第九節

「……よし! 今日も一日頑張ろうっと」


玄関の鍵を閉めた後頬を軽くぱんと叩く。

トラベロがティルナノーグに入ってから丁度今日で一週間が経つ。

一人では広すぎる家の間取りにも慣れ、仕事も小さな依頼を手ほどきを受けながらファナリヤと共にこつこつとこなしていた。

近所のゴミ拾いだとか、壁のペンキ塗りだとか、清掃の手伝いだとか……今のところはそんな身近な頼みの方が多い。

最もトラベロが血液恐怖症である以上、荒事が回ってくることはないだろうし、こちらに越してきて間もない自分たちにとっては

近所との触れ合いも兼ねることができ一石二鳥だ。そして今日も同じように近所のお悩みを解決するのだろう。

劇団にいた頃とはまた違う充実さを感じる日々を送っていた。


「トラベロ君! おはよう!」


玄関前で腕時計を見て待っていると、一台の車がやってきて運転席から声がかかる。


「マリナさん! おはようございます」


荷物を背負い直してトラベロは駆け足で車へと駆け寄り、手を振っているマリナに話しかける。

助手席にはファナリヤも座っていて、トラベロと目が合うとおはようございますと頭を軽く下げた。


「さっすがトラベロ君、待ち合わせの時間通り!スピルとは大違いねぇ」

「あははは……スピルさん今日は遅刻しないんでしょうか」

「さぁ、あいつのことだからねぇ。それじゃ二人仲良く歩いていらっしゃいな」


マリナがファナリヤに目を向けると、ファナリヤは顔を赤らめ少し頬を膨らませる。

それをマリナはかわいい、と笑うがトラベロはいまいち理解できていないような顔を浮かべる。

荷物を持ってファナリヤが車を降り、トラベロの隣に寄るのを確認すると、よろしくねと告げてマリナは車を走らせた。


「じゃ、行きましょうか」

「は、はい!」


ファナリヤは嬉しそうに笑ってトラベロについて歩く。

ここ二日程前から二人で一緒に出勤するようになったのだが、ファナリヤの顔が前よりも幸せそうに見えてトラベロは嬉しかった。

彼女はマリナの家に居候していて、その家が車を使わないと遠い距離らしくこうしてトラベロの家まで送ってもらっている。

最初は面倒だろうし大丈夫だとファナリヤは遠慮したのだが、マリナの方はいいから行っておいでと何故か燃え上がっているような表情で告げたらしい。

しかしこうして朝語らいながら歩くというのはやはり楽しいと心が躍っていた。


「……あ、あの。トラベロさん」

「何ですか?」

「その……トラベロさんは、もう…慣れましたか?…お仕事」

「そうですねぇ、こなす依頼の内容も内容でちょくちょくやってることだったんで、割と。

 ……ファナリヤさんは、やっぱりまだちょっと……慣れないですか?」

「…は、はい……」


ファナリヤもトラベロと一緒に近所からの依頼をこなすようになって、同じように一週間が経過した。

少しずつ手袋の生活にも慣れてきたし、相手側はこちらの事情を知らぬのもあってとても優しく接してくれる人が多い。

……だが、やはり怖い。間違えて心を読んでしまったらとつい考えてしまい縮こまってしまう。


「大丈夫ですよ、ゆっくり慣れていきましょう?スピルさんたちもそう言ってますし」

「は、はい……そう、ですよね…」

「そうですよ、焦ったっていいことないです……し……」


すぐ近くで足音が聞こえる。――このままではぶつかるだろうか。ぴたりとトラベロが足を止め、それに合わせてファナリヤもぴたり、と止まった。

直後、曲がり角から姿を現したのは……


「……♪」

機嫌が良さそうに、猫じゃらしをふるふる振っているレヴィンだった。

……よく見ると、服が毛だらけになっていないだろうか。

さらに片方の手にぶら下げているビニール袋から垣間見えているのはペットフードと思しきもの。

彼の通ってきた道からにゃあ、と猫の鳴き声も聞こえる。恐らくは野良猫か何かがいて、その世話を焼いたのだろう。

しかしそんなことよりもレヴィンのこの姿がトラベロたちにとっては軽く衝撃だった。

