をおいて空中に浮かんでいる。

 その直径100メートル、厚さ15メートルはあろうかというおのおのの円盤へ、次々と灰色の遮光器土偶のような人形が、巨大な黄色のテントの中から上空へと紫色の光に包まれながら搬送されていく。いや、人形と見えても五メートルほどの巨大なもので、不気味に光る赤い目が二つ覗いていた。さらに呼吸もしているらしく、“フコー、フコー”といったフイゴの様な呼吸音が胸とおぼしき部位から吐き出されている。

 これこそは“ドリームス・トルーパー”、通称“DT”とこの世界で呼称されているヒト型兵器であった。

 『DTの搬送を急がせろ!』

 『マウルのオーク部隊は8番倉庫へと言ったはずだ!』

 夜中にもかかわらず、音声増幅器で拡充されたような怒鳴り声があたりにこだまする。 

 牛ほどの大きさのホタルが四匹、岩石の下に作られた直径600メートルもの黄色のテントの周りを飛んで周回し、さながらサーチライトのようだ。

 円盤の下では、数匹の皮の鎧を着た茶色の肌の豚が二本足でひょこひょこと歩いて周囲を警戒している。それぞれ鋸刃の剣、革の鞭、棘つき分銅それに槍などを長く伸びた3本の蹄で握り武装している。彼らはこの世界では“オーク”と呼ばれている亜人間だ。


 ここは邪教国家ロマニー軍の宿営地。


 今まさにクストール王国の北端の町、ステルへ向けて彼らは出撃準備を完了しつつあった。

 円盤はこの世界では“戦岩”と呼ばれる空中浮遊する戦艦であった。ロマニー軍が一年前に滅ぼした小国ドレッドの山間部で掘り出される浮遊岩盤を加工して作られる兵器で、バダム大陸の東の大国エルダでは六年前から戦岩とDTを主力兵器として採用していた。


 ロマニー軍第五艦隊司令官ベルディアの乗る艦に向けて、白い早馬に乗った金髪の少女が地上から何かを叫んでいる。

 空中に浮かんでいる戦岩に向かって、DTと呼ばれるロボット……を搬送するために浮遊呪文を唱え続けている緑のローブの魔法使いを少女は捕まえて、一言告げると彼女は馬ごと紫の光に包まれて戦岩の中に吸い込まれていった。

 鎖帷子に細長い剣を脇に差した少女を乗せた白馬はDTと同じ格納庫で降ろされ、紫の光から解放されたのち、少女は再び叫んだ。

 「グファのエスノが急ぎの用で参りました。ベルディア様にお取次ぎを!」

 それを聞いた兵士の一人が操舵室への伝道管のフタを開いて、一言二言やりとりしたかと思うと、エスノに向かって手招きの合図を送り、彼女は馬を降りて操舵室に向かって走っていった。エスノが操舵室に近づくにつれ、彼女が見知った顔の兵士が多くなり、操舵室前をガードする2人の兵士との合言葉のやりとりで、彼女は入室を許可された。

