第4話 “逆”乙女ゲーム


戸張翔。

年齢17歳、身長175cm、血液型はAB型。

特徴、茶髪で男子にも女子にも人気がある。

なお、普段は紳士的な男子生徒であるが、その本質は口の悪い俺様キャラである。

そして、なぜか私に告白をし、1年で私を惚れさせてみせる、という謎の宣言をしてきた。

以上が、私が数日間かけて収集、整理した今回の攻略キャラクターの情報である。

「むずいな……」

「いや、なんで乙女ゲームみたいに言ってんのよ。っていうか、乙女ゲームって対象の男の子と恋に落ちるってゲームでしょ?あんた、戸張と恋に落ちたいわけ?きっぱり振った相手を、なんで攻略対象みたいに言うのよ」

「甘いよ、美彩ちゃん」

そう言って、私はテーブルの上で両手を組んだ。

「確かに、従来の乙女ゲームは、恋に落ちるのが目的。だけど、今回はその逆。対象のキャラクターと、あえて恋に落ちないようにするのが目的。乙女ゲームにおいて、最も重要な恋愛フラグを片っ端から折っていく、すなわち“逆”乙女ゲームなのよ」

放課後、学校帰りのカフェで、私はそう熱弁した。

「リアル乙女ゲームなんて燃えるじゃない。ヲタク女子としては、最高におもしろいゲームだわ」

フフフ……と笑うと、美彩ちゃんはやれやれと言う様に肩をすくめた。

「あんたが戸張をフッた言葉にも、少し驚いたけど、その後の戸張の行動の方がびっくりだわ」

そう言って、美彩ちゃんはカフェラテをひと口飲んだ。

戸張くんは1年で私を惚れさせるって言ってたけど、正直無理だと思うんだよね。

だって、私にその気は全く無いし。

彼は三次元の人だし。

「それにしても、戸張が本当は俺様キャラだったなんてね。ファンの子が知ったら、ギャップ萌えで悶えちゃうんじゃない?」

「そうかもね。まあ、興味無いけど」

そう言って、私はクリームソーダに口をつけた。

「とにかく、まあ、その逆乙女ゲーム、だっけ?攻略頑張ってくださいね」

「ありがとー!」

大丈夫、伊達に乙女ゲームやってないわ。

絶対に攻略してやるんだから!

幸いにも、期間は1年。

その間に、戸張くんを好きにならなければ、ゲームクリアでしょ?

「楽勝、楽勝!」


だけど、私はこの時気づいていなかった。

学校というのは、色々な行事、すなわちイベントがある場所。

その全てのイベントで、何も起こらないということは、無いという事に……



「えー、今日のホームルームは、再来週に行われる体育祭について話があります。まず、各種目の出場者が決まったので、その発表をします」

学級委員の美彩ちゃんが話してくれているけれど、私の頭には入って来ない。

どうやって逆乙女ゲームを攻略するかで、頭がいっぱいだったから。

こういう時は、とにかくイベントを起こさない事が大事よ、歩夢。

極力接点を持たず、静かに過ごすの。

大丈夫、今はまだ席が隣ってだけ。

席替えでも何でもすれば、関わりは無くなるわ!

そう思って、1人納得していると……

「随分、楽しそうだね」

「なっ……!」

戸張くんがニコッと笑いながら話しかけてきた。

うわー、教室だから紳士キャラ全開だよ。

本当は口悪俺様キャラのクセに……

「でも、そろそろちゃんと聞かないと、話に置いて行かれちゃうよ?」

「わ、分かってるわよ」

私はプイっとそっぽを向いて、頬杖をついた。

そして、ようやく美彩ちゃんの話を聞き始めた。

「じゃあ、以上で発表を終わります。あと、もう1つ。秋に行われる文化祭の実行委員を決めたいと

 思います。各クラス1名ずつなのですが、立候補や推薦等ありますか?」

文化祭ねえ。

今年は何やるんだろう。

「はい!戸張くんがいいと思います!」

1人の男子が手を上げて、そう言った。

すると、クラス中の視線が戸張くんに集まった。

「え、俺?」

「いいんじゃね?」

「うん、戸張くんならしっかりしてるし!」

わーお、絶賛じゃないですか。

これは決まりだな。

女子のほうは、ファンの子か、それこそしっかりしてる女子がやるでしょ。

よし、ゲームやろ。

そう思って、私は机の下で携帯ゲームの電源を入れた。

「それじゃあ、男子の方は戸張くんでいい?」

美彩ちゃんがクラスの皆にそう聞くと、全員が頷いた。

「じゃあ、次は女子だけど……」

「あ、それなんだけどさ、委員長」

急に戸張くんが立ち上がった。

それと同時に、私のゲーム機もやっと立ち上がった。

「女子の実行委員、俺が決めてもいい?」

「え……」

戸張くんの言葉に、美彩ちゃんが目をパチクリさせた。

「別に構わないけど……」

「本当?ありがとう!」

なんて話を聞きながら、私はゲーム機をカチャカチャいじる。

今日は何やろっかなー。

あ、この乙女ゲー、もう1回やり直そうかな。

「じゃあ……」

私がゲームに集中していると、トントンと肩を叩かれた。

「え?」

横を見上げてみると、戸張くんがニコッと笑っていた。

「広瀬歩夢さん、女子の実行委員、お願いできるかな」

「ふぁっ?!」

わ、私?!

