第六章:朧月を閉じこめたプラネタリウムに、三人の勇者
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それから三日が経つ。
陽炎の姿を探そうとしても見つからず、劉桜に聞いても会ってないということで柘榴と劉桜は心配して陽炎を探し回るが、町中では見つからない。
劉桜に住処は知ってるかどうか聞いてみるが、知らないそうで、どうしたものかと悩んで、少し酒でも飲んで元気になってからまた探そう、と最後に三人で飲んだ酒場に来たときだった。
そこには赤蜘蛛が居て、劉桜がうわと呟いて、その呟きで赤蜘蛛が此方を見つけたときだった。
「ざ、柘榴ちゃああん! やっと、やっと見つけたぁああ!」
大犬座が泣く声が聞こえた。
後ろの腰の辺りにどんっと、誰かがぶつかったので、柘榴は後ろを見ると、大犬座がわんわんと泣きながら、顔をぐしゃぐしゃにして柘榴の名と陽炎の名を泣き叫んでいた。
鼻水と涙が盛大に己の服に付いているが、あの勇敢な彼女をここまで泣かせるとは、と其方の方に驚き、一瞬何を言おうか柘榴は迷った。
「かげ、かげ、陽炎ちゃんがぁああ!」
「陽炎どのに何かあったのか!?」
大犬座の泣き声が聞こえたのか赤蜘蛛が此方へやってきた。事前に柘榴は劉桜から赤蜘蛛が陽炎の周囲を探っていると聞いていたので、思わず大犬座を後ろに隠したまま武器を取り出して身構えようとするが、冠座が現れ、攻撃する必要はないことを告げた。
「あの人、陽炎の国の人。陽炎の親の知り合いなんだって。だから、敵じゃないよ」
「嗚呼、いつかの少女。掻い摘んだ説明、有難う。幼女、どうした、陽炎どのに何があった?!」
赤蜘蛛が今にも大犬座を掴みあげてそのままの焦った勢いで問いかけそうだったので、柘榴はそれを制して、まずは大犬座を落ち着かせることが必要だと思い、鼻をかませる。
それからしゃがみこんで、抱き上げて、背中をぽんぽんと叩いてみせる。
「大丈夫、大丈夫。あいつ、案外逞しそうだから、さ。あんたが思ってるより丈夫だから。弱くない弱くない。なぁ、るおー?」
それは状況を知らないし、最近会った者の言葉ではないが、今彼女にはこういう安心させる言葉が必要だ。
劉桜も大犬座に泣かれると弱いのか、そうだあいつは強い、と頷いた。
「何せ、百の痛み虫じゃ。並大抵のことにはめげまい」
「ほら、昔からの知り合いが保証してくれたじゃん? とりあえず、あんたがめげてたら、かげ君にも不安が行き渡ってかげ君が弱っちゃうんじゃないのー?」
「そ、そうよね、あたしが、あたしがしっかりしなきゃ。あたしが唯一、あの人の星座の中でまともな愛属性なんだから」
大犬座は涙を手で拭い、それから視線を元の強い色に戻した。
それに柘榴と劉桜は視線をかち合わせて安堵し、それから真剣な顔に戻り、陽炎のことを問いかける。
大犬座は出来る限り自分を落ち着かせ、時折泣きすぎた所為で声を詰まらせるが、何とか答える。
「あのね、陽炎ちゃんがね、変態ホモ三人衆にプラネタリウムに取り込まれちゃって……あたし、必死で水の宮に入ろうとしたの。ちゃんと鳳凰ちゃんも冠ちゃんも協力してくれたのよ? でもね、でもね、あたし攻撃力とかないし、しかも黄道十二宮の宮だから、入れなくて、ずっと蟹座っちの笑い声しか聞こえなくて……水の壁越しに少し見えたんだけど、陽炎ちゃん吐いては水を飲まされてるみたいで……ずっと吐きながらも、無理矢理飲まされて……」
「……取り込むとは、強硬手段に出たもんだね」
大犬座の言葉を聞くなり、以前水瓶座に魅了されて水に依存していた友人の姿を思い出し、柘榴は間に合わなかったかと舌打ちをした。
脳裏によぎった忌々しい水の威力、――妖術の厄介さ。魅了がかつての友人のように、今現在かかっていなければいい、強く柘榴はそう願う。
「……いつかの少女、プラネタリウムを調べた。……水の宮というのは、十二宮のうち四つに分けられた星座の属性の、住む城のようなものだね?」
赤蜘蛛がそう言うと、冠座はこくんと首を縦に振る。
「陽炎、黄道十二宮は蟹座と水瓶座しか作ってなかったの。だから他に対抗できる強い力がないの」
「……百も痛み虫があれば、出来るんじゃ?」
「陽炎はメジャーに興味ないからっていってるけど、本当は星座の正確な痛み虫がどれを得たらどれを得られるか知らないから、マイナーなのしか知らなかったんだと思う。だから星がばらばらにあるの」
「……ならば、あと星幾つかで……作れる可能性はあるわけだね? 教えてくれた方が、百も痛み虫があるのならば、今の星座の人数は少ない方だと仰っていた」
「赤蜘蛛? ……嗚呼、そうか。プラネタリウムに穴あけりゃいいのか」
それは星座の二人から聞けば、天と地がひっくり返るような強硬手段で、目を丸く見開いた。
危ないし、逆に変なのが作られて仕組みが変わるかも知れないと大犬座は必死に訴えるが、柘榴は大丈夫、と苦笑した。
