第六節

 ――ここはどこだろう。

真っ暗な空間にトラベロはいた。光も射さなければ自分以外に誰もいない、そんな空間。

だけど何故か暖かくて心地よい。まるで痛みを全て消してくれるかのように包んでくれる優しい闇。

これは間違いなく夢だろう、そう確信する。

そしてそれは自分の意識が大分はっきりしていることの証明なのだろう。

そしてさらにそれを裏付けるかのように一筋の光が射し込んだ。

丁度いいや、この光を辿っていこう。そうすればきっと目覚めると足を踏み出した。


 ゆっくりと目を開けると、夕焼けの光が差し込んでくる。

「……ん……」

自分は今ベッド――と言うには最早名ばかりのボロい板――の上にいるらしい。

窓を見ると空が茜色に染まっている。気づけば夕方になっていたようだ。

「目が覚めたか?」

隣から声がして振り向くと、先程の赤い髪の男性が座っていた。

……おかしい。確か彼は顔と腕に火傷を負っていたハズだが、と疑問に思ったところで本人から答えが返ってくる。

「言っただろう、「すぐに治る」と。そういう神秘力だ」

だから、あんなに身を削るような戦い方をしたのかと合点がいった。

そういえば、ファナリヤが言っていた。――神秘力は一人に二つある、と。

彼の場合は重力を操る力と治癒能力の二つを持っているということ……だから多少の無茶は効く、そういうことなのだろう。

「すまなかったな、あんなことをして」

「え、あ、いえ……僕の方こそすみません」

「いや、そうされて然るべきことをしたのは私たちだ。気にする必要はない。身体は痛くないか?」

「あ……」

とっさに起き上がり腕や首を試しに回すが、痛みは全くない。

きっとこの男性が治療してくれたのだろう、意識が途切れる前に感じていた疲労も何もない。

「はい。大丈夫です。普通に歩けます」

「ならよかった。……ん?」

こんこんとドアを鳴らす音。がちゃりとドアが開き、一人の女性が入ってくる。

女性にしてはかなり長身の、蒼い髪の女性だ。

黒いリクルートスーツに身を包んだ彼女は軽く会釈をして入り、トラベロに話しかけた。

「お目覚めになったようですね?」

「え、あ、は、はい!あの、貴女は…?」

「ああ、失礼。……私、トルマリーナ・サヒタリオと申します。どうぞマリナとお呼びください。

 ティルナノーグ所長の秘書をしております」

「ティルナノーグ……!?」

女性、マリナの言葉に強く反応を示す。

ティルナノーグ……それを探してトラベロはファナリヤと共にイリオスへ来て、探し求めている過程で隣にいる赤髪の男と交戦した。

そしてその彼はそのマリナと関係あるように見える……ということは。

「手荒な真似をして申し訳ございませんでした……その件につきましては改めて深くお詫び致します」

やはりかとトラベロは確信した。自分が戦った相手はまさしくそのティルナノーグの者だったのだ。戦う理由があったのかはわからないが、そう考えると男の言動にも納得がいく。

