奇襲、そして……さようなら Ⅱ

「対抗戦確率15%以下……」アンジェは呟いた。

 「そ、それは……私が死ぬと言う確率でもある訳、よね」

 はい、その通りです。


 ウーラは淡々と答える。

 「そっかぁ。『悲劇の女神』とはよく言ったものね。私は生まれてすぐに孤児院の前に捨てられた。そしてあのサーカス小屋に売られた……。もし、彼と……裕也と出会っていなければ、今頃私は死んでいたかもしれない。仮に生きていたにせよ、その人生は地獄にいるよりもひどかったに違いない」


 ……これが私の人生。そして、これが私に課せられた運命。


 「ウーラ、システムバトルモードキープ、ローアウトにトランス。メインハッチオープン」

 了解しました。


 ミクトランシワトルの両腕、両脚は縮小しそれら4本が主軸となり腹ばいになったボディーを支えた。そしてシートと共にメインハッチが開かれた。

 それを見た霧崎がバトルシートにまたがるアンジェの元に駆け寄ろうとした。


 「来ないで」


 アンジェは叫び、霧崎の体を止めた。


 「アンジェ……」

 霧崎が呼びかける。


 バトルシートにまたがりグリップを強く握りしめ、その長い髪を流す様に俯きながら


 「裕也……この機体動くわよ。大丈夫、だって貴方が設計したんだもの私信じてる。信じてる……だから心配しないで、貴方は、裕也はアメリカに帰って必ずこの機体を完成させないと……そう、必ず……」


 霧崎はアンジェのその言葉をただ、ただ聞いていた。慰霊塔の厳かな静寂の空間に包まれながら……


 そして一言

 「ああ、一緒に帰って完成させよう……アンジェ」

 「うん」


 アンジェはゆっくりと顔を上げ、ありったけの笑顔で微笑んだ。その長い髪であふれ出す涙を隠しながら……


 「アンジェ・フィアロン、受け取ってください」

 ウォルターはマッチ箱よりも小さな箱をアンジェへ投げ渡した。


 アンジェはその小箱をキャッチし目にする。小さな宝石が散りばめられた綺麗な小箱「これは」

 「日本で言う、いいえ、あなた方の世界で言う私の大切なお守りです」


 そっとその小箱の蓋を開けると、静にそのオルゴールは音色を奏でた。静かにそして透き通るようなそのオルゴールの曲、その音色はアンジェが、いや今世界中の人々が耳にしている歌だった。


 「サクラ・クラツカ」


 「ええ、その通り。彼女はこの人類に帰化し、受け継がれた私達の女王、そして私の最愛なる妻の末裔の姿」

 「帰化した?末裔?」アンジェが呟く。

 「そう、私はこのすべての時空をつかさどる最高位の人類そしてあなた方がアイパルーヴィクと呼ぶ種族です」


 彼の体は一瞬にしてあの老けた小太りのウォルターの躰から、硬く厚い灰色の外皮、それはまるで刺のある鉛の鎧をまとった姿に変化した。


 「これが私達の本当の姿です。そして私の名は『ラ・イルヴェィズ』この時空世界を適正化するために存在します。今襲来しているのは私たちと同じ人類。だが、今は我々の敵となる存在。同じ人類同士が戦わなければならない。実に悲しい事です」


 「それは我々の人類も同じだ」霧崎も彼の言葉に追従(ついじゅう)する。


 「そっかぁ……うん、良かったすべてが悪いわけじゃないんだ。それにこの曲私が一番好きな歌なの。ありがとうアイパルーヴィクさん」 


 「ご武運をアンジェ・フィアロン」

 ラ・イルヴェィズ はその外見からは想像出来ないほど紳士で且つ高貴な振る舞いの一礼をアンジェに向けた。


 ウーラが告げる

 まもなくアイパルーヴィクがデッドエリアに侵入します。


 「うん、わかった……」


 アンジェはそっと霧崎の姿を見つめた。

 「…………裕也……」

 グリップを握る手に再び力がこめられる。


 そして……今、彼に捧げられる最高の微笑みを。

 ウーラ、バトルモードリ・ロード。

 トランスフォーメーション。

 「……裕也、ありがとう……」

 ミクトランシワトルのセンターハッチが閉ざされた。


 フルスクリーンに映し出された霧崎の姿を眼下に望みながら

 アンジェは言う

 「愛しています裕也……そして、さようなら」

 


 慰霊塔の上部ゲートが開かれる。薄暗かったホールに輝く陽の光が広がった。

 その光の遥か彼方に広がる青い空。アンジェはその吸い込まれそうな青い空を見上げ

 ミクトランシワトル・アルファ、テイクオフ。

 機体は一瞬にして霧崎たちの視界から消えうせた。



 この地の空から望めるもの、それは何処までも続く青い空に赤くさび付いた広大な砂漠の砂。


 ただそれだけだ。


 今、そのはざまに浮かぶ軍勢の姿を除けばそれ以外何もない。


 ウーラがアンジェに告げる。


 現在補足出来るアイパルーヴィクの総数はインセクト(虫)を含みおよそ3千個体。有効バトルエリアまであと30秒です。現在あなたに17年前のバトルアクションデータをインストールしています。


このデータは「ユリカ」が行ったアイパルーヴィクへの攻撃パターンを現在のデータを元にアッセンブリがかけられています。この機体において使用できる対戦術及び武器装備については貴方の思念に常に反応します。


 それと……現在あなたが着用しているバトルスーツは旧式の様ですね。現在のバトルスーツへの変換を行います。アンジェ、お好みの色はございますか?


