第五章:太陽にお願い、月を助けて!


 ――あいつ見てると、何かまな板の上の死んでる魚見てる気分になるんだよ。

 ――いや、それ変だから。

 ――大犬、黙れ!


「っていう夢を見たんだ」

 毎度のごとく冠座に相談しながら武器を引き取り、やはり自分の鉄扇と円形剣が一番だ、と研ぎ澄まされた美しい刃に陽炎は見とれる。

 冠座はその美しき刃の良さはよく判らないのだが、何だかいつもと相談される夢の内容が違って変だなと感じて、ふぅんと頷きながらも、頭の中では色々考えている。

「あいつって誰だろうな。まな板の上の死んだ魚」

「それって食べたいって意味なのかな。それとも死人相手だからもう手出ししたくないってことなのかな」

「……げんなりした感じだったから、多分後者じゃないかなぁ」

「じゃあ、鳳凰じゃない?」

 その言葉にそれで苦手なのか、と陽炎は納得した。

 鳳凰座にそれを告げるのは酷な気がするから言わないが、多分告げても首を傾げて大犬座か蟹座に意味を問いかけるのだろう。


 蟹座が鳳凰を苦手とする理由が分かってすっきりしたので、陽炎は心おきなく夜の酒場をうろつく。

 昨日向こうが勝手に決めたとはいえ、劉桜を連れて柘榴と飲む話になったのだし、律儀な陽炎は劉桜を捜す。

 裏路地にでも居るかな、それとも地下水路だろうかと思いながら夜の暗がりの道を歩いていると、その先には大きな体ともう一つ影があった。


 (――劉桜と、赤蜘蛛?)


 少し近づいて会話を聞くつもり――などではなく、ただ単純に劉桜に用事があるから劉桜に遠慮無く近づく陽炎。

 二人は此方を見てないからか気づかない。普通誰かと話しているときは、周りの人間など目に入らないのだろう。

「何故そんなに陽炎のことを聞きたがるんじゃ!」

「彼に用事があるんだ」

「それならば本人に言えばええじゃろうが!」

「……本人に会おうとしたんだが、邪魔が入ったんだ。それで今の彼の環境が知りたくて……」

「劉桜ー」

 会話を止めさせるのも何だが、自分の話題だったようなのでいいか、と陽炎は劉桜を呼んでみる。

 双方は此方を振り返り、劉桜は赤蜘蛛を睨み付けてから此方へ来る。

 それから雑談をしながら柘榴を紹介する話を陽炎は劉桜にしながら、ちらりと赤蜘蛛の方を見やる。

 赤蜘蛛は礼儀正しくお辞儀――など、もうしない。

 それは昨日のことが嘘ではなく、逆に真実みを増した。人通りの少ないとはいえ、結構裏家業の者が歩くこの地でそれらしく振る舞うと言うことは、やはり自分の変装を解きたくなくて。