「魚座は作られてないんでしょ? おいらね、魚座を前に反則技で友達に頼まれて作ったこと、あるんだよねぇ? そんでもって……赤蜘蛛、あんたは星座に詳しそうだし……それに寝床も保証してくれる?」
「それは勿論! 御祓に頼んでみる!」
「げ! おいらの雇い主の親じゃん! おいらを処分しないように、ついでに頼んでおいて……」
三人は苦笑してから、大犬座に頼み、陽炎の塒へと招かれる。
2
陽炎の塒の、傾きかけた小さな小屋は、まるで今の陽炎のように壊れやすそうなくせに、頑丈な作りだった。
その感想を大犬座に伝えると、大犬座は「陽炎ちゃんはもっと傾いてるわ」と陽炎の捻くれ具合を教えてくれた。
中へ入ると、中は暗闇で、プラネタリウムが力を発動していて、小屋の中に足りない星座を描いていた。
星座は徐々にゆっくりと動き、夜空がまるで動いているようで、どんどんと星が移動していく。
「これがプラネタリウムよ」
そういって大犬座が黒玉をひろいあげて、柘榴に手渡す。
柘榴に手渡されたからといって、持ち主である陽炎は解放されてないので持ち主は変更されてない。
柘榴は渋い柿を食べたような顔をして、小屋の星座を見上げる。
「……赤蜘蛛、黄道十二宮が今すぐ出来そうな他の星があるかねぇ? それも、戦力になりえそうなやつ。動いているから見つけにくいけど」
「……星が足りないから自信はないが……――嗚呼、獅子座があと星一つで出来そうだ」
「それ、多分、柘榴ちゃんからの痛みで得られる星だったんだわ! だから蟹座っちは警戒してたのよ!」
「――それと、魚座も多分、あと星二つだ」
「も、一つ欲しい。出来ればマイナーな奴。黄道十二宮じゃなくて、でも愛属性になりえそうなやつ」
「何でマイナーがいるんじゃ?」
劉桜は偽物の夜空に見とれながら問いかけると、柘榴は腰から長針の巻かれた布を取り出して、答える。
長針はどれもこの中では輝きにくいが、先の方だけは少し鈍く光り、痛々しい。
「あの鴉くんと水瓶座に対抗するためだ。黄道十二宮が必ずしも愛属性とは限らないし、黄道十二宮は呼び出せば呼び出すほど危険。黄道十二宮ほど自我が強く、具現化の力が強いからさぁ。そこでマイナー属性で抑制すんだよ。蟹座が上手いこと鳳凰座で抑制されていただろう? メジャーにはマイナー。マイナーにはメジャー」
「……あたしじゃ結局抑制できなかったわけね」
そう言って大犬座はため息をつき、しばし無言を。
落ち込んでしまうだろうかと心配した劉桜は何を言葉に慰めようか迷っていたが、大犬座の瞳は涙に潤んでなどいなくて、闘志が燃やされていた。
「今呼び出す黄道十二宮を抑制できるようになるわ。あたしだって、マイナーで愛属性なんだから!」
「ははっ、頼もしき星座じゃ! おんしが居て、ほんによかった!」
劉桜はそれは心からの言葉だった。
大犬座が居なければ、この危機を知らず、陽炎とまた出会ったときはきっと自分ですらも拒絶されていただろう。
陽炎は劉桜が大事だが、劉桜にも陽炎は昔からの親友で大事なのだ。
いつ再び貰えるか判らないパン一個を、囚人生活何度も分け合った仲なのだ。
さて、と柘榴はため息をついて、誰か少しだけ明かりを点すように頼む。
「暗闇じゃ何処に針を刺して良いか判らないから。穴から光が出てるのは判るんだけど、流石に細かくこの位置だってのは、判りにくいさぁ?」
「んじゃ、わしが照らそう。丁度ペンライトを持っておるわ」
「じゃあ、わんこ、それからええと……」
「冠座よ、果物」
「あっと、じゃあ王冠。あんたらは、水の宮で待ってて。そこに出来れば鳳凰を連れて」
「鳳凰ちゃんはずっと呼びかけているの。判った、絶対失敗しないでね!」
大犬座は己の命とも言えるプラネタリウムを、主人を助けるが為に柘榴へ預けると消え去り、冠座も消え去る。
健気な星座の姿を見ると星座への考え方を改めたくもなるが――今は、改めてはいけない星座が居る。
柘榴は全神経を黒玉に集中させ、長針の先に近い方を握る。
「……さて、頑張りますか!」
3
長い間、夢を見ていた気がする。
それは酷く楽しくて、酷く寂しくて、酷く暗闇の中の夢。
黒い玉を拾うと、鴉の姿を一瞬した青年が現れて、自分に跪く。
そして、肩を少しふるわせながらも、何か何処か熱い感情の籠もった声で自分に有難うと感謝してくれた夢。
そして、夜空の美しさを初めて体験した夢――。
夜空にある星はあんなにも美しく、人などちっぽけな物で。
でも逆を言えば、ちっぽけな星もあるのだから、人と大差はない。ただ強く光って見えるか見えないか、というだけで――。
それに気づかずその時、人外に心を許してしまった瞬間だったなぁと陽炎はぼんやりと思っていたら、その人物が自分の名を呼んで、己を抱く腕に力をやんわりと込めていた。
「……触るなッ」
「我が愛しの君、そろそろ自我を崩せばいいのに、貴方は頑固ですね。普段は、対人関係には弱い癖に、あらがう事となると、自我を強くしなさる。何て不器用な方」
