第483話 いきなりどっきり
いきなり山と森を買いたいと言われて、目の前に座る四人のキャパは完全にオーバー状態だったようだ。
いち早く立ち直ったのは、どうやら領主さん。
「あの山と森って……本気かね?」
「もちろんです。あ、売ってくれるなら、今後二度と魔獣が人里に出ないようにしますよ」
護くんととーるくんを解き放つだけの、簡単なお仕事だからね。大体、あそこに別荘を建てる以上、魔獣なんぞがいたら面倒だもん。
本当の事を言っただけなのに、油断出来ないさんが睨んできた。
「いくらこの場だけとはいえ、嘘偽りは許さんぞ?」
「嘘なんて言いませんよ? ついでに、あの周辺に巣くってる盗賊達も捕まえてきましょうか? 山と森を売ってくれるなら、ですけど」
「何!?」
「盗賊だと!?」
「貴様! バンゾン一家の手の者か!」
油断出来ないさんと領主さんは驚くだけだったけど、甲冑さんが立ち上がって腰の剣を抜いちゃったよ。
実は護くんたちがステルス状態でずっと付いてきてるから、あの剣で切りつけられても問題はないんだけど。
でも、銀髪さんと、何より剣持ちさんが先に動いた。彼が抜いた剣の先が、甲冑さんの喉元に突きつけられている。
速さで言ったら、剣持ちさんの方が上だね。
「落ち着けナクント。そちらも、剣を収めてもらえないだろうか」
「引け、フェリファー」
「……はい」
剣持ちさんが、ゆっくりとした動作で剣を引き、鞘に収める。甲冑さんは、剣の速さで負けたのが悔しいのか、剣持ちさんを睨んだ。
「いい加減にしろ、ナクント。お前の剣の腕は信頼しているが、その感情に走りやすいところは短所だと、何度も言っているだろう」
どうやら、あの甲冑さんは、若さ故の暴走癖があるようで。そして、油断出来ないさんに仕えてる……と。
やっぱり、この人って。
「盗賊を退治してくれるというのは、本当か?」
「本当ですよ。これまでも、何度もやってきて慣れてますから」
「慣れてる?」
そこで何で四人で声を合わせるかな。慣れてちゃおかしいの?
またしても両脇から忍び笑いが聞こえるけど、気にしたら負けだと思う。
「何でもいい。バンゾン一家を全滅させてくれるのなら! あの魔獣だらけの山と森なぞ、いくらでもくれてやる!!」
「本当ですか!? ありがとうございます!! あ、一応、一筆書いてもらえます? 口約束だけだと、ちょっと……」
「いいだろう」
「グアン卿! そのような事を!」
「いいのだ。あの盗賊共には、我が領を散々荒らされた恨みがある。だが、そうだな。全員生きたまま引きずってこれるかな?」
「生け捕りですね。了解です」
最初からその予定だから、別に構わない。やっぱり今でも自分の手で人を殺すっていうの、気が進まないんだよね。
悪人相手でも、実際に手を下すのが護くんやとーるくんでも。
私だけに見えるよう調整したマップには、山の裾に潜んでいる盗賊達が丸見えだ。
ここだけ、魔獣が来ないのかな。
『以前あった、魔獣よけの香を使ってますね』
どこまで広がってるんだ、魔獣よけの香。そしてどうしていつも犯罪者が使ってるんだよ。
『盗賊達の方が、高値を出すんです。そして彼等が買い占めるので、他の人達が買えない状態になってますね』
生産量を上げられないのに、市場に出る前に犯罪者達が生産者から直接買い取りかー。
ならば、あちこちの盗賊を退治し続ければ、市場に出回るようになるかな?
『微妙ですね。いっそ、砦で量産して安価で売りますか?』
でも、それをすると香で生計を立てている人達が大変になるしなー。ちょっと、その辺りはじいちゃん達に相談してからで。
「書いたぞ。これでいいかい?」
領主さんが、いつの間にか契約書を書いていてくれた。お? 何か魔力を感じますが。
『魔法契約の一種ですね。こちらの大陸では珍しいものです』
へー。そっか、魔法士がほぼいないんだっけね。一応、契約書の中身を確認すると、確かにシント連峰とその裾に広がる森一帯を譲るって書いてあるね。ニノングって、シント連峰のある地方の事か。
譲る条件が、領内の盗賊の捕縛、ただし生きたまま。条件で書かれるんだ……
「中身に納得がいったら、サインを」
ペンを渡される。検索先生、この契約書、中身的に大丈夫ですか?