 「ベルディア様!」

 「なんだ、騒々しい。兵の士気にもかかわる。たとえ緊急時でも……」

 エスノからベルディアと呼ばれた黒髪の魔導士は指揮官席に座っていた椅子をまわし、エスノの真剣な表情を見やり一瞬緊張した。

 「お願いです。出撃を中止してください」

 「何を言っている?」

 ベルディアは席から立ち上がり、着ているオレンジ色のローブをひるがえし、エスノに近寄る。

 指揮官席の隣に立っていた女性ぎらいの副官ヤスミンは、中性的な顔を歪ませてベルディアの後ろからエスノを睨んでいた。エスノは彼の視線を無視して用件を伝えようとする。

 「ステルの街の防衛隊には12体ものDTが配備され、指揮を執っているのはあの、クガル・ダルオンだと聞きました。何か胸騒ぎがします。出撃を取りやめて……」

 「やめろ!」

 ベルディアはエスノの腹に向けてキックを繰り出す。エスノは“ぎゃ”という間も無く床を転げのたうった。

 「いいか、エスノ。女の霊感に軍団を右往左往させられるものかよ」

 ベルディアは顎を突き出して、床から起きようとするエスノを見やりながら続ける。

 「元、エルダのマンチェスト傭兵団幹部だったクガルの防衛隊のことも、そんなことははじめからわかっている。だから倍以上の兵力を投入するのだ!」

 「ベルディア様、お時間です」

 副官のヤスミンが静かに告げた。ベルディアは指揮官席に座りなおす。

 床の埃のついたエスノの目には、ベルディアのローブに縫われている背中に赤い竜の刺繍が笑っているように見えた。ヤスミンと同じ位のロマニー軍士官が、操舵室内にいるたった1人の女性を促して壁際まで下がらせる。

ヤスミンは機器を操作して、ベルディアの全身が各艦の指揮官席に立体投影させるようにした。

 『全艦、発進せよ!』

 ベルディアは命令と同時に、右手を広げて前に突き出す見得を切った。

 『目標、クストール王国領土……』

 ベルディアが乗る戦岩と同型艦五隻の操舵室にベルディアの幻影が座り、本人とシンクロして指揮を執っている。

 『目標、クストール王国領土……』

 ベルディア艦も含めた各艦は、ゆっくりと南に向けて移動を開始する。

 『ステル!』

 戦岩の艦隊は速度を上げて進軍する。


 宿営地のサーチライトがわりの牛ほどの巨大なホタル、甲虫ルエルは宿営地で留守を預かる蟲遣い、セムシのゴダルの指示に従い四匹とともにテントの中に帰ってゆき、あたりは急に暗くなった。

 邪教の軍の艦隊を照らすのは、今は月だけになった。



 [4]

 グリズリー酒場は閉店時間10分前となり、ファーゴとチロルは酒場に居残ろうとする客たちに閉店であることを告げに回っていた。

 商人のエルドリッチ家の一人娘ラフィと取りまきの少女たちにもファーゴは閉店時間が迫っていることを告げようとたが……。

 「ウィルダムに呼ばれたでしょ、早く行ってあげたら?」

 「別に呼ばれてなんか……」

 「まあ、いいわ。後でプレイの内容を教えてよ」

 貴様はそれしか頭にないんかい! ……と、ファーゴは自分の喉まで出掛かった言葉を理性があわてて抑え付けた。ここで怒鳴っては相手の思うツボだ。

 ラフィたちは笑って会計を済ませて帰っていった。


 「ファーゴ、ちょっと来い」

 (そらきた!)

 店主であるグリズリー親父は、自分の唇の周りの髭を右手でさすりながらファーゴを呼んだ。彼はカウンターに入り、親父の表情が微妙であることを見て、今日のゲストと何か関係がある事を言われるであろう……と、予感していた。

 

 予想通り親父は小声でこうきりだした。

 「さっきも楽屋に来いと言われたのですが」

 「コレのケがあるから行きたくないって言うのだろ?」

 親父がわざとシナを作って手をナナメに立てた。傍目からみれば滑稽だが、ファーゴには笑う余裕がない。彼は頷いた。

 「いざとなりゃ逃げてくりゃいいじゃねぇか?」

 「でも、あの人は魔法を使うじゃないですか。今度は何をしてくるのだか……」

「何かあったら『親父に言うぞ!』って言えばいいじゃねぇか? オマエの親父さんは防衛隊の隊長だろ?」

 確かにファーゴの父親は、現在クストール王国の最北端にあるこのステルの街の防衛隊の隊長である。だがファーゴは彼のことを、今はあまり快く思っていなかった。


 ファーゴの父親、クガル・ダルオンの本来の仕事は傭兵である。戦地に行って出稼ぎし、戦地での紛争が一段落すると大金を家に持ってきては、自慢し、ファーゴを厳しく鍛えてきた。けれど戦争の期間中、当然彼ら傭兵は酷使され、多いときで半年間、酷い時には3年近く帰ってこられないときがあった。

