第47話

 斡旋所から使者がサラの家にやってきたのは朝早くだった。扉を開けると白鷺しらさぎの有翼族が朝日を浴びながら立っていた。首も足も長い、長身の来訪者に小柄なサラはいつも以上に首を曲げて見上げた。

わたくしはエメル斡旋所のブランカと申します」

 有翼族や獣人族の純血種は他種族には性別の区別が付きにくいが、その声で使者は女性だとわかった。

 彼女は首に掛けている銀の登録証を見せた。

 登録証は斡旋所ごとに異なっている。エメル斡旋所に在籍しているサラも同じものを持っている。看板受付嬢のビビアナの顔が浮かぶ。

 登録証には偽造を防ぐため特殊な金属が使用されている。また悪用されないよう、本人以外の手に渡ると消滅する魔術も掛けられている。

「解術士登録番号九十七、サラ=アシュリー様でしょうか?」

「はい」

 使者は満足そうに目を細め、封筒を差し出した。

「こちらを読んで今すぐ返答を頂けませんか?」

 封蝋にはグランネスト王国の紋章が刻まれている。

 サラはペーパーナイフで蝋をはぎ取ると手紙を読んだ。北の森で古代遺跡が発見されたため明日から調査団の一員として参加して欲しいという内容だった。

「いかがでしょうか?」

 促す言葉にもサラは悩んでいた。

 遺跡調査は解術士にとって主な仕事の一つだが、調査が長期に渡ることが多くあまり好まれない。この仕事も期間は一週間と書かれていた。

 近くに村や町などがあればそこを拠点にするが、なければ野宿になる。そのうえ国からの依頼は苦労の割に報酬は少ない。そのため高齢や女性の術者は敬遠し、多忙な術者は長期拘束を嫌い請けたがらない。

 斡旋所が国の仕事を自分に推薦してくれたことは嬉しかったが、サラも素直に頷けなかった。

 レイと一週間も離れなければいけなくなる。契約の腕輪をしていても二人の距離が離れれば破魔の魔力はレイに届かない。かといって部外者は現場へ連れてはいけない。

 北の森は魔獣の生息地で近くに集落や街はなく、レイを近くまで連れて行ったとしても危険な森の中で待たせることなんてできない。


 断ろうと思った矢先、ある文字が目に留まり、サラは二つ返事で引き受けた。




「まさかお兄ちゃんがいるとは思わなかった」

 馬車から降りたサラは、隣に立った騎士服姿のカイを見上げた。調査団には解術士や学者の他に護衛として騎士団が同行することは知っていたが、まさかカイがその担当だとは思っていなかった。

 テオの命日に入った急な仕事がこの件だったようだ。

「何だよ、嫌なのかよ?」

 カイは耳を寝せて項垂れる。

「そういう訳じゃないけど」

「面倒だな、と思っただけだろ」

 別の声が兄妹の会話に割り込む。紫色の瞳がサラを挟んで立つレイを睨んだ。

「お前が言うな! 大体何でお前も一緒なんだ! 部外者だろーが」

「だってしょうがないだろ? 俺とサラは離れられないんだから」

 大げさに肩を竦めるレイを睨んだまま、カイはサラの腕を掴んで引き寄せた。

「誤解を招く言い方をするな」

「誤解じゃなくて事実だ」

 自分の頭上で火花を散らす二人に首を竦めながら、サラはカイを見上げた。

「許可はもらっているから大丈夫だよ」

 昨日、サラは仕事を請け負う条件としてレイの同行を申し出た。ブランカはその場で魔道具を通して斡旋所と調査団に確認を入れ了承を得ている。

 カイは顔を曇らせ溜息を吐いた。

「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて――」

「いいじゃないか。古代種の遺跡だし魔族が来れば少しは役に立つかもしれないからって許可が下りたんだし」

 ジークヴァルトが笑いながら歩み寄ってきた。

 サラが仕事を請けたのは、この遺跡が魔族の純血種である古代種のものらしいとの記述を見つけたからだ。もしかしたら鎮めの巫女に関することがわかるかもしれないと考えたのだ。

