第二十九話:遺書
フリークチーム全員、皆お揃いでしょうか。もし仮に、誰か欠けている場合、至急この『置手紙』を出来る限り全員でお読みください。
さて、挨拶もそこそこに。これはいわゆる私、レスター=バレッドの遺書、という認識で構いません。これを皆様がお読みになっている頃、私は私の望みを遂行し終えているでしょう。この遺書が、皆様の目に届くことを主に代わってお祈り申し上げます。
現在の貴方がたが選べる選択肢は、二つに一つ。
逃げるか、立ち向かうか。
さぞ、意見は別れたでしょう。相手の力は絶大であり、阻むことすらタブーとされる程の存在です。存在を特定されただけで、貴方がたは地球上の何処にも存在しなくなる。墓参りもされなくなる者となるのですから。
もし、まだこの時点で意見が別れているのなら、お節介ながら私から忠告させていただきます。
それでも貴方がたは、立ち向かうべきだ。
私はもう死んだ身です。この時点で、私は貴方がたのリーダーでもなんでもない。ただのレスター=バレッドです。命令出来る立場にはありません。
皆様の一友人として、この場を借りて言わせていただいた限りの事です。
ですので私は、『べき』と申しました。少なくとも、皆様が生き残る可能性が最も高いのは、やはり立ち向かうことでしょう。
例えその生存確率が限りなく低くとも、無いよりはずっとマシなことはないでしょう?。
コウタロウ、ベッキー、ジャッカル、カマタリ。
皆、それぞれ一人一人が好き勝手していたところを拾われた身。貴方がたもまた、マフィア────いやネブリナ家というものを知らない。
もしここで逃げたとして、その時恐ろしいのは敵ではなく、味方なのだということ。それを努々お忘れなきよう。
そして、メリー様。この場にいらっしゃるでしょうか。
今夜は、貴方の身に色々と起こり過ぎてしまったでしょう。
その境遇を考えると、差し出がましいながらも同情の念を禁じ得ません。
お父様の事、妹様のこと。そして、ネブリナ家の事。
多くの考え事が生まれ、それは時に貴方をきつく縛るかもしれない。もう動きたくないと思う時が来るかもしれない。
ですが今は、貴方は何も考えることなく動き続けて下さい。それらを考える時間は、今にはありません。勝ち取った先の未来にこそあります。まずは、生きる事です。
もうまもなくなのです。まもなく、全ての終わりが見え始めようとしていますから。
その時を、辛抱強く待ち続けることです。
貴方のお父様の想定していた未来を、信じてください。
……さて、少しお話をさせていただきたく思います。
とある貧民街で生きていた、しがない少年のお話です。
教会で礼拝した後の懺悔のようなものです。
死人に口無しとは言いますが、最後ですし、少しお喋りなくらいでもいいでしょう?
少し長い話になりますが、必ず読んでください。
◆◆◆
昔々、あるところに、一人の少年がいました。
その少年には、旧知の友達がいました。物心つく前から、それこそ今では記憶の薄れた幼少の頃からの付き合いだったと思います。彼らはとても仲が良く、よそ様に配達された牛乳一本をちょろまかし、よく分けて二人で飲み合ったものでした。
二人は、学校には行っておりませんでした。気付けば捨てられた幼子で、孤児院はろくに彼らを人扱いしませんでした。
そこは、酷い場所でした。
職員である大人は皆平然と大麻(はっぱ)を吸い、子供に虐待を続け、他の子供達は明日は我が身とそれを知らん顔する。
子供達も子供達で、男子はそのクスリを盗んでひもじさを忘れようとし、女子は売春によって一日一日を食いつないでいました。
そこで子供が死ぬことは当たり前のことでした。クスリが盗まれたと騒ぎが起こり、事実盗んだ子供ではない別の子供が殺されたり。
プレイの一環で、うっかり殺された子供もいました。世の灰汁を全てかき集めたかのような無法地帯でした。
孤児院とは名ばかりの、まさに収容所と呼ぶべき所で、少年は五年暮らしていました。
一方のその友達は、そこの孤児院には一年だけ。五歳の頃には既に、そこで暮らさず路上での生活を理解していました。盗み、強盗、スリ……生きるために何でもやっていたと思います。