 それでも自分を見る眼差しが何処か、優しくて。

 陽炎はそれを見なかったことにして、背を向けて、劉桜と夜の街へ。

 陽炎は気づかない。冠座が赤蜘蛛に話し掛けていたことに。

「ねぇ、赤蜘蛛、でいいんだよね?」

「? ――ああ」

「陽炎のことで一つ教えてあげる。人のこと勝手に話すのってあんまり好きじゃないけれど、このままじゃあいつらのいいようにされるから」

 冠座は無関心の筈。それでも心配なのは忠誠心があるというのもあるが、特別扱いしてくれる陽炎のためにだ。彼女も一応それなりに主人が大事なのだ。

 赤蜘蛛は目を見開くが、情報をくれるということを信じて良いのかどうか迷いながら、鋭い目を向ける。

「……お嬢ちゃんは、あの人を取り巻く環境の一つなのか?」

「……――プラネタリウムの中の人よ、私。プラネタリウムを知らないなら自分で調べなさい。陽炎はプラネタリウムを作ろうとしている、ただそれだけを教えてあげる」

「ぷらねた……?」

「じゃあね、頑張ってねおじさん。私、人間は嫌いじゃないの。あの人を守るのなら余計に」



「百の痛み虫、それにフルーティがまさか酒飲み仲間になろうとはおもわんかった」

 劉桜は上機嫌に、また白ひげを作りながら、柘榴を見やる。

 対する柘榴は、焼酎だ。濃いめの塩こしょうで焼いた砂肝を熱燗に入れて、これが美味しいんだよ、と劉桜に酒情報をリークする。

「柘榴でいいよ、るおー。おいらもまさか、赤鬼金棒とこうして話せるとは思わなかった。いつか狩るだろうたぁ思ったけどねぇ?」

「今はどうじゃ?」

「いまんとこは、そこまで金に困ってないかな。あんた、賞金低いし」

 柘榴がそう言うと劉桜が二人に敵うわけ無いだろ、といわんばかりの不機嫌面になったので陽炎と柘榴は大笑いをする。

 陽炎は久しぶりに、劉桜という昔からの親友以外と酒を人間と飲んだのだが、不思議と警戒心は強まることはなく、逆に楽しめた。酒の効果もあるかもしれないが、二人が接触してても友達を奪われるというより、この二人の輪に入れるのかという楽しさがあった。

 ――柘榴は何だかうち解けやすく、気軽に喋りたいときには丁度側にいて欲しいような人間だった。他の人間は柘榴をどう思っているか判らないが、少なくとも陽炎はそう感じた。簡単に言うと、悪い奴には思えない、という結論。


「……どったの、かげ君?」

「何でもない」

「――……かげ君。プラネタリウムの奴らと話すのもいいけどさ、こうやって人と話すのも偶にはいいでしょー?」

 柘榴は陽炎の表情から少し警戒心が薄れているのを見計らって、そう微笑んで彼の人間への不信度を測る。

 これで警戒したら、今もまだ最初に出会った状態のままだろうと、柘榴は思いながら。

 陽炎は、少しだけ微笑んで「劉桜が居るから楽しいんだよ、ばぁか」と言った。

 プラネタリウムと比較しても怒らなくなった辺り、少しずつ自分は彼を救えているのだとほっとする。

 だがそこに現れるのは、鴉座に蟹座に大犬座。

 一瞬蟹座と大犬座は火花を散らしてから、大犬座は人なつっこい笑みで陽炎の膝の上によじ登り、ちょこんと座る。

 そこに座っても怒られないのは、大犬座の人徳故に。彼女はなんだかんだ言って甘やかしたい、可愛い妹のような存在なのだ、陽炎にとっては。

「貴方が柘榴?」

 大犬座は自分を甘やかす陽炎に、にこっと笑ってから、顔を柘榴に向けて遠慮無く問うてみる。

 柘榴は目を半目にして、からかうような体勢で挑む。

「おお、星座がきたー。何々、今度はどうやっておいら達を追い払う? るおーも追い払うの?」

「まさか。あたしと、そこのホモ変態二人を一緒にしないでよ。あたしは、……多分、貴方の考えに賛同出来ると思うのだけれど」

 そう言って大犬座は微笑む。

 微笑まれると柘榴は少し面食らって、そう有難う、とお礼にジュースを奢ることにした。


 (――これは嘘か、それとも真か。でも、嘘だとしたら今一瞬だけ蟹座と険悪だった理由が分からない。主人を奪おうとするのに賛同する星座? そんなのは居るのか?)


 柘榴はジュースを店員に頼み、小さなレディに奢ることを教えると、大犬座は有難うと微笑む。

 それから視線をちらりと鴉座達に向けて、様子を見張っているような目つきをした。

 その目つきで、大犬座の心は完璧に読めなくても、己に協力態勢となってくれる人物であろうことは理解できた柘榴は、星座にも色んな奴が居るのだなと思って、焼酎をちびりと飲んだ。