「ギーゼンさん、色々とありがとうございました」

 レイの同行許可が下りたのはジークヴァルトのおかげだった。部外者は基本同行禁止だ。けれど騎士団所属の魔人であるジークヴァルトが、サラの身元照会とレイの身の上を保証としたことで異例の速さで許可が下りた。

「俺は口添えしただけだよ。実際に人員選定するのは斡旋所だし、サラちゃんの実力あっての依頼だから」

 ジークヴァルトは柔らかく微笑んだ

 鎮めの巫女に関して尋ねたことを覚えていてくれたのだろう。サラは感謝を込めて頭を下げた。

 妹にも相棒にも見放され孤立無援になったカイはへそを曲げた。

「そのために魔人のお前がいるんだろ? そもそもこいつは記憶喪失だから、いたところで役に立たないぞ」

 カイの物言いにサラが諫めようと口を開いた瞬間、遠くから怒鳴り声が飛んできた。

「カイ、うるさいぞ! 妹さんが来て嬉しいのはわかるが、少しは落ち着けよ!」

 隊長の一言で団員からどっと笑いが起きた。



******



 森の奥をしばらく進むと、岩で作られた断崖絶壁に突き当たった。先行隊の着けた印の場所に目に見えない封印が施されている。サラともう一人の解術士の二人で封印を解いていく。そこには洞窟の入り口があった。

 ひんやりとした狭い洞窟を一列になって進む。暗く狭い道は時間と距離の感覚を麻痺させて行く。

 サラはすぐ後ろを歩いているレイを振り返る。夜目の利くレイは何故かサラの視線には気付かず険しい顔をしていた。

 いつもとは違う雰囲気にサラは少しだけ胸騒ぎを覚えた。


 どの位歩いたのか、どの位進んだのかわからなくなりかけた頃、目の前が大きく開けた。ここが洞窟の中だと言うことを忘れさせるほどの空間が広がっている。

 騎士の一人が術を唱える。太陽のような大きな光に照らされ、暗く冷たい洞窟内に巨大な神殿が現れた。

 ここだけ時が止まっていたかのように風化も劣化もせず、神殿は綺麗な姿だった。

「これは――すごいぞ」

 学者の一人が声を震わせる。素人のサラでもすごいと思っているのだから専門家ならばその衝撃は想像以上なのかもしれない。

 数名の騎士が周辺の安全確認から戻ってきたのと同時に学者たちは興奮したようにあちこちに散っていき、警護する騎士たちも慌ててついて行った。


 神殿の入り口には巨大な像が対になって建っている。その姿は人のようだが頭には二本の角、背中から蝙蝠のような翼を生やしていた。顔は神殿を守る番人のように険しく、開かれた口には鋭い牙が、剣を握る手には鋭い爪が備わっている。

 初めて見る立体的な古代種の姿にサラは圧倒されていた。けれど不思議と恐いとは思わなかった。

 サラはふとレイの姿を探した。皆が生き生きと動き回っている中、レイはふらふらと壁に手をつき頭を抱えて項垂れた。

「大丈夫ですか?」

 駆け寄ったサラは息をのんだ。レイの顔が苦悶に歪み脂汗が浮いている。

「一度外に出たほうが――」

 おもむろにレイの左手がサラの手首を掴んだ。その力強さと手の甲に浮かぶ呪術の文字の濃さに驚いた。一昨日確認した時にはもっと薄かった。辺りを見回しても呪術の気配はない。

 漠然とした不気味さが足下から這い上がってくる。

「どうして――」

 サラの言葉を荒い息のレイが遮る。

「――ここは何かおかしい。お前も――出ろ」

 サラ自身には何の変調もない。けれどレイの言葉に素直に頷いた。

 兄に知らせなければ――そう思って顔を上げた途端、男性の叫び声が響いた。

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