「あ、い、いえその、大丈夫です、はい」

「目覚めたら事務所にお連れするようにと所長から言付かっております。

 どうか私どもと共にお越し頂けませんでしょうか?そちらで改めてご説明と謝罪をさせて頂きます」

「あ、はい!大丈夫です。むしろ僕たちはそこに行くつもりだったんで……その、むしろありがたいです!」

「恐れいります。お連れの方は先にご案内させて頂きましたのでご安心ください」

「よかった……彼女は無事なんですね」

「はい。下に車を停めてありますので、まずはそちらまで」


 車で揺られて三十分程だろうか。トラベロとマリナ、そして赤髪の男を乗せた車は一つの小さな事務所の車庫に止まった。

「こちらが我々、ティルナノーグの事務所になります」

車を降りた後にマリナがドアを開け、どうぞお入りくださいとトラベロを促す。

応じるままにトラベロが中へ、続いて男が、最後にマリナが入ってドアは閉まる。

「私は所長を呼んで参ります故、恐れながらしばし離席させて頂きます。

 あとの案内はそちらの彼が致しますので……では、また後ほど」

一礼をしてマリナは所長室へと向かい、男とトラベロの二人だけが残される。

「そういや……名前、言ってなかったな。私はレヴィンゼード・リベリシオン。

 レヴィンと呼んでくれ」

「あ、は、はい。よろしくお願いしますレヴィンさん」

「よろしく頼む。とりあえず応接室に案内しよう、そこに彼女もいるから……こっちだ」

――入り口から然程離れていない応接室。そのドアを潜った瞬間、トラベロは驚き口をぽかんと開けた。

「……ふぁ、ファナリヤさん……!?」

入って早々目に映ったのはファナリヤの随分と様変わりした姿だった。

どの部分も伸びきっていた髪が綺麗に整えられている。前髪はショートに、後ろ髪は足元ギリギリの位置まで、そしてサイドは胸の辺りまでばっさりとカットされている。

さらに、ダークレッドの薔薇の飾りと赤黒いリボンでそれぞれ束ねられている。

そして何よりも目を引いたのはその服装。黒いフリルのついたドレスの中から少しだけ覗かせる赤い靴が可愛らしい。

彼女の白い肌と桃色の髪、そしてくすんだ翠の瞳は黒のドレスとの対比でより際立って見える。

「ど、どうしたんですかその服っ」

「え、えと……その……マリナさん、ていう人が用意、してくれて。

 前の服は、洗濯するから、って持って行きました……」

「えへへ、似合ってるでしょ?髪は俺がカットさせてもらったんだ!

 いくら力のためとは言ってもここまで伸びたら大変でしょ?

 だからマリナさんと一緒に本気を出させてもらいましたっ!」

そう言って後ろから彼女の肩に手を置いたのは紫髪の青年。

あの時の戦いで自分の炎を阻んだ人物だ。

「す、凄いです……! 僕にはそんなことできません」

「えへへ、こう見えても手は器用だからねっ!

 あ、それと初めまして、エウリューダ・ブリージスです! よろしくね!」

エウリューダは勢い良くトラベロの手を掴んでぶんぶんと勢い良く握手する。

あまりにもの元気の良さにトラベロはただただ圧倒されていた。

「で、トラベロ君! どう、ファナリヤちゃん? 凄く似合ってるでしょ?」

「あ、はい! 何ていうかもう、すっごく似合ってて可愛いと思います。

 よかったですね、ファナリヤさん」

「えっ……! あ……ありがとう、ござい……ます…」

笑顔で喜ぶかと思いきや、ファナリヤは顔を真っ赤にしてもじもじとしながら俯く。

その反応にトラベロは疑問符を浮かべ、何か悪いことを言っただろうかというような表情だ。

……もしかしなくても鈍いな。

少し離れた距離からそれを見ていたレヴィンはそう悟りながらもトラベロを椅子へと促す。

「座るといい、立ちっぱなしも何だろう。……エウリューダ、レインとアキアスは?」

「もうすぐくると思……あ、きたきた」

エウリューダがノックの音に反応しがちゃりとドアを開けると、二人の人物が入ってくる。

それぞれケーキの乗ったトレーとティーカップとポットの乗ったトレーを手にしている。

前者は先程自分を襲った金髪の青年。

そして――後者を持った水色の髪の男性をトラベロは思わず凝視した。

「あ、貴方は!?」

「ふふ、またお会いしましたね」

「え、え……!?」

声にまた驚く。自分をあの廃屋へ導いた声と全く同じ……いや、そもそも今この場にいるレヴィンと声が全く同じだ。交互に見てみると顔も似ている、いやよくよく見ると全く同じに見える。