鴉座は頬をすり寄せて、陽炎を背後から抱きしめて揺り椅子に座って、少し揺れていた。
揺り椅子独特のリズムに体調が悪い陽炎は、少し気持ち悪くなる。
それでも意識を何とか保ち、此処は何処だろう、と陽炎はもう鴉座に構うのをやめて、辺りを見回してから、嗚呼そういえばこいつらに閉じこめられたんだっけと思い出して、人外を信頼していた自分に自嘲する。
それでも心の何処かでまだ人外でも、信じられる存在が居る。
大犬座、鳳凰座、冠座。
あの三人はずっと、外から声が聞こえていて、自分を解放するように強気でいた。
きっと攻撃力があったら、助けることも可能だったのだろう、と思いつつ、彼女たちを思って軽く微笑んでいると、頬に稲妻が走る。
何かと思えば、頬をただ強くひっぱたかれていただけで、胡乱な瞳で目の前を見上げると、ドメスティックバイオレンスの王様。
嗚呼、何だいつもの八つ当たりか、と陽炎は見下す。
「誰を思って笑っていた?」
「……――好きな女の子?」
相手を挑発するようにそう笑ってやると、今度は逆の頬を引っぱたかれて、前髪を捕まれて、顔をあげされられる。そして、焦点の合わない眼で相手の顔を間近に見せられる。
「人間との関わりにまだ未練があるか? 水は欲しくないのか?」
酷く優しい声色で問いかけられると、陽炎は反応する。死んでいた瞳が輝き、焦点があいだす。
それは優しい声色だったからではなく、水という言葉だろう。
死んだ目は生気を取り戻し、弱っていた目が強気を取り戻し蟹座を睨み付ける。
「……くれよ。水。早く、もうくれる時間なんだろ? くれないなら、奪う」
その言葉は自ら虜になると宣言しているようなものだと気づけないぐらいに、陽炎は思考能力が落ちてきている。否、正確には水に狂わされている。
それを確認すると、蟹座はそうか、と真っ白に笑い、鴉座に解放するように視線をやる。
鴉座は名残惜しそうに陽炎を立たせると、蟹座は前髪を引っ張ったまま少し揺り椅子に座る鴉座から離れさせて、腹を殴る。
腹を殴って、先ほど大量に飲ませた水を吐かせる。
成分だけ体の中に入ればいいことだ。なので多く成分を体に取り入らせるために、趣味と愛しさを兼ね備えて、腹を殴り続け、水を吐かせる。
嘔吐し続けると胃液しかもう出ない陽炎は、喉の焼ける痛みにぐぅと唸る。
その喉の焼け具合に歪んだ顔を見て、蟹座は理想の交際相手を見つけたように、恍惚として、更にもう一発あびせる。
そこで、無言で水瓶座の方へ連れて行き、水瓶座に投げ渡すように陽炎を預けた。
陽炎は水瓶座を見るなり、目の色を変えて、恋する者のようなとろんとした瞳をした。
その瞳を見て、水瓶座は満足して、心の中が満たされ、暖かくなる感覚を得た。
4
「水瓶座……」
他の者を呼ぶときと違って熱が籠もったような響きで陽炎は呟く。
それが他の二人は気にくわないが、依存させてしまえば、後は水に頼らず此方を振り向かせてしまえばいい話だ、と思っている。
「陽炎様、さぁお水を飲みましょうね」
「水……飲ませて」
「陽炎様は甘え上手ですね? 前は何かというと鴉座に頼っていたのに、今は僕を頼ってくださるのですか? 嬉しいですねえ」
鴉座に勝ったという優越感と、陽炎に頼られているという満足感。この二つでも幸せだが、もう一つそこに「好き」という言葉が聞けたら、水瓶座は最高に幸せだった。
だが、陽炎はどんなになっても、誰にも「好き」とは言わなかった。
水瓶の水を結構飲ませている、今までの主人より何倍も飲ませているのに、その言葉は決して吐かなかった。
それはまだ自我がまだ残ってる証拠。欠片ですら、依存されてない部分が残るのは許せないのでこうして水を与え続けている。
「陽炎様……ッ、お願い、水瓶ちゃん、カァーちゃん、蟹座様、やめて…! 陽炎様、聞こえてますか、私の声……ッ」
水の壁越しに、鳳凰座の姿。ちらりと見やると、蟹座は少し青ざめたまま、鳳凰座に怒鳴る。
「五月蠅い! 黙れ、邪魔をするな! どうせお前には助けることなどできんのだから、黙ってそこにいるがいい! でなくば、失せろ!」
「酷い方だ。愛しき霊鳥は、心優しいのですから、もっと丁重にここからお退きを願わないと」
「カァーちゃん、お願いだから、此処に入らせて……! 陽炎様をいつも、貴方助けてくれていたじゃない。何で今回は、助けてくれないの?!」
鳳凰座の涙声に、鴉座は心痛めるような顔をして、額に手をあてて、嗚呼、と嘆く。
嘆く様子は己の中で、邪な考えと仕える心構えと戦っているようで、少し鳳凰は安心したが、すぐにそれは打ち砕かれる。
――鴉座は世にも残忍な異相を現して、冷たい声で答える。
「一番欲しい者を手に入れたいとき、私は手段も人選も選ばないんですよ。結果論で私は動きますので」
鳳凰座はその言葉に、うっと声を詰まらせて、涙を再びぽろぽろと零して、その場で蹲る。もう何もかもがダメだ、もうあの優しい主人は助からない。悲しみに暮れていたとき――。