びっくりしてゲーム機を落としそうになった。

「え、いや、でも……」

ああ、怖い、ファンの目が怖いよ!

絶対他にやりたい子いるって!!

「歩夢、どう?」

うわあああっ!美彩ちゃん、そこで私に振らないでよ!

「だ、だけど、私自信ないなー……もっとしっかりしてる人の方がいいと思うし……」

やばい、冷や汗かいてきた。

私はぎこちない笑顔を浮かべて、精一杯の反論をする。

ここは、なんとしても回避しないと。

だって、2人で実行委員なんてやったら……

恋愛イベントが発生しちゃうかもしれないじゃん!

(恋愛イベントとは、対象キャラクターとの親密度、または好感度を上げる為に発生するイベントのことである)

だめだめ!それだけは絶対に阻止しなきゃ!!

「そっか……俺は、広瀬さんとやりたかったんだけどなあ……」

いや、そんなしょんぼりした顔しても駄目!

くっそう、皆この顔にやられるのか!!

私はときめかないけどね!!

そんな事を思っていると、戸張くんはズイッと顔を近づけてきた。

「ねえ、広瀬さん。どうしても、だめ……?」

「え……」

すると、何故か教室の端からキャーッという声が聞こえた。

あ、うん、この距離は近いよね。

普通なら、イケメンに急接近!キャーッ、ドキドキ!が通常の反応だよね。

でも、私はならないの。

なぜなら、戸張くん、笑顔だけど、目が笑ってないんだもの!!

むしろ、恐怖すら感じるよ!

ちょっと脅迫の匂いがするよ!!

「えっと……」

「ね、お願い。俺もフォローするからさ」

「……わ、分かりました……」

結局、負けてしまった。

私は、がっくりと項垂れながら、了承した。

「ありがとう!よろしくね!」

爽やか笑顔の戸張くんは、そう言って席に着いた。

「それじゃあ、実行委員は2人にお願いします」

ああ、決まってしまった……

恋愛フラグが乱立する予感だよ、これは……

「以上で、今日のホームルームを終わります」

「あ、ちょっと待って斎藤さん」

美彩ちゃんが締めようとした所で、担任の武藤先生、通称むとーちゃんが口を挟んだ。

「せっかくだから、2人に挨拶してもらおうよ。意気込み、とかさ」

「なっ……」

ちょっとおおおおおお!!

むとーちゃん、何言ってんの?!

「分かりました。それじゃあ、2人、前に出てください」

美彩ちゃんは、涼しい顔で淡々と話を進める。

いや、うん、それが仕事だもんね……

先に立ち上がった戸張くんを見て、私も重たい腰を上げた。

「それじゃあ、戸張くんから」

「はい!」

美彩ちゃんが戸張くんを指名すると、彼は真っ直ぐ前を向いた。

「皆、大変なことも一杯あると思いますが、全員で協力して、最高の文化祭にしましょう!」

戸張くんがそう言うと、皆が拍手を送った。

女の子なんか、この姿見てうっとりしてるし……

ああ、輝いてる。

なんかキラキラしてるよ、この人。

「じゃあ、次、広瀬さん」

美彩ちゃんが指名すると、全員の目がこちらに向いた。

「う……」

ああ……私、人前に出るの苦手なんだけどなあ……

緊張して、しばらく何も言えないでいると、戸張くんが私の顔を覗き込んできた。

「広瀬さん、どうしたの?」

「……が」

「が?」

「が、頑張り、ます……」

やっと搾り出した声は、語尾に近付くにつれて、小さくなっていった。

無理!これが精一杯!!

私は戸張くんみたいに良いことなんて言えないって!!

「俺達、迷惑かけると思いますが、どうかよろしくお願いします!」

戸張くんが綺麗にまとめてくれて、クラスの皆からもう1度拍手をもらった。

隣でずっと笑顔の戸張くんとは反対に、私はずっと頬を引きつらせていた。






【文化祭実行委員、頑張れそう?】


  〔頑張れる!〕

  →〔頑張れない……〕



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