衝撃というのも失礼な言い方ではあるが、普段の彼からは想像がし辛いのは確かなのだ。

物静かであまり感情を表に出さない人物が、こうして嬉しそうに口元を緩ませ、ほんのり顔を赤らめ猫じゃらしを振っている……

流石に驚きを隠せなかった。



「………………ん?」


言葉をかけづらくそのまま見ているとレヴィンがこちらにやっと気づき顔を向ける。


「…………トラベロ、ファナリヤ……も」

「お、おはようございます! レヴィンさん」

「お、おはよう……ござい、ます…」

「…………」


どうやらトラベロたちの前を通っていたことに気付かなかったのか、レヴィンはこちらを見たまま硬直して動かない。

ぱちぱちと目を瞬きさせ、やっと状況を把握すると……


「っっっっっ!!?え、あ、うあ、あ、ぃや、その、そのそのっっっ」


急に顔を真っ赤にして慌て出した。

恐らく何かを訂正したいのだろう、猫じゃらしをしまうのを忘れてひたすらオーバーな動きで「あの」「その」を繰り返す。


「そのあの、そのえと、ちがっ、その、ちが、ち、違っ……~~~~~~~っ!!」


しまいには顔を真っ赤にして、声にならない声で叫んで走っていってしまった。

声をかける暇もなく猛スピードで去っていくその姿に思わずトラベロもファナリヤもぽかん、と口を開ける。


「……ど、どうしたん、でしょう……?」

「さ、さぁ……」


――もしかして、見てはいけなかったんだろうか。

そんな疑問とあのような姿を目撃したことによるインパクトだけが強く残った。




――一方、事務所。


「おっはよーう! 今日は遅刻しなかったよードヤ!」

勢いよくドアを開け、スピルが機嫌良さそうに入ってくる。

そしてあからさまにカッコつけたポーズを決めると、先に出勤していたレインとマリナが呆れた顔で悪態をついた。


「おはようございます、一回遅刻しなかっただけでドヤ顔決めないでください」

「ほんとそれ。遅刻なくしてからドヤ顔しなさいよね」

「酷ッ!」


スピルがあれやこれやとオーバーリアクション気味に訴えるが、それを軽く流して二人は各自資料の確認や整理を行う。

この手のタイプはここで構って調子に乗らせてはいけないと淡々と各々手を動かす。

スピル本人もこの二人にはこれ以上無駄だとわかっているので大人しく席についてパソコンを開き、

珍しく静かな時間が流れる中レインがふと口を開いた。


「……そう言えば、レヴィンを見かけませんでした?」

「え、見てないよ」

「あたしも。あんたら今日は予め用事があって別に出たんじゃないの?」

「いえ……私が起きた時にはもう先に出ていましてね。何か用事があるなら予め言っ――」


噂をすれば何とやら。

レインの言葉を遮るようにバァン、と派手な音を立ててドアが開き渦中の人物がやってくる。

だがしかし、入るなりすぐ自分のデスクの下に潜り込みリュックサックをバリケードのようにドン、と置いて出てこなくなってしまった。


「……れ、レヴィン? どうしたんです?」

「いません」

「いませんじゃないわよ。どうしたのよレインにも言わないで」

「レヴィンゼードとかいう奴はきてません! 欠席です!!!」

「いや駆け込んできて言われても」


いくら三人で声をかけてもレヴィンは閉じこもったまま出てこない。三角座りで顔を伏せいない、いないと連呼しているばかり。


「……お、おはよー……」


レヴィンが乱暴に開けたドアから恐る恐るアキアスとエウリューダもやってきて、その光景に呆然とする。


「……なあ、レヴィンどうしたんだ」

「私が一番知りたいです。入ってきて早々この有り様ですよ」

「びっくりしたよ、後ろから急に走ってきてばーん!って」

「で、これが落ちてた」


アキアスの手には猫じゃらしが一本。そこらに生えている草のそれではなく、店で売っている市販物の方だ。

ふるふると振ると付属の小さな鈴が音を立てる。

――何故に猫じゃらし? 