「そこの鴉くんと、蟹座は何か飲む?」

「ご一緒して宜しくて? 私は我が愛しの君や、あなた方のジョッキの片付けをしようと現れたのですけれどね」

「どーぞ、どーぞ。だってあんたは、親交は邪魔しないんだろ?」

 そう言って改めて、何かするのを柘榴は制する。

 その言葉を聞いて鴉座はにこりと微笑むが、一瞬寂しそうな笑みを浮かべる。

「……親交は邪魔しないのですが、愛しの君にもついに心奪われる相手が現れましたか。悲しいことです」

「は?」

 その言葉に顔を顰めたのは、柘榴と陽炎。

 思いっきり嫌そうな顔をして、鴉座へ魅入っている。鴉座はにこりと笑みを浮かべて、だって、と言葉を続ける。

「だって、今まで人とはあまり接触しようとはしなかったじゃないですか。それに昨日とてデートもされてたみたいですし。嗚呼、そうですか、愛しの君に恋人が……」

「ば、馬鹿! 断じて違う! 俺はホモなんかじゃない!!」

 陽炎は酒でただでさえ赤い顔を赤らめて、怒り、疑いの眼差しを向ける鴉座のためにも、柘榴から少し距離を置き、劉桜に近い席へ大犬座を抱えて移る。

 柘榴はため息をついて、そういう出方に出たか、と頭を掻いた。


 (そんなこと言われたら、意識してなくても意識しだして避けるようになっちゃうもんねぇー? 変な誤解を避けるために。結構な策略家じゃん、鴉の兄さん。あんた、何であいつの時は現れなかったのさ?)


 柘榴は、失礼だなぁーと嫌悪感をそのままに鴉座へと向けるが、鴉座はにこにことしたまま、ご一緒して宜しいのでしょう? と聞き直って、席へと着く。

「蟹座っち、いつまでも立ちっぱなしは目立つわよ」

「酒場に不釣り合いなガキのが目立つと思うがな」

「貴方は驚くほど酒場がお似合いよね。嗚呼それとも、海の磯の方が似合うのかしら」

 火花が散った後、蟹座は陽炎の隣に座り、不機嫌そうにワインを頼む。驚くほどに普段から赤い血に染まる姿を見ているからか、赤ワインが似合う。

 鴉座は一同の飲み代を気にしてか、サワーを頼む。

 つまみを選ぶのは劉桜。陽炎と相談して、どれを頼もうかと楽しそうに騒いでる。

 その光景を見て、柘榴は眼を細めた。


 (……――るおーには結構気を許していて、それを星座達も認めてはいるようだ。つまり、やはり新しく関わる外側の人間に対しての警戒心が強いんだろう。るおーは、昔からの親友っていうのがあるから、許しているのだろう。人見知りを懐かせる術、か……)


「柘榴、お前、鳥の天ぷら食べるか?」

「ああーおいらはね、塩辛がいいかな。たこわさでもいいけど」

 陽炎から突然に声をかけられた柘榴はふと思想から現実に戻り、視線を向けて、少し食べ物で思案してから自分の好物を述べてみる。

 焼酎の飲み方といい、つまみのセンスといい柘榴のどこか年齢に似合わない物を陽炎は感じて、苦笑する。


「……お前、渋いよな。蟹座、前もって言っておくけど、店で騒動起こしたら鳳凰座姉さん呼ぶから。呼んだ後大犬座に知識吹き込ませて迫らせるから」

 暴力をふるう気満々だったらしく、不満そうな視線を陽炎へ蟹座は送ってから、騒動を起こさない程度の暴力、例えば隣にいる陽炎の頬を引っ張るとか、密かに足を踏みつぶすとかを少ししてみた。

 陽炎は痛がり、大犬座は蟹座に文句を言って止めて、鴉座は劉桜との親睦を深めていく。

 柘榴は一同を眺めて、成る程こういう位置かと納得した。


 (水瓶座が現れなかったのは、何故だろう――。嗚呼、あとで酒さましで水を飲ませるつもりだからか)