彼は口癖はこうでした。
『パンとバターとセックスがあれば、なべて世はこともなし』……当時まだ五・六歳の子供が、です。彼にはパトロンも既に何人かいたようで、そこから彼が掠め取った金を持ち寄ってくれなければ、少年はとっくに飢えて死んでいたでしょう。
少年にとって彼は、『例外』の人間でした。
どんな劣悪な環境においても、生きていける術を持っていると言うべきでしょうか、自分を取り巻く周囲を操って、自分を殺さず楽しんでいるようでした。
彼だけでした。あのどぶの中のような、〝死に体〟しかいない場所でも、『生きている』と感じさせる人間は。
少年は、そんな彼に金魚の糞のように付いて行くのに精一杯だったのです。
そんなある日のことです。
あの日、二人の人生に転機が訪れたのです。
孤児院の職員の一人が、ある組織に流していたクスリに手を付け、追い回される羽目になった。その男は孤児院の一室に立てこもり、子供を人質に取ったのです。
その子供が、少年でした。
男は発狂し喚き散らし、彼を引っ掴んで銃をこめかみに押し当てたのです。何故彼だったのか、それは未だに分かりません。
その時彼は、殺されると思いました。
銃を突き付けられ、後は引き金を引かれるだけだと。この男とともに死ぬのだと。
そう、彼はあの時、死ぬはずでした。
貧しさにあえぐ一人の子供が、事件に巻き込まれてその命を散らす。なんてことはない、よくある話で終わるはずだったのです。
しかし、現実は違いました。
まことに、嘘であるような事でした。
クスリに手を付けてしまった職員とは別の、その男が普段気兼ねなく接していた別の職員が、彼の前に現れたのです。
その職員は彼のそばに近づいて言いました。
────こんなことをして何になる、もう止せ、と。
男は言い返しました。
────うるさい、黙れ。お前、何とかしろ! このまま死にたくない、助けろ! と。
職員はため息を吐いて、男の肩を叩き、耳元で囁くようにして言いました。
────俺は、お前の味方だ。何とかしてやる。何とかしてやるとも。
────本当か!?
────ああ。だが、引き換えの物が必要だ。ヤクを手に入れたルートを、知ってる限り俺に教えてくれ。その情報で、奴らと取引してやる。
男は、助かったとばかりにその情報を教えました。その麻薬カルテルは、色々と制限された今からすればかなり大きな物で、男はそこの末端なのでした。
その情報に満足したかのように、職員は頷きました。
────そうか、分かった。ありがとう。
────では、これで助かるんだな!?
────……助かる? いいや、そうは言っていない。『何とかする』とは言ったがね。
男の返事は、あまりに素っ気ないものでした。
そして次の瞬間、銃声が響きました。
気付けば、職員の手には、発砲された後、硝煙が立ち上る銃があったのです。
男は、ぐらりと倒れ、事切れました。
────我ながら小狡いものだ。お前の事を一刻も早く忘れようとしている私がいる。お前は、本物の下衆だったよ。
少年はその返り血を存分に浴びていました。ですが、死にはしませんでした。
────君、大丈夫だったかい。怪我はしてないね。
その職員は、実はその組織が手を回していたもので、前々から孤児院の麻薬流通を監視していたのです。
もうじきに警察が来るから、他の子供達も皆一緒にそこで保護してもらうと良い、と言われました。
少年はその言葉に、頷こうとしました。
ここから先は、記憶も曖昧ですが、事実そのままです。嘘はありません。
ある一人の子供が、撃たれて死んだ男に駆け寄り、なんとその死体を蹴り始めました。
いきなり現れたその子に驚き、辺りを見ると、物陰からじいっと、孤児院の子供達がこちら────いえ、正確には死んだ男を見ていました。
一人が蹴り出すと、続いてもう一人が、するとさらに二人がそこから飛び出して、男を蹴り始めました。皆無言で、無表情で男の頭を、腕を、胸を、足のつま先に至るまで、とにかく蹴りました。
男は、心底恨まれていたのです。死んだ後も蹴られるくらい、恨まれていたのです。