全員がそれに視線を向けていると物凄い形相でレヴィンが飛び出し半ば強奪するような形で猫じゃらしをアキアスから取り上げた。


「……な、何これお前のだっt」

「いいかこのことは言うなよ誰にも言うなよ絶対言うなよ言ったらぶん殴るぞ!!!」

「たかだか猫じゃらし一本で何でそんな必死になんのよ……?」

「あ、わかった。もしかしてこれで猫とじゃれてるところを目撃されヘブゥゥゥ!?」


直後スピルを強力な重力波が襲う。

立つこともままならずそのまま床にのめり込む勢いで倒れ動けない。

重力をかけたままレヴィンは顔を茹で蛸のように真っ赤にして再び机の下に引き篭る。


「……れ、レヴィ、ン、と、解いて、解い、て……っっ」

「そんな奴はきてない!!!存在しません!!!」

「今日重症ですね……レヴィーン、出てきてくださーい?ねー?」

「お、おはようございまーす……」


とそこに新米二人もやってくる。恐る恐るゆっくりと入り、二人してきょろきょろと辺りを見回し始めた。


「あ、あの……レヴィンさんは」

「キテナイ」

「いや今の声レヴィンさんですよね!?」

「オ……ワタシジャナイレインダ」

「流石に無茶ですレヴィン。先程来てからずっとこの様子で。二人共何かご存知です?」


その有り様にトラベロは思わず苦笑して頬を掻く。

――間違いなく僕たちが原因だな。

ファナリヤはどうしようとおろおろしていてレヴィンの方へ行こうとしているが自分のせいだし、と悩んでいるようにも見える。

しかしレヴィンが相当恥ずかしがっていたし口頭で説明してもいいものか。迷っていたらレインがまた声をかけてきた。


「遠慮せずに話してくださいトラベロさん。恥ずかしがるのいつものことなので」

「そ、そうなんですか……いやその大したことじゃないんですけど……」


恐る恐るありのまま起こったことを説明すると全員が全員「ああなんだ」と納得の表情を浮かべる。

特にレインとマリナはそんなことだろうと思ったよ、というような顔をしてため息をついている。

一方スピルは未だに重力下でそんなことをする余裕もない。


「全く……あんたたかだかそれぐらいで。二人共びっくりしてんじゃないのファナリヤちゃん泣いたらあんたの責任だかんね?」

「マリナの言う通りですよ。仕事仲間なんですし隠さなくたっていいでしょう?」


レヴィンはうう、と唸ると黙りこくる。机の下からは出てくる気配がない。


「あ、あの……れ、レヴィン、さん…そ、その、ご、ごめんなさい……」


そこへ恐る恐るファナリヤが前にきてぺこりと頭を下げる。


「あの、その…わ、わたし…が、知らなかった、ばっかりに、その……ほ、ほんとに、ごめん、なさい……!」

「……ち、違う。ファナリヤは悪くない……トラベロも悪くない。ただその、お…わ、私が恥ずかしい、だけで」

「で、でも…でも、そう…なっちゃったの、わたしのせい、ですし……その……」

「い、いやお前は悪くないから…」


ごめんなさい、気にするなの繰り返し。

しかしレヴィンが一向に机から出てくる気配がなくファナリヤは落ち込んでいく一方である。

その様子にレインははぁ、と溜息をつく。


「……このままでは埒が明きませんね。――エウリューダ」

「はーい」


エウリューダは苦笑しながら机の前に移動し、一呼吸おいてレヴィンに声をかけた。


「レヴィンさん、"出ておいで"」


たった、その一言。

しかしそれだけで何と、先程まで頑なに出てこなかったレヴィンが恐る恐る出てきている。

顔をリュックサックで頑なに隠しているがエウリューダがまた一言言うだけで真っ赤に染まった顔を露わにした。

レヴィンはファナリヤに「ごめん」と頭を下げると、目を逸らしてそのまま椅子にちょこんと座る。

ひとまず一件落着として、エウリューダはファナリヤにも席に座るように促した。


「……や、やっぱり凄い…」


トラベロはぽつりと呟く。

この一週間で数回程エウリューダが神秘力を使う場面を目にしているが、いつ見てもトラベロは驚きを隠せない。

たった一言で人の行動を左右させてしまうような強い力――その力が篭った言葉を人は「言霊」と呼ぶ。

エウリューダはその言霊を自分のものとして扱うことができるのだそうで、ティルナノーグのメンバー各自が持つ神秘力の中でも相当強力で

制御が難しいらしい。

彼だからこそこうして必要最低限の使用に留められているのだろう、悪意ある者がこれを使えばと思うと末恐ろしくも感じた。

これでひとまず事は収束した……と、思ったらスピルが死にそうな声で訴える。


「……え、エウ、リュー、ダ……こ、これ解く、ようにも、言って……し、しぬ…」

「……ご、ごめん……忘れてた。レヴィンさん解いたげて……?」


エウリューダがまた苦笑いを浮かべて話しかけるとレヴィンはあっ、と言うような顔を浮かべて重力を解除する。

やっと自由の身になったスピルは涙を浮かべてハリセンを取り出しレヴィンを叩き始めた。


「バカー! レヴィンのバカー!! バカバカバカー!!」

「あだっだっだだっ、いやその、ごめんって、忘れてたんだって! 悪かったってっ!」

「僕そんな扱いなの酷くない!? 酷くない!!? 何で猫じゃれバラすだけで」

「わ――――――!!! わ―――――――――!!!」

「むがぐぐぐぐぐ!?」


事務所内にレヴィンの悲鳴にも似たような叫びが響き渡りスピルは口を塞がれる。

やいのやいのと騒ぎこのままでは収集がつかなくなる――とその矢先にアキアスが思い切り二人にごん、と拳骨を落とした。

みるみる膨れ上がるたんこぶと頭を抱えて蹲る姿が痛々しく思えてならない。