戦地から仕送りが送られるが、戦いが長引くにつれ雇う側も困窮し、銅貨しか送られない時もあった。オークかゴブリンなみの賃金では生活できないので、母親のドリスは病弱でも命を縮めるような勤めをしてまでファーゴの成長を見守った。  

 街の人々もファーゴがモノ書きと歌、暗算できるようになるまではクガル・ダルオンを英雄呼ばわりして、ファーゴにとっても自慢の父親であったが、ある時を境に人々から蔑まれるようになる。

 6年前、バダム大陸の東の大国エルダが戦場に空中浮遊する戦艦“戦岩”と、ヒト型兵器の“DT”を導入するようになると、戦のかたちそのものが劇的に変化した。


 クガル自身も傭兵家業を続けるにはより高いレベルの呪文の習得とDTの操縦技術を身につけるしかなかった。

 そして父さんは……。


 「おっ、そうだ。おい、ベーコン!」

 その親父の一言でファーゴは回想から現実に戻った。 

 グリズリー親父は何か閃いたらしく、厨房で見習いコックのクォダと共に残飯の後片付けをしていたベーコンを呼んだ。

 「お呼びですかい?」

 「おう、お前の持っている“ワイバーンの牙”をこいつに貸してやってくれ。ウィルダムがこいつを“眠り姫”にさせないための用心だ」

 ベーコンは自身の左眉を吊り上げたが、やれやれといった感で首にぶら下げた首飾りを外して、ファーゴに向けて投げた。ジャラリと音がする。ファーゴが受け取った首飾りは自分の親指ほどの大きさの牙が赤い紐で結ばれ、茶色くて太い紐に小さな白い貝殻がいくつも通されたものだ。これがワイバーンの牙?

 ベーコンのものであろう汗臭い匂いが染み込んでいる。同性のものであっても臭い。眠りやマヒを防止するお守りらしいが、彼にはその効力よりもこの匂いで悪い虫を退散させそうな虫除けを思い出させた。

 「ほれ、とっとといって来い」

 親父の一押しでよろけたファーゴだが、すぐに立ち直り、店内を横切って楽屋の扉の前に立ち深呼吸してからノックした。後ろではその様子を見つめているチロルがいた。


 「君の“お母さん”の調子はどうだい?」

 ウィルダムのその問いにファーゴの髪の毛が総毛立ち、髪の毛の色とは対照的な碧の瞳が厳しくなった。

 「おかげさまで……、週一の射撃訓練、格闘訓練共にステル防衛隊内で1位の……高成績をたたき出しています」

 「それは何よりだ。ただ……、もうそろそろ割り切りが必要じゃないのかな?」

 しばしの間、沈黙が続いたが吟遊詩人の後ろで、相方である琴の弾き手の“メラム”が帰り支度をはじめた時と同時に“ガン!”という凄まじい音が鳴った。ファーゴが力任せに己の拳をウィルダム向けて振るったが、彼に難なくかわされて壁を叩いた音だった。

 「戻せよ……」

 「何を?」

 「決まっているだろ! ダークネスの中にある母さんの脳みそを、棺桶の中にいる母さんに戻せよ!」

 “ダークネス”とはファーゴが操縦するDTの名前で、表向きは吟遊詩人、本当の仕事はDTの技術士であるウィルダムがファーゴの死んだ母親の脳髄をDTのシステムユニットに組み込んで完成させた、クストール国での倫理観からすれば“ヒトの道に外れた”機体である。

 ウィルダムとファーゴは頭ひとつ分の間をはさんで目を合わせる。ウィルダムは顔をそらして、

 「……、できない」

 「なぜだ!」

 「君はじきにダークネスを駆って、このステルの街を守らなければならないからだ」

 「守る……価値のある……街かよ!」

 ファーゴに向けてウィルダムの平手打ちが飛んだ。

ファーゴの左頬が赤く染まる。

 「君は、君のお母さんの希望を踏みにじるつもりか!」

 「……」

 「死病で母さんが亡くなる前に、母さん自身が望んだことだということは分かっている」

 「だが、それをお前は……」

 「ああ! それでも、元に戻してやりたいんだよ! 人殺しの兵器になるより、棺桶の中で眠ってもらったほうが、ずっと」


 『敵がきたぞ!』

 外で誰かのどなり声が聞こえたかと思うと、カーン、カーンと警鐘が街中に鳴り響いた!