二人の髪と目の色を入れ替えても何らおかしくない程だ。

「ふふふ、ここまでびっくりした方は初めてですよ」

「え、いや、だって……え、もしかして双子か何か……?」

「ええ。……ああ、まだ名乗っていませんでしたね。

 私はレイディエンズ、レヴィンゼードの双子の弟です」

「あと、お前に電話をかけたのはレイディエンズ……レインの方でな。

 あの時私が電話に関してそういうことにしておこうと言ったのはそういう意味だ」

「声だけだと全く区別がつかないそうですからね、私たち」

レインは笑いながら手つきでトレー片手にポットから紅茶を注ぎ、机に置く。

とてもいい香りで飲む前から心が温まりそうだ。

次いで青年がケーキをトレーから机に移す。シフォンケーキのようだ。

ウォールナッツが混ぜ込まれたスポンジに綺麗にチョコレートソースがかかっている。

――非常においしそうだ。食べたらそれは、それはもう幸せな心地になることだろうとトラベロは思いを馳せて唾を飲み込む。

「……食いたいなら、今のうちに食っていいけど」

「い、いいんですか!? いいんですか!!」

「凄ェ食い付きだな……別にいいよ、お前には悪いことしたし。

 おかわり分は一応あるし、言ってくれりゃ持ってくるぜ」

「あっ、ありがとうございますっっ! いただきますっ!」

「ほらお前も食っていいぜ。でも髪じゃなくて手使えよ」

「は、はいっ! いただき、ます」

心を躍らせながらフォークを動かし、シフォンケーキを一口、口に含む。

噛めば噛む程スポンジの柔らかさとウォールナッツの歯ごたえ、そしてチョコレートソースの甘さによる絶妙なハーモニーが生まれていく。

トラベロもファナリヤも、自然と何とも言えない嬉しさを表情に表わしていた。

「ん~っっ! おいっしい! 凄くおいしいです!」

「こ、こんなおいしいの食べたこと、ないです……!」

「口にあったんなら何よりだよ」

「ありがとうございます! でもこんなに高そうな奴をおかわりしていいなんて、ありがたいですけど流石に……」

「いや別にいいけど、材料全部自費だし」

「え?」

「材料、器具、あとそこの紅茶も全部自費。そんなに大した金はかかってねぇぞ」

二人して驚きを一面に出した顔で青年を見つめる。

……自費、ということは彼がこれを作ったということだろう。しかし、失礼ながらどう見ても料理を嗜んでいるようには……

「やっぱ驚いちゃうか? 彼はアキアス・ハーヴィデュー、うちの中で一番料理上手なんだよ!

 も――ほんっとうにおいしいんだよアキアスが作った料理!」

「エイダお前は隙あればくっつこうとすんな!」

「えぇ~? 別にいいじゃんかぁ」

「よくねぇから言ってんだよっ!」

頬を膨らませるエウリューダにアキアスが大きいため息をつく中、再びドアをノックする音が響く。

途端に空気が変わり、中に入ってきたのは先程のマリナと……翠髪の少年だ。

全員揃ってるね、と部屋を見回し人数を確認すると机を隔てた先の椅子に少年は腰掛け、

彼を中心として残りの彼らは並んで立つ。

少年はどう見てもトラベロはおろかファナリヤよりも歳の若そうな人物であるが、

マリナに連れられてきたということは彼が所長なのだろう。……こんな幼い少年が?

「まずは先程の非礼をお詫びするよ。手荒な真似をして申し訳ない。――そして初めまして。

 僕が神秘力者支援団体ティルナノーグ所長、スピリトゥス・フォン=プリンシパリティです。長いから、スピルって呼んでくれたらいいよ」

「え、あ、は、はい、初めまして、僕は」

「トラベロ・ルシナーサ君……だよね? そしてそちらの子はファナリヤ・カナリヤちゃん。

 依頼人から名前は伺ってるよ」

にこりとスピルは微笑む。

その顔は歳頃の少年のものながらも、どこか達観している雰囲気を匂わせる。

「君たちを助けて欲しいという依頼があってね。依頼人の名はカノーナ・フィーアさん……

 劇団シャングリラの団長で君の育ての親御さんだよ、トラベロ君。そこは本人から伺ってるかな」

こくりとトラベロは頷く。

「オーケー。……本当はすぐに助けたかったんだけど、申し訳ないことにメンバーが離席していてね……せめて何とかこちらまで逃げ切ってもらうように促すしかなかったんだ。結果として、何とかこうして接触できたのが幸いだよ」

