第33話 その4
月の夜は15日間続く。そしてやはり昼が15日間続く。
僕のような長期航行宇宙船パイロットや昼夜のない軌道港勤務の管制オペレーターだった桜子にはもはや何の影響もないが、初めて月を訪れた人間が最初に悩まされる問題は時差ボケによる睡眠障害だ。
そう言う僕もここのところ移動中に眠ってしまったり、逆にずっと眠らなかったりと睡眠リズムが乱れ気味で、夕べみたいに遅くまで寝付けなかったりしてる。
そして謎の宇宙人と遭遇した訳だが、あの宇宙人ははたして何をしていたのか。
「あいつがしていたことはノゾキだ。もうそれは決定的だ」
「変態的な宇宙人だった訳だ」
と、ファミコンの1コントローラを握る桜子。
「お二人で何か覗かれるようなことでもしてたんじゃないの?」
とは、2コントローラのブリギッテ。
推理の場をレストランから僕達のコテージに移したのはいいけど、桜子はコテージに戻るなり早速ファミコンの電源を入れて、ブリギッテにレトロゲームとは、と実技を交えた講釈を始めた。
確かにブリギッテのゲーム友達になってやってとは言ったかも知れないけど、今ここでやらなくてもいいだろ。そんなに僕の話に興味ないか?
「あの、続けても?」
「オーケイ、聞いてる聞いてる」
「大丈夫、聞いてる聞いてる」
二人は見事にハモらせて、そして息の合ったプレイでアイスクライマーを進めて行く。
「ファミコンロボットの仕様を説明するね」
もういいや。自分自身を納得させるつもりで続けるよ。
「実はこのロボット、ファミコンのコントローラやゲームのプログラムで動いてる訳じゃないんだ」
僕はファミコンロボットを手に取って言った。ちらっと二人の方を見てやると、桜子もブリギッテもゲームをしながら一応こっちに注意を向けてくれているようだ。
「こいつはコントローラで操作した時、ロボット本体に変化はなくてディスプレイがゲーム画面から発光画面に切り替わるんだ。ほんの一瞬だから人間の目には見分けがつかないけどな」
ロボットに語りかけるように話を続ける。
「その光をこの目のセンサーで拾って、ロボットは規定の動作をする。それに合わせてゲームプログラムも進行する」
ロボットは光センサーである真っ黒い瞳を僕に向けてじっと聞いていてくれる。
「ロボットからファミコンへの情報のフィードバックはない。あくまでもこいつはゲームが発した光を受光するだけの演出装置みたいなものさ」
「そのロボットってそんなギミックしかなかったの?」
ちゃんと聞いていてくれたか。桜子が僕をちらっとだけ見てくれた。ゲームは先に登っている桜子が下段で頑張ってるブリギッテが上に登ってくるのを待ってる状態だ。桜子よ、そこはハンマー連打して氷を運ぶオットセイを叩かなきゃだめだろ。
「おもちゃとしては十分な機能だと思うよ。今のゲーマーはゲーム機にいろんなものを求め過ぎなんだよ」
「で、その演出装置が宇宙人とどう関係してくるの?」
と、ブリギッテ。コントローラを動かす手を止めずに、頭上のブロックを一個一個壊しながら聞いてくれた。
「部屋は常夜灯のみでほぼ真っ暗。そこへ白く光る目のようなものが近付いて来て、窓から白い光で室内を照らす。指向性の強い光源にロボットのセンサーが反応したんだ」
「つまり、それは目じゃなくてライトだった、と?」
「うん。考えてみれば、目のような器官自体が強い光を発してたらもう眩しくって何にも見えないな。そいつはここに二つのライトを着けていたんだ」
僕はこめかみのところに両手を持って行ってヒラヒラとさせた。
「で?」
「なあ、サクラコ。もうちょっと乗ってきてよ」
「わかったよ。えー、ふむ、ワトソンくん、その素晴らしく論理的な考えを展開させた結果、導かれる真実を速やかに述べたまえ」
わざとやってるだろ、桜子。ケラケラと笑うブリギッテがベルトコンベアーのように動く足場に持ってかれて落ちていった。集中しろ、ブリギッテ。