『問題ありません』
よし、なら名前を書いてっと。
「これで」
「ふむ。……これは、なんと読むのかな?」
「サーリです。ここから西にずっといった先にある、別の大陸から来ました」
「何だってえええ!?」
本日、一番の悲鳴が上がりました。
何であんなに騒ぐかねえ? 盗賊生け捕りなんて、簡単なのになー。
「何をぶつくさ言ってる?」
ただいま船の上。甲板から飛び去る景色を眺めている。その背後から銀髪さんが声をかけてきた。
「えー? だって、たかが盗賊の生け捕りですよ? なのに、あんなに騒ぐなんてさー」
「いや、どちらかと言ったら、別の大陸から来た事を驚かれたんだと思うが。そういや、あの時はよくも俺を盾に使ったな?」
あの後、質問の嵐で大変だったもんねー。私は銀髪さんの後ろに隠れて難を逃れましたが。
だって、あの国ウィカラビアと国交があるっていうんだもん。だったら、いっそダガードとの交易、単独で決めちゃわない? って思うでしょ?
で、そういう国の一大事を決めるのは、元王様である銀髪さんが適任だと思うのね。だから前面に押し出したんだー。
「でも、おかげでこの国……ミンゲントとも交易の条約が結べそうじゃないですか」
「それもこれも、お前の盗賊討伐にかかっているんだぞ」
「そーでした。でも、ご心配なく。そろそろ終わりますよ」
「またか……」
何でそこでそんな呆れた目で見るのさー。後から甲板に上がってきた剣持ちさんも、銀髪さんから話を聞いて同じ目で見てくるし。
「お前のでたらめさに慣れた俺達だからこそ、この程度で済んでるんだ。あの場にいた連中の顔、見ただろう? 部屋が静まりかえったじゃないか」
そーでした。まあ、自分の目で見ないと信じないって人達ばっかりでしょうからね。
それはともかく。あの場にいた四人の事を話題にする。それぞれ怒りんぼ、甲冑、領主さん、油断出来ないさんと言い表したら、二人で腹を抱えて笑い出した。
「相変わらず、お前の名付けは独特だな」
「うるさいですよ! それよりもあの油断出来ないさんって、この国の……」
「国王だろうな。甲冑やニノングの領主の態度を見ていればわかる。領主は国王の学友といったところだろう」
「そんな事までわかるんだ……」
「態度が気安い。だが、その中にも線引きをしている雰囲気があった」
こういう時、目の前の人が元王様なんだって思い知らされる。
「交易の関する取り決めは、再びあの王都に戻ってからだ。まずは目の前の盗賊退治に集中しろ」
「そーですね。あ、終わったみたいです。……何だか、聞いていた一団とは、また別の連中がいたみたいですよ?」
「全部盗賊か?」
『一部、違います』
「……一部、違うみたいです」
「何だと?」
『ニノングの領地を荒らしていたのは、ニノングの領主を逆恨みしている貴族が雇ったごろつきですね。傭兵崩れのようで、腕はそこそこのようです』
でも、捕まえたんですよね?
『物理攻撃の腕がそこそこでも、薬には勝てません』
そういえば、催眠剤やらしびれ薬やら使うようになったんだっけ。
『人間を生きたまま捕縛するには、一番いい手ですからね』
そーですね。おっと、銀髪さん達にも説明しないと。領主さんを逆恨みしている貴族の仕業で、傭兵崩れが襲っていたと話す。
「まったく、反吐が出る」
「ニノングの領主に言って、八つ裂きにしてやりましょう」
待て待て。君らが出ちゃダメでしょうが。気持ちはわかるけど。
あ、検索先生、その貴族にきつい浄化をやっちゃ、ダメですか?
『ダメではありませんが、神子の素性がバレますよ?』
う……ま、まあ、山と森をもらっちゃえば、二度と会わない人達だし。この際だから、いいや。
『では、山と森を譲渡されてから、浄化をするといいでしょう』
そうします!
護くんととーるくんのタッグで捕まえてきた盗賊達は、見るからにって感じの連中と、ちょっとだけ小綺麗な連中とに別れていた。
どうやら、この小綺麗な連中がどこぞの貴族が仕込んだ連中らしい。
「傭兵崩れっていうから、もっと汚いのを想像してたのに」
顔を覗き込んでの呟きに、銀髪さんが嫌そうな顔をした。
「盗賊に綺麗も汚いもあるか」
「そーですね」
今回の盗賊達は、全員眠らせて網に入れてある。薬で寝かせているので、起こす薬を使わないと三日間は眠り続けるそうな。
んじゃ、この網のまま王都まで持っていきましょうか。
問題は、王都のどこに、どうやって下ろすか、なんだけど。
「協会の裏庭に、ぼたっと落っことしましょうか」
「それだと盗賊が死ぬんじゃないか?」
「弱いなあ」
「いや、割と普通の話だ」
そうですかね? 結局、裏庭に下ろすのは決定で、全体に結界を張ってステルスの術式を使う事になった。
王都につき、船のまま協会の裏庭の上空に来る。
「下には誰もいませんね」
「これなら下ろせそうだな」
んじゃ、下ろしましょうか。落っことしても結界があるから大丈夫だけど、着地の振動で迷惑かけかねないからね。そっと下ろすよー。
盗賊達が入った網を下ろしてから、私達も船から下りる。さて、誰かにあの四人を呼んできてもらわないと……
「きゃー!! 裏庭にいきなり人がー!!」
あ、やべ。私達には、ステルス結界、使ってなかったわ。
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