 柘榴はこの雰囲気を殺伐とした物に変えるのは忍びないが、改めて忠告をしておく。

 あの水の怖さは、――目の当たりにしたから。


「かげ君、かげ君。あとで、水瓶座の水は飲んじゃ駄目だからね」

「前にもお前そう言ったよな。何でだ? あいつ、落ち込んでたぞ」

 その言葉に首を傾げて陽炎は心底不思議そうにした。

 陽炎が首を傾げると、柘榴はにこーっと微笑んだまま、水瓶座の水瓶の水について語る。

「あれはね、主人をプラネタリウムから離さない為の麻薬みたいなもんなの」

 流石に詳しい成分は知らないが、大体あっている筈だと確信に近いものを持ちながら柘榴は陽炎の反応を待つ。

 陽炎は柘榴に思いっきり顔を顰めてから、頭の中で言葉を反芻する。

「……は?」

「前の俺の友達が、それで水瓶座から離れられなくなったんだわさ」

「……ふぅん」

 声色が自然と低くなった陽炎は、鴉座に視線で、知っていたの? と冷たい問いかけをする。

 鴉座はその視線を受け入れて、ため息をつく。

 そのため息は、以前だったら真っ向から否定にかかっていたはずだろうという虚しさと、ばれてしまったかと苛つきを隠して、主人への申し訳ないという態度を表す為。

「すみません。申し上げるべきでした。ですが、どうしようもない怪我を負って瀕死になってもそんな情報を得ていたら、貴方はきっと拒むだろうし、水も得られない状況に陥ったときも拒むでしょうから……」

「……そっか。でも出来ればそういう情報知ってから、飲みたかったね。水瓶座も知っているの、水の成分について」

 鴉座が何かを言う前に大犬座が陽炎に抱えられている姿勢のまま、陽炎を見上げた。

「知ってて飲ませていたのよ、あいつ!」

「――へぇ」

 陽炎の冷たい声に鴉座は顔を俯かせて、蟹座はただワインを口で転がすだけだった。それはでも口の中の苦さをワインの味で誤魔化しているだけにすぎない。

 その様子が何とも面白くて、柘榴は笑みを隠すのに必死だった。


(有難う、わんこ。これで水瓶座への警戒心は一気に強まった。もう水を飲もうとしないでしょーね?)


 そして、その笑みを隠している柘榴に気づいたのか大犬座は柘榴へにこりと微笑んだ。

 成る程、彼女は味方という認識であってるようだ、と柘榴は感心して大犬座に笑いかけた。

 蟹座はその二人を見てか、少しの沈黙後――くくっと喉奥で笑い、グラスのワインを全て煽ってから二人をハエでも見るような目で見やる。



「大した連係プレイだな?」

「ん? 何がー蟹座のにーさん」

「……プラネタリウムから引きはがす作戦にプラネタリウムの星座も引き入れて行うのか?」

 その言葉に一気に陽炎は、柘榴はプラネタリウムを捨てさせる目的があるということを思い出して、警戒心が復活する。

 嗚呼、折角緩めさせたのに、と柘榴は蟹座を少し睨みながら、口の端だけつり上げる。

「そっちも大した連係プレイだよねぇ? 水瓶座の水、止めなかったンでしょ、あんたも? あんたがあの水がどういう水か知らないって言うのは、同じ黄道十二宮なんだからあり得ないでっしょー」

 げらげらと笑うと、蟹座は眼を細めて、眼の奥から射抜くような鋭い殺気立った眼差しを送るので、流石に結構有名な賞金首である自分でも背筋がぞくりと凍るようなものを感じた柘榴。

 修羅場は幾つも乗り越えてきたが、ここまで鋭く恐ろしい視線には出会ったことは、多分無い。友人がプラネタリウムを使っていたときでさえ、こんな目をした蟹座は見たことはない。愛属性の厄介さを思い知る。

 だが、冷や汗を感じながら、震えては、怯えてはお終いだと思って我慢しながら、にっと人なつっこい笑みを浮かべた。

「何、え、知らなかったわけ、マジで?」

「サドDVホモ野郎のことだから、知ってて飲ませてるに決まってるじゃないの」

「黙れ、大犬。オレは今、この果物と話している」

「別にー? 別においらは、このおちびのレディが会話に雑ざっても構わないよ?」

「……オレが構う。おい、帰るぞ、陽炎。お前とて、今、飲みたいような気分ではなかろう?」

「おや、珍しく愛しき我が君を構うのですね? ですがそうですね、時間もそろそろですし、名残惜しいですが……劉桜どの、柘榴どの、また機会があればどうぞ宜しく。愛しき我が君、帰りましょう? 貴方が――、貴方が今は星座と居たくないのならば、私たちは姿を消しますから」

