File-3 鍵

 夏祭りの数日後、フィラは午後の酒場でソニアとカウンターを挟んで向かい合って座り、彼女の尋問を受けていた。

「ねえ、本当に本当に、偶然?」

「そう。偶然」

 眉根を寄せてカウンター席から身を乗り出すソニアに向かって、フィラは真摯な表情で頷く。

 夏祭りの日、昼食の後でジュリアンやランティスと共に現れたフィラに、ソニアはその場では何も尋ねなかった。本格的な尋問は二人きりで話す機会が訪れた今日、ついさっき始まったばかりだ。

「偶然、行き先が一緒だっただけ」

 ソニアがまったく納得していないことを察知して、フィラは内心ため息をついた。

「ランティスさんが音楽が好きで、私がピアノを弾くこと知ってて、弾いてくれって頼まれたの。それでここでピアノを弾いて、その後行き先が一緒だったから一緒に行った。それだけだよ」

 だらだらと言葉を続ければ続けるだけ言い訳じみて聞こえる気がする。

「ピアノかあ……」

 ソニアはしみじみと呟き、酒場の奥に置かれたピアノへ目をやった。

「何か言われた?」

「もっとちゃんと練習した方が良いんじゃないかって」

 紅茶のカップを両手で包み込みながら、フィラは小さくため息をつく。

「ああ、本格的にやった方が良いって言うのはわかるかも。上手だもんね、フィラ」

「……ありがと」

 褒めてもらえたことより追及が止んだことにほっとして、フィラは肩の力を抜いた。

「ね、フィラ。レックスにもちゃんと説明してあげた方が良いよ」

「え?」

 顔をのぞき込みながらの一言に、フィラは首を傾げる。射的大会に参加するレックスを応援しに行ったとき、確かにレックスはジュリアンとランティスが同行していることに驚いてはいたけれど、『成り行き』の一言で納得した様子に見えた。

「やっぱ気になってると思うのよ。あのときは緊張してたから特に追及しなかったみたいだけど」

「……緊張」

 してたんだ。

 いつも通りのんびりとした微笑を浮かべていたレックスを思い出して、フィラは思わず宙を見上げた。幼馴染みのソニアと違って、まだ二年しか付き合いのないフィラには、レックスの本心は少しわかりにくい所がある。

「してたしてた。結構してた。あいつ緊張すると話し始める前に自分の耳引っ張る癖があるのよ」

 にやにや笑うソニアは、幼馴染みだけあってレックスのことをよくわかっている。

「でも、成績は結構良かったよね?」

 いつも通り冷静に弓を引いていたレックスからは、緊張らしきものは全然感じられなかった。成績だっていつも通り、もちろんトップ争いをしているベテランの猟師たちには負けるけれど、若手の中では一、二位を争う位置にいたはずだ。

