第34話
「俺に用事?」
「あ、はい」
サラはポケットにしまった小さな紙を差し出した。
「斡旋所のビビアナさんから紹介されて」
「あー、ビビちゃんね」
紙に書かれた文字を見てコルヴォの表情が明るくなる。
「教えて欲しいことが――」
「ちょっと待って」
サラの言葉をコルヴォが掌を向けて遮った。
「俺、今取り込み中なの」
首を傾げるサラにコルヴォはにっと笑った。人なつこい笑顔は女性受けが良さそうだ。
「助けてくれたらタダで教えてあげる」
ゆっくり歩きレクスとサラの背後に立つ。
「あれを何とかして頂戴」
コルヴォが指差した路地裏の入り口には大柄な三人が立っていた。
三人が異様に殺気立っていることは、素人のサラの目にも一目瞭然だった。
「な、何したんですか?」
「いやぁ、まさかあの娘たちがこんな厄介な野郎の女とは知らなくてさ――」
「は?」
「身体だけの関係だって彼女たちも合意しているのに、これだもんねぇ」
それと似た話をさっき聞いたような気がする。
サラは今あったばかりのコルヴォの手癖の悪さに早くも
「男の嫉妬って最悪だよ」
コルヴォはサラとレクスを盾にしながら愚痴った。
猿の獣人が毛を逆立てながら大股で近づいて来る。
「あ? 誰だ、お前ら? 邪魔するなら一緒にぶっ殺すぞ」
「わ、私たちは」
関係ありません。
サラは慌ててそう言おうとしたがコルヴォの方が早かった。迷惑な色男はサラの両肩をがっしり掴む。
「この子が俺の彼女なの」
は――はぁあああああ?
心の中で大絶叫しながらサラは首だけで振り返る。
サラの冷たい視線が突き刺っても、レクスが指をへし折りそうな勢いで引きはがしてもコルヴォは気にしていない様子だ。
「愛しい彼女が俺を守るためにこの魔族を連れて来てくれたのさ」
芝居染みた口調と台詞だが、何故かこの男が言うとさまになる。
「な、な、なな」
サラは驚きと怒りと混乱でうまく言葉が出てこない。
「どーだ、羨ましいだろう? しかも――」
嘘を吐き続けるコルヴォの口をサラは掌で叩き付けるように押さえた。
「嘘吐いて相手を焚き付けて、何がしたいんですか!」
コルヴォは笑顔でサラの掌を優しく引き剥がした。
「ここできっちり追い払わないと俺が殺されちゃうでしょ? 俺が死んだら情報教えてあげられないよ?」
都合が良すぎる言い訳に呆れるサラの手の甲に、コルヴォは慣れた仕草で唇を落とした。普通の女性なら頬を赤らめるかもしれないが、苦手な上に慣れていないサラは顔を盛大に顰めた。
レクスがコルヴォの額を掌で押しやる。首を思い切り後ろに逸らされた色男が悲鳴を上げる。
「痛てててっ! 首が折れる!」
「折れればもうその口は動かないな?」
「お前も敵かよ!」
魔族と鴉のキメラは小柄なサラを挟み取っ組み合い始めた。
「その女は俺たちが使ってやるよ」
「小さすぎねぇか? まぁ、入ればいいけど」
「やってみればわかるだろ。ちょうどあのアバズレにも飽きていたしな」
三人の男達は下卑た薄笑いを浮かべながら口々に好きなことを言い出した。自分の発した言葉に
値踏みするような、肌の上を嘗め回されているような不快な視線に、サラは身体を強ばらせた。
レクスはコルヴォを突き倒し、鋭い視線のまま男達に向き直った。
「下がっていてください」
正面を向いたままの険しい声に、我に返ったサラは小さく頷くと瓦礫の山に身を隠した。
三対一、しかも相手は戦闘能力に長ける蜥蜴と猿の獣人族、そして梟の有翼族。
昨日から続く戦闘にサラは気が気でない。
「いくら魔族でも、一人じゃ相手にならねぇよ!」
三人は同時にレクスに向かって来た。
レクスは三人の攻撃の避けながら蜥蜴男の顔面を蹴り飛ばした。大きな身体が廃墟の壁に叩き付けられる。
けれど蜥蜴男は砂煙の舞い散る中、僅かに鼻と口からの出血だけで立ち上がった。
梟男は空中から炎の玉を雨の様に降らせてくる。それを避けた所に猿男の丸太のような太い腕が巨体に似合わぬ素早さでレクスに襲いかかる。
「三人だとさすがに厳しいかもな」
コルヴォがいつの間にかサラの隣に隠れていた。まるで他人事のような台詞に積もり積もったサラの怒りが爆発した。
「わかっているなら手助けしてよ! 元はと言えばあなたのせいでしょ!」
有翼族は非力だが魔力は魔族に劣らぬほど高い。コルヴォがキメラでも人間で解術師のサラよりは役に立つ。
「俺、戦闘向きじゃないんだ」
コルヴォはわざとらしく謝った。
サラが抗議の声を上げようと口を開いた瞬間、大きな衝突音がした。
振り返るとレクスが壁際で項垂れて座り込んでいた。サラは思わず立ち上がる。それと同時にヒビの入った壁が崩れ、動かないレクスの上に落ちてきた。
「レクスさん!」
姿が見えなくなったレクスに駆け寄ろうとしてコルヴォに腕を掴まれる。
「離して!」
「君が行っても無駄だ」
「でもっ!」
「それに」
コルヴォは埋もれてしまった魔族を見遣った。
「あの程度じゃくたばらないよ――多分」
「それはどういう――」
「あ、でもちょっとやばいかも」
コルヴォの呟きと同時に三つの大きな影がサラ達を覆った。
サラの腕をコルヴォが引っ張る。逃げようとする二人に梟男が音もなく空からやってきて道を塞ぐ。
梟男が撃ってきた魔術をコルヴォが魔術で防いだ。その隙にサラは猿男の分厚い掌で二の腕を掴まれた。
まるでモノでも扱うような、何の温もりもない手だ。
「じゃあ、早速相手して貰おうか」
顔中血だらけの猿男が下品な笑みを浮かべている。
「次俺だからな、壊すなよ」
所々鱗の剥げた蜥蜴男も長い舌で血の滲む唇を舐める。
「――ッ!」
掴まれている腕の痛みに声が漏れた。
突然、猿男の足が宙に浮いた。
「な、何だ!」
猿男の背後からその毛深い頭をレクスが片手で掴んでいる。
猿男はサラから手を離し、太く大きな指で自分の頭に食い込む細い指を剥がそうとする。けれどレクスの指はますます食い込み、頭の形がいびつになっていく。
猿男は目や耳や鼻から血を吹き出させ、口から泡を吹いて苦しげな叫び声を上げる。しばらく暴れた後、苦悶の表情のまま白目をむき、手足を垂れ下げたまま動かなくなった。
レクスは弛緩した大きな身体を無造作に投げ捨てた。猿男は受け身を取ることなく廃墟の石壁を突き破る。
サラはレクスの無事に安堵したが、彼の顔を見て言葉を失った。愉悦の表情を浮かべるレクスに、サラの背筋を冷たいものが走った。
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