とうとう全員が一心不乱に蹴り始めた所で、その様子を見ていた少年は怖くなりました。
怖くなって、自分もそれに混じらないと、と思いました。少年は、その中に入ろうとしました。
しかし、その少年の手を引いて止める者がいました。
それは、彼の友達でした。
止めろ、と彼は言いました。
どうして、と少年が尋ねると友達はその手を引っ張り、その場から少年を引き連れて外まで逃げました。
ああいう事に関わるな、と。その友達は言いました。
傷になる、自分の中の人間に綻びが出来るぞ、と。
それだけ言って、あとは何も言いませんでした。黙って、少年の手を引っ張り続けました。
それが、少年がその孤児院を見た最後でした。
◆◆◆
さて、長くなってしまいましたね。感傷に浸り過ぎたのかもしれません。
最後に。今私がこれを書いているのは五月十九日です。なので、私がこの時点でまだ見ぬ『お客人』がそこにおられることと思います。
彼に、一言。
貴方が信じたことは正しい。ここまで貴方の身に起こってきた出来事は、何一つ間違っていません。全ては、神の御許、こうなる『運命』だったのでしょう。
これからよく考え、動くことです。自分の胸に従い、浮かび上がる『道』を行きなさい。
例えそれが、誰からも信じてもらえなさそうな突拍子もないことでも、自分自身信じられそうにないことでも。それがたった一つの真実です。
マクシミリアンは、貴方を切り札だと言っていた。
私は、貴方のために死ぬと決めた。
────そして、私がこの遺書を残したこと。
その意味をよく理解し、自信を持つことです。
フリークチームは全員、彼を私だと思って────彼のために動き、その指示に従いなさい。
私の全てをここに。このパソコンは、彼だけが持つ権利がある。
願わくば、貴方がここまでたどり着けるに足るだけの技量の持ち主であらんことを。
◆◆◆
『────……ネブリナ家幹部第二特殊技能チーム代表、レスター=バレッド……か』
それが、この長い『遺書』の最後の締めくくりだった。
長ったらしい、と言ってもいいくらいの、生前の彼が記した文章は、読むのに苦労した。
『アンタ、まだそれ読んでたの』
発信機が指し示した場所へ走らせている車の中。
後部座席から、ひょこっと顔を覗かせるメリー。
『ああ、まあな』
すると、その後ろから、聞き覚えのあるゲス声が届いた。
『おいおい坊ちゃん、あのヘンクツが書いただか知らんけどなあ、文書く能は無かったみたいだぜ。んな教会のハゲ共がするような説法じみたもん読むより、聖書を読んでた方がまだ有意義ってもんだ』
せめて遺産の在処とか書き残してりゃーよお、とジャッカルはぶつぶつとごちる。遺書を読む際、半分無理やり起こされたせいでか、機嫌は悪い。
『ほれ、ペローンっと』
『キャッ!?』
メリーが悲鳴を上げる。姿勢が浮いていたせいで、尻を触られたらしい。
げらげらとやかましい笑い声が響いた。憂さ晴らしでもしたかのような、大げさな笑い声だった。
きっと後ろを睨むものの、諦めたのだろう、メリーはそのまま話を続けた。
『でも、結局さ、それって何が言いたかったわけ? 特に、途中の……』
『とある少年とその友達の話だな』
途中で無理やり挿し込まれたかのように書き綴られた、何とも言えないお話。
おそらくは、レッジ自身の体験した過去の話なのだろう。そして、その友達というのは……。
『……多分、昔のレッジと、旧知の友達であるマクシミリアン────お前の父親の過去話だ』
『え、父さんだったのそれ!?』
『気付いてなかったのか……』
『き、気付いてたし! うっさいバーカ!』
『はいはい分かった分かった……えーっと? お前の親父さんの口癖、何だっけ? 「パンとバターとセッ……」
『わっ、わーわー!! 止めろバカ! それ禁止!』
途端に、真っ赤になって騒ぎ立てる。
親の言うことだというに、うるさい奴だ。
『でもぉ、あたし結構好きよん。さっきの話』
すると、カマタリが口を挟んだ。
『何か、グリム童話みたいで。ほら、あるじゃない。本当は怖いシンデレラとか。あれに似てた感じしたわあ』