 「好みの色?ふっ、何だろうこんな時に自分の死衣装の好みも選べるんだ。赤よ。真っ赤な血の色」


 了解いたしました。多少痛みを伴いますが我慢してください。


 「解ったわ、ウーラ」

 次の瞬間アンジェの体全体に途轍もない激しい痛みが走った。

 「アグッ……」

 声を張り上げ叫ぶことも出来ないほどの痛み。体全体が熱く焼けただれるような感覚。


 「はぁ、はぁ、ウーラあなたって意外とサディスティックなのね。かなり効いたわよ」

 ウーラはそれに応えなかった。


 「まったく。それじゃさぁ、ユリカっていう人の事教えてくれない。何度もその名前訊くとものすごく気になるんだけど」


 「ユリカ」は日本の研究所にて研究されていたゲノムを持たない新しい人類のプロトタイプです。現在研究は最終段階に入っています。

 

 最終バトルポイントを通過いたしました。

 「取り敢えずはAll prediction sniper・オールプレディクションスナイパー(予測狙撃)」

 **acceptanceアクセプタンス (受諾)。 ロックオンコンプリート

 無数にマーキングされたアイパルーヴィクめがけ攻撃が始まった。


  ミクトランシワトルの機体は中を舞う。まるで空気と空気の裂け目を縫うかのように瞬時に移動を繰り返し確実に前衛のインセクトを打ち落とす。

 

 「最終段階と言うと、今は、この時代ではまだ出来ていないと言う事なの」

 そう言う事になります。


 「それじゃ、あなたの時代には何人の……その「ユリカ」が存在していたの」

 「ユリカ」はこの時間軸上及びこの時空空間では固有した存在ではありません。固有種として言うのなら一人と言うべきでしょう。


 「ふぅん。一人かぁ。まぁ17年前の世界に行く事ができるって言う事はリープ可能と言う事なのね」

 そうですね。


 右翼3時の方向から高エネルギー反応。

 「あらよっと」

 アンジェはまるで自分の体を操るかのように機体をコントロールする。


 「なんか避けるのもめんどくさいわね。 アプリケーション・レールガン(超電磁砲)セットアップ」

 瞬時に両腕がレールガンへと変形する。

 ハイアップエレクトロ・マグネティク、コンプリート。


 「真ん中に風穴開けてやるわ」

 

 いけーーー


 機体を覆いつくすほどの旋光が2本、真正面にそびええるアイパルーヴィクの軍勢に放たれた。

 

 「ねぇウーラ、「ユリカ」って可愛いの」


 それは個人の感じ方によって異なるでしょう。ユデータ上のユカプロジェクトの外装メインスタッフは、パーソナルリサーチャー「Dolly・Rivera ドリー・リベラ」・ボディーデザイナー「Guido ・Frescobaldiグイド・ フレスコバルディ」・フェィスデザイン「七季雫」の3名です。


 「ユリカの画像は無いの」

 17年目に私がリープした時の映像があります。


 「見せて」

 フルスクリーンの一部に映像が映し出される。


 「ふん、意外と可愛いじゃないの。あの小さい女の子は?」


 彼女は当時、ここのオーストラリアの研究所の所長「 バスク・リベラ」の一人娘そしてのちのユリカプロジェクトのパーソナルリサーチャー「ドリー・リベラ」です。


 「もしかして、ユリカってそのドリーを助けるためにリープして来たの」

 そうです。彼女ドリー・リベラの存在が閉ざされれば「ユリカ」の存在はなかったでしょう。


 「そんなにユリカって特別な存在なの」

 ええ、この時間軸を存続させるためには重要な存在です。

 「つまり『女神様』って言う事なんだぁ」



  そして私は

 『悲劇の女神』って言うこと……なん……だよね



 数が多すぎた。


 そんなことは、はじめっから解っていた。

 ミクトランシワトルは無数のアイパルーヴィクの軍勢に取り囲まれた。

 すべての逃げ道は閉ざされてしまった。


 敵の攻撃をかわす事させもう限界だった。

 左足を撃ち抜かれ、右腕を撃ち抜かれ


 それでもアンジェは攻撃をかわす。その時コックピットのなかであのオルゴールの音色が鳴り始めた。

 「サクラ・クラツカ……」


 激しい衝撃がコックピット内のアンジェに襲い掛かる。

 センターパネルの一角がかけ始める。


 ウーラが告げる

 バトルインジケーション40%低下。敵対抗可能時間あと10分が限界です。



 オルゴールの音色を聴きながらアンジェは呟く




 「あと10分の命か……ごめんねウーラ。

  …………ごめんね裕也……一緒に……帰れなくなっちゃった……」

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