「そうね、負けん気強いから。緊張しててもあまり力まないタイプらしいし」

「ふうん。そうなんだ……」

 話の接ぎ穂を探している間に入り口の扉にかけられた鈴が柔らかい音で鳴り、フィラは客を迎えるためにカップを置いて立ち上がった。

「いらっしゃいませ」

 軽く頭を下げてから顔を上げたフィラは、入ってきた人物を認識して動きを止める。

「あ、だ……領主様?」

 思わず漏れ出た呟きに、入り口に背中を向けていたソニアも振り返った。

「所用があって近くまで来たので……保護者の方は?」

 礼儀正しく問いかけてくるジュリアンには違和感しか感じないけれど、ソニアもいるところで追求するわけにはいかない。

「エルマーさんは今食材の買いつけに出ています。エディスさんが代わりに厨房に入っていますので、お話でしたらエディスさんに」

「ありがとう」

 ジュリアンは穏やかで礼儀正しく、かつ他人行儀な微笑を浮かべながら酒場の奥へ入ってくる。

「あなたは確か、花屋の……」

 ジュリアンはカウンター席のソニアの前で立ち止まって、優しげな調子で話しかけた。

「ええ、ソニア・ヴィラールです。覚えていて下さったなんて光栄ですわ」

 待っていましたとばかりに、ソニアが目を輝かせる。

「夏祭りには素晴らしい花をありがとうございました。城に持ち帰った後も、色と香りを楽しんでいたんですよ」

 ――なんだろう、この口調と雰囲気の違いは。

 カウンターの中でジュリアンのために濃いめのコーヒーを淹れながら、フィラは顔を伏せてむずがゆさをこらえた。ジュリアンがまるで別人のようで落ち着かない。

「皆さんに配っていたのとは別の花だったのでは? 今さらですが、もらってしまって良かったのでしょうか」

「もちろんです! あれくらいのことはさせて下さいな。私たち、領主様にお礼をしたかったんですもの」

「お礼、ですか?」

 初めて会ったときの高圧的な調子とも、夏祭りの時の不機嫌そうな様子とも違う。これがソニアが以前言っていた『優しいし、紳士的だし、親しみやすくて暖かい感じ』というやつだろうか。高圧的な態度を見てしまった後では、どうしてもうさんくささしか感じられないのだけれど。

「ええ。夏祭りで黄色い花を使うこと、お許し下さったでしょう? この町の花屋は皆感謝しているんですよ」

「感謝されるほどのことでは……花を愛でるのに、黄色い花を除外する必然性はありませんから。当然のことをしたまでです」

 苦笑混じりのジュリアンの声が聞こえる。今年の夏祭りでは前領主が『黄色が嫌いだから』という理由で制定した『街に黄色い花を飾ってはいけない』という条例が廃止されて、黄色い花も使用できるようになった。確かにそのおかげで、中央広場での花壇コンテストは前年よりも随分華やかなものになっていたのだ。

 感謝したいというソニアの言葉にも、それに対するジュリアンの返答にも、別に不自然なところはない。態度がちょっと違うだけだ。

 フィラは無理矢理自分を納得させながらミルクを火にかけ、厨房へ入ってエディスに声をかけた。

「エディスさん、領主様がお見えになってます。何かお話があるそうで」

「領主様が? すぐ行くから、適当な席にご案内しといてくれるかい?」

 下ごしらえをしていたエディスが振り向いて答える。

「はい、わかりました」

 店内に戻ると、ジュリアンとソニアはまだ話を続けていた。

「理不尽な条例については、発見し次第撤回していくつもりです」

「嬉しいです、領主様。領主様がいて下さるなら、ユリンはきっと良い町になりますね」

「そうしたいと思っています」

 フィラは違和感を払いのけるように首を横に振り、口を開く。

「あの、領主様」

 フィラが控えめな声で呼びかけると、ジュリアンは顔を上げ、問いかけるようにフィラを見た。目が合った一瞬、作り物じみた微笑がふっと消えて、フィラはなぜだか逆に安堵を感じてしまう。

「エディスさん、すぐに来るそうですので、お好きな席でお待ち下さい」

「ありがとう」

 ジュリアンはまた優しげな笑顔を浮かべ、カウンター近くのテーブル席の椅子を引いた。フィラはどうにか接客用の笑顔を浮かべてから、再びカウンターに入って温めたミルクを火から下ろし、表面の膜を取り除く。コーヒーポットと片手鍋を両手に持って同時にカップに注ぎ、ソーサーに乗せてジュリアンの席まで運ぶと、ソニアに背を向けていたせいか、ジュリアンは夏祭りの日に見たのと同じような無表情で目礼だけを返してきた。

「じゃあフィラ、私、そろそろ戻るね」

「あ、うん。それじゃあまた、夕食時に」

 遅い昼休みに出ていただけだったソニアは名残惜しそうに立ち上がり、酒場から出て行く彼女と入れ替わりにティナが入ってくる。ティナは店の奥にジュリアンの姿を発見して一瞬顔をしかめたが、すぐに猫の真似を続行して屋根裏へ上がっていった。

