第47話 低重力下におけるダンスダンスレボリューションプレイ時の成人女性の発達した胸筋、及び周辺皮下脂肪組織の躍動率について UFOキャッチャー
『低重力下におけるダンスダンスレボリューションプレイ時の成人女性の発達した胸筋、及び周辺皮下脂肪組織の躍動率について』なんてレポートをまとめたらどこかの物好きな電子出版社が買ってくれないかしら。
などと思ってしまうほどミナミナさんのダンスは魅力的で、それでいてとびっきりキュートで、世の男達の視線を釘付けにするに相応しい扇情感に溢れたプレイだった。
前に聞いた事がある。何を食べたらそんなに大きくなるのか、と。答えは意外なものだった。
大きい訳じゃなく、子供の頃からダンスで身体を鍛えていたので胸筋と肩幅が発達して胸が大きくて張りのあるように見えるだけで、カップ的には全然平均値らしい。
そもそも低重力下では大き過ぎる脂肪の塊は重力の牽引がなく拡散するように上半身に分布してしまい、ミナミナさんのようにまずは骨格と筋肉ありきで、いわゆるロケット的な形状が成型される、とかなんとか。
それに形が崩れないようにちゃんと補正パットの入った下着を着けていると、これはサクラコには内緒ね、と言うキュートな笑顔付きで言っていた。
あと、食べ物は豚肉とキャベツがいいらしい。ほんとかどうか、明日から毎日トンカツ食べてやるわ。
「イエー、お疲れ、サクラコ!」
「スコアは私の勝ちねー、スコアは」
ギャラリーの拍手に迎えられて、サクラコとミナミナさんがDDRのプレイを終えた。
二人はハイタッチを交わして、一段高い所に設置されたDDRの大型筐体から降りてきた。
「お二人ともお見事でしたー」
あたしもハイタッチで二人を迎える。サクラコはいつものジャージにミニスカート、ミナミナさんは身体のラインがわかるようなぴっちりとしたパーカーにデニムパンツってラフな格好。服装的にはどちらも普段着として見た目に差はないはず。なのに、こうもダンスとしてのレベルの違いが明らかになるものか。
ミナミナさんはゲームに関係ない頭のてっぺんから腕の振り、指先までもが音楽と合致しているようで低重力下でも動きにキレのあるダンスだった。対してサクラコはスコアアタックに専念しているようで、逆の意味で無駄のない動きをしていた。その踊る姿はなるべく頭を動かさない直線的な反復横跳びのようで。
同じ楽曲、同じステップだと言うのに、ゲーマーとしての性質からこうもダンスの質が変わるものかと言ういいサンプルだ。
華奢な身体の作りのサクラコのプレイを見てると、ますます『低重力下におけるダンスダンスレボリューションプレイ時の成人女性の発達した胸筋、及び周辺皮下脂肪組織の躍動率について』レポートをまとめたくなってくる。
二人を引き連れてカフェコーナーに戻ると、コータくんとジョッシュさんはまだ真面目な顔をして話していた。テーブルのコーヒーもすっかり湯気が消えてしまっている。
「サクラコもミナミナもいいプレイだったよ。特にサクラコのどんなに激しいステップでもまったくぶれずに動かない頭はすごかった。パントマイム見てるようだったよ」
コータくんが戻って来たあたし達に気付いたようで、まるでインド映画によく観られる首だけを動かすヨガ的ダンスをして見せた。
「これはもう立派なショウタイムだな。ギャラリーをプレイヤーへと変えるダンスだ」
ジョッシュさんはさっきまでサクラコとミナミナさんがいたブースを指差した。見ると、もう次のプレイヤーがダンスを始めていた。ミナミナさんのプレイを見れば、誰だってゲームをプレイしたくなるもんだ。
「DDRは次のプレイヤーをいかに呼び込むかがキーのゲームだもんな。筐体がでかいから、床面積あたりのインカムが稼ぎにくいんだ」
「それだ。何台も設置できるホールの大きな店舗はいいが、小さいゲームセンターには不向きの筐体になる」
コータくんとジョッシュさんはすぐにまたお互いのゲーセン論を語り出してしまった。二人とも、女の子を褒めるのが下手過ぎる。サクラコもミナミナさんも消化不良気味にテーブルについた。仕方ない。ここはあたしが会話を広げる役目を果たそうか。
「それじゃあさ、VRプリクラとかARUFOキャッチャーとか、人気のあるのも並べちゃえばいいんじゃないの?」
