第24話 ナイスチェルシーいただきました スターブレード

 いつの世も交通渋滞と言う奴は運転手って人種にとって悩みのタネだったんだと思う。


 馬車が土の上をのろのろと走っていた時代もきっと厩舎に馬車をしまう時に数台かち合って渋滞が発生しただろうし、自動車がアスファルトの上をぶうぶうと走っていた時代の渋滞は空を曇らせ人々の喉や肺を汚すほどひどいものだったと聞く。


 そして宇宙航海時代に突入しても、人類は交通渋滞問題を解決する妙案を未だに手にしていない。軌道宇宙港の船渠へのドック入り待ち渋滞は宇宙船パイロット達を悩ませる問題の一つだ。




『お疲れ様です。ソルバルウ号艦長カンバラさん。今回はチェルシー・マクレガーがオペレート担当します』


 やっと入港の順番が回って来た。さて、とシートでだるだるになりながらゲームボーイアドバンスで遊んでいた僕は、聞き覚えのない甲高い声に思わずきちっと背筋を伸ばして座り直した。


「はーい、って、初めて見る顔ですね」


 サブモニターに映るオペレーターは、眉毛まで隠すほど大量の赤毛にそばかすがよく目立つまだ学生みたいな女の子だった。


『はいっ、新人オペレーターのチェルシーです。チェルシー・マクレガーでございます。よろしくお願いします。チェルシーです』


 選挙運動かよ、と思わずツッコミを入れたくなるほどのガチガチの緊張っぷりだ。


「新人さんか。そんな緊張しなくても大丈夫だよ」


 ミリタリーロリータ調が可愛いと評判の制服の襟もまだまだパリッと真っ直ぐで、どこに出しても恥ずかしくないくらいの新人っぷりだ。


『……』


「……」


 そして見つめ合う僕とチェルシー。


『で?』


 サブモニターの中のチェルシーが首を傾げた。大量の赤毛がサラサラと流れる。で? って、それは思いっきり僕の台詞だ。


『ハーイ、コータ。お疲れ様』


 チェルシーの隣にルピンデルが現れた。


『悪いけど、今日は新人の初オペレートに付き合ってもらえる?』


 ルピンデルがガチガチのチェルシーの肩にぽんと手を置き、それに激しく反応してチェルシーは赤毛を跳ね上がるように頭を下げた。


 新人の初オペレートか。そりゃあ緊張もするか。月周回軌道港の船渠はいつも混雑している。さまざまな大きさの宇宙船が行き交い、複雑に入り組んだドック内への航行管制が何人ものオペレーターの指示で何隻もの船に同時に行われるんだ。いかにコンピュータ制御の船でも操船するのは人間だ。一瞬の判断ミスが大事故に繋がる危険だってある。


「オッケー、いいよ。任せた」


 オペレーターの管制スキル次第ではとてもめんどくさい停泊をさせられる羽目になるので新人の管制を嫌がるベテランパイロットもいる。でも僕は大歓迎だ。


「『見えざる神の左手』を使ってみなよ」


 見えざる神の左手とは6体のタグボートロボットのことだ。完璧に挙動が同期された6体のロボットが船体の前後上下左右の6面の支点に張り付き、まるで六本指の神様の巨大な手が船を鷲掴みにして移動させているようでそんな神々しいニックネームを付けられた可愛らしいロボット達だ。


 船乗りなら自らの手で船を操れと言うベテランパイロットもいるが、何しろこっちは何もしなくていいのでらくちんなことこの上ないのだ。僕は見えざる神の左手肯定派だ。このシステムを利用して新しい遊びも開発したし。


『はい。チェルシー、了解しました』


 チェルシーがスマートグラスを装着して仮想のキーボードを叩き始めた。その横でルピンデルが目に見えない書類をペラペラとめくる仕草をしている。拡張現実でレポートでも読んでるんだろう。


『コータは明日から4週間の休暇なんだ。羨ましいわね』


「誰もやりたがらないクリスマス、年末年始の仕事をみんなの分まで引き受けたからね」


 クリスマスも大晦日もお正月も、イベントは全部長期航行で潰したんだ。12週間もぶっ続けでフライトをこなしたんだし、4週間の休暇くらい当然の報酬だ。


 その間、ほぼ僕専用機となっているソルバルウはしばらく動かさないので他の船の邪魔にならないようドック入りだ。


『それで定期点検も兼ねてソルバルウ号をドックの一番奥にしまうのね。チェルシー、準備いい?』


 僕も船の移動の準備を進めるか。ソルバルウのエンジンの火を落とし、操縦席のコントロールパネルをゲーム仕様に切り替える。メインモニターにあらかじめインストールしていたゲームを呼び出し、シートベルトをきっちり締める。


