第二章 ~『ファンド設立』~


 山田はイリスと共に談話室にいた。絨毯に素足を埋め、長椅子に背中を預ける。隣に座るイリスは山田に寄り添いでくつろぐ。幸せな時間を二人は満喫していた。


「な、なんだか二人っきりだと緊張しちゃいますね」

「そ、そうだな」


 何か落ち着けるモノはないかと、周囲を探すと、映像を映し出す鏡台の魔道具があることに気が付いた。


「ここにもあるんだな」

「放送用魔道具は国民に欠かせないモノになっていますから」

「俺が以前見たときは闘技場の戦いを映していたが。この放送用魔道具でも同じものが映るのか?」

「ええ。他にも料理やニュースなどの番組も視聴できますよ」


 放送用魔道具に映し出される映像は、それぞれの放送局が作成しており、娯楽番組や報道番組、他には国家が国民に対して情報を発信するときにも使われるのだという。


「よければ見てみますか」

「そうだな」


 イリスが放送用魔道具を起動すると、黒髪のトドのような醜い女性が、「私のモテる秘訣」を偉そうに講釈を垂れていた。なんでもこの世界を代表する大女優だそうで、結婚したい女性ランキング一位だと紹介されている。


(この世界の男どもはこんなトドに欲情して、イリスのような美少女を醜いと感じるんだよなぁ。地球に生まれてよかった)


「あまり面白い番組ではないですね」

「だな」

「報道番組に変えましょうか」

「ああ」


 イリスが報道番組へ切り替えると、「ブス姫結婚」の見出しと、ゴシックジャケットを着た男が映し出されていた。男は顎鬚を蓄え、背中から黒い羽を生やしている。話すたびに羽をパタパタと動かしている。


「あの羽の男は魔人か?」

「はい。魔王領に住む魔族と人との混血種ですね。多くの魔人は魔族の特徴を隠すのですが、エドガー様は隠すどころかアピールしていますね」


 山田はイリスからエドガーについての詳しい情報を聞き出す。名前はエドガー・ド・リュック。魔王領の一六貴族の一人に選ばれているらしい。資金力もかなりのもので、彼が経営する会社は両手の指では足らないそうだ。ちなみにだが、今映っている番組を放送している魔王放送局も彼の会社の一つである。


(金持ちでイケメンかよ。羨ま死ねば良いのに)


「だ、旦那様、番組を変えてもいいでしょうか」


 気づくとイリスの表情が曇っていた。理由はすぐに気づく。エドガーがイリスのことを番組内で馬鹿にしていたのだ。


 「あんなブスと結婚するくらいなら豚と結婚する」だの、「あんなブスと結婚したのだから、新しい国王もさぞかし酷い容貌に違いない」だのと口走る。


「私が馬鹿にされるのは構いません。ですが私のせいで旦那様まで馬鹿にされるのは耐えられません……」


 イリスは魔道具のスイッチを切る。何も知らない第三者に馬鹿にされるのがこんなにも苛立たしいのかと、山田は眉根を吊り上げる。彼は放送用魔道具を壊さなかった自分の理性を褒めてやりたいとさえ思えるほどに怒りを露わにしていた。


「忘れましょう。頭を悩ませるだけ無駄ですから」

「だな……」


 二人の間に静寂が訪れる。山田はどうにも沈黙が苦手だった。一人でいるときの沈黙は平気なのに、二人でいるときの沈黙はなぜこんなにも耐え難いのか。やはりボッチ最高なのか。そんな無益なことを考えていると、イリスが沈黙を破るように口を開く。


「旦那様に一つ聞いてもよろしいですか?」

「なんでも聞いてくれ」

「結婚式の時に、この国が亡ぶと話していましたが、あれはどういう意味なのですか?」

「そのままの意味だ。このまま行くと、十年後にこの国はない」

「それは魔王軍に侵略されるということですか?」


 イリスが亡国と聞いて思いついたのが、魔王領の侵略だった。過去十年間で、魔王領に滅ぼされた国は百を超えていた。魔王領の軍隊である魔王軍は強大な力を持っており、小国では到底太刀打ちできない。