ちょっと子供っぽく見せ過ぎたか、あたしのらしくない台詞にコータくんが「ん?」って顔してあたしの顔を覗き込んできた。
「その辺のバランスが客層によって変わってくるんだよな。ちなみに、プリクラもUFOキャッチャーもゲームを指す言葉じゃなくて、ゲーム筐体の名称で、固有名詞だぞ」
「そうだな。正確に言うならば、ここらにあるのはプリクラでもUFOキャッチャーでもない。それらの後継機で、別な名前の何かだ」
ジョッシュさんとコータくんがまたどうでもいい事を熱く語り出した。ほんと、そんな名前なんてどうでもいいんだから、せっかく実機があるんだ、遊んだらどうか。女の子が退屈しているんだぞ。
「ふーん、そう。ねえ、何か獲ってよ。そんなに詳しいんだから当然得意だよね?」
いい加減退屈していたあたしは直接的武力行使に出てみた。思わず顔を見合わせる男達。
UFOキャッチャー。ゲームの名前ではなく、筐体の商品名だったとは。クレーンを操作してぬいぐるみやお菓子などのプライズを吊り上げるゲームの総称だと思っていた。
ともかく、そのUFOキャッチャーの製造販売ライセンスを取得して月で作られた似て非なる機械の前に二人の男が立っている。どちらがクレーンをよりうまく操作して賞品を獲得し、女の子達の賞賛の声を浴びる事ができるか。
コータくんとジョッシュさんはまずはお互い牽制し合うように挑戦の順番を譲り合い、すぐに阿吽の呼吸でジャンケンを始めた。コータくんがチョキ、ジョッシュさんはパー。
「よし、見てろ」
コータくんはまずはキャッチャーの横から覗き込み、一体の獲物に狙いをつけたようだ。ぬいぐるみの山から一体だけ飛び出たように立っているぬいぐるみで、頭についたタグのリングがちょうどこっちを向いている。アレにクレーンのアームを通す気だろう。
「月面の低重力下ではクレーンで釣りやすい。そう思いがちだ。しかし重力は6分の1でも、質量は変わらない。アームにかかる負荷は変わらないんだ」
コータくんはまずは横軸の移動ボタンを軽く押してクレーンをちょっとだけ動かした。そして筐体の横側に身体を滑り込ませ、アクリルケースに頬擦りするみたいにして狙いを定める。
確かに獲ってとは言ったけど、そこまでされるとちょっと負い目を感じてしまう。
軽快な音楽とともにクレーンが降りてくる。降りてくる。降りてくる。リングを、アームの爪が、かすめた。
「ああんっ」
ため息のような声を漏らしたのはサクラコだった。この人も誰かがゲームしてると無性にプレイしたくなる典型的レトロゲーマーだな。
「ワンコインずつ交代、だよな?」
コータくんが悔しそうに筐体の横にへばりついたまま言う。ジョッシュさんは勝ち誇ったように大きく頷いて、隣のキャッチャーの前に立った。
「その獲物はコータに譲るよ。俺はこっちを落とす」
それは巨大パッケージお菓子が積み上がった筐体だった。ぬいぐるみよりも箱が大きく質量がありワンコインでは難しそうだ。
「コータが正攻法で攻める正統派ゲーマーだと言うのはわかった。だが俺は俺なりのテクニックを使わせてもらうぞ」
躊躇なくジョッシュさんはいきなりクレーンを動かした。狙いもだいぶざっくりとした感じで、クレーンのアームもお菓子からちょっとずれているように見える。
「このゲームはクレーンで釣ればいいんじゃない。プライズをダクトへ落とせばいいんだ」
クレーンが降りてくる。真っ直ぐ真っ直ぐお菓子のパッケージから逸れるように降りてくる。そして勢い良くパッケージの角に当たり、積んであった巨大パッケージを押し倒すように突進を続けた。
「おおっ!」
今度声をあげたのはコータくんだった。対戦相手の勝利をちゃんと祝福できるプレイヤーだ。
お菓子のパッケージに突っ込んだクレーンは、今度は戻る勢いを利用して積んであったパッケージを引っ掛けて一個なぎ倒した。しかしそこまで。ダクトに転がり込むことはなく、ふわっと軟着陸しただけだった。
「アームで引っ掛けるんじゃなくて、クレーン本体で攻撃する方法もあったのかよ。まさに裏技じゃないか」
「惜しい。でもあと2コインあれば確実に落ちるな」
どこか余裕な表情のジョッシュさん。コータくんのさっきのプレイを見る限り、ジョッシュさんの優勢は揺るぎないだろう。さあ、どうする、コータくん。かっこいいパパっぷりを見せてくれるか?