「やかましいわてめえら!! 静かにしろ! ファナが怯えるだろうが!!」

「いや今一番声大きかったのアキアスなんじゃ」

「エウリューダ、それは禁句……まあでも、そうですね。レヴィンは頭を冷やすのも兼ねて依頼行ってきてください」

「どこから?」

「いつもの彼ですよ」


レヴィンはレインから資料を受け取り、依頼内容に目を通す。

叩かれた頭を押さえながら目を通して軽くため息をついて苦笑し、その顔にトラベロとファナリヤは思わず視線を向ける。

……そう言えば、彼の笑った顔を見たことがなかった。先程の恥ずかしそうな顔といい、今日は彼の意外な一面を知るばかりでどこか新鮮な気分だ。


「ったくあいつは……私じゃなくてもいいだろうに」

「レヴィンだから頼むんでしょう? ……ああそうだ、トラベロさんもついていってください」

「あ、はい。僕がいて大丈夫ですか?」

「むしろお前がいると助かる。きてくれるか?」




――マゴニア首都イリオスの中央部、その路地裏を通った先。


「……こりゃまた派手だな」


レヴィンがぽつりと呟き、トラベロもそれに同意を示す。

二人の目の前には一面中スプレーで落書きされた壁が広がっていた。

この落書きされた壁を綺麗にするべく新たに塗装し直すのが今回の依頼であり、依頼人は塗装業者本人から直々にきたもの。

とは言えど落書きに関してはほぼ慈善事業として単独で行っているそうで、一人で手に負えない時はいつもレヴィンを指名して依頼がくる……

という話だ。


「まだまだこういった落書きをする人って多いんですね…」

「夜遊びする子供が減らない限りは、こういうのも減らないからな」

「その通り、まだまだ色々こじらせてるガキが多いかんなぁ。そういう奴らのケツで自分で拭えねぇとこを代わりに拭う感じだよ」


そこへ作業用具を持って男が一人。

どうやら彼が依頼人のようだ、後ろには作業用具を一式積んだトラックが見える。

言っては失礼ではあるが、見た目の印象として少し柄が悪そうな雰囲気を放っている。

レヴィンも強面ではあるが、この男性はさらに強面でトラベロは思わずごくりと唾を飲む。

一方、レヴィンは物怖じすることなく、微笑みを讃えて声をかけると、男は嬉しそうに答えた。


「レヴィンさん! お久しぶりです!」

「相変わらず精が出てんな」

「そちらも元気そうっスね! 安心しやした! ところでこの坊主どいつです?」

「うちのルーキー。この手の奴が得意なんだ。間違いなく戦力になるぜ」

「マジっスかありがてぇ!」

「あ、よ、よろしくお願いします!」

「おうおうそんな緊張すんなや、仲良くしてやってくんな」


男にわしわしと頭を撫でられ、トラベロは照れくさそうに笑う。

見た目や口調は乱暴ではあるが、この会話だけでも悪い人物ではないことがよくわかった。

軽い会話の後、持ってきた作業着に着替え早速作業が開始される。

端から丁寧にペンキで落書きを塗りつぶしていくという単調だが繊細かつ丁寧な作業が求められる作業に、トラベロは劇団にいた頃を思い出し懐かしい

気持ちになっていた。

ペースよく思わず鼻歌を歌いながら進めていると、同じように隣で脚立に乗って作業しているレヴィンから声がかかる。


「……その……あの。今朝は、すまなかった」

「あ、いえ! 気にしないでください」

「……そ、そうか」

「レヴィンさん、猫がお好きなんですか?」

「……好き、というか……嫌いじゃない、というか……その」


顔を赤らめて言葉を濁すレヴィン。

朝の様子からも察するに、恥ずかしくてあまり口に出せないのだろうか。


「そんな恥ずかしがることないですよ、猫可愛いですもんね」

「……うん。そうだな」

「僕は、レヴィンさんのそういうところ知れて嬉しかったですよ」


ぴた、とレヴィンの手が止まる。


「……そう、か?」

「はい。やっぱりまだ、知らない部分とかあるじゃないですか。だからそういうのを知れると距離が縮まった感じがして」

「……気持ち悪いとか、思わないのか?」

「え?」


手を下ろして、レヴィンは俯く。

その表情は見えないが、その下ろしたローラーを握る手がかたかたと震えている。

何故だろうか、トラベロには怯えて震えているように見えてならない。

次に自分が言う言葉に怯えているのだろうか。トラベロが切り返す前に、レヴィンが遮るように口を開く。


「その……私は、こんな奴だから。ロクに表情変えられないし、上手く話もできないし……

 よく怖いって、言われるような奴だから。イメージと違いすぎて…その…」

「……レヴィンさん」


少しだけ、トラベロは口を噤む。

自分はまだレヴィンのことを理解できたというワケではなく、安易な言葉は逆に傷つけるだけだろう。

だが、ここですぐに答えなくてもきっと彼は傷つくだろうということも理解していた。

思ったことを、言おう。少し緊張した面持ちでトラベロは口を開く。


「……ううん、上手く言えませんけど…………そういうイメージは逆に壊しちゃいませんか?」


レヴィンの手の震えがぴたりと止まる。

返ってくるとは思わなかった答えだったのだろう、少し驚いた表情でトラベロを見た。


「怖いって言われるようなイメージは、なくしちゃってもいいと思うんです。だってそのせいで近づかない人がいるなんて、悲しいじゃないですか」

「……幻滅、しないのか?」

「しませんよ。僕とファナリヤさんがイリオスで初めて会ったのがレヴィンさんでしたけど、別にそんなに怖いとは思いませんでしたもん。

 確かに顔は強面、っていう印象でしたけど……」


初めて会った日。

