第439話 密林の中の王都
「こ、これは文献にある『清流の滴』そのもの! では、本当に本物……」
そうですよー。牙虎からわらしべ長者並にどんどん大きな魚を釣り上げて、最終的に辿り着いた巨大魚から取り出した石なんだから。
検索先生のお墨付きがあるので、ちゃんと薬の材料になりますって。でも、それをここで言ったところで、信じてもらえないだろうしなー。
「コーキアン辺境伯、この石を譲ってはもらえまいか!?」
「さて、それは私の一存ではなんとも」
領主様がこちらをちらりと見る。屋敷の主……キーバンの領主でマノンダ卿というらしい……が、縋るような目でこちらを見た。
「で、ではそこの娘。サーリとか言ったな? この石を譲ってくれんか? 金なら言い値で払う!」
「そう言われましても……」
私は領主様を見る。あー、マノンダ卿が焦ってる。
『マノンダ卿は、純粋に「彼」を救いたいようです』
彼? 病にかかってるのは、男性なんだ。もしくは、男の子?
マノンダ卿は私と領主様の顔を交互に見比べ、やがてやがてテーブルを叩いて立ち上がる。
「よろしい! あなた方を王宮へご案内しましょう! 殿下のお命を救う為です。陛下もきっとお許しくださる」
領主様が、にやりと笑った。
キーバンからキルテモイアの王都ムタストまでは、普通に行ったら三日かかるそうな。うん、地上の道を行けばね。
「まさかここで空を行くとは思わなかったわー」
「なかなか快適だねえ」
今私達が乗っているのは、象に似た魔獣の長耳象。その名の通り、長い耳が特徴で、あんまり高度は出ないけど空を飛べる。そんなアニメ、あったね。
耳は姿勢制御とかに使う程度で、浮力は魔法なんだって。さすが魔獣。ちらっと見たら、飛んでる最中は耳を横に広げてた。
しかも象型だけあって体が大きいので、一頭に取り付けた輿? 籠? に最大六人乗れるんだって。
私は領主様とマノンダ卿、銀髪さん、剣持ちさん、じいちゃんと一緒に乗ってる。もう一頭に、ジジ様、ユゼおばあちゃん、夫人、侍女様方。
この長耳象、希少種らしくて所有している人は少ないらしい。そんな貴重なものを持ち出す程、マノンダ卿は急いでいる訳だ。
キーバンを出発してそろそろ二時間。もうじき王都ムタストに到着するらしい。
「陛下は殿下が病に倒れられてから、酷く気が立っておられる。刺激はしないように」
病に倒れたのは殿下。男性で、陛下の弟か息子ってところかな? そりゃ落ち着いてはいられないだろうね。
ムタストは、周囲を密林に囲まれた都市だ。マノンダ卿曰く、王都の壁を越えて木が浸食してくるそうな。
「だから、壁の周辺には木こりが多く住んでる。王都の笑い話の一つだな」
それ、笑い話にしちゃっていいのか?
マノンダ卿がいるおかげか、長耳象は王宮の前庭に直接下りる事が出来た。
「本来は許可なくやってはいけないのだがね。私は陛下に許されているから」
「なるほど。忘れてはいけないよ? サーリ」
領主様、何故私だけに向かって言うのかな? 銀髪さんと剣持ちさん、じいちゃんまで頷いてるし。解せぬ。
前庭には人がたくさんいて、すぐに長耳象をどこかへ連れて行く。側にいた人に、マノンダ卿が何かを耳打ちすると、その人は走ってどこかへ行っちゃった。
「では、参ろうぞ」
マノンダ卿を先頭に、キルテモイアの王宮へと足を踏み入れる。
王宮は、やはりダガードのそれとは大分建築様式が違う。大きな柱で囲まれた大きな空間。ちょっと宗教建築を思い出す感じ。お寺とか、教会とか。
そんな大きな空間を持つ建物が、いくつも連なってるのがキルテモイアの王宮。あと、平屋造りで二階部分はないらしい。
空から見た王都の、約半分が王宮だって言うんだから驚きだ。そこに官公庁も全部入ってるので、王族の生活空間は王宮の半分もないって言うけど。
それでも元が元だから、半分近くもあれば十分広いと思うんだ。
いくつもの角を曲がってひたすら歩く事しばし。大きな扉の前に出る。ダガードの王宮でもそうだけど、こっから一人では絶対出口まで戻れない……
扉は、両脇に立つ兵士達が開けた。その向こうには、綺麗に磨かれた石の床と、奥には大きなクッションのような玉座。
そしてその玉座には、とても綺麗な女性が座ってる。女性? もしかして、あの人が……
「キルテモイアの輝ける女王、ニヴェミナ陛下にはご機嫌麗しく」
やっぱり女王様!? 赤茶色の髪には揺るくウェーブがかかっていて、肌は浅黒い。離れた場所から見ても、とても綺麗な女王様だ。
でも、女王様は大変ご機嫌が麗しくなかったご様子。
「堅苦しい挨拶はよい。して、マノンダ卿。先触れが持ってきた話は本当なのだろうな? 妾を謀ると容赦せぬぞ?」
「ほ、本当の事にございます。私の目に狂いはございませんぞ」
そういえば、「殿下が病に倒れられてから、酷く気が立っておられる」んだっけ。
「今、この場でロコガン師に確かめさせればよろしいかと」
そう言ったマノンダ卿は、私を振り返った。ああ、あれを出せって事ですね。
ポケットから出したと見せかけて、亜空間収納から「清流の滴」を取り出す。あ、女王様の表情が変わった。
「誰ぞ、ロコガンをここへ呼べ!」
女王様の命令を受けて、兵士の一人がその場を後にする。女王様、食い入るような目でこちらを見るの、やめていただけます?
しばらくして、真っ白い髭の今にも折れそうな痩せぎすのおじいさんが入ってきた。髭とか見た目とか、ちょっとじいちゃんとかぶるなあ。
「陛下、宮廷薬師のロコガン、お呼びにより参りました」
「うむ。ロコガン、そこな者が『清流の滴』を持って参った。本物が確かめよ」
「何と! 御前、失礼」
おじさんはすたすたとこちらに来ると、私の手から清流の滴をひったくるように取り上げた。
ちょっと、それまだ所有権を手放してはいないんですけど?
おじいさんはひったくった清流の滴を、色々な角度から見て、日に透かしたりしてる。
「間違いない……色味といい中の金色の粒といい、文献にある清流の滴そのもの……娘、これをどうやって手に入れた?」
「へ? 釣りあげた巨大魚の心臓から取り出しましたけど」
「巨大魚……それも、文献のままだ。陛下! これで薬を作れますぞ!!」
「本当か!?」
「はい。他の素材は手元にございます故」
「では、早々に作成に取りかかれ!」
「は!」
え? 待って。それ、まだあげるって言ってないよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます