第57話 MSXを探して その2

 今日はこれからG.O.T.がある。「ごはんを美味しく食べる」会。何かにかこつけて集まっている大人達の飲み会だ。飲み会と言っても、他の大人達とは違ってこだわりがあるようで、チェーン店には行かずに国籍がはっきりしてて美味しいと評判のお店を選んでいて、あたしもよく連れてってもらっている。


 今回は、コータくんは火星に行っててお休み、サクラコはメイド喫茶のメイドロイド緊急メンテとかで遅れるとの事で、あたし一人で待ち合わせの時間まで飲み屋街をうろつく羽目になった。


 十三歳の女の子を飲み屋街に放置するだなんて、と熱い正義感と清い倫理観に満ちた大人ならコータくんサクラコ夫婦に一言物申したくなるだろうが、あたしとしてはこの放任主義的教育方針は自立心を高めてくれてありがたく思っているし、何より自由は素晴らしいものだ。放っといて。


 でも、さすがに夜も遅くなると言うことで監視の目はある。あたしは飲み屋街を殺伐とした表情したウサギのぬいぐるみ型アンドロイドを抱いて歩いていた。


 このぬいぐるみアンドロイドの目はサクラコのAR眼鏡と繋がっていて、サクラコは遠くにいながらにしてあたしの周囲を監視し、時には神妙な顔付きをしたウサギとして不審者に威嚇の言葉を投げかけたりするのだ。


 考えてみるといい。夜の飲み屋街で、ファミコンのゲームカートロリッジが詰まったリュックを背負い、ぐったりとした妙に手足が長くて目付きの悪いウサギのぬいぐるみを抱きかかえた金髪ツインテールの少女が、ウサギと何やらブツブツ会話している姿を。これはちょっとしたホラーだ。


『ブリギッテ、もうお店には着いたの?』


 ウサギアンドロイドがサクラコの声で言う。くいと首をもたげて徹夜明けのような顔で。


「うん。ちょっと早く着いちゃった」


 十九時の待ち合わせのはずが、十分前の現時点で大人達は誰も来ていない。ダメな大人達だ。あたしはお店の邪魔にならないよう、入り口から少し離れた置き看板の側にしゃがみこんでやたら人相の悪いウサギのぬいぐるみとぶつぶつ会話していた。やはりちょっとしたホラーだ。


 そして十九時ぴったりにルピンデルさんが現れ、看板の影にひっそりと佇むあたしを見つけて、ビクッと身体を震わせたのだった。




 スペイン料理と言えば、バレンシア地方のパエリアを抜いて語る事なんて出来やしない。そしてそのパエリアにおいてまさしく象徴とされるのは、黄金色に炊き上げられたお米の海に散りばめられた魚介類、とりわけ圧倒的な存在感を見せつけるムール貝だろう。


 もちろん、月にムール貝はいない。地球産の高級品を使っていたらとんでもない超高級パエリアになってしまう。そこで月のバレンシア人達は、月面食糧生成プラントの一つ「めぐみの海」の海洋性養殖プラントにムール貝セクションを設けて、パエリアのためだけにムール貝の養殖に成功したのだ。


 そこらへんのたゆまぬ努力は、日本の宮城広島合同県人会とフランスのシャブリ地方人達が牡蠣の養殖プラントを勝手に作っちゃった事件と通じるところがある。


 やっぱり人間誰しも自分の生まれた土地の食べ物が食べたいんだ。あたしも白ソーセージを頬張ってシュペッツィできゅーっとやりたいもんだ。


 そんなパエリアのムール貝を前歯でカリカリとこそぎ落としながら、あたしはふとあのゲームの事を思い出した。そうそう、せっかくみんなが集まるんだから、ここでこいつの正体を調べとくべきだ。