「お待たせしてすみません、領主様」

 ティナを見送っていたフィラの耳に、エディスの柔らかい声音が飛び込んでくる。

「いいえ、私の方が急に押しかけたのですから。私の方こそ、お時間を取らせてしまって申し訳なく思っています」

「いえいえ、この時間はいつも暇なんですよ。今は主人が留守にしていたもので、たまたま夕食の仕込みをしていただけですから」

 エディスはジュリアンの前の席に腰掛けながら、片手を振って笑った。

「フィラ、こっちはいいから、厨房でお鍋を見ていてくれるかい?」

「はい」

 振り向いて言ったエディスに頷き、フィラは厨房へ入る。

 エディスとジュリアンは、それからしばらくの間話し込んでいた。


「フィラ」

 厨房でシチューを煮込んでいたフィラは、エディスの声に顔を上げ、入り口へ振り向く。

「領主様があんたのピアノを聞いて、ぜひ援助したいって言ってくれたんだよ」

「援助……?」

 夏祭りの時言っていたことを、まさかこんなにすぐに実行に移すとは思っていなかったので、フィラは思わず呆然とエディスの言葉を繰り返してしまった。

「才能ある若者を助けることも領主としての役割なんだと。それで、酒場じゃなかなか練習できないだろうからって城にあるピアノを練習用に提供したいとさ。さすがにピアノの先生を呼ぶのは無理そうだけど、あんたは一応独学でもやっていけるんだろう? あたしは悪い話じゃないと思うんだけどね。どうする?」

 フィラは思わず視線を落とし、考え込む。

「どうするって……でも、私にはここのお手伝いもありますし……」

「そのことなんだけどね」

 入り口で立ち止まっていたエディスはフィラに歩み寄り、そっと両肩に手を載せた。

「あたしには音楽の才能云々はわからないけど、もしもあんたがピアノをちゃんと練習したいんなら、それを貫いて欲しいと思うんだよ。エルマーもきっと同じ意見だろうね。だからあんたの意見を聞かせて欲しい。きちんと時間を取って、本格的に練習したいかい?」

 エディスの瞳を見返しながら、どう答えようかと迷うフィラに、エディスはさらに言いつのる。

「酒場の手伝いのことは考えなくて良い。あんたはまだ若いんだし、自分が何をやりたいかってのが一番大事だよ」

 エディスはフィラの肩から手を離し、ふっと微笑して頷いた。

「まあ、まずは領主様と一緒にお城に行って、練習に使わせてくれるっていうピアノを見てきたらどうだい? 領主様も返事は急がないって言ってたし、帰ってきてからエルマーの意見も聞いて、ゆっくり決めれば良いさ」


 そんなエディスの言葉に押されて、フィラはまた領主の城へ来てしまった。前領主の支配の下ではユリンの町民は誰一人足を踏み入れられなかった城に足を踏み入れるのは、これでもう三度目だ。ついこの間まで、自分とはまったく縁のない場所として、ただ街中で方向を見定めるためにだけ見上げてきたゴシック様式の壮麗な尖塔。その下の礼拝堂に、フィラは今案内されたところだった。

「この奥だ」

 ジュリアンはそう言って、精緻な彫刻で飾られた両開きの扉を開いた。中庭に面した薄暗い回廊に、礼拝堂からあふれ出た淡い光が差し込む。

 礼拝堂は広かった。以前は城の者だけでなく、近隣のリラ信仰者にも開かれていたのかもしれない。うっすらと埃を被った信者席は、優に二百人は収容できそうな数だった。薄闇に沈む高い天井に向かって幾本もの花崗岩の柱がそびえ立ち、色のない彫刻の群れを支えている。側廊に配された先の尖った細長い窓にはステンドグラスがはめ込まれ、色とりどりの光を幾筋も堂内に落としていた。

 祭壇の後方にはパイプオルガンがそびえ立ち、その向こうのバラ窓が投げかける光に巨大なシルエットを浮かび上がらせている。前領主のことを考えるとあまりきちんとした手入れはされていそうにないが、礼拝堂の規模と比べても随分立派なパイプオルガンだった。