「そう、だったんですか……」

「本当に無事でよかった…君が神秘力者じゃないと聞いていたから尚更ね。

 ファナリヤちゃんも連れ去られることがなくてよかった」

「あの……何かあの男は、執拗にファナリヤさんを狙っていたように思えました」

「だろうね。疑問に思っているだろう、ちゃんと説明させてもらうよ」

スピルの目がより真剣なものへと変わり、少し緊迫した空気が流れる。

一度目を伏せた後、スピルはゆっくりと口を開いた。

「彼らは【マグメール】。神秘力者組織の一つさ」

マグメール。――その言葉にトラベロは聞き覚えがあった。

確かファナリヤを襲ったあの男がその言葉を口にしていた気がする。

「その目的は『神秘力者による世界の統一』。神秘力者を至上とし、力を持たない人間を排除する。そのためなら手段は選ばない過激派の集団さ」

「……そんな組織が」

「神秘力者で構成された組織は割とちょくちょくいるんだよ」

ただほとんどは表立った行動はしないけれど、とスピルは付け加えて苦笑する。

「マグメールの過激な行動はこちらの耳にもよく入っていてね。最近、一人の神秘力者……

 しかも女性をひたすらに狙っているという情報ばかりだったんだ。

 だからすぐにわかったよ、それがファナリヤちゃんだったって」

ファナリヤは俯き、肩を少し震わせる。追われる恐怖を思い出しているのだろうか。

「けれど、そう執拗に狙う理由が僕たちにはわからなくてね。辛いことを思い出させるんだけど、

 覚えはある?」

「……言っていた、ことなら」

「……どんな言葉だった?」

「『こいつがいれば、神秘力者の勢力を拡大できる』……と」

その言葉を聞き最初に反応したのはトラベロだった。

「……ファナリヤさん、それってもしかして」

「……トラベロ君? 何か心当たりがあるみたいだけど」

こくりとトラベロは頷いた。

……自分が神秘力に覚醒したあの瞬間しか、該当する部分はないだろう。

「……僕が、神秘力者になったのが、その。……ファナリヤさんが関係してて」

「……詳しく、説明してくれる?」

「上手く、言えないんですけど――」

死にかけていたからか曖昧になっている記憶を掘り起こし語る。

男に殺されかけた時に、ファナリヤから光が発せられたこと。

その光が自分へと吸い込まれていったこと。

そしてその光が自身の神秘力として自らの中で具現されたこと。

それを聞いた全員が驚きを隠せなかった。そんなことがあるのかと。

「レイン、どう思う?」

スピルが意見を仰ぐと、レインは至って冷静な表情で答える。

「貴方と同じ結論に至っているハズですよ、スピル」

「やっぱりか。今のトラベロ君の話が事実なら……

 ファナリヤちゃんが執拗に狙われる理由も納得がいく」

「あ、あの……わ、わたし、何もわかりません……!」

「うん、きっと君は何もわからないだろう。

 けれど、だからこそ君は今知っておかなければならない」

自分の身を護るためにも――そう言ってスピルはファナリヤに深呼吸を促し、

少し落ち着かせてから話を再開する。

「心して聞いて。君が狙われる理由は恐らく、今トラベロ君が説明したことそのもの……

 人の神秘力を覚醒させる力があるからだ」

「……わ、わたし、に……!?」

「現にトラベロ君は君の力で覚醒した。その力があるが故に君はマグメールに狙われている。

 僕はそう解釈する。そしてきっと、この先も君は狙われ続けるだろう」

「……そ、んな。わたし、そんな、知りません! 好きでこんな力があるワケじゃ……!」

「うん、そうだと思う。何も知らずに狙われてずっと辛いのもわかってる。

 そのこともあるから保護の依頼を受けたんだけど――気が変わった」

スピルの予想外の発言にトラベロもファナリヤも思わず彼を二度見する。

「君たちを保護するのは……やめることにする」

「そんなっ、それじゃ話と違……」

「代・わ・り・に!」

先程の顔と空気から一転、にっこりと陽気な笑顔を見せてびし、と二人を指さして強く言い放った。

「君たちを、うちにスカウトするよ!」

「……へ!?」

素っ頓狂な声がトラベロの口から飛び出す。ファナリヤも急な話の変わり様に混乱している様子。――ひとまず、こちらを見捨てるワケではないのはよかったのだが、スカウト……

つまりティルナノーグの職員として働かないか、ということでいいのだろうか。

ここにきていきなり流れが変わりすぎて頭がぐちゃぐちゃだ。

「トラベロ君が力を持たないのに立ち向かったって聞いた時にすごく気になってさぁ……

 しかもそのトラベロ君が神秘力に覚醒したってレヴィンから報告を受けてさ、

 神秘力者になったんならこりゃスカウトしないワケにはいかないじゃん? と思ったんだよ」

「え、え、え……?」

「それに君たち、今仕事も住む場所もない状態でしょ?