「じゃあ結果論で言うと、貴方は陽炎ちゃんを結局は虐めて楽しんでるそこのDVホモ野郎と同じってことね?」
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大犬座の声が聞こえた。
先ほどまで泣きながら、このホモ変態三匹豚野郎ーと叫び逃げ出したというのに帰ってきた。
それも泣く様子ももう声からは感じられなかった。
鴉座は、おや、と眉根をあげ、訝しむ。
「これは小さき姫、どうされました? 私をそこの鋏と一緒にしないでくださいません?」
「だって、これはどう見ても、誰が見ても、どの読者が読んでも、全員サドDVホモ野郎っていう結論が出るわ。よって、あたしは余計にノーマルをお勧めする。ノーマルは安全、健全、教育にも安心よ。かといって油断すると孕むけどね! ノーマルだからといって、安心しすぎるのも問題よ!」
「誰に向かって言ってるんですか」
「書いてる奴よ。いや、ん、そこはよく判らないけど、まぁとりあえず、貴方達は禄でもないってことよ! かといって、ホモを差別してるわけじゃないけどね! 貴方達を見下しているだけ! だってこれ、思いっきり犯罪行為よ!」
大犬座がやけに強気だ。言ってる事もちゃんとしていて先ほどまでの、罵倒だけでない。誰か味方でも連れてきたのだろうか、ふと外の様子をうかがってみることにした。
此処は自分の住まいではないので蟹座に頼んで、外の景色を、小屋の中の景色を映すように頼むと、そこには強硬手段で星を作ろうとしている柘榴が見えた。劉桜が柘榴の手元を照らしながら、赤蜘蛛が星座を指さし何かを教えている。
鴉座は歯の奥を噛みしめて、表面上では目を伏せ上品な笑みを作る。
「……蟹座、いってらっしゃい。口論ではただの時間の無駄ですから、力でねじ伏せてやめさせてください」
「命令されるのは嫌だが、お前の考えと今一致したから動いてやる」
そう言うなり、蟹座は消えようとしたが、その時、突風が水の宮を襲い、水の壁を破った!
聞こえるは、獅子の咆吼。蟹座は、くつ、と笑い、指を全て刃物にして、風になって襲ってきた巨体に立ち向かう。
(――嗚呼、ついに、お前か。お前と剣を交えるとは、な。偶然とはいえ、この上なく嬉しい)
蟹座は目を見開き、笑ったまま相手をしかと、目で捉える。
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白に近い金の髪に、燃える赤い瞳は血走っていて。それは月の通常時と、緋月を思い出させて。
瞳は、誰よりも気高さと強さを映していて。きっと星座で蟹座の次に気迫があるだろう。戦場においては。ついでに言うならば、蟹座への憎しみも込められている。
金襴の鎧を纏ったそれは、己の背丈を象徴するような巨大な剣で蟹座を圧迫する。
「……久しいな、子猫」
「うっせぇ、死にガニ。おらぁ獅子座だ! 陛下に言われ、おらの皇子を奪還しにきただ!」
「ほう、まさかお前も愛属性なのか?! 陛下って誰だ、主人は二人いるのか?」
「柘榴陛下と、陽炎皇子こそがおらの主人!!」
ぐぐっと圧迫して、少し蟹座が押されている頃に、獅子座は他の星座に早く中へ入るよう言いつけるが、水の宮が許したのはただ一人の訪問だった。
なので、早く柘榴が魚座を作り出すことを願う獅子座は犬歯を見せて睨み付けて、蟹座をかみ殺すような勢いで剣による圧迫をしようとする。
蟹座はそれを流して、突き刺そうとするが、剣を盾にされてそれは失敗する。
っち、と蟹座は舌打ちをすると、水の宮に向かって、追い出せ! と命じる。
巨大な力が獅子座を圧迫する。重力のような物が自分にのし掛かって、体の動きを酷く鈍くするが、それよりも早く奪還して現世に戻さないと、陽炎は救えなくなると柘榴は言っていた。
「あんた、かげ君救ったら、かげ君に“わ、マジで!? 有難うー獅子座、だぁいすき♪”って夢の英雄になれるよー?」
柘榴の適当な応援が脳内に蘇った途端、獅子は再び咆吼し、重力をはね除けんとする。
自分もだが、随分と熱い感情を持った男だ、と蟹座はため息をついて、自分が戦うのとあわせて水の宮の力を借りないと、悔しいことに現状を打破出来ないことに気づき、水瓶! と呼びかける。
水瓶座は静かな声で水の宮へ命令し、蟹座は圧力のかかっている獅子座へ楽しそうに攻撃を開始する。
だがそれも一時、背中から何か電流が走り、思わず倒れかける。
鞭を使えて、それも水の宮の中に自然と入れる人物といったら思い当たるのは一人しかいない。
「っち、出やがッたか、魚……!」
「お黙り! わらわの下僕を虐めたこと、後悔させてやるわ! 入るが良い、僕共!」
無駄に悩殺的な着方の着物姿に、真っ黒の鞭。
ストレートの髪の毛をお団子にして、かんざしを幾つも大輪の花のように頭にさしてる彼女。
黒い髪に、青い瞳。その青い目は、深海の色そのもので。さすがは魚と名が付く、と頷ける。
