第3話 運命の訪れは、フツーに玄関から
目覚めたのは、玄関のチャイムが鳴ったからだった。
(ちっ。なんだよ、こんな時間に……)
そう思って、思わず苦笑した。
朝の10時だ。世間一般では、人を訪ねるのに非常識な時間帯、というわけではない。
普段なら、居留守を使ってそのまま寝てしまっただろう。訪ねてくるのは、どうせ新聞の勧誘ぐらいだから。
そもそも一度眠りについたら、途中で目が覚めることなど滅多に無いのだ。
しかし、今日は思わず起きてしまった。
まず、チャイムが1回。
数秒の後に、もう一度。
そして、ノックと共に若い女性の声がしたからだ。
「ごめんください。大原さん、いらっしゃいませんか?」
……表札は出していなかった。なのに、こちらの名前を知っている。
当然、警戒心が働いた。
が、チャイムの鳴らし方やノックの仕方が心なしか上品なカンジだったし、声に無駄な力みが無く澄んでおり、知的な響きがあった。
コールセンターのチーフオペレーターという仕事柄、声の聞き分けには若干の自信があるのだ。
隆太は少し迷ったものの、ベッドから起き上がりとりあえず返事をする。
「ふぁい……」
思ったより寝ぼけ声になってしまった。
目を擦り、くせ毛の髪を整えながら鍵を開ける。当然、チェーンはかけたままだ。
ドアを開けた瞬間、しまった、と思った。
目の前に立っていたのは、派手さは無いものの聡明そうな、なかなかの美人だったからだ。
(くそぅ、こんなヨレヨレのTシャツ……着替えてから出るんだった……)
慌てて髪を直そうとしたが、ナルシストだと思われるかもしれないと思い直し、再び目を擦った。目ヤニなど付いていたら、即アウトだ。
「あ……スミマセン。おやすみ中でした?」
申し訳なさそうに、美人が言う。
「ええ……夜勤明けで……」
ここは、仕事をしていることをきちんとアピールしておかねば。
朝からゴロゴロしている輩、などと思われたら、これまた即アウトだ。
(心の片隅には「アウト、ってなんだよ……」という声もあったが。)
自他ともに認める、いわゆる草食系男子でも、やはり美人には好印象を与えたいものなのだ。
「でも、構いませんよ。どうせ、もう起きる時間だったし。」
精一杯爽やか感を醸し出しながら言った(つもりだ)が、もちろんそれは嘘だ。目覚ましのタイマーは、3時間後にセットしてあった。
「で、なんでしょう?」
なんでしたら、もう一度出直しますが……イヤイヤ、本当に大丈夫ですから……
などと、礼儀正しいやりとりがおこなわれた後で、彼女は切り出した。
「突然お邪魔して申し訳ありません。わたくし、水沢と申します。
こちらのご家族に頼まれまして、通訳のようなことをしております」
そう言って一歩脇によけ、「グエンさんです」と右腕を開いた。
彼女の後ろには、3人の家族連れが立っていた……
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