 手に職つけてちゃんと住居があった方がいいんじゃないかなーってね。うち社宅もあるし!」

「お、仰るのはご尤もですしありがたい話なんですけど、その……いいんですか?」

「もちろんだよ! だからレヴィンとアキアスに君と戦わせたのさ、君のその勇気と行動力に確信を持ちたくてね」

……だからだったのか。トラベロの中で、やっと行動の経緯の全ての謎が解けた。

ファナリヤを連れ去ったのもその際の言動も完全に敵だと認識させるため。

実際は彼らはファナリヤを保護し、マグメールから護ってくれていた――それが真実。

敢えてそれを言うどころか誤解させるような発言をして、自分を試していた…そういうことだったのだ。

納得した顔でスピルを見るトラベロに対し、大きく溜め息をついてレヴィンとアキアスは悪態をついた。

「おかげで酷く誤解されたけどな」

「全くだ、エイダがいなかったらどうなってたと思ってんだよ。

 完璧にこの子が俺らを敵認識してたぞ」

「い、いいじゃんかっ結果オーライだったんだからさぁ!!」

「そうだね、結果オーライになったから何とか丸く収まっただけだよね」

「エウリューダまでっ!」

……ここの人たちは所長に対して容赦無いのだろうか。

ぽかんとした顔で二人が見つめていると、スピルは顔を赤らめて咳払いをする。

「と、とにかく! 君たちを評価したからこそ誘っているワケだよ。

 それにすぐ様子が伺えるっていうメリットもあるしね。君たちにとっても悪い条件ではないと思うんだ」

スピルは立ち上がり、二人にそれぞれ手を差し出す。

「もしこの誘いに乗ってくれるなら、僕の手を取って。

 選択は君たちの自由、来るなら歓迎するし去るなら追わない。

 後者を選ぶなら依頼通り、君たちを保護する形で支援させてもらう。決められないなら時間を作るよ」

「……いえ、もう決まりました」

そう言って、先にスピルの手を取ったのはトラベロだった。

「僕は、神秘力のこともよくわからないし、力も上手く使えない。

 足手まといになることもたくさんあると思います……でも」

一回り小さな少年の手を、しっかりと両手で握りしめる。

「認めてお誘い頂いたんです。メリットとか、そんなの抜きにしても取らないワケにはいきません! 僕でいいのなら是非、お願いします!」

「……こちらこそ! よろしくお願いするよ、トラベロ君」

にっこりと笑い、硬い握手を交わす。その隣でファナリヤも顔を上げ、スピルの手を見やる。

「あ、あの……わたし、も!」

「あ、ファナリヤちゃんは髪で大丈夫だよ? 心を読みたくないのは聞いてるから」

「いえ……! 大丈夫、です」

包帯が解かれた白い手で、しっかりと力強く握りしめる。

こんな素敵なことを言ってくれている相手の手は、握らないワケにはいかない。

頭の中に情報が流れこんでくるが、そんなことは不思議と気にならなかった。

「その、その……凄く、嬉しいです! 上手く言えないけど、本当に、嬉しいです!

 だから、その……わたしで、いいなら……お願いします!」

そう言ったファナリヤの顔は、今までで一番の笑顔を浮かべている。

……見ているトラベロも、スピルも他のメンバーたちも暖かい想いを抱き、釣られて笑う。

ありがとうとスピルは手を解き、腕を開いて喜びの言葉を高らかな声で言った。

「――ようこそティルナノーグへ! トラベロ君、ファナリヤちゃん。君たちを心から歓迎するよ!」

その屈託のない笑顔に釣られ、二人もまた笑顔を浮かべてはい、と答えた。


これが――神秘の力に目覚めた青年少女たちの人生の軌跡を描く物語が、ハジマリを迎えた瞬間だった。

もちろん、この出会いが彼らを取り巻く環境を大きく変えるきっかけになることは誰もまだ知らない。

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