強気な態度が気に入らない蟹座は、ただでさえ凶悪な顔をもっと恐ろしい物に変えて睨み付ける。
7
女王対王様の始まり。
「お前の下僕って、あれか、陽炎か?」
「違う、下僕は獅子じゃ。陽炎君はわらわの親友で、柘榴君は戦友じゃ!」
「……――っち、またあの果物の仕業か! 先に果物を殺した方が良さそうだな!」
「ほう、たかが節足動物ごときが、わらわ達二人に勝てると? それも片方は、水しか能力が無い能なしの顔だけのパープー」
「おや、私という存在もおりますよ?」
「……鴉か、遠き昔にも会ったことのない星座じゃな」
魚座は背後から聞こえた声に、にやりとあくどい、女王様らしい笑みを浮かべて、ピンヒールをかつんと鳴らし、振り向き鞭によって鴉座の手にあった銃を手放させる。
「黄道十二宮にたかがダニが勝とうなど十年早いわ」
「じゃあその水しか能力のない奴に、負けてみますか?」
そう言って、水瓶座が水の宮に頼み、自分の水瓶の水を彼女に頭から浴びせさせる。
だが彼女は水の中で笑い、鞭をぴしりと一回鳴らすだけで水を止めさせた。
「水を入れる奴より、水に住む奴が一番水をよう知っとる。成分を操るなど、わけないわ。片腹痛い、たかがこんな攻撃でわらわ達を相手にしようとは」
魚座は三段階悪人笑いをして、三人を見下すが大犬座の呼びかけにより、それは制される。
「魚ちゃん」
「様をお付け!」
「うっさい、魚ちゃん、陽炎ちゃん今、助けられたから、早くここから出よう! 此処に長時間居るのは良くないって、不利になるって柘榴ちゃんが言ってた!」
「何と、柘榴君が! では、早う帰ろう! ……貴様ら、後で後悔させてやる。行くぞ、獅子!」
魚座が踵を返すなり、獅子座は、蟹座にべぇーっと舌を出して中指を立てて、思いっきり馬鹿にしてから姿を消す。他の陽炎を助けた一同も、もう姿を消していた。
「……後悔? するのはどちらでしょうね。今まで人外に依存してきて、更に依存させられた人間が如何に容易いか、思い知るといいですよ」
鴉座は、少しだけ悔しげに笑う。
(人間だけが私から貴方を奪うと思っていたのですが、星座も私から貴方を奪うのですね、陽炎様――)
8
穏やかな風の中に揺られる感覚。風の中に身を投じているのかと思い眼を開けば、何てことはない、ただ窓が開いていて己の居る室内に風が吹雪いているだけだった。
柔らかなベッドは心地良いが、何処か慣れない。寝返りを打つ。
陽炎は眼をゆっくりと開いて、ぼうっとしていた。
ぼうっとする時間は好きだった。何も考えず、何も思わず、ただ時が過ぎるのも感じず、呆けていれば良いだけだから。
「……起きました? それとも起きてないのなら、目覚めのキス……は、小生の柄じゃないので出来ず申し訳ない」
「……誰だ」
誰かの声が、すぐ隣から聞こえた。恐らく自分が動いたのに気づき、此方を見たら偶々自分が起きてる姿を見つけたのだろう。
ぼんやりとする視界はきっと眼鏡がないからだろうと思って眼鏡を探していると、その声の主が己の眼鏡をしていたらしく、はい、と渡して、相手は片眼鏡をかける。
視界がはっきりすると、視界に入ってくるのは、片眼鏡をかけた白を基調とした学者風服装の糸目。白い髪の毛で、白い髪の毛の長さは柘榴と同じくらいで。優雅で落ち着いた振る舞いは、鴉座を思い出して、何処か胸が痛み、吐き気が一気に押し寄せる。
それに気づいたのか、それとも元から表情が出にくいのか、相手は鴉座と違って、一切笑みを浮かべるようなことはしなかった。
それが唯一、彼と鴉座が違うのだと思える瞬間で、陽炎には救いだった。
「……とりあえず、お疲れ様でした、と言っておきましょう。ですがね、陽炎どの、君、無知のまま星座は作ってはいけませんよ。ちゃんとどんな星があって、どうすればどういう星座が出来るのか勉強してからお作りなさい」
その言葉は身に染みるほど痛い言葉だったが、こうして痛い目にあってすぐに言われなければきっと自分は何か否定の言葉を言って素直に受け止められなかっただろう。
相手は淡々と言葉を続ける。
「今回のことは、君の無謀さが産んだことだ。周りが救おうとしていた環境に感謝し、真っ当に生きるように。プラネタリウムを手放すか手放さないか、それは大犬座どのの言うとおり自由なんだから」
「……――自由」
「そう、自由。君はね、少し道具に頼りすぎたんだ。さて、そんな道具から生まれた小生ですが、どんな星座か知りたい? 属性も?」
糸目は表情を笑みに変えることはなく、無表情で問いかけた。
その無表情が何処か心地良いので、こくりと頷いたら、頭を撫でられた。
9
そこで、嗚呼自分は助かったのだと実感でき安堵し、泣けてきて体が微震するのを押さえられなかった。恐怖が幾つも脳裏に蘇り、もう二度と水は飲めないのではと思うほどの嘔吐感を感じながらも、此処に自分が生きていることを実感し、相手が「周りが救おうとしていた環境」というものに心から喜び、感謝した。
(――有難う、有難う有難う、皆、皆……!)