『売春してたっつーロリについて詳しく。あとはイラネ』
『アンタは二次元が嫁だろ引っ込んでろ』
『死体蹴り。良い響き。でも生きてる方がもっと好き』
『お前も大人しくしてろ』
どうやらフリークチームの全員、レッジの過去話について思う所はそれだけのようだった。
『……何か、引っ掛かることでもございますか?』
そんな中尋ねてきたのは、グレイシーだった。
運転は今の所順調で、もう深夜だからか車通りも全くなかった。
『引っ掛かることがありすぎて困るんだよ。この遺書には、絶対何かある。というか、無いわけがない』
『何か……って何よ』
『それをずっと探してるんだ……』
発信機の位置が動いていないのを確かめながら、はじめに、のファイルをずっと見ている。
文章そのものに何か暗号を隠していないか、何度も画面上に視線を這わせた。具体的には、韻を踏んでいるかどうか、文章の頭を取れば違う文字にならないか、など。
だが、そのいずれでもない。アナグラムも一瞬考えたが、文章全部となれば時間が掛かり過ぎる。暗号には適さないだろう。
『そんなの、本当にあるわけ? ただ何も考えてなかったんじゃない?』
『レッジはそんな奴じゃない。こいつはきっと、マクシミリアンから色んなことを聞いてたんだ。考え無しなはずがない』
レッジはこれで何かを伝えようとしている。何かの意図を、知らせようとしている。
────このパソコンは、彼だけが持つ権利がある。
……どうして、俺なんだ。俺だけが、何か分かるってのか。
これを書いている時点で、レッジはまだ俺という人間を知らなかったはず。それでも、自分の部下でなく、俺に託した。その理由はなんだ。
一体何を思って、レッジはこれを書いたのかが分からない。
「…………」
俺が引っ掛かる事……それはいくつかある。
一つは、やはり『物語』の書き方だろう。
まるで唐突に、それまでの話の流れを無視して、とても遺書に書くようなことじゃない話を書いた意図が分からない。それが自分の過去の話だとして、自分の事を『少年』と表記したのか。マクシミリアン(推定)を、一貫して『友達』と呼んでいたのだろう。先程カマタリも言っていたが、何故童話を語るかのような調子で、過去を語ったのだろうか。
そして、次はその内容だ。
特に気に掛かったのは……その途中、職員が実は組織の人間で、ヤク漬けの男に近づくシーンだ。
その職員の存在が、あまりにも突然すぎる。いきなり降って湧いたかのように出てきただけではない。銃で男を殺した後も、その後これまた唐突に友達がやってきて、職員はいつの間にかその存在ごと消えたかのようだった。
その話の展開が、異様に不自然だった。幽霊のように現れては消えた仮初めの職員という存在。そして、代わりというように現れた友達、マクシミリアン。
まるで、元からあった話からそのシーンだけ職員が登場するように別の物に取り替えたかのような。 本当は、友達はもっと前からその場にいたんじゃないのか? 本当は職員というのは最初から存在していなくて……。
いや、それもおかしいか。
話には、しっかりこう書いてある。
────しかし、現実は違いました。まことに、嘘であるような事でした。
────ここから先は、記憶も曖昧ですが、事実そのままです。嘘はありません。
レッジは、嘘や誤魔化しを嫌う性格だった。だったら、こんな書き置きも彼のその矜持の例外にはならない。
そう、こんな風に何度も嘘は無いと繰り返しているのだから。まるで、念押すかのように、何度も。
『んー……じゃあ、何? これの何が変だっての?』
『……強いて言うならこの遺書そのものが』
メリーの言葉にそう返してやると、彼女は片眉を持ち上げた。
『なにそれ。どういうこと?』
『……何かを伝えるにしても、回りくどすぎる。仲間内に向けての遺書なんだから、もっと直接的な言葉があってもいいはずなのに……』
……いや、違うのか?
『へえ、そう考えるんだ、アンタは。本当に、何かあると信じてるんだね』
「…………」
『? 聞いてんの、アンタ?』
『……あ、ああ。俺は信じるさ。レッジの事を』
まさか。
まさか、直接的に話せない理由があるのか?