 祭壇の右手には聖歌台。それと対になる左手の壇上には、一台のグランドピアノが置かれていた。

「あのピアノですか?」

 フィラの問いかけにジュリアンは無言で頷き、先に立って礼拝堂の奥へと歩き出す。ジュリアンの後を追いながら、フィラは行く手にあるピアノを観察した。

 随分と大きなピアノだ。記憶をなくす前に毎日弾いていたピアノよりもずっと大きい、気がする。おそらくフルコンサートグランドだろう。

「団長、あのピアノって」

 前を歩くジュリアンに、フィラは控えめな声で呼びかけた。石造りの礼拝堂の中はしんと静まりかえっていて、フィラが履いている布靴の足音さえよく響く。大きな声を出すのはためらわれた。

「前の領主様の頃からここにあったんですか?」

「いや。俺が来てから運び込んだ」

 ジュリアンは振り向きもせず、あっさりと答える。

「運び込んだときにメンテナンスしたばかりだから、調子は良いはずだ」

 ジュリアンはピアノの前で立ち止まり、ポケットから鍵束を取り出してピアノの天板を開いた。

「わざわざ運び込んだってことは、どなたかピアノを弾く方がいらっしゃるんですか?」

「そういうわけじゃない。このピアノは俺の私物で、他に置き場所がなかったから置かせてもらっているだけだ」

「私物って……フルコンサートグランドがですか……」

 感心するというよりは呆れかえった心持ちで、フィラは三メートル近い長大なピアノの全身を眺め渡す。夏祭りの日の様子からして、ジュリアンがピアノに興味を持っているとは考えにくい。それなのにこんなやたらと豪華なピアノを所有しているというのは、一体どういうことなのか。貴族の道楽だろうか。

「楽器の製作会社から寄贈されたんだ」

 呆れかえったフィラの視線に気付いたのか、ジュリアンはぶっきらぼうな調子で説明を始める。

「俺はピアノは弾かないし、中央省庁区の住居にも置くスペースがないし、寄贈されたものをまたどこかに寄贈するわけにもいかないしで処置に困っていた。それでこちらに異動が決まった後、実家に預けておいたのを引き取って移したんだ」

「どうしてピアノ、弾かない人に寄贈したりしたんでしょうね?」

 ピアノに歩み寄って筐体を覗き込むと、フレームに六桁の製造番号が刻まれているのが見えた。型番だろう『FC-277』の飾り文字に並んだ数字は『000001』だ。

「しかも製造番号一番って」

「俺が貰ったわけじゃない」

 ジュリアンの口調にどことなく苦しげなものを感じて、フィラは顔を上げた。合いそうになった視線はジュリアンの方から外されて、フィラは小首を傾げる。ジュリアンが何をためらっているのかわからない。

「……寄贈されたのは、妹だ」

 相手が彼でなければ泣き出しそうだと思ってしまうような表情でジュリアンは言う。見てはならないものを見てしまった気がして、フィラはピアノの鍵盤の蓋に視線を落とした。ジュリアンにとって、妹のことは触れられたくない話題だったはずだ。この間、妹がいるのかと尋ねたときの反応を考えれば。

「どうせ誰も弾かないんだ。だから、お前が使え。その方がピアノのためにも良いだろう」

 ――その、意味するところは何なのか。

 フィラはいつの間にか呑み込んでしまっていた息をゆっくりと吐く。

「……考えて、おきます。エルマーさんとも、相談、したいので」

 やたらぎくしゃくした口調になってしまって、フィラは内心落ち込んだ。

 もっとさらっと流さなければならないような場面なのに、どうしてこう、上手くやれないんだろう。

「そうか」

 しかしジュリアンの返答には不自然さを気にした様子は微塵もなく、もうすでにいつもの調子を取り戻したようだった。

「一応使うことになったときのために説明しておくが、楽譜はあそこの棚に難しげなものが並んでいるから、好きに使うと良い」

 フィラは慌ててジュリアンが指し示した方を見る。パイプオルガンの演奏台の脇に、柱の陰に隠れるように書棚が設置されていた。

「あの棚の鍵はこれだ」

 ジュリアンは続いてさっきピアノの天板を開く時に使っていた鍵束を持ち、その中の一つを示した。

「こちらがピアノの鍵でこっちは裏門の鍵、これが礼拝堂の鍵」

 早口で次々と示される鍵と対応する場所を、フィラはだいたいの大きさだけでどうにか記憶する。エリート揃いの聖騎士団ではこのスピードでの説明が普通なんだろうかと思うとちょっと目眩がしそうだ。フィラには到底やっていけそうにない。