それを見守りながら、やはり淡々と相手は名乗る。
「小生は、
大犬座の物言いを思い出して、陽炎は吹き出し声を出して笑おうとしたが、声が出ず、咽せた。
「あまり、無理をして笑わなくて良いですよ。君は長時間、嘔吐、豪飲、嘔吐、豪飲の繰り返しをされ続け、身体も精神もずたぼろだ。君が安心できて、小生にとっても良かったと思える人物を呼んでこよう。きっと、安心する」
そう言うと鷲座は立ち上がり、一度ぺこりとお辞儀をすると、部屋から出て少し部屋の外から五月蠅い声達が聞こえて、暫く争う声が聞こえたかと思えば、柘榴が入ってきた。
「随分とまぁ、見ない間に病弱少年ーって感じが似合うようになったなぁ」
「馬鹿。お前のが年下なんだから、お前が少年だろうが」
強気で返答すると、柘榴はははっと嬉しそうに笑い、それからその場に、背をドアに預けて座り込んで、頭を抱え込む。
それにどうした、と聞くような野暮なことはしない。
陽炎は、以前柘榴が言っていた言葉を思い出す。
――昔プラネタリウムで自滅した馬鹿を救いたかったのに救えなかった。その罪滅ぼし代わりを、あんたに求めてるんさぁ。
――そ、代理。あんたは、もしも事前にあれがどういうものか知っていて救えていたら、こうなっただろうなっていうおいらの、希望。
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きっと自分の中で、救えなかったか、救えたかどうかを判断しているのだろう。
でもこの様子からすると、以前の自滅した友人とやらも、こういう体験をしたのだろうか。
そう聞いてみると、そのままの格好で、少し小さな声で「あんたほど酷い扱いじゃあなかったねぇ」と声が返ってきた。
「……――あのさぁ」
柘榴は、頭を抱えながら、陽炎を見ようとはせず、声だけを陽炎に向ける。
「何で、あんたらは道具に頼るの?」
その声が少し涙ぐんでいた、というのは気のせいだろうか。気のせいにして欲しがってるように見えたので、気にしないことにした。
あんたら、というのはきっと前の友人と重ねて聞いてるのだろう。
「人が嫌いになったら何で道具に走るの? どうせだったら、人を恨んで人を憎んで、そのままでいればいいじゃん。それが辛いっていうんだったら、外に出なきゃいいじゃん。ずっと部屋に籠もって餓死しちまえばいいじゃん。……自殺を勧めるわけじゃないけどさぁ、何で、何で、あんな黒玉に頼るわけ? 妖術使ってあるって知ってたんでしょー?」
「まぁうん。妖術を利用して出来た物ってのは知ってた」
「妖術って、あからさまに人を駄目にする為の物じゃないか。あからさまに、何かしらしてくれそうじゃないか。妖術はろくな事がない! それでも、何でそんな妖術の道具に頼るの?」
感情を柘榴は押し殺しているわけではない。押し殺しているのは声だけだ。
柘榴は思ったことをそのままに述べて、純粋に疑問を投じている。表情は見えないがそんな気がした。
だからこそ、自分は恥ずかしくも情けない返答をするだけ。陽炎は掠れた声で、ゆっくりと返事をする。
「……頼るのは、そんなに悪いことかよ。俺は、生憎、人にへらへら笑って生きることも出来なきゃ、人にすぐに心開いて生きられるほど不器用じゃねぇ。かといって寂しさを感じないほど、無感情じゃねぇ。死ぬのも怖い、悪いか?」
「……逃げるなよ。社交性を覚えろよ。何のために、おいらが街中連れ回して、ちょっとづつ友人作らせようとしてたか判りマスカー? 世界はあんたが思ってるより、暗闇に満ちてる訳じゃないって思わせたかったからだ。酷い人間だけじゃない、それはるおーが居るから判るっしょ?」
嗚呼、もうと柘榴はため息をついて、漸く顔を見せた。
その顔は少し怒気が含んでいて、初めてそんな顔を見たので、陽炎は思わず噴きだしてしまった。笑い声をたてようとは思わなかったが、少し喉が痛むが我慢する。
「安心しろよ、もう道具に頼りすぎるつもりはない。お前が色々対抗してくれる奴を作ってくれたから、もうそれで任せて星座は作らない。だけど捨てない」
「……捨てない? ――また蟹座とかくるんじゃないの? どうするの、その時は」
「その時は……人間に頼ればいいだろ? お前みたいに、お人好しの馬鹿にさ」
陽炎はまた笑おうとして失敗し、咽せる。
それに慌てて柘榴が駆け寄り、背中をさする。その手つきは何処か母親のようで、また泣きそうになる。
それに気づいた柘榴は少し戸惑った後、暖かく柔らかな笑みを浮かべて、背中をぽんぽんと叩いた。