 無重力状態で見えざる神の左手に船が動かされる時は船内での慣性運動に気を付けなければならない。うっかり身体を固定し忘れると、急に動き出した船の挙動に振り落とされるように運動から取り残されて、何時ぞやのように手も足も届かない何もない空間に放り出されることになりかねない。全裸で。


「こっちの準備はオッケーだよ」


 さあ、ゲームスタートと行こうか。最近やり出した遊びは、ソルバルウの操縦系統で3Dシューティングゲームを操作することだ。実際の宇宙船のコントロールパネルでゲームをする。ゲームとして成立したジョイスティック一本で遊べるまで簡略化された操作を、あえて手続きを複雑化させてそのめんどくささを楽しむ。それが面白いんだ。


 ゲームはスターブレード。触ったらぱきっと折れてしまいそうな尖ったポリゴンが時代を感じさせる3Dシューティングだ。


 さあ、ゲームスタート。チェルシーがコントロールする見えざる神の左手もソルバルウの前後上下左右にスタンバイ済みだ。今日のソルバルウはドッキングカーゴも積んでいないし、船内の貨物区も空っぽで相当軽いぞ。新人のチェルシーよ、初プレイで存分に振り回してくれ。




 スターブレードはレールの上を滑走するジェットコースターのように宇宙船が決められた航路をフライトする。プレイ中は自機を操作出来ず、銃座に座って敵機を撃つように照準カーソルを操作する、言うなればガンシューティングゲームだ。だからジョイスティック一本で簡単にプレイできる。


 そのシンプルな操作系をあえてソルバルウの二本の一体型操縦桿で難しく操作する。大きなアーム状の操縦桿を手首から肘にかけて、まるでヘビのロボットに腕を飲み込ませるみたいに装着する。アームがコントロールパネルに接続されているジョイント部分にしっかりと握れるバーとボタンが幾つかついた鍋の蓋みたいなスロットルボトルがある。


 そのボトルを左腕は時計回り、右腕は反時計回りに捻ったり、ボトルを引き出したり押し戻したりして、あとは腕そのものでアーム型の操縦桿の角度を変えて操船する。


 宇宙空間では最高速度よりも精密な三次元航行能力が重要になる。ソルバルウのSSV型は実は船と言うよりも飛行機に近い機体で、この複雑系の操作を嫌がるベテランパイロットもいる。しかし僕にとっては、スターブレードやエースコンバットシリーズのようなフライトシミュレータ要素のあるゲームで遊ぶには最適の宇宙船なのだ。


 それに加えてチェルシーの荒ぶったプレイが、いやね、もう。中に僕がいると言うのを忘れているかのような見えざる神の左手の動かしっぷりだった。


 ドックの壁ギリギリまで寄せたかと思うと、そこからまさかの上下反転、180度回頭、停泊中の宇宙船を舐めるように捻りを加えた急降下。タグボートってもっとゆっくり丁寧に飛ぶものだぞ、と言う間もなく急停止、からのタッチアンドゴー。僕は操縦席で上下左右に振られっぱなしだった。


 スターブレードを複雑系で操作しながら見えざる神の左手にぶるんぶるん振り回される。想像以上の相乗効果で、僕は酔ってしまった。ゲームの見た目の動きと実際の身体の動きとがマッチせず、三半規管が無惨に掻き回されてしまった。完全な3D酔いだ。


『カンバラさん、お疲れ様でした。停泊完了です。チェルシーがお送りしました』


 船が止まっているのか、それともぐらんぐらんと揺れ動いているのか、それすらもわからないが、サブモニターのチェルシーのとびっきりの笑顔を見る限りはおそらく接触事故も起こさず無事にミッションコンプリートしたんだろう。


「ナ、ナイスチェルシー、でした」


『ありがとうございます! ナイスチェルシーいただきました!』


『コータ、顔色悪いけど、大丈夫そう?』


 ご満悦のチェルシーの隣でルピンデルが言った。側に君がいながら、何て激しいプレイをさせたんだよ。でも頬っぺたを赤く染めて鼻の穴をぷっくりと膨らませてるチェルシーの顔を見ると何も言えなくなってしまう。


「うん、まあ。もう今から休暇に入るよ」


 後に軌道港のパイロット達にチェルシータイムと呼ばれるアグレッシブなタグボートプレイの幕開けだった。

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