幕間 ―魔王vs淫魔―
「その状態で、飛んで帰るの?」
渡した紙袋を器用に持ちながら眠るサラを横抱きしている古代種に、ミシェルは玄関を出た外にも関わらず呆れた口調で尋ねた。
当たり前だ、という冷たい視線だけが返ってくる。
起こすという選択肢が出てこない過保護な魔王にミシェルは大きな溜息を吐いた。
「紙袋はいいけどサラちゃんは落とさないでよ」
何があっても落とすことはないとわかっていても、余計な一言が出る。
セイアッドは目を合わすことすら面倒になったようで、完全に無視して歩き出した。
さすがにムッとしたミシェルは、ついでにもう少し余計なことを言ってやろうと決めた。
「そういえばその後はどうなのぉ? ちゃんと進んでいるぅ?」
セイアッドの歩みがピタリと止まった。否定も肯定もできない背中に、ミシェルは意地悪い笑みを浮かべた。
「百戦錬磨の魔王サマも、つがいのことになると純情少年に戻るのねぇ」
顔だけで振り返った魔王はかなり不機嫌そうだ。それでもミシェルの口は止まらない。
「あなたくらいの男なら過去に何もないなんてことはないだろうし、それくらいはさすがのサラちゃんでも知っているだろうけど、泣かせたら許さないから」
最後は強い口調になっていたことに自分が一番驚く。大きく息を吸い、吐きながら一緒に肩の力も抜いた。
「彼女はきっとあなたが最初なのだから、あなたはサラちゃんを最後にしてよ」
この前のように怒るかもしれない、と覚悟したミシェルの思惑は外れた。
「それを言いたいがための嫌味か?」
セイアッドは呆れたように大きく溜息を吐いた。
「心配するだけ無駄だ」
大体、無節操なお前に言われるのは心外だ、と魔王は顔を顰めた。
勘の良さと揺るがない信念にミシェルの口角が上がる。
「老婆心ながら、ちょっと言ってやろうと思ってね」
「この前の奴といい、最近の淫魔はお節介だな」
レクスは無口だったし、最初に言いだしたのはレイだったが、セイアッドはミシェルを淫魔と言っていた。見た目の印象から単にそう言っているのかとも思ったが、どうやら看破されていたようだ。
「淫魔の血は薄いからほぼ人間よ」
母方の血筋に淫魔がいたとは聞いていた。けれどもう百年以上も前の話だし、淫魔の特徴はなく見た目も人間そのものなので自ら白状したのは初めてだった。
「ならば先祖返りか」
毒を含んでいる言葉だがミシェルには好ましく聞こえ、つい笑いがこみ上げる。
「そうかもね」
今の自分の顔に見る者を虜にしてしまう妖艶な笑みが浮かんでいると気付いたが、目の前の魔王は全く表情を崩さなかった。それどころかいつもと変わらない冷たい視線を投げかけてくる。
「痴情のもつれで揉めるのは構わないが、サラを巻き込むなよ」
それだけ言うと、ミシェルの返事を待たずにセイアッドは漆黒の羽根を広げ、空へと飛び立った。
何も変わらないのはサラもセイアッドも同じだ。
ミシェルは二人の姿が見えなくなるまで青く澄んだ空を見上げていた。
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