第45話

 家族が揃ったところで皆が花を手向け墓前で祈る。普段は騒々しい三つ子もこの時ばかりは大人しくしている。

 風が木や草を揺らす音だけが聞こえていた。


 ごめんね、お父さん。

 サラは暗く重い気持ちで墓石を見つめた。


 祈りを終え家へ帰ろうとするエレナの背中にサラは声をかけた。

「お母さん。ちょっと、いい?」

 皆が一斉に振り返る。

「どうかしたのか?」

 カイが心配そうに尋ねてきた。サラは何と言えば良いかわからず口ごもる。

 微妙な沈黙が流れる。

「よーし、家まで競争するぞ!」

 アリストの明るい掛け声に三つ子が走り出す。妹から視線を外さないカイにも父は声を掛けた。

「お前もだよ、馬鹿息子」

「う、うるさい! 誰が馬鹿息子だ」

 弾かれたようにカイが身体をひるがえす。足を踏み出す前に一度サラを振り返ったが、結局何も言わずその場を立ち去った。


 レイは離れた場所で木にもたれ掛かるように座っている。

「聞きたいことがあるのね?」

エレナは静かに口を開いた。サラは座るレイから視線を外し、大きく息を吸うと母を真正面に捉えた。

「お父さんはどうして死んだの?」

 エレナは真剣な顔でサラを見つめている。けれどその口は固く閉ざされている。

 沈黙に耐えきれずサラが口を開いた。

「思い出したの。お父さんの顔に文字が――それで、それで――」

 父の黒い顔が脳裏に浮かび喉が締め付けられる。声が震え、最後まで言葉が出てこない。

「サラ」

 母の心配そうな声でサラは再び大きく息を吸った。

「本当は私のせいで呪われて死んだんじゃないの?」

 心臓が飛び出しそうなほど大きく打っていた。


「それであなたは家を出たのね。自分の魔力のせいでルディたちやアリストにも同じことが起こるんじゃないかって」


 破魔に引き付けられた呪いの品のせいで魔力のない父が死んだのなら、同じく魔力のない獣人族のアリストやその血を引くルディたちの身も危ない。

 サラは魔道院で自分の魔力を知ってから家にあまり帰らなくなった。学生時代は寮で生活し、夏と冬の休みしか戻らなかった。卒業後は年に一度しか帰らなくなった。


「あれはあなたのせいじゃないのよ」

「でも――」

「いいから聞きなさい」

 珍しく強い口調でエレナがサラの言葉を遮った。

「テオは生まれつき心臓が弱くて長くは生きられないと言われていたらしいわ」

 初めて聞く事実にサラは言葉を失った。

「天涯孤独の身の上でどうせ長く生きられないのなら色々なところに行ってみたいって、若い頃は各地を転々としていたらしいわ」

 エレナは何かを思い出したようにふっと表情を緩ませた。

「そして私たちは出会い、結婚し、そしてあなたが産まれた。私も嬉しかったけれど一番喜んだのは彼だったわ」


 二十歳までは生きられないって言われた俺が、我が子をこの手に抱く日が来るなんてなぁ。


「そう言って泣いたていたわ」

 エレナは膝を折ると、風で倒れそうになっていた花束を立てかけ直した。

「きっとあの時が一番幸せだったでしょうね」

 屈んだまま墓石を見つめている。その背中は小さく丸められたままだ。

「ある日、彼は魔道具のネックレスを買ってきたの」

 母が『買ってきた』という単語を強調したことにサラは気付いた。

「そんなものに興味がある人ではなかったから不思議に思って尋ねたの。そしたら『これを身についていれば大丈夫だから』って。変に思ったけれど、でもその言葉通り、身に着けてから彼は見違えるほど元気になった」