 ファーゴとウィルダム、それにメラムが楽屋から飛び出したときには酒場の窓からでも北の森の向こうで爆発による煙があがったことを見て取れた。

 「議論はあとだ! メラム!」

 メラムが頷いて、自分の紫色のローブを脱ぎ捨てた。褐色の肌があらわになり、肌の上には水着の代わりのごとく白い文様が胸と股間を隠していた。そしてメラムは周囲の目を気にせずに彼に対して身をくねらせる。

 ウィルダムはメラムを一瞥して呪文を唱える。

 「サモン・ザ・サン!」

 とたんにメラムは全身から蒸気を噴出し、変異した。左右のつま先がピタリと合わさり銀色に変色し尖り、太ももから頭までが赤く染まったかと思うと薄い紙のようになり、右側からポスターを丸めるがごとく筒状になり、収縮し棒になった。メラムのいたそこには槍があった。 

 彼は何食わぬ顔で槍を手に取った。

 そう、ウィルダムとメラムは人ではなかった。彼らは人造の魔法生物、ホムンクルスであった。メラムはウィルダムの呪文により槍にも剣にも盾にもなるという。

 「私は住民の避難を優先させる、君はDTに乗ってクガルの指示に従ってくれ」

 「父さんの指示に?」

 「そうだ、ダークネスの念話の波長は合わせてある。今までの訓練と怪物どもを退治した成果を見せるんだ。いいな!」

 ウィルダムは槍を持って脱兎のごとく酒場から出て、すでに集まった自警団と合流し、街の女子供の避難のため家々を回りに奔走した。



 ファーゴは内心焦っていたが、1分たっても最初の1歩が踏み出せずにいた。彼を見ていたグリズリー親父はファーゴの肩を叩く。

 「おう! 何をグズグスしているんでぇ! 早くDTに乗ってこい!」

 「でも……」

 「おまえの乗るDTにおふくろさんの脳みそが入っているから、人を傷つけたくないし傷つけられるのもいやだ……。たしかそんなことを前に言っていたな。俺たちも3年前までは、人の脳みそを兵器に組み込むなんざ外道のすることだと思い込んでいた」

 「……」

 「だがな、人は変わるものだ。これまでにも、おまえの乗るDTのおかげで街が救われたことが何度かあるうちに、おまえとおやじさんへの罵声は途中から声援の声になっていったんだぜ」

 「叔父さん!」

 突然、チロルがその会話に割り込んできた。

 「なにファーゴをけしかけているのよ! あんな呪われたDTに頼らなくても、DTだったら国王様から与えられたものがあるじゃない。あんなものに!」

 「ばか言うな。猿の脳みそが人間の脳みそを越えることなんで何年経っても無理だ。ファーゴ、いって来い!」

 ドンという親父の一押しで、ファーゴはよろけつつも走り始めた。チロルは彼を追おうとしたが、親父がチロルの肩をむんずと掴んで離さない。

 「やだっ、ちょっと離してよ!」

 「チロルはクォダと一緒に非常袋と店の金、フライパンと鍋類を持っていけ。俺は大釜と酒樽を持っていく」

 「あっしは防衛隊の先陣へ行ってきます」

 いつの間にかベーコンは戦準備を整えて甲冑の中にいた。普段から二メートルに近い巨漢の男がさらに大きな白い甲冑に戦斧をもって現れたものだから、はじめてその姿を見ることになるチロルはその威圧感に言葉を失った。

