第46話
サラとレイは「泊まっていけ」と口を揃えるアシュリー家の団結力に負けた。カイも久しぶりに実家に泊まり、その日は大騒ぎだった。
酒に強いアリストとレイは酔っ払いのカイに絡まれ、テンションの上がったルディとロルフはレイと、ヴェルファはサラと一緒に寝たいと駄々をこねた。
結局サラとレイが眠りについたのはカイと三つ子が疲れて眠った後で、深夜を過ぎていた。
翌朝、二日酔いでぐったりしていたカイは仕事があるため転移術で帰った。
「俺も馬車で帰る! 仕事は休む!」と、まだ酒が残っているのかくだを巻いていたが、アリストに「いい加減にしろ! さっさと帰れ!」と首根っこを掴まれ魔法陣に放り投げられた。
三つ子、特にルディとロルフはすっかりレイに懐いてしまい「また絶対来てね!」と泣き顔で何度も念押ししていた。
レイは慣れたのか諦めたのか寝不足のせいか、馬車の中でずっと眠っていた。サラも眠気には勝てず、レイに寄りかかるように眠ってしまった。互いに寄り添う形で眠る女性と魔族に、馬車の中はほのぼのとした空気に包まれていた。
我が家に帰った頃には夕方だった。夕食を済ませ風呂に入ると疲れが一気に押し寄せてきた。
ソファーに座り眠気に負けそうになっていると風呂から上がったレイが現れた。
「レイ、ここに座ってください」
大人しく従ったレイは真顔で口を開いた。
「ここじゃ添い寝はしてやれないぞ」
「ご心配なく。寝る時は自分の部屋で寝ます」
完全に頭を仕事モードに切り替えたサラは、レイの軽口を受け流し彼の左手を取った。
褐色の肌には禍々しい呪術の文字が刻まれている。サラはレイの左手の甲に自分の掌を乗せた。俯いて目を閉じ、意識を掌に集中させる。
傍えの腕輪で契約をしているので触れても痛みはない。けれど呪術独特の不快さにサラは眉を顰めた。
力や魔力を封じている『封力封魔術』は解けそうだが、命の危険がある『呪殺術』がまだ強固だ。この二つは互いに絡まっているので『封力封魔術』を先に解術しようとしても『呪殺術』が邪魔になる。強引に解こうとすれば今落ち着いている『呪殺術』が進行してしまうかもしれない。『呪殺術』が進行すれば命の危険がある。けれど『鎮めの巫女』がいなければ呪いは解けない。
巫女、という響きに、レイに寄り添う女性の姿が浮かび、サラの心臓がどくんと大きく打つ。
目を開けると、端整な顔がのぞき込んでいる。焦って反射的に身体をのけぞらせたためバランスを崩す。ソファーから転げ落ちそうになったが、レイが腕を掴んでくれたため、事なきを得た。
「ったく――相変わらずそそっかしいな」
「だ、誰のせいだと思っているんですか!」
「無防備な顔があれば寄りたくもなるだろ?」
「無防備じゃなくて集中です!」
何を言っても口元に笑みを浮かべているレイにサラは溜息を吐いたが、ふと心配になった。
「痛いところとか本当にないですか? 苦しかったり辛かったりしたらちゃんと言ってくださいね」
ソファーに向かい合いレイを見上げる。
「大丈夫だって」
笑って軽く答えたレイだが、視線を外さないサラにこれまでとは違う穏やかな微笑みを見せた。
「そう簡単に死にはしないさ」
死という言葉だけが耳に残る。父の死の原因を知ったせいか、普段は感じない恐怖が今日は現実感を伴いサラを襲う。
苦しげな父の顔がレイの顔に変わり、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。でも自分の力でそれが防げるのなら、どんなことをしても必ず助ける。
今度は逃げない。
もう死なせない。
「そうですよ」
サラは目頭が熱くなるのを必死で堪え笑顔をつくった。
「私の命が消えるまで傍にいるって言ったんですから守ってくださいね」
その言葉にレイは目を丸くした。
「あの野郎――そんなことを」
珍しく照れたような顔でレイは視線を逸らした。
「まぁ、あれも俺か」と頭を掻きながら口ごもっていたが、しばらくして何かを吹っ切ったような表情でサラを見た。
「その言葉に嘘はない。今もな」
そしていつもように笑った。
「お前よりも少しだけ長生きするさ」
「少しだけ、ですか?」
「少しだけだ。見送った後にすぐに逢いに行くからな」
「それは、まさか」
自ら死を選ぶのだろうか、とサラは戸惑う。
「伴侶を失えば長くは生きられない。魔族はそういう生き物だ」
レイの言葉に反応してサラは考えなしに尋ねた。
「私はレイの伴侶なんでしょうか?」
言葉にした後、何を聞いているのだろう、と顔を赤くした。「そうだ」と言われても「違う」と言われても恥ずかしい質問だと心底後悔した。
「俺はずっとそう思っているけど?」
俯いたサラに堂々とした告白が降り注ぐ。驚いてつい顔を上げたものの、レイの顔が見られない。視線を泳がせているとレイの顔が近づいてくる。サラは思わず目を瞑った。
しばらくして熱の籠もった額に冷たくて柔らかい感触があった。それが唇だと気付き驚いて目を開ける。
レイは楽しそうに笑っていた。
「今はそれくらいで許してやる」
「あ、はい――」
こういう時、気の利いた言葉を返せればいいのにと、サラはずれた感想で落ち込んだ。
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