第32話
ジークヴァルトはまだ落ち込んでいるカイを外へ追い出し、玄関先でサラの後ろに立つレクスに視線を向けた。
不意に、通じるかな、と気になった。
「(あのさ――)」
唐突に魔族語で話かけてきた魔人にレクスは怪訝そうな顔を見せた。一方のサラは、聞き慣れない言語に目を丸くしている。
子供みたいな彼女の表情に和みながら、もう一度レクスに視線を合わせた。
「(わかる?)」
「(――聞こえてはいる)」
流暢で綺麗な魔族語が返ってきた。曾祖母が使っていたような古い言い回しだ。
呪術のせいで記憶喪失。しかも封じられているのに恐ろしく強い。
騎士団の中でも指折りの強さを誇るカイが話していた。その時は信じられなかったが、実際に会ってみると誇張でも嘘でもないとわかった。
こいつは何者だ? これが本気を出したら誰が止められる?
ジークヴァルトは背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
魔力もそうだが、雰囲気や身に纏う迫力が違う。魔人の自分と違うのは当たり前だが、曾祖母や今まで会ったことのある魔族とも何かが違う。
古代種という単語が頭を過ぎるが、資料で見る姿とは違っている。それに純血種は数百年前からいないはずだ。
力を求めるフロウ一族か、とも思ったが、彼らとは決定的に違うものがあった。
「(あんたが何者だかわかんないけど)」
違うもの――それは他種族に対する視線だ。
フロウ一族の排他主義は徹底している。そこには一片の尊敬や情けはない。一方のレクスはあまり感情を表に出さず冷たく見えるが、獣人のカイや半端ものと揶揄される魔人の自分や、人間のサラに対する拒絶や軽蔑の色はない。むしろ人間である彼女を守りたいと心の底から思っていることが窺える。
「(自分の都合で振り回さないで、ちゃんと彼女の気持ちを考えてあげてよ)」
金色の瞳が揺れ動く。
こっちも迷走中かよ。
ジークヴァルトは自分の言葉が核心を突いたことに頭を掻いた。そして一番の被害者であるサラに同情した。
「(まぁ魔族にしたら、それが一番大変だろうけど)」
自由で自分本位になりがちな気質は、薄いなりにも魔族の血を引く自分にもよくわかる。
「(あんたが大切に思う人を傷付けないよう祈るよ)」
「(そうだな。祈っていてくれ)」
その言葉がジークヴァルトにはひどく弱々しく聞こえた。
******
二人を見送った玄関には静けさが帰ってきていた。サラは大きく息を吸い、唇を引き結ぶと後ろを振り返る。
レクスと視線が合った。
「今日は色々ごめんなさい」
レクスの表情に戸惑いが浮かぶ。サラはなるべくいつも通りの声を出した。
「明日情報屋に行きたいので一緒に来てくれますか?」
「はい」
いつも通りの微笑みで承諾するレクスに、サラは表情を緩めてほっと胸を撫で下ろす。それは拒絶されず明日も一緒にいられることへの安堵だった。
でも明後日は? 一ヶ月後は?
いつまで一緒にいられるの?
悲観的な思考が頭の中を占拠する。不安が表に出ないよう、口を自動的に動かした。
「シズメノミコを見つけたらすぐに呪術を解きますから、それまではここにいてくださいね」
一緒にいたい。でもこれ以上嫌われるのは嫌。傷付けるのも嫌。
だったら早く離れた方がいい。でも離れたくない。
肯定と否定の繰り返しに答えは出ない。
「解けたらレクスさんは自由ですから」
解かなきゃいけないのに、解きたくないと思ってしまう。
解かなければずっと一緒。
そんなことを思った自分に
解術師としても人としても最低だ。
「おやすみなさい」
自分がどんな表情をしているのか怖くなり、サラは逃げるように背を向けた。
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