「あ……」

ベーコンは笑って店に飾ってあった兜を被り、ガシャンガシャンとにぎやかな音を立てながら防衛隊の陣地へ走っていった。

 ベーコンの後姿を目で追っていたチロルに対し親父のゲキが飛ぶ。

 「店は……、たぶん焼けるかもしれねぇが、人さえ生き残れば何度だってやりおせる。わかったらさっさと行動しろ!」


 くぐもったブザー音を何度か聞きつけて、慌てて自宅の裏庭に走ってきたファーゴは、長さ七メートルはあろうかという黒い皮のカバーを外し、横たわっている大きな黒いヒト型の物体を月光の光の下にさらした。さらに彼は物体の胸のあたりに駆けて、手を当てて操縦者であることを認識させた。DT“ダークネス”は起動し、コックピット部がせり上がる。ファーゴはその中に入り、内部機器を確認した。念話機の赤ランプがけたたましいブザー音と共に点滅している。ファーゴは急いでイヤホンのような機器を耳に当てて目をつぶり、神経接続スイッチをオン、それから赤ランプに手を当てた。

 「ファーゴ機、起動開始しました」

 『遅い! 何をやっている!』

 防衛隊隊長クガル・ダルオン、つまりファーゴの父親の威厳のある声が頭の中に響く。ファーゴをコックピットに納めたDT“ダークネス”はその会話中に立ち上がり、その紡錘型の頭部から見た景色がファーゴの頭の中にも伝わってくる。

 「隊長、申し訳ありません! すぐに本隊と合流します!」

 『だから、遅すぎると言っている! 本隊は既に交戦中だ。おまえはそこから“ザップガン”を使って、向かってくる敵の艦を片端から落とせ!』

 「了解!」

 ファーゴは現在DTの中にいながらにして、DTが見ている映像を、自分が見ているように視て、行動することができた。ファーゴは下を見下ろし、スパイクのついたDTの足の裏をカマキリの腕のように展開させて、ザップガンのある巨大な木箱の蓋をこじ開けようとした。

 


 [5]

 『マウル! 何をしている。下がれ、下がるのだ!』

 ステルの街に戦岩艦隊が到達するその5キロ手前から突如としてベルディアの部下マウルの独断先行がはじまった。彼から戦岩の浮遊機関が暴走したとの報を最後に、ベルディアとの交信を絶って、マウルの乗る戦岩は艦列を離れて加速してしまう。

本当に戦岩の浮遊機関が暴走したのであれば止めるよう努力し、最悪の場合、機関を破壊してかわりに部下の魔法使いの浮遊呪文の助けを借りて緊急着陸をするはずだ。

 だが時すでに遅く戦端は開かれた。マウル機は敵に発見されて攻撃を受け、マウル機もDTとオーク部隊を降下させて反撃する。

 「くそっ、これでは敵に各個撃破されるぞ!」

 「明らかにマウルは功を焦るばかりに先行しすぎています。これは明らかに裏切りです。撃破命令を!」

 ヤスミンはベルディア以上に怒りが高まっている。

 「ベルディア様! 私にDTでの出撃許可をお願いします」

 ヤスミンとベルディアの間に立ってエスノは懇願する。

 その時、操舵室のオペレーターの一人が魔法力の収縮をモニター上で発見した。羊皮紙に魔法加工で戦場の魔力を測る“モニター”上で紙の一部が急に盛り上がり、赤く変色したのだ。

 「前方3キロ先で異常なレベルの魔法力を感知しました!」

 「何?」

 ベルディアはオペレーターを見た。彼はモニター上の急激な盛り上がりにぎょっとしていた。盛り上がった部分はそのまま紙を薄く伸ばしていってもまだ足りないようだった。

 「何者かが、レベル8以上の魔法を発動させようとしています!」

 「なんだと? その地点を拡大投影しろ。レベル7の間違いではないのか?」

 「いいえ、禁忌呪文レベルです!」

 ベルディアはオペレーターの答えを受けて一瞬躊躇したが、すぐさま全艦に向けて指示を出した。

 『全艦、マジックシールドを最大にあげろ!』

 ベルディアがそう発したのと同時に操舵室の全員の視界が真っ白に染まった。

 つづく

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