駅内で人混みに押されてファナリヤが転んでしまった時に手を差し伸べてくれたレヴィンは、優しげに彼女の頭を撫でていた。

思えばそれがきっかけとなって、自分たちがティルナノーグに入ることになったようなものでもある。

スピル曰く「入社試験」だったあの戦いにおいても、レヴィンは敢えてトラベロが反撃できるようにと色々とヒントを与えてくれていた。

その当時は気づかなかったことだが、あれも敵だと思わせなければならない中で彼なりにこちらに気をを遣ってくれていたのだ。

もう一つの神秘力を用いて治療するために、ずっと眠っている自分についていてもくれた――

初めてあった時から、自分たちは彼の優しさを一身に受けてばかりだったと改めて思う。


「出会ってまだ経ってませんけど、レヴィンさんが優しい人だっていうのは十分わかってます。幻滅なんてするワケないですよ」

「……トラベロ」

「すみません、偉そうなこといって……長話しすぎましたね。作業戻りましょうか」


照れくさそうに笑ってトラベロはまた壁にペンキを塗り始める。

熱くなる目頭を数秒強く押さえて、レヴィンも止めていた手を動かす。その横顔は嬉しそうに笑っていて、依頼人の男性がニヤリと笑って茶々を入れる。


「良かったじゃないすかレヴィンさん。いい新米舎弟っすね?」

「バッ! おまっ、舎弟言うなよこいつは後輩!」

「へ? レヴィンさん舎弟なんているんです?」

「いるも何も。昔俺が荒れてた時に入ってたグループまとめあげてたのレヴィンさんなんだぜ」

「ロブ!! 何勝手にバラしてんだよ!!!」


顔を真っ赤にして脚立から飛び降りて舎弟、もといロブに突っかかるレヴィン。

――なる程、だから余計にイメージを気にしてたのか。

納得がいったトラベロはその光景を見てくすりと笑う。

普段と口調が変わる程怒っているということは過去の自分が恥ずかしいということだと思うが、普段の彼よりも自然体のように見える。

……きっとこれが、レヴィンゼード・リベリシオンという人物の本来の姿なのだろう。

この半日間だけで距離が随分と縮まったような気がすると、トラベロは何だか嬉しくなった。

そしてそれは、レヴィン自身も同じだと確信に似た思いを抱く。

何故なら――彼の顔も何だか、嬉しそうだったのだから。



時間は経ち、夕暮れが近づき始める頃にやっと作業は終了。

落書き塗れだった薄汚れた壁はすっかり元の白さを取り戻し、日光に照り映えている。


「いやー! 相変わらずレヴィンさんがいてくれると助かるっすわ!あざっした!

 トラ坊もな、流石はレヴィンさんの新しい舎弟」

「だから舎弟じゃねえっつってんだろ」

「さーせん、ついつい。また俺で手に負えなかったらお願いしますわ!そんじゃ!」


ロブはドアを閉め、機嫌良さそうにトラックを走らせ帰っていく。それを見送り、自分たちもまた帰路へつこうと踵を返す。


「気さくな人ですね、ロブさん」

「昔からあんな感じだよ、あいつは。……あと、そのだな」

「わかってますよ。内緒にすればいいんですよね」

「すまんな。いつかはバレるんだけどそれでもな……ん?」


携帯の着信音が鳴り響く。

二人して携帯を取り出して確認する……どうやらレヴィンの方にかかってきたようだ。


「……マリナから?」


一昔――というにはまだ早い旧式の型であるが――前の携帯だとトラベロが思わず新鮮な目を向ける中、携帯を開いて応答する。


「マリナ、どうした?」

『ファナリヤちゃん見てない?』

「いや、今依頼が終わったばかりで。何かあったか?」

『昼頃に用事がって出てったんだけど帰ってこないのよ……!携帯忘れてっちゃったから連絡もつかなくて。

 今レインとアキアスが探しに行ってくれてんだけど……』

「……わかった。二人は別行動か?」

『別行動は取ってないわ。その方が効率がいいから』

「わかった。すぐに探す」


ぷつん、と携帯の通信を切る。

通話が進むにつれて事態を察し、不安そうな表情を浮かべてトラベロは恐る恐る尋ねた。


「……何か、あったんですか」

「ファナリヤが迷子になったらしい。携帯も忘れて連絡がつかないそうだ……マグメールに襲われたらとんでもない事態になる」


携帯をぱたんと閉じ、レヴィンは指示を出す。


「レインとアキアスが捜索に出ているから、トラベロは二人に連絡して先に合流しろ。私は用意するものがあるから後で行く」




「(……ど、どうしよう)」


ファナリヤは困っていた。

ここはイリオスのどの辺りなのだろう。右を見ても左を見ても帰り道がわからない。

少しばかり外の空気を吸ったら帰ってくるつもりだったのに、気づけば随分と歩いてしまっていたようだ。

携帯で連絡しようとしたが、ポケットにもどこにも入っていない……どうやら事務所に忘れてしまったらしい。


「(どうしよう、みんな心配してるかな……でも、レヴィンさんを落ち込ませちゃったし)」


俯いて、人混みから外れた道の端の壁に一人ぽつんともたれかかる。

……今朝の一連の出来事がどうしても頭から離れない。

レヴィンはただ自分が恥ずかしかっただけと言うが、そもそも自分が見てしまわなければ彼が落ち込むこともなかったのだ。

彼を傷つけてしまったと、どうしても落ち込まずにはいられなかった。嫌われたかも、という考えが染み付いて離れなくなっている。

気にするなと本人には言われたが、どうしても見てしまってはいけないものを見てしまったという罪悪感が強く残って仕方がない。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん」