「ねえ、さっき『アメリカ』で見つけたゲームなんだけどさ」


 ムール貝片手に、リュックにもう片方の手を突っ込んで一本のゲームカートリッジを手探りで取り出す。一つだけ形が違うからすぐわかる。


「ジャンクコーナーにあったんだけど、何のゲームか知ってる?」


 まず最初に手を伸ばしたのは向かいに座るジャレッドさんだった。大きめの身体を折りたたむように前屈みになってあたしの手からカートリッジをつまみ上げた。


「ブリギッテが知らないゲームなら、実はファミコンじゃないとかじゃない、かな?」


 そしてカートリッジを見つめたまま動きを止めたジャレッドさん。まるで動物園の熊がハチミツの瓶の開け方が解らずに首を傾げてるように固まってしまった。


「メガドライブ愛好家達が自作したゲームもあったよな。細分化されたマニアはお互いに交流しないから、けっこう独自の文化を築くぞ」


 マサムネさんがジャレッドさんからカートリッジをひったくった。どれどれ、とカートリッジを眺めて、やつれたように細い顔を一気にしかめさせて、こちらは動物園のチンパンジーが知恵の輪に切れかかっているような表情を作り上げた。


「MSX2+? マジでか?」


「アシュギーネって、情報としては聞いた事あるけど、まさか実物にお目にかかれるなんて! ブリギッテ、これは本当にアメリカにあったの?」


「うん。ジャンクのワゴンに」


 今度はジャレッドさんがマサムネさんからゲームカートリッジを取り返して、下の方から、接続端子の形を確かめるように覗き込んだ。そして自分のバッグをガサガサと探りだし、一本のファミコンカートリッジを取り出す。てゆーか、なんでバッグの中に常にファミコンソフトがあるのよ?


「端子の形状が違う。ファミコンではないのは確かだ」


「パッケージとか取説はなかったのか?」


 マサムネさんがスマホを取り出して何やら検索しだした。


「ジャンクだからハダカで売ってたの。レジも反応しなくて、廃棄するのが混ざっちゃったんじゃないかって言ってたからもらってきちゃった」


「ダメだな。アシュギーネで検索はヒットするにはするが、画像がない。プレイ動画もなしだ。それがオリジナルか、ライセンスかわかんねえな」


 スマホを軽く振ってページを送りながら、マサムネさんが何か悔しそうに言う。ネット検索でも画像が見つからないって、これってそんなにレアなモノなのか。


「そもそもMSXって何よ?」


 ミナミナさんが大きなフライパンからパエリアのお焦げをこそぎ取りながら言った。ちらっとあたしの方を見て、そうよねー、と言うかのように目配せする。


 そうだそうだ、ジャレッドさんとマサムネさんはMSXと言うのが何か解っているようだが、あたしにとってはそれは初お目見えの単語なんだ。解説役に徹するならそこから説明してくれないと困る。


「MSXってハードのアシュギーネってソフトってまではカートリッジ見れば普通に解るけどさ、この中で、いや、月でMSXの現物見た事ある人間なんている訳?」


 と、ルピンデルさんがワイングラスを傾けて言った。この口ぶりだとルピンデルさんもMSXが何であるかは知っているようだ。


「さすがにそこまで物好きはいないだろうね。地球からそんな過去の遺物を打ち上げるなんてお金がかかり過ぎるよ」


 ジャレッドさんが答える。


「もしもそんな物好きがいたら俺達レトロゲーマーの会が黙っちゃいないさ。何としてでも仲間にする。いるとしたら、自分で作っちまった趣味人だな」


 とはマサムネさん。何とかこのカートリッジから情報を読み取ろうと、表裏ひっくり返し隅々まで睨みつけてる。


「で、結局はMSX2+ってふっるいゲームハードの、アシュギーネってめっずらしいゲームソフトって情報しかないの?」


 あたしもパエリアのお焦げを掻き集めながら言った。マサムネさんとジャレッドさんは少し困ったように顔を見合わせて、それを言い表せる的確な言葉が見つからないってオーパーツを見るような表情であたしを見た。


「何て言ったらいいんだろうな。知識では知ってるが、みんな経験した事がないんだ。あまりにもレア過ぎて、月にコレがある事がまず信じられない」


『まずMSXから説明しないとダメでしょ。ほんっとにコータくんがいないと何にも出来ないお二人さんね』


 そう言ったのは軽く渋い顔付きをしたウサギアンドロイドだった。


『それとあと15分でそっち行けるから、私のパエリアを残しといて』


 サクラコだ。寝不足でパズルを解いてるような眉間にしわを寄せたウサギがパエリアのフライパンを睨む。


「サクラコはMSXって知ってるの?」


『知らない。生きてくのに必要ない知識でしょ』


 身も蓋もないウサギだな、もう。

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