第51話
少年の告白に驚いたのはサラだけではなかった。
フロウが低く唸る。
「お前があの大罪人だったとは聞いていないぞ」
「そうだろうね。だって言ってないから」
アスワドは表情を変えずフロウの怒りを軽く流した。
「何だと――」
「君たちが気にしていているのは血統だけでしょ? だから僕が魔族であればそれだけで良かったでしょ? 古代種のように強くなりたいんでしょ? だから協力しているじゃない。僕が何者とか関係ないでしょ? こうやって巫女を探してあげたじゃない」
アスワドは肩を竦め、どこかおどけながらもフロウに口を挟む隙を与えずまくし立てた。
フロウはサラをちらりと見下ろし、不満げな表情を残しながらも口を
サラにはフロウがうまく丸め込まれたようにしか見えなかった。そしてあくまで軽い口調のアスワドの声に、確かな棘が含まれていると感じた。
アスワドはフロウを一瞥してサラを見た。
「王を留置封印術で封印することは結果を先延ばしにしているだけで解決していないって反対意見が多かった。本人ですら拒んだからね。でも親友の僕としては彼を殺すなんて出来ないから封印するって押し切った。封魔封力術と、巫女が現れずに封印が解けたことを想定した呪殺術も一緒に掛けることを条件にされちゃったけど」
アスワドは大げさに首を竦めた。
「同時に掛ける呪術が三つだよ? その時点で無謀だとわかっていたけど、止めたら王は殺されちゃう。だから僕たちは四人で術を掛けた。でも呪術は失敗してその反動が僕らに襲いかかってきて――いやぁ、すごかったよ」
アスワドはくくくと喉を鳴らして笑った。
失敗したのは留置封印術だ、とサラは悟った。だから簡単に解けた。三つを同時に掛けたために、その内の一つの失敗で、呪術全体が不完全に終わったのだろう。
全てが不完全になったことでレクスは魔力を封印されているにも関わらず魔術を使うことができたし、死ぬこともなくさまよい歩いていたのだ。
「気が付いたら他の三人は死んでいた。きっと失敗した反動だろうね。僕だけは何故か生きていたけど、そのせいで呪われちゃってこんな風になっちゃった」
両腕を広げたアスワドは笑顔のままだが、その目には何の感情も映していない。
「その後は悲惨だよ。王を封印出来ないどころか行方不明にしちゃったし、仲間を巻き込んで殺しちゃったし、大罪人の烙印は押されて追放されるし。それで死ぬこともできずに数百年ってキツイよ?」
アスワドはサラの目を真っ直ぐ見つめ、「わかる?」と尋ねてきた。
普通の人間で二十二年しか生きていないサラには到底わかるはずもない。だからサラは真っ直ぐ見つめ返すだけにした。
しばらくするとアスワドは微笑んだ。誰の答えにも誰の慰めにも満足しない冷たい微笑みだった。
サラは自分の対応が間違っていなかったことに安堵しつつ、もし適当に話を合わせていたらどうなっていたのかと、考えるだけで背筋が凍り付いた。
「呪いのせいか、僕はつがいを見つけたけど契約できなかった。彼女はそれでも一緒にいてくれたけど、人間だからすぐに死んだ。あっという間だった。他の古代種と同じで僕も死ねるかなって期待したけど、やっぱり死ねなかった。その後はただ生きているだけ。空虚な日々をただ漫然と繰り返すだけさ」
アスワドは辛そうに僅かに眉を顰めた。でもそれもほんの一瞬ですぐに歪んだ笑顔に戻る。フロウを見遣った表情には
「古代種になりたがっているあいつらに出会って手を貸したのも、ヒマだったから。それだけさ」
「暇潰しか。いいご身分だな」
フロウは鼻を鳴らした。
「一族に種の呪いが現れて困っているって聞いたから手伝った。あの当時からそうだけど巫女を探すのって本当に大変でさ。僕が見つけられたのは君が初めてなんだ。破魔の特性上、解術師になっているんじゃないかって閃いてね」
勘は当たったでしょ? と嬉しそうに笑うアスワドにサラは非難の視線を向けたが、彼は表情を変えることなく言葉を続けた。
「君を見つけた時、力がすごく強いからもしかしてっと思ったよ。そしたら予想通り王の巫女だった。一緒にいた魔族もあいつだってすぐにわかった」
アスワドはレイを見た。
「嬉しかった。やっと会えた」
愛おしそうな笑顔のまま口を開く。
けれど、続く言葉にサラは耳を疑った。
「今度はきちんと封印するから」
アスワドの笑顔が先ほどと同じ冷たいものだと気付き、思わず声を上げた。
「どうして! もし私が本当に巫女だったとしたらもう封印する意味はないでしょ? それに彼の呪いを解けば、あなたの呪いも消えるじゃない!」
アスワドの呪いは呪術の失敗による反動だ。掛けられている元の呪術を解けば彼の呪いも消える。
「そうだね」
アスワドは視線をレイに向けたままあっさり答える。
「だったらなん――」
「だっておかしいでしょ? 何で僕だけこんな思いをしなくちゃいけないのさ?」
サラの言葉を遮りこちらを睨む金色の瞳には怒りが滲んでいる。
「こいつのために良かれと思ってやったのに、どうして僕だけこんな目に遭うんだよ!」
サラがアスワドの立場で『殺す』か『封印する』かの二択しかないなら、『封印する』道を選んだかもしれない。けれど呪術を使ったことで自分が背負った
「何でだよ?! どうしてだよ!」
誰に対して問い掛けているのかわからない叫びが洞窟に響く。地団駄を踏むように怒るアスワドは、まるで中身まで子供になってしまったかのようだった。
アスワドも同じように長い間呪術に苦しみ、孤独に彷徨い、身体も心も限界なのかもしれない。
呪術は他者を不幸にするだけの忌むべき術。その言葉が頭に浮かぶ。
やっぱり呪術は嫌いだ。
サラは改めて思った。
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