「ふえ…!?」


急な声にびくりと震えて顔を上げる。見た目四十代ぐらいの男性だ。

見た感じからは敵意も感じなければ、神秘力者のオーラも見えない……敵ではないようだ。

心を落ち着けて、恐る恐る口を開く。


「そ、その……道に、迷って……」

「おや、迷子かい。こんなところに一人じゃ危ないよ、近くに交番があるから、そこまで案内しようか」

「……は、はい。すみ、ません」


男性に連れられ、ファナリヤは道を進んでいく。

自分の手をぎゅ、と握り締めて離さないように細心の注意を払いながら、交番が見えてくるのを待った。

しかし、一向に交番らしきものが見える気配はない。それどころか、先程まで人が目立った街道から人気のない路地裏に近づいている気もする。

本当にこの男性は知っているのだろうか。不安になってファナリヤは恐る恐る尋ねた。


「あ、あの……本当に、道……」

「……」


男性は答えない。もう一度ファナリヤが聞こうとすると、ぴたりと止まってぐるりとこちらを向く。

その顔は最初に話しかけた時の優しげなものとは打って変わり生気のないようなものだ。目は虚ろで、焦点は全く合っていない。

男は白目を向きかけた顔で一歩一歩ファナリヤに近づいてくる。


「ひっ……」


震えた声を上げてファナリヤは一歩後ずさる。

まさか敵だったのかと思ったが、先程と同じように神秘力者特有のオーラは一切纏っていない。ならば何故……?

とにかく逃げなければ――踵を返して走り出すが、同じように正気を失った顔の人が次々と現れて道を塞がれる。自身と彼ら以外に人はいない。


「ゃ……い、嫌……っ!」


恐怖のあまり壁へと後ずさる。

神秘力を用いれば抜け出せるだろう……だが、初めてイリオスに訪れた時のことを思い出してしまい足が竦む。

あの時の気持ち悪がるような街の住人の視線を思い出して震えてしまう。

一歩一歩と下がれば下がる程、正気を失った人々の群れがにじり寄る。このままでは……!