 鴉座は笑みを作ろうとして失敗した切ない顔を陽炎に向ける。

 陽炎はそれを黙って見て、じっと鴉座の眼を見つめた。その目には、鴉座に向ける目だけは躊躇いが隠されていて。


(そこでそういう顔をして、一番信頼のある鴉くんが同情心を誘う。成る程、蟹座は同情心を出す劇の為の悪役ってわけ――)


 柘榴が影で納得している間に陽炎は意を決したのか、頷いて劉桜にごめんと謝りつつ、柘榴を一瞬見やって何か言いたげにした。が、何も言わず星座を皆消して、一人帰路へと向かう。

 飲んだ代金はテーブルに置いておいて。


「なんじゃ? なんか変な雲行きじゃのう?」

「んー、まぁ変な雲行きがあるもんがあるからねぇ? るおー、お願いがあるんだけどさ」

「なんじゃ?」

「あんたは、あんたで居てくれ。普通に接して、何も知らないまんまでいて」


 そのお願いは劉桜には理解できず、ただ首を傾げる。

 だけど結構柘榴にとっては真剣なお願いなのだ。


(こうして、状況を知らない奴が一人でもいないと、あんたは窒息しちゃうだろ? かげ君――)



 夜、塒に戻って、水瓶座を現す陽炎。

 陽炎の眼は据わっていて、普段の彼を知ってる者ならば怒っていることに気づくだろう。

 それか普段の彼を知らない初対面の者ならば、百の痛み虫という二つ名を思い出すであろう。

「どういうことなんだ?」

「……――陽炎様」

 主人が本気で怒っている。それに焦るのは水瓶座だけ。

 背後には鴉座を置いて、陽炎は睨みをきかせる。眼鏡越しの眼光は、どんな刃よりも鋭く美しく恐ろしい。

「事前に何で説明しねぇの?」

「――だって、汚れた水だから飲まなくなるかと思って……」

「水瓶座、俺は別に水はもういいけどさ、何で最初にそれを言わないでどんどん飲ませようとしたわけ?」

「――……陽炎様が僕だけに、入れ込んで欲しいから」

 水瓶座の本心が漸く出て、鴉座は思わず陽炎の後ろでにやけたが水瓶座がちらりと自分を見たので、笑みは隠しておく。

 何より自分が笑っているのを陽炎に知られるのは、得策ではない。

 陽炎は水瓶座の本心に、ため息をつくと、もう消えて良いよ、と手をひらひらとした。

「もう、結局はあんたも皆と同じだったわけだ」

 鴉座はその言葉に、目を細めて少しの間何かを考える。

 鴉座には見えていないが今の陽炎の眼差しは、今まで接してきた嫌いな人種を見る、見下した眼。


 ――完全なる拒絶の証。人外でももう信用出来ない、ということだ。


 真っ向からのそんな眼に我慢できなかった水瓶座は水瓶をひっくり返して、息をさせる間もなく延々と水を陽炎の頭からぶっかけ続けた。

 判りやすく言うと、逆ギレ。

「陽炎様ッ、陽炎様ッ!! 僕を見捨てないで! 貴方が僕を見捨てたら、僕は貴方を本当に水の力だけで取り入れなくてはならない!」

「水瓶、そのままだとその方を殺してしまう」

 鴉座は口では制するものの、動かないでにやにやと笑う。

(ほらね、星座は予測通りなんだ――いつかはこうなるだろうと思っていた)

