第5話 輝いている人
気がつけば、桜の花は散っていて緑の葉っぱが生い茂る様になっていた。
新しいクラスにも大分馴染んできて、放課後の教室では仲のいい友達同士でのおしゃべりが目立ってきた。
そんな中私は……
「うおおおおおおーっ!!」
グラウンドのトラックを爆走していた。
「すごい!歩夢ちゃん、また記録更新!」
「あ、ありがとう……」
あはは、と記録を取ってくれた子に笑いかける。
もう、ヤケクソだよ、ヤケクソ。
体育祭で紅白リレーの選手に選ばれた私は、放課後の時間を練習に費やしていた。
「おーっす、歩夢」
あせを拭っていると、後ろからポンッと肩を叩かれた。
「あ、圭汰!」
振り向くと、そこに立っていたのは、幼馴染の坪先圭汰(つぼさき けいた)だった。
小、中、高校と同じ学校で、家も近くて兄弟みたいな友達。
「相変わらず速えな。今年はお前と同じ赤組で良かったよ。敵チームだったら、手強くて仕方ねえよ」
……それは、褒め言葉、なのか?
「そりゃ、どうも」
とりあえず、お礼言っとこ。
「だけど、さっきのあれは無いわ。叫びながらグラウンド走るって、女子としてどうなんだよ」
「いいのよ、気合入るから」
そう言うと、圭汰は「やれやれ」と言った様に肩をすくめた。
「でも圭汰も大変だよね。リレーの練習終わった後に部活でしょ?」
「ああ、まあな」
バスケ部でレギュラー入りしている圭汰は、この後にハードな練習が待っている。
運動部って大変だなあ。
私なら、絶対無理。
「部活なら、お前もこの後あるだろ、歩夢」
「私は美術部だし、座ってられるもの。圭汰に比べれば、全然楽だよ」
そんな事を話していると、さっき記録を取ってくれた子に呼ばれた。
「歩夢ちゃーん、ちょっといい?」
「はーい!今行くねー!……じゃあ、またね圭汰」
「おう」
呼ばれた子の方に行くと、彼女はうっとりとした顔で圭汰の事を見ていた。
「いいなあ、歩夢ちゃん。あんなにかっこいい幼馴染がいて」
「え……うーん、そうかなあ」
確かに高校に入って突然、圭汰はモテ始めた。
まあ、顔は悪くないと思うし、ノリはいい方だから、分からなくもない。
だけど、私には他と変わらない普通の男子高校生にしか見えないんだよなあ。
「圭汰くん、学年でも人気じゃない。あたし、彼氏にするなら圭汰くんみたいな人がいいなあ」
「いいじゃん!圭汰、今彼女募集中だから、立候補しちゃいなよ!」
「え、ええー?!それは無理だよ!あたしじゃ隣に並べないよー!」
「あー、つかれたぁー……」
練習後、教室に荷物を取りに戻ると、そこにクラスメイトの姿は無かった。
流石にこの時間じゃ、みんな帰るよね。
私も早く部活行こーっと。
そう思って、机に向かうと……
「おつかれ」
「っ!」
と、戸張くん……!
彼は自分の席に座って、こちらを見上げていた。
「……なんで、まだいるの」
「別に、なんでもいいだろ」
うわ、他の人いないから、俺様スイッチ全開。
「お前、案外足速いんだな。変な声出してたけど」
見てたんかい。
「うるさいわね、いいでしょ別に」
「良くねーよ。お前はのちのち俺の彼女になるんだから、少しは女らしくしろよな」
「ああ、それなら心配ご無用」
私は机の上の鞄を持って、戸張くんに向かってニッコリと笑った。
「私、君の彼女には、絶対なりませんから」
そして、そのまま私は教室を出た。
「……ホント、落ちねー女だな」
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私達の通う高校は、5月のまだ涼しい時に体育祭をやる。
この時期は、まだ新しいクラスだから、団結力が弱い。
だから、この体育祭を機にほぼ全部のクラスが団結力を強める。
ゆえに、どのクラスも気合が凄くて……
「燃やせD組み魂ぃぃぃー!!」
「「うおおおおっー!!」」
「ガンガンに攻めて行こおー!!」
私のクラスも盛り上がってる。
もちろん、私だってノリノリ!
「元気ねー、歩夢」
「美彩ちゃん!もっと元気出して行こうよぉぉ!」
「そんな騒いでると、リレーの時のスタミナ無くなっちゃうわよ」
はあ、と隣でため息をつかれても気にしない。
クラスメイトの応援は、タオルをガンガンに振り回して声を張り上げる。
体育系のこのノリ、私大好きなんだよね!
盛り上がるなあー!
「いやー、大声出して応援するって気持ちいいねー」
「楽しそうで何よりですね」
「ね、美彩ちゃん、次って何の種目?」
「えーっと、次はねえ……」
すると、校庭中から黄色い悲鳴が上がった。
「「きゃーっ!」」
「っ?!な、何事?!」
驚いて校庭の中心を見てみると、女の子の人だかりができていた。
え、あの数、全校規模なんじゃないの?