「た、すけて……誰か…っ!!」


涙をぼろぼろと零して叫んだ、その時。


「――何……?」


勢いのあるエンジン音が上から聞こえてくる。

ファナリヤが恐る恐る見上げると一台のバイクが彼女と、彼女に近寄る人々を通りすぎていく。

少し離れた距離に派手な音を立てて着地すると、ドライバーはヘルメットを乱暴に脱ぎ人だかりに投げつけた。

一人に命中し、倒れるとドミノが倒れるように何人かが巻き込まれ道が開かれる――

それを逃さず一気に駆け込み、群れからからファナリヤを遮るようにして立つ。

白いリボンが結われた紅い髪が、間違いなく味方であることをファナリヤに告げていた。


「……れ、レヴィンさん……!」

「……無事でよかった」


そう告げた横顔はとても優しい微笑みを湛えている。

ファナリヤの中から一瞬にして恐怖も何もかもが消え失せていく……誰かが助けにきてくれるということの心強さがそれらを打ち払う。

今朝の件から嫌われたと思っていたからこそ、今のファナリヤにとっては強い支えだ。

しかし、この人々の群れに対するのはレヴィンたった一人……

自分が加勢しなければいけないのではないかと立ち上がるがレヴィンの手がそれを止めた。大丈夫だと言うかのように。


「……俺の可愛い後輩に手出してくれやがって。このツケは高くつくぜ」


ドスの効いた声が響く。蒼く鋭い眼光が傀儡のような人の群れに向けられる。

彼を只者ではないと察知したのか、人の群れは先手を取って畳み掛けんと一斉に飛びかかる。


「ファナリヤ、絶対そこから動くなよ!」


ファナリヤは黙って頷き、護るように頭を抱えてしゃがみ込む。

それを確認してからレヴィンは行動を取った。最初に手が届く範囲にまで迫った相手を思い切り蹴り飛ばす。

雪崩れ込むようにこちらへ向かってきている敵相手にはそれだけで損害を与えるには十分であり、蹴り飛ばされた者にぶつかり次々と倒れていく。

次に残った相手が胸ぐらを掴みかかれば逆にその腕を掴んで引き寄せ背負い投げ、その後ろから飛びかかった相手の腹に正確に肘鉄を叩き込む。

ちら、とファナリヤが様子を伺うように顔を少しばかり上げると、まさに無双するという表現が相応しい光景が広がっていて、思わず目を丸くせずには

いられない。 しかも何が驚くかというと、レヴィンは一切神秘力を使用していないのだ。

これだけの大多数が相手にも関わらず自分の戦線を維持した状態で敵勢をあっという間に制圧していく。

トラベロとの戦いは最後の力をぶつけ合おうとするその瞬間しか目にしてはいないが、それだけでも彼が本気で戦っていなかったのだということを

理解するには充分だった。

レヴィンの戦いぶりを見て驚き息を呑み思わず引き込まれていたということを自覚する頃には、彼の眼前には倒れ伏した人々の姿しかなかったのだから。




レヴィンは倒れている人々の様子を見、眉間に皺を寄せて辺りを見回す。

もちろん殺すつもりでやってはおらず全員気を失っているだけだ。

一応本当にそうできているかの確認をしたかっただけであり、辺りを探ることにこそ彼の本懐があった。

自身の真上……ある一点を見据え、レヴィンは口を開く。


「随分な真似をしてくれるじゃねえか。――マグメール」


マグメール……その言葉にファナリヤは思わず震え上がりレヴィンの後ろに隠れ顔を覗かせる。


「――《千里眼》の使い手がいるとは言え、ここまで早く嗅ぎつけられるのは予想外でしたね」


……くすくすと、少年の笑う声。今目の前のビルの側面の上に、人影が立っていた。

夕日の光による逆行で文字通り人を象ったシルエットにしか見えないが、そのシルエットを包み込むアクアブルーのオーラが神秘力者であることを

証明している。

恐らく、人々の正気を失った様は彼によるものだろう。でなければ普通の人間が急に正気を失い人を襲う…などということはありえない。


「やはり普通の人間を駒にした程度じゃ、貴方には太刀打ちできるワケがないでしょうね。流石は《重力使いのレヴィンゼード》といったところですか」

「そんなカッコつけた二つ名は知らんな。俺は《ティルナノーグNo.2》のレヴィンゼード・リベリシオンだ、覚えとけ。それとお前らのボスに伝えろ。

 ――この子には絶対に、手出しはさせない。もしまた手を出せば俺らの総力を上げてお前らの首をへし折るってな」

「随分と派手にもてなしてくれるようで。……今日は様子見がメインでしたし、退いてあげましょう」


そう言うと人影は姿を消し――二人の背後に一人の少年が現れた。

ファナリヤが震えてレヴィンにしがみつき、レヴィンは彼女を庇うように抱える。

白髪に紅い瞳の少年は、手を出すことなくにたりと笑い姿を消した。

……自らの名を告げた声を残して。


「僕の名はエイヴァス・ラヴレス。また貰い受けにきますよ、その娘をね」




事が終わり、正気を失っていた人々も目覚めては次々に帰っていく。

帰っていく様子から何も覚えていないようで、こちらのことは対して気にかけず散り散りになっていった。


「……大丈夫か?」

「は、はい! だいじょうぶ、です」


慣れないヘルメットの重さに戸惑いながら、ファナリヤはレヴィンの乗ってきたバイクの後部座席に座り彼にしっかりとしがみつく。

髪を使うワケにもいかず恐る恐る手を回したが、いざ触れると怖さも何も感じない。

手袋を介していれば心を読むことがないのはわかっていたが、今までは怖くて触れなかった。

……しかし、今こうしてしがみつくことで杞憂だということを改めて自覚する。


「……しっかり捕まってろ」


派手なエンジン音を立ててバイクは走り出す。

小さく声を上げ、ファナリヤは思わず目を閉じて離さまいと手に力を入れる。

最初こそ怖さがあったものの、段々と向かってくる風に心地よさを感じ、ゆっくりと目を開いた瞬間、感嘆の声が口から飛び出した。

車の窓から覗く景色とはまた違う綺麗な光景が広がっている……夕日に照り映える建物達が、より間近に見えて美しい。

嬉しそうにしているのが伝わったのか、レヴィンが優しく声をかける。


「バイク、初めてか?」