「出入りは自由だ。お前の保護者が外出を許可するなら、何時に弾こうとかまわない。居住区までは音は届かないからな」

「は、はい」

 目眩を感じる内にも説明は続き、フィラは慌てて返事をする。ジュリアンは譜面台の脇に鍵束を置き、続いて聖歌台の後ろの扉を指差した。

「トイレはその扉を出てすぐ左だ。他の部屋は聖具室だが、入るなよ。警報が鳴ると面倒だ。何か問題が起こったらそこの」

 と、ジュリアンは扉のすぐ右脇にある真鍮のボタンを指して続ける。

「インターホンを押してくれ。警備室に繋がる」

「ええと、問題って言うとピアノの弦が切れたとか不審者が出た、とかですか?」

 ようやく口を挟むタイミングが巡ってきて、フィラは半ば思考をとりまとめるための時間稼ぎで質問した。

「そうだ。それから、この部屋を使うに当たって、特に聖騎士団の誰かに断りを入れる必要はない。好きなときに来て、好きなときに帰れ。ただし一人で来ること。お前の友人たちにまで城への立ち入り許可は出せない。ティナは連れてきても構わないが、余計なところには出入りしないようにしてくれ。他に質問は?」

「え……と、特には」

 頭の中で(凹凸の少ないのがピアノので小さいのが本棚ので一番大きいのが裏門で)と必死になって反芻していたフィラには、質問まで考えているような余裕はない。

「では、説明は以上だ」

 ジュリアンは頷きながら、鍵盤を覆っていた蓋を持ち上げる。

「少し弾いていくと良い。帰るときは扉の鍵を閉めていってくれ」

「あの、ありがとうございました。まだ、使わせていただくかどうかわかりませんけど」

 深々と頭を下げてから顔を上げると、ジュリアンは微苦笑を浮かべながら口を開いた。

「礼は別に良い。口止め料だって言っただろ。鍵の貸出期間は無期限だ。いらなくなったら返してくれ。明日でも俺がここを去るときでも、いつでも好きなときに」


 その夜、フィラはエディスとエルマーと三人で話し合い、酒場が忙しくない時間はピアノの練習をしに礼拝堂へ通うことを決めた。早起きが得意だから早朝と、酒場が空いている昼過ぎから夕方近くにかけてを主な練習時間にしようという結論を抱えて、フィラは屋根裏部屋へ戻る。

「昼間あいつが来てただろ」

 先に屋根裏に上がっていたティナが、寝藁の上から問いかけてきた。

「あいつって、団長のこと?」

 寝間着に着替えながらフィラも聞き返す。

「うん。何の用だったの?」

「練習用に、お城の礼拝堂にあるピアノを使わせてくれるって。酒場のピアノじゃ練習は無理でしょ? お店が開いてるときはお客さんがいるし、お店が閉まってる時間には近所迷惑になるし」

「その申し出、受けるの?」

 フィラは寝間着を頭から被り、前のボタンを留めながら頷いた。

「うん……エルマーさんたちも賛成してくれてるから」

「……そう」

 ティナは瞳を伏せ、寝藁の上で丸くなる。

「ティナは? 反対?」

 のど元のボタンを留めながら、フィラはティナを見下ろして首を傾げた。ティナは首だけを持ち上げてフィラを見つめる。

「反対はしない。僕も君にはピアノ続けて欲しいって思ってるから」

「そっか」

 フィラは微笑み、ティナの背中をそっと撫でてから、枕元のランプを吹き消した。

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