 そんな魔道具あるわけない。

 解術師のサラは視線でエレナの背中に訴えた。


「今考えればそんな都合の良い魔道具がある訳ない。でもその時は私も彼も素直に喜んでいた」

 声が少し震える。

「そしてあの日、彼の心臓の鼓動は止まった」

 エレナは顔をぐいと上げた。

「きっと彼は今際いまわの際で魔道具が原因だと気が付いたのね。幼いあなたに害が及ばないように『逃げろ』と叫んだの」

「どうしてお母さんがそれを――」

「だってあの時私もいたから」

 母は涙で潤む瞳でサラを振り返った。

「嘘――」

 サラの記憶に母の姿はない。

 エレナは立ち上がると頭を振り続けるサラの手をそっと握った。

「あなたはその後熱を出して、三日間眠り続けたのよ」

 目を覚ました時には、父親が倒れた前後の記憶は失われていた。


「あなたを怖がらせまいと今まで黙っていたの」

「そう、なんだ」

 サラはその一言だけを何とか振り絞るとただ墓石を見つめていた。ついこの間まで父親のことを思い出せなかった理由が見つかりどこかほっとしていた。

「その魔道具は今どこに?」

 無意識に口にしたその言葉は、解術士としてのものなのか娘としてのものなのか、自分でもわからなかった。

「海に捨てたわ」

 でもその呪いを解きたかったという悔しさは自覚していた。


「そのうち本当のことを言おうと思っていたけれど、あなたの破魔の魔力のことと解術士になったことでどう話して良いかわからなくなってしまって。ごめんなさい」

「話してくれてありがとう」

 まだ胸のつかえは取れていない。でもそれは誰に話しても取れないものだということは知っている。

「そろそろ家に戻らないとみんな心配しちゃうね」

 そう言って身体を翻したサラの腕をエレナが掴んだ。その力があまりに強いためサラは驚く。

「あなたがその魔力を持って産まれたのには理由がある」

 胸がずきりと痛み、つかえが大きくなっていく。

 サラだって何度もそう考えた。けれどなかなか前向きになれずにいた。そして今もこの魔力のせいで治癒術士を諦めたことや治癒術が効かず怪我の痛みで苦労したことが思い出され目を伏せてしまう。


「あなたには辛いだけかもしれない。それにお母さんや他の人にはあなたの辛さがわからない。けれど苦しかったら、辛かったら愚痴を言いに帰ってきなさい。聞くだけだけど、それ位なら出来るから」

 サラは母の顔を見た。

「でも――」

 それで何かが解決するはずもないし、口にすれば産んでくれた母を責めているようで嫌だった。

「気を遣う必要はないわ。あなたを産んだのは私なんだから」

 娘の視線を受け止めエレナは微笑んだ。

「面の皮は厚いから、あなたの愚痴なんかでへこむほどやわじゃないわよ。再婚する時が一番酷かったんだから」


 異種族同士の子連れ再婚は今でもあまり多くない。十四年前、世間の風当たりは今よりもきつかったはずだ。まだ幼かったサラにはわからなかったが、大人の好奇の視線だけは覚えがある。滅多に愚痴を零さないさないエレナも、この時のことは今でもほんの少しだけ口にする。

「あのおかげでだいぶ鍛えられたけどね」

 苦笑するその顔に憎しみや苛立ちはなく、乗り越えた者だけが見せる強さがあった。

「それにあなたがいるだけで何かに呪われるほど、アリストやあの子たちは弱くない」

 サラの目頭が熱くなる。

「テオも私も、アリストもカイもルディもロルフもヴェルファも、みんなあなたが大好きなのよ」

 その言葉に、つかえていたものが少しだけ取れた気がした。

「私も迷惑だとか疎ましいとか産まなければ良かったとか、一度も思ったことは無いわ」

「お母さん」

 サラとエレナは久しぶりに抱きしめ合った。



******



「まだ生きてる?」

「何とかな」

「それは良かった。そんなフロウに良いお知らせと悪いお知らせがあります。どっちから先に聞く?」

「発作が治まったばかりで機嫌が悪い。さっさと言え」

「ノリが悪いなぁ。じゃあ良い方から」

「ああ」

「準備が整ったからそろそろ実行するね。ちょっと大がかりになっちゃうけど」

「遅いくらいだ。悪い方は?」

「あの二人、どうやら『つがい』みたい」

「面倒だな」

「まだきちんと契約はしていないみたいだけど、この前の様子だと暴走するかもね」

「手は打ってあるんだろ」

「もちろん! 呪術を利用しようと思う。今度は逃がさないよ」

「俺が出張るんだ。それはない」

「せっかく見つけたんだから間違っても殺さないでよ」

「わかっている。一族はもう俺しかいないからな。どんな手を使っても手に入れるさ」

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