「……泣きたいなら泣けよ。涙を堪えられるのは、扉の向こうのあんたが愛する星座達も耐えらんないと思うしぃ」
「……一番泣いて欲しいのはお前だろ? 怖かったーって。そう言えば、安心するんだろ? それで、……有難う、救われたって言ったら、もっとお前は安心するだろう? 俺、まだ自滅してねぇよ。俺はまだ、俺で居るんだから」
その言葉に柘榴は、ははっと笑い、敵わないなぁと苦笑を浮かべた。
(――どうしてその言葉を言われたかったか、望んでいたか、ばれたんだか)
読心術が陽炎にはもしかしてあるのかなぁーなんて疑ってみながら、陽炎の頭をぽんぽんと撫でてやり、それから外の人物達に入っていいよーと声をかける。
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一番に入ってきたのは、大犬座。微笑みかけるよりも先に飛びつくように抱きついてきて、わんわんと泣いた。その衝撃に陽炎は咽せて、少し苦しがった。
それから鳳凰座が側によって泣いていて、何故だか見かけない派手な鎧姿の男が凄く近くで頬を赤らめているので、また愛属性かとげんなりしつつ、そしてもう一人見かけない着物美人を見つけると着物美人はにこりと微笑んで、柘榴と話していた。
一番最後に部屋を覗き込むように冠座と劉桜が居たのでおいでおいでと手招きをすると、二人は感極まり泣き出してゆっくりと入ってきた。
鷲座は何処かへ行ったようで、柘榴が会わせたい人が後一人いるけど今外で鷲座と話してると教えてくれた。
「陽炎ちゃん、良かった、あの変態ホモくそったれ衆に(自主規制)や(強制削除)されなくて!!」
「……わんちゃん、それどういう意味なの? どういうことをされかけたの、陽炎様?」
「大犬座ー、お前鳳凰座姉さんが居るときはそういうエロい言葉は控えろって言っただろ」
少し掠れてる声が痛々しくて、それと同時に叱ってくれる陽炎が嬉しくて大犬座はまた甲高い声で泣いた。
それを抱きしめてなだめながら、鎧姿の男と、和服美人を見やる。
「えーっと、初めまして……陽炎でっす。プラネタリウム、の、星座かな……?」
「わらわは魚座じゃ。貴様とは親友なんじゃから、あまり気を遣うでない。下僕共にも気を遣う必要はなかろうて」
「おらは獅子座だ! 陽炎皇子、おら、救えただ? おら、陽炎皇子救えただ? おらは、陽炎皇子の中で英雄になれただか?! 陽炎皇子だけの英雄になれただか?!」
嗚呼、また逆属性パターンかよ、と陽炎は唸って困惑する。
何故毎回愛属性の女性が出にくいのだろうか、そんなに己は男受けするのだろうかと暫し本気で頭痛がしかけた陽炎はひきつった笑みを浮かべる。
「ちょっと、獅子ちゃん、あんまり迫らないの! いい?! 陽炎ちゃんは貴方にじゃなくて、柘榴ちゃんに助けられたの!」
「……――まぁ、うん。皆に助けられたさ。有難……」
言いかけて、少しの目眩。それに敏感に察したのが魚座で、依存力か、と呟いた。
それに反応したのが柘榴で、魚座に自分たちへの説明を求める。
素直に主人以外の言うことを聞く星座に驚いたのだが、その説明は後で柘榴から聞こうと思いつつ、陽炎は耳を傾ける。
「あの忌まわしい水の成分を体が欲していて、体に支障がきとるんじゃろうて。そのうち禁断症状が始まるぞ。それを奴らは狙って飲ませていたんじゃろうし」
「……結果まで、麻薬と同じかよ……くそ、あいつら……!」
忌まわしそうに嘆く陽炎へ、柘榴は更に言葉を続けて現実を教える。
「それだけじゃない。多分、依存しているのはプラネタリウムと水瓶座にもだ」
現実を教えられるなり、陽炎はため息を数十年分込めてつきたくなりつつ、質問をしてみる。
「……――センセー、俺、治るんですか?」
「それは君の努力次第だよ、かげ君」
営業めいた台詞の柘榴を冷視しながら、ため息をつくと、皆に謝りながら少し眠りたいと告げる。
それを聞いた柘榴は魚座に視線をやると、魚座はこくりと頷いたので、皆へ解散を告げる。
一番の功労者は柘榴。だからなのか、皆は柘榴に逆らえず、文句を言いながらも部屋から出て行った。
その様子を見て、陽炎は声を出して笑いたかった。
「プラネタリウムの次の主人になるか」とでも冗談を言いたかったが、それを今言ったら、きっとまた非難囂々なのだろう。
眠りにつきかけながらも、陽炎は呟く。
「俺、ちゃんと真っ向から生きるよ。……生きてて良かった、有難う、親友」
それは言葉になったか、ならなかったかは判らない。
12
――陽炎様。
――陽炎様。
――陽炎様。