「あー、歩夢、次の種目、男子の騎馬戦だわ」
「え?」
「で、あの人だかりの理由だけど、騎馬戦はウチのクラスからは戸張も出てるのよ」
「あー、なるほど……」
私の高校の騎馬戦は、男子は上半身裸でやるのが伝統になってる。
だから……
「あの女の子達は、戸張くんの上裸を堪能しに行ってるわけね……」
「大変ね、あんたの未来の彼氏。めちゃくちゃ人気じゃない」
「安心して、三次元の筋肉には興味ない。そして、彼が私の彼氏になることもない」
キャーキャー騒ぐ女の子達を、私と美彩ちゃんは遠巻きに見ていた。
中心にいる戸張くんは騎馬の上に乗って、次々と相手の鉢巻を取ってポイントを稼いでいた。
……私が、あの人の彼女になることはない。
二次元じゃないっていうのも、もちろん理由だけど……
―あんたがあの人の特別になるなんて、許せない!―
昔言われた言葉が、頭の中で再生される。
私は、キュッと体操服の裾を握った。
もう、あんな事になるのも、あんな思いをするのも、嫌なんだ。
だから……
私は、もう現実の世界で恋をしないって決めたんだ。
『さあ、次はプログラム№7番。借り物競争です!』
放送委員のアナウンスが流れて、選手がグラウンドに集合する。
「わー、借り物競争だって美彩ちゃん!去年もすごく盛り上がったよねー!」
「そうね、っていうかそれよりも、私お腹空いちゃって限界。お昼休みまだー?」
そう言って、美彩ちゃんはプログラムをペラペラ捲る。
「確か、圭汰もこれに出るんだよね」
「圭汰?……ああ、あんたの幼馴染ね」
「うん、そうそう」
2人で話していると、スタートの合図のピストルが鳴った。
途端に声援も大きくなる。
『一斉にスタートしました!さあ、カードには何が書かれているのでしょうか?』
おお、皆キョロキョロしてるねえ。
カードを取った選手達は、応援席に協力を呼びかけている。
お題に沿った人とゴールまで走る人や、校舎までカードに書かれた物を取りに行く人もいた。
「あ、いたいた、斉藤!」
応援席にいた、私と美彩ちゃんの元に圭汰が走ってきた。
「あー、えっと、坪先くん?」
「うん、そう!あのさ、斉藤ってバスケ部だよな?一緒に来てくんね?」
そう言って、圭汰はピラッとカードを見せた。
「え、私?」
「おう、頼むよ!」
「すごい!美彩ちゃん、行ってきてあげなよ!」
呼ばれてるのは美彩ちゃんなのに、なぜか私の方がテンションが上がってる。
「なんで、あんたの方が盛り上がってんのよ……でも、いいわ。行ってあげる」
「サンキュ!じゃ、早く行こうぜ!」
そう言うと、圭汰は美彩ちゃんの手を握って、走って行ってしまった。
「あー、なんかドキドキしたぁー……」
ふう、とため息をついて、椅子の背もたれにもたれかかる。
すると……
「ひーろーせーさんっ」
「?!」
バッと名前を呼ばれた方に顔を向けると、ニコニコと笑っている戸張くんが立っていた。
「俺と一緒に来てくれる?」
「え……」
キャーという黄色い声を背に、私は固まってしまった。
一緒に来てくれる?って……
一緒に走って欲しいって事だよね、カード持ってるし……
「お題の答えが君なんだ、頼むよ」
「い、嫌です」
固い表情のままそう返事をすると、戸張くんは私の耳元にスッと顔を寄せ……
「いいから来るんだよ」
「はっ?!」
そう、呟いた。
それから、問答無用で私の手首を掴んで走り出した。
「え、ちょ、待ってよ!」
私の声には耳も貸さず、戸張くんはどんどん走っていく。
そんな彼について行くので精一杯。
ホント、自分勝手……
ぐいぐい引っ張られ、私達は1位でゴールした。
「はあ……はあ……」
私が、ゴールで膝に手をついて肩で息をしていると、ハンドマイクを持った放送委員がやって来た。
「1位、おめでとうございます!カードのお題はなんですか?」
と言って、放送委員が戸張くんにマイクを向けると、彼はピッとカードを放送委員に見せて、マイクに向かってこう言った。
「“好きな人”です」
「え?」
「俺のお題は、好きな人です」
シンッ……と一瞬静まり返った後……
「「ええーー?!」」
全校生徒の悲鳴が上がった。
「や……や……」
やりやがったコイツー!!
よりによって、全校生徒の前で何やってんのこの人!!
そりゃ、いきなり爆弾投下したら、女の子の悲鳴も上がるわ!!
「え、えーっと……」
ホラ、放送委員も困ってんじゃん!
こういうのは、カップルがやるかギャグに走らなきゃだめでしょ!!
「戸張くん、その子の事好きなのー?!」
1人の女の子が叫びながら、そう聞くと、戸張くんはマイクを握って答えた。
「はい、そうです!」
そう言うと、彼はクルッと私の方に向いた。
「俺は、この子の事狙ってます!!」
オンマイクで、戸張くんの声が校庭に響く。
……ああ、どうやら私は思った以上にヤバイ人に狙われてしまったようです……
【戸張翔の爆弾発言!どうする?】
〔男らしくて胸がトキメク!〕
→〔今すぐこの場から逃げ出したい……〕
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