と、突然新しいチャレンジャーが乱入してきた。
「ねえねえ、私もやりたーい」
ミナミナさんだ。この人も見てるだけで満足できないプレイヤーだ。
「ブリギッテちゃん、どれ欲しい?」
どれ、と急に言われても。正直言っちゃえばぬいぐるみは可愛いとは思うけど必要だとは思えない。お菓子一択でしょ。あたしは男達の勝負の邪魔をしないようにあえて別の筐体を選んだ。
「この巨大ポッキーが欲しいな」
「オッケー。まかしとき」
そしてコータくんとジョッシュさんがぽかーんと見てる間に、ミナミナさんは何のためらいもなくスタッフを呼んだ。
「ハーイ、すみませーん」
ミナミナさんのよく通る高い声はすぐにスタッフを呼び寄せた。
「これ、チャレンジしたいので、ちょっと置き場所変えてもらっていい?」
キュートな笑顔で両手を胸の前で合わせて軽くぺこり。
「はい、ちょっと待ってくださいね」
いそいそと筐体のキーを取り出してアクリルケースを開けるスタッフ。
『低重力下におけるUFOキャッチャープレイ時の成人女性の発達した胸筋、及び周辺皮下脂肪組織の躍動率について』と言う論文でも書いた方がいいかしら。と言うくらい効果的なお願いポーズだ。
コータくんもジョッシュさんもかけるべき言葉を探しているようだが見つからず、勝負の手も止まったまんまだ。
「ありがとー」
「スタッフさんに頼めば配置をいじってくれるからねー」
サクラコが脇から手を伸ばしてコインを注ぎ込んだ。プレイ回数が6回に増えた。ターゲットの巨大ポッキーもダクトの近くに再配置してもらえたし、もうゲットも時間の問題だ。
「なあ、もうこっちの勝負はどうでもいい感じ?」
コータくんが寂しそうに言った。
「うん? 頑張って」
あたしはとりあえず一言返してやった。
そして何もする事がなくなった男二人に、救いの手となるアナウンスが店内に響き渡る。
『さあさあ、紳士淑女と通りすがりのお客様! 本日のメインイベントの準備が整いました!』
マサムネさんのマイクパフォーマンスだ。
『つい先日、僅か十三歳の美少女が恐るべきスコアを叩き出したのは皆さんの記憶にも新しいはず』
「お、準備できたか。行こう、ジョッシュ」
「そうだな。そのためにここに来たんだ」
「ちなみにこの十三歳の美少女ってのがうちの娘のブリギッテな。14万越えだ」
「マジでか?」
『今夜の挑戦者は、なんと月のラスベガスからの刺客! 本場のカジノディーラーだ!』
「いってらっしゃーい、頑張ってね」
サクラコもミナミナさんも巨大ポッキーの位置の再確認に忙しそうだから、あたしだけで男達を見送ってあげる。コータくんはぐっと親指突き立てて、ジョッシュさんは軽く敬礼するように手を振って、メインステージに向かって行った。
『ジョッシュ・ハートランド、カモンッ!』
さあ、2分間頑張って。もしも失敗したらあたしのザブトン貸してあげるから。
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