「魔王軍に侵略される。可能性としてはあるかもしれない。だがそんなことが起こらなくとも、この国は亡ぶ」

「災害や流行り病ですか?」

「いいや。単純に金を稼げなくなる」


 エスティア王国の歳入の九割以上を魔法石の輸出に頼っている。魔法石は資源として優れており、一つあれば莫大な魔力を生むことができる。放送用魔道具などを動かしているのも、魔法石の力に依るものだった。


 不安要素は二つ。一つは代替エネルギーの台頭だ。もし魔法石を欲しがる国がなくなれば、この国は亡ぶ。もう一つの不安は貯蔵量だ。このままの勢いで採掘を続けると、十年以内に枯れ果てる。その話をイリスに聞かせると、彼女は不安そうな表情を浮かべた。


「この国が如何に窮地に立たされているのか理解できました……」

「いやまだ分かってないな。本当に問題なのは国民たちだ」


 エスティア王国では魔法石を採掘して得られた利益を国民に還元している。そのおかげで国民全員が働かなくても暮らしていける。


 国民からすると最高の待遇だが、国家を運営する上で、国民全員怠け者はよろしくない。なぜならハングリー精神がなければ新しい産業など生まれないからだ。


「では保証を止めますか?」

「産業が育ってないから就職先もないんだ。そんな状態で保障だけ打ち切ったらパニックになる」

「産業ですか……それなら賭博による観光資源がありますよ」


 エスティア王国は闘技場を含め、数多くの賭博場を運営している。これほど多くの賭博場を運営している国家はエスティア王国を置いて他にはない。


「賭博場か。あれは産業というより負債だな」

「負債ですか?」

「ああ。賭博場を運営する場合、賭博による収益を得られるが、治安の悪化による警備費用が必要になるし、国民がギャンブル依存症になるリスクもある。そしてそれ以上にエスティア王国特有の問題がある。賭博場を運営しているのが他国の商人なんだ」


 エスティア王国の賭博場は第三国の商人でも経営することができる。もちろん収益が出れば税金を得ることもできるが、一番大きな胴元の利益を国家ではなく、第三者の商人に奪われているのは看過できない状況だった。


「現状、エスティア王国の賭博場はマイナスの方が大きい。何か手を打たないと取り返しがつかなくなる」

「ならどうされるのですか?」

「ファンドを設立しようと思う」


 政府系ファンドや主権国家資産ファンドとも呼ばれる国が運営するファンド。それが山田の立ち上げようとしているファンドだ。


 政府系ファンドはアラブのような資源が豊富だが、外貨を獲得する手段に乏しい国で設立されることが多い。


 ちなみにだが日本でも設立が議論されたことがあるが、優秀なファンドマネージャーを雇うには億単位の金が必要になるが、公務員の給料が億を超えて国民に理解してもらえるのかなど、色々と障害があり、結局設立には至っていない。


「魔法石を売った金で他国の有力企業を買い漁る」


 この世界でも金さえあれば、経営権を奪うことができる。経営権さえあれば、本社をエスティア王国に移すことができ、雇用を生むこともできる。そしてその結果、法人税で国が潤う。


「資金源は国庫金だけですか?」

「国庫金がメインだが金はあればあるだけ良い。投資家からも資金を集める」


 投資家には二種類ある。年金機構のような法人出資者を指す特定投資家と、一個人が出資する一般投資家だ。山田が作るファンドではどちらからも金を集めるのだと捕捉する。


「旦那様、ファンドを設立するとして、どんな企業を購入するんですか?」

「それは既に決めてある」


 山田は口元に笑みを浮かべる。その目は何も映らなくなった放送用魔道具を見つめていた。


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