その声の響きにぼうっと眼を開いた。目を開くとそこには、水瓶座が居て、自分を手招いている。
嗚呼、彼の手の中にはあの水がある。水瓶の文様がぐにゃりと曲がりくねって見えるが、特別気にはならなかった。ぼんやりと薄暗い闇の中ただ一つ見える光路を辿ろう。そうすれば彼の元へ行ける。
ふらり、と歩きかけたところで、がしっと手を捕まれる。
そこで眼が一気に覚め、己の足下には光の道なんてなくて、部屋を出かけていたのだと知る。
「……あ」
捕まれたのが幸いにも水瓶座ではなく、鷲座だった。
鷲座はにこりとも笑わない顔で、自分を無言でベッドに寝かしつけて、隣で本を読む。
よく見ると部屋の何処にも水瓶座はいなくて、水の症状か、と陽炎は少し悔しくなった。
「だから言ったでしょう、君の無謀さ故の事故だと。唇を噛みしめるほど悔しがるんだったら、最初から勉強しながら星座を作れば良かったのに。そうすれば、柘榴のようにあれを危険視しながらも利用して免れることも出来た」
悔しがっている空気を感じ取ったのか、視線を向けずに鷲座は言葉を向けた。その言葉にはどれも容赦がない。
「……――鳳凰座姉さん作れたのも偶然だしなぁ。あー、くそ、だって勉強かったるいじゃん! こう知らないで作っていって見たら、いつの間にか出来てる星座っていうのが楽しかったんだよ! 文句あるか!」
「いや、無いですよ。好奇心からの行動は誰にも止められない。文句があるとしたら、今度からは勉強してからにしなさい、と、愛属性が何処まで自分を好いてるか否定しないで自覚しなさい、くらい。愛属性は否定されれば否定されるほどムキになる。……だけど皆はそういう君に惹かれている。小生は、少し嗜めてるだけで嫌いではない。これでも愛属性だということを、お忘れですか? 否定しないように。彼らのようになるのは嫌ですから」
真顔で淡々と言うので、鴉座のようにへらへらと口説かれるより怖く感じた陽炎は、何となく逃げ出したくなった。
それを見抜いたかのように鷲座は本に眼を通しながらも、「逃げたらまた捕まりますよ」と淡々と教えてくれた。
多分鴉座と違って、甘やかす愛属性ではなく、厳しく育てる愛属性なのだなぁと陽炎は感じて、大人しくベッドの中で眠ることにした。
「……そういえばさ、此処って何処? 何かごく当たり前みたいに、俺此処にいたけど、こんな大きな屋敷持つような知り合い、いねぇし」
「嗚呼、それについては明日、話します。会わせたい人も、明日会わせます。……今は、眠ってなさい。体力だけでも補っておくんだ」
「……へーい」
眠りの早さは前々から聞いていたが、すぐに彼は眠ってしまった。陽炎が眠りに完全についた証に寝息が聞こえると、鷲座はちらりと陽炎へ視線をやってから本へと眼を戻す。
その本は、陽炎の母国について書かれた本だった。
「君の国を知る喜びも、好奇心からの行動だ。だから、君がこれを止める権利はない」
言い訳じみた言葉を鷲座は呟いて、本を読み進める。
それから、ぱたんと本を閉じて、窓際へと視線をやる。静かに向けた視線の先には、麗しき水の精。
月明かりの逆光を浴びる水瓶座がそこに、髪の毛を靡かせて突っ立っていて、陽炎を招こうとしていた。
しかし。
水瓶座は鷲座を見て固まり、そしてすぐさまに姿を消した。
水瓶座は鷲座には弱いのだ。水瓶座は鷲座の視線をまともに喰らうと体が固まり、一切動けなくなるのだ。
姿が消えるのを確認してから、鷲座は淡々と消えた水瓶座へ言葉を投げかける。
「君は昔から独り占めが好きだったね。だけど、残念。偶然とはいえ、星座に詳しい方があそこにいて、反則でも星を作れる方があの時居合わせた。それが君たちの運の尽き。男色が君たちの所為でマイナスイメージだからね、小生が君たちを追い払って尻ぬぐいをしてやるよ」
「……鴉座、水瓶座……」
鷲座が言い終えて少し経つか経たないかだった。
寝言が聞こえた。小さな声で、だが。
だが、それだけでも静かな鷲座の心を揺さぶるには十分で。鷲座は片眼鏡をかけなおしながら、ふぅと息をつく。
「それでも、こうして別の名を呼ばれると、君たちがそれ程までに欲しがってしまうのが判る自分が嫌だ。自制心を強く持とう。柘榴もそれを望んで小生を作った」
鷲座は頭をふって、本を再び開いて、最初から読んで、主人の母国への思いを馳せた。
それから彼の過去を思い出して、どう育ちどう感じたかを想像する。
それにふけるだけでも十分、楽しめた。
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