 鴉座が助けもせず見守る中、そこで現れるのは蟹座。蟹座は陽炎を蹴って、水から解放させたように見えた。

 だが。

「水瓶、水責めするんなら、効率よくやれ。まずは、二升分飲ませて、それから一口ずつ与えて、焦らすんだ。禁断症状や、依存性が強まる」

「げほっ、げほ……このカニ男…、相変わらず助けるつもりねぇんだな!」

 二人を睨んでるつもりでも、大量に浴びた水が皮膚からか、それとも鼻からか、口から、あるいはその全部から入ったからか、水瓶座を睨めなくなっていた。

 陽炎は、くそっと舌打ちしつつ、鴉座の名を呼ぶ。

 鴉座は漸く呼ばれたかと思うと同時に、これからの陽炎を思うと悲しくも愛しくも切なくも――嬉しくもなる。その感情との代償は、今までの信頼度だ。

「鴉座、消えて。鳳凰座姉さんとか呼ぶから。水瓶座、消せなくなってる……俺の力で。多分、水で魅入られだしてる……!」

「それは嫌ですねぇ。我が君が水で奪われてしまうなんて。酷いな……でもね、陽炎様、外の世界に奪われるくらいなら水の力でプラネタリウムに依存してくださった方がマシです。貴方ならば、水瓶には好きとは決して言わないでくれそうですし? 蟹座の暴力にも耐える貴方ですから」

「……鴉座?」

 陽炎は縋っていた糸がちぎれたような眼をして、鴉座を見つめた。その視線の脆さは、受け止めた者にしか味わえない罪悪感を感じる。それでも、それでも彼が自分の物になるためならば、何だって利用すると決めたのだ。時は来た――鴉座は、薄く薄く暗い感情が強まるのを感じた。

 鴉座は陽炎を優しく抱きしめて、うっとりと微笑んだ。

「貴方がね、本気の言葉をいつも受け止めてくれないので私はそれに応えてましたが、もう我慢できません。私が本気で貴方をお慕い申し上げてることを、理解してください」

「鴉座、だから、俺は男で、そういう趣味は……」

「もしも貴方の世界に男しか性別がなくなってもそう言えますか?」

「は、ありえねぇだろ?」

「それがね、あり得るんですよ。貴方の愚かなところは、黄道十二宮を呼び出してしまったのに、その十二宮が二人とも水属性だということ。十二宮の水属性の宮に閉じこめられてしまったら、男しか居ない世界ですよ。共にプラネタリウムの世界に参りましょう?」

 鴉座がそう低く甘い囁きをする。その声は今まで誰かをナンパする時のいつものような彼の声より、ずっと熱っぽく色っぽくて。

 陽炎は咄嗟に抵抗するため抱擁する鴉座を突き放そうとするが、蟹座が陽炎の頭を鷲掴みにして、抵抗させ無くさせる。


 そして加虐的な笑みを浮かべて、陽炎をにやにやと蟹座の中では愛しい者を見る視線をくれてやる。

「ははっ、プラネタリウムの世界に文字通り閉じこめるつもりか! 水の宮へ行くのか? 幸い魚座もいないしな、丁度オレと水瓶しか水の宮の者は作られておらん。それは実に楽しい。人目も気にせずぼこれて、依存性も強められるわけだ!」

「ぐっ……お前ら、つるんでたのかよ……! 拉致監禁? 随分暴力的だな、蟹座はともかく!」

 陽炎は震える。それは拉致監禁を宣言されてるからではなく、裏切られた感覚、足下が崩れていく感覚から。

 少し涙目になった彼を見て水瓶座は、慰めてあげたいと思ったが今はそんな行為は要らない。

「安心して、陽炎様、星座の一部になるとかそういうのはないし、依存性が確認できたら解放してあげる。だから……お水、飲みましょう?」


 無邪気な響きは、残虐なお告げ。水瓶座の言葉を聞いて、陽炎は戦慄き、慌てて三人を消そうとするが、思ったより愛属性が強いからか――それもそうだ、でなければ監禁などという行為はしないだろう――、消せず、忌々しそうにくそっと呟いて、陽炎の姿は消えて、地面にはプラネタリウムがころんと転がる……。


 そこから現れるのは、大犬座の子供……。

 つぶらな瞳に、いつもは勇敢な色を宿しているのに、今だけは動揺の色と焦りの色しかなくて。

「どう、しよう。陽炎ちゃんが、陽炎ちゃんが……(自主規制)されるぅうう!!!」

 大粒の涙を零しながら、口ではとても言えないことを泣き叫んだ。



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