「中の人が誰かはこっちに置いといて、夕べこの窓を覗いたのは、頭部に二つのライトを装備したスクリーンのないタイプの密閉型ヘルメットをかぶった奴だ」
「何で密閉型ってわかんの? ワトソンくん」
「いいかい、ワトソンくん。目撃者の証言は事の輪郭を捉えるのに重要なヒントとなるんだよ。それは決して答えそのものには成り得ず、目撃者の心理状況によって多彩に変化し……」
「いいから。二人のワトソンくん、さっさと答えを言う。すべからく簡潔に」
ブリギッテホームズが僕と桜子をぴしゃりと制した。
「はい。答えはたぶんこれだと思うんだ」
僕はテーブルに用意されていた観光案内のパンフレットを一枚つまみ上げた。それはマスドライバー施設の紹介パンフだ。何とかお客さんを呼び込もうと各観光施設がコテージに常備させているパンフレットの一枚。
「マスドライバー?」
桜子が露骨に形のいい眉を寄せて眉間にシワを作った。よほどイヤな思い出でもあるのだろうか。
「よく見るとさ、僕はあいつを一回見てたんだよね」
プラスチックシートをペラッとめくり、目的の写真を見つけて桜子とブリギッテに見せてやる。桜子はちゃんとゲームをポーズさせてからパンフを手に取り、ブリギッテの顔の前で広げた。
そこにはマスドライバー施設作業員が装備する硬質の船外作業宇宙服が、まるで映画かゲームの登場キャラのようなポージングでどんっと写っていた。
ヘルメットは密閉型で外見上はまさにのっぺらぼうだ。拡張現実機能を実装したヘルメットで、内側は球面ディスプレイになっていてぐるり360度の視界が展開している。こめかみの辺りに指向性ライトとセンサー、カメラが昆虫の複眼のように小さくくっついている。あの時に僕が見た影とよく似ている。
「中の人が誰かは別にいいよ。人間かも知れないし、ゼビ語を喋るゼビ星人かも知れない」
「ゼビ星人じゃなくてゼビウス人でしょ」
「どっちにしろ、観光客や外部の人間が船外宇宙服をレンタルしたら、ノゾキがバレた時にレンタル時間を調べれば犯人だってすぐに解ってしまう。つまり、ここら辺で宇宙服を着てても不自然じゃない人物、すぐ側のマスドライバー施設作業員がノゾキの犯人だって僕は推理したよ」
「なんで作業員がノゾキなんてすんの?」
「さあ、覗きたい可愛い子でもいたんじゃないかな」
「まあ、CM出演もはたした私の脚を見たいって人は多いだろうけど、それにしたって……」
「あっ」
アンチグラビティミニスカートから伸びる例の静電気防止黒ストッキングに包まれた細い脚をすらっと振り上げた桜子を止めるようにブリギッテが声を上げた。
「あたし、ママの様子見てくる」
ブリギッテはコントローラを投げ出して外部ハッチへ走り出した。
「ごめんね、コータくん、サクラコさん。またここに遊びに来てもいい?」
「もちろん。来る前にメールして。プレゼントしたGBAはメール機能もついてるからさ」
「うん、ありがとう」
キョトンとした桜子を残して、ブリギッテは風が吹き抜けるようにいなくなった。
「急にどうしたんだろ。ちょっと長く引き止め過ぎたかな?」
まずは脚を下ろしてからだ、桜子。
「ブリギッテはノゾキの犯人が誰だかわかったんだよ。犯人が誰を覗きたかったのかも」
「どう言うこと?」
「犯人はその日コテージに目的の人物が泊まってるのを知っていた。でもどのコテージにいるかまでは解らない。だから窓から覗いて探していたんだ」
ブリギッテが投げ捨てていった2コントローラを拾って、僕は桜子の隣に座ってゲームの続きをプレイした。
「せめて一目だけでも娘の顔を見ようとしたのか、それとも、娘を奪い取りに来たのか」
桜子もコントローラを握り直したが、間に合わなかった。シロクマが現れてステージを一段下げて、僕と桜子はステージ外に叩き落とされた。ゲームオーバー。
「マスドライバー施設作業員の、いま離婚調停中のブリギッテの父親が来たんだよ。何をしに来たんだかな」
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