「は、はい……! ちょっと、怖かったですけど……今は凄く、風が、気持ちいいです」

「そうか。……なあ、ファナリヤ。猫は好きか?」

「え?…は、はい。猫、好きです」

「…………私もな、好きなんだ。猫」


ぽつりと呟いたレヴィンの姿が、ファナリヤには何故か恥ずかしそうにしているように見えた。

同じようにヘルメットを被り前を見ていてどんな表情かはわからない。

けれど姿が、声が……凄く緊張しているような、そんな気がした。


「その……昨日、帰りにな。捨て猫を、見つけたんだ。……まだ生まれて二ヶ月かそこらぐらいの、白い子猫」

「……可哀想…ですね」

「ああ。……だから放っておけなくて、今日朝様子を見に行ったんだ。餌をやったり、遊んでやったりとか。

 その後出勤しようと思ってその場を離れたら……たまたま、お前とトラベロがいて。

 誰かに見られるとは思わなかったから、思わず……びっくりしただけ、だったんだ」

「……レヴィンさん」

「だから、その…お前が悪いとかそんなんじゃなくて。

 私が変に、お前からのイメージを気にしていた、だけだから。ファナリヤが気にすることは、ないんだ」


どこかぎこちないレヴィンの言葉に、ファナリヤは既視感を覚えた。

ロクに話したことがない口下手な自分は話す時にいつもどう喋ろうか、どう言葉を使おうか、

それだけで頭がパンクしそうになる程に考えて選んで喋っている。

だから喋る度喋る度、言葉が途切れ途切れになってしまう。

――今のレヴィンは自分と同じだ。どう想いを伝えようか悩みながら口を開いている。

普段から口数が少ないのもきっと、伝える言葉を決めあぐねているのではないだろうかと、そう思った。


「だから、その。もし、私に対して悪いことしたとか思ってるなら、気にしなくていいから」

「はい。レヴィンさんが、そう、言うなら……もう気にしない、です」

「……すまないな、私がこんなんだから……その」

「そんなこと、ない…です。レヴィンさんは、優しい人、です。わたし……わかってますから」


背中に身体を預け、ファナリヤはにこりと笑う。

もちろん、レヴィンにその顔は見えない。

けれど、声から表情を察することは簡単で。彼女が自分を、優しい人だと言ってくれているのは本当だと、確信ができて。


「……ありがとう」


そう告げたレヴィンもまた、嬉しそうに笑ったのだった。

日が少しずつ沈みゆく空の下、二人を乗せたバイクは帰る場所へと車輪を走らせる。自分たちの居場所とも言うべき小さな事務所へ……




「ファナリヤさーんっ!!」


自分を呼ぶ聞き慣れた青年の声がしてバイクが止まる。

トラベロだ。他の仲間たちの姿も見える……皆、自分を心配して探していてくれていたようだ。

――ちゃんと、謝らなくちゃ。ヘルメットを脱いで緊張した面持ちをしているとレヴィンが優しく声をかける。


「不安か?」

「い、いえ! 大丈夫……です………けど、その、やっぱり」

「わかった。私も一緒に謝ろう」


安心した表情でファナリヤが頷くと、レヴィンは優しく笑って頭を撫でる。

心配そうに駆け寄る仲間たちの元へ彼に背中を押してもらいながら歩み寄り、ファナリヤは口を開く。


「あ、あの……ごめんなさいっ!」


勢い良く頭を下げる。

顔を上げようとしては怖くて躊躇うのを繰り返すとこつん、と頭を軽く叩かれて思わず顔を上げると、アキアスが色の違う瞳でこちらを覗きこんでいた。

恐らく彼が頭を叩いたのだろう、その後少し乱暴に頭をぽんぽんと撫でてくる。


「心配させた罰だ、明日朝一で事務所の掃除な。それが終わったらケーキ作ってやる」


そう言い残して踵を返し、軽く手を振ってすたすたと立ち去っていくと次はマリナが抱きついてくる。

トラベロも同じように駆け寄り心配そうに顔を覗きこんだ。


「ファナリヤちゃん!よかったわ無事で……っ!怪我してない!?」

「帰ってこないって聞いて心配したんですよ……!」

「すみ、ません……心配かけて…」

「いいのよ!ファナリヤちゃんが無事ならそれで……!」


ああ、散々な迷惑をかけたのにこんなにも優しくしてくれる。涙が零れそうになりファナリヤは目をごしごしと拭う。

もうこんなことはやめよう。嫌われたと思い込んで、自分から逃げるのはやめよう。彼らは、受け止めてくれたのだから……

決意を込めて改めて、本当にごめんなさいと告げた。




その姿をレヴィンは後ろから見守っていると、レインが歩み寄り声をかける。


「助かりました。貴方がいち早くあの場所を通っていたおかげです」

「お前とアキアスが場所を特定してくれなきゃ間に合ってない。こっちこそ助かった」

「アレはどういう状況だったんです? 確かに人が接触していましたが、私たちが捉えた直後は何も」

「……あの短い間で洗脳をかけた、というのが妥当だと思う」

「――つまり、あの時点でマグメールは彼女に接触していたと」


こくりとレヴィンは頷く。厄介な状況だとぼやき、レインは思考を巡らせる。


「もし最初からマグメールの潜伏員だとすれば間違いなく神秘力者。私が《千里眼クレアヴォーヤンス》で捉えた時にオーラが見えるし、アキアスが《氣力昇華プシュケー・サブリメイション》で感知した氣にも何らかの違いがある。

 元から洗脳されているならば急に正気を失う確率は高くない……あの間に洗脳をかけたのが一番有力ですか」

「マグメールのエイヴァス・ラヴレス――奴はそう名乗っていた。

 洗脳系の神秘力だけでも十分厄介だが、隠密系の神秘力も持ち合わせてるらしい……まんまと背後を取られたよ」

「姿も気配も消されたら《千里眼》でも見えず、氣による探知も行えない。……面倒ですね」

「だがやることは変わらない。そうだろう?」

「ええ」


力強く、二人して頷く。

例えどんな相手が待ち受けようと、ファナリヤを護る。

彼女をマグメールの手に渡してはならない。

奴らの目的を阻むためにも……彼女の穏やかな生活のためにも。

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