こんな書置きでさえ、まともに多くを話せない理由。
────このパソコンは、彼だけが持つ権利がある。
とくん、と心臓が跳ねた。
それは、俺にこの遺書の意図を汲んで欲しかったからかと思っていた。
でも、そうじゃなく、マクシミリアンの客人である俺だけが、間違いなく持っていても安全だと分かっているからか?
もしや今、この車の中に。
────誰か、
『余計なことを、深く考えねえ方がいいかもよお。ボクちゃあん?』
ぞくり、と背筋に緊張が走った。考えていたことがばれないように、身体が飛び跳ねそうになるのを何とか留めた。
何かと思えば、すぐ背中の方から、ジャッカルが声をかけてきたのだ。まるで幽霊のように擦れた囁き声だったせいで、その対応に遅れた。
『いいかあ? 死んだ人間が残すのは、気持ちとか意志とかじゃねえ、物だけさあァ……それ以外の何モンでもありゃしねえ。おたくがあのヘンクツ持ちを信じようと信じまいが勝手だがなあ、死人にこだわる人間は、そこらに転がってる酒瓶の意味を考えるのと変わらねえぜえ?』
物々しい絡みつくような口振りで、彼は手を俺の頭の上に置いた。見なくても分かるくらいぼこぼこな感触で、五指は癒着し、人間とは別の生き物の手のような奇形の手だった。
それがわしゃわしゃと髪を巻き込んで、無造作に動く。頭を撫でているのだろうか。
『もう死んじまった人間に期待しすぎるのは、アンタのためにゃならんぜ、坊ちゃん』
『……そうかも、しれないな』
彼の言うことには、一理ある。
レッジの残したたった一言を、俺は勘ぐり過ぎていたのかもしれない。
ここに裏切り者がいるとだけ盲信してはいけない。思い込みは、俺を縛って動けなくさせたら元も子もない。いくらレッジとはいえ、今のこの状況が遺書を書き残していた時に分かるはずがない。
冷静に考えて、今ここに裏切り者がいる可能性は半々だ。シュレーディンガーの猫じゃないが、両方の可能性は重なり合う。
今の意識の上でなら、それがいいのだ。
遺書に、不自然なことが多いのは確かだ。
だが、それだけに全て気を取られている状況でもない。あくまでこれは、心の片隅に置いておくべきだ。
今は、まだ。
『……グレイシーさん、目的地は?』
『もうすぐです。数分もかからないかと』
手がかりは、数少ない。謎がまた新たに生まれて、謎のまま残った。もしかしたら、事が全て終わってもそのままなのかもしれない。
────これからよく考え、動くことです。自分の胸に従い、浮かび上がる『道』を行きなさい。
それでも俺は、俺達は、前を進まないといけない。足を踏み出して、考え続けなければいけない。
生きるために────。
『……検問のようです』
チカッとライトの光が目に飛び込んできた。その光で、はっと我に返った。
グレイシーが呟くように言う。暗闇に慣れていた瞳には、その作業用ライトは眩しく見えた。
もう間もなく目的の場所だというのに、面倒な。
『無視するのは……都合が悪いかな』
『ええ。まだちゃんと応対した方が時間のロスは少ないかと』
『……よし。周りから襲撃があるかもしれない。用心してくれ』
急く気持ちはあるが、仕方ない。
車は速度を落として、その誘導灯が導くままに近寄る。ジェスチャーを催促しているようだ。
誘導灯を持った人物が駆け寄る。運転席の窓が、それに呼応するかのように下がった。
時間にしてわずか数秒の事だった。
がつんと、何かがぶつかるような鈍い音がした。
その正体が、視界に映った
窓からねじり込んでくる────真っ暗な穴。夜の車外よりも、暗い『それ』を、俺は目に焼き付けた。
それが銃口だと気付くまでに、恐ろしく長い時間が流れたような気がする。不思議なものだ、この一夜で何度も見てきたはずなのに。
そして────いともあっけなく、弾けたポップコーンを想起させるような音が木霊した。
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