第344話 大所帯

 北の国ダガードの夏は短い。ついこの間夏祭りが行われていたと思ったら、もう秋の気配がする。


「涼しいー」


 日中でも、どうかしたら長袖が欲しくなるくらい。朝晩なんかめっきり冷え込んでるし。北の夏って、こんななんだ……


 ダガードに来たのは、去年の秋だっけ。なんだか、もっと長くここに住んでるような気でいたわー。実際はまだ一年も住んでないんだなー。


 王都でのあれこれがあったのも、もう随分昔に感じるけど、実際はまだ二十日経つか経たないかくらいだし。


 あれから、ユゼおばあちゃんとジデジルは大聖堂建設に、じいちゃんは自分の研究に、私は日々をなんとなく過ごしてる。


 そんなだらっとした昼下がり、護くんが来客を告げた。


「誰かなー? って、ローメニカさん?」


 彼女がわざわざ砦に来るって事は、厄介事の予感しかしないんだけど。


 とりあえず、砦に馴れている人なので、そのまま角塔まで入ってもらった。


「いらっしゃい、ローメニカさん」

「こんにちは。早速で悪いんだけど、ジンド様から指名の依頼が入っているのよ」


 あー、領主様かー。


「もしかして、温泉連れて行けとかそんな内容ですか?」

「え? 何で知ってるの!?」


 やっぱりー。って事は、王宮のゴタゴタが終わったか、一段落ついたんだな。


 ローメニカさん曰く、早馬が依頼を持ってきたらしいよ。


「あれ? じゃあ領主様はまだ王都ですか?」

「いえ、依頼書には、届いた三日後にはジンド様がデンセットに到着するとあったの」

「依頼書って、今日届きました?」

「ええ」


 って事は、三日後に領主様がデンセットに到着する、と。ここからなら、一番近いのは一番湯だけど、多分四番か五番湯に連れて行けって言われるだろうなあ。


 新しいものは、試してみたくなるもんね。


「わかりました。依頼、受けますよ」

「ありがとう! ジンド様からは、無理強いはするなと厳命されてるんだけど、そこはほら、組合の立場もあるから」


 浮世の義理ってやつですねー。だからフォックさんも、ローメニカさんを使者に立てたな。


 馴染みの人に頼まれた方が、こっちとしても断りにくいもんね。というか、多分ローメニカさん以外の人が来たら、砦の中まで入れてないし。


 ちょうどお茶の時間だね。ローメニカさんもお茶と茶菓子を楽しんでいくといいよ。


「いいの? ありがとう」


 ちょっと疲れが見えるからね。私がやると何が起こるか予想が出来ないから、ジデジル辺りに疲労回復の術式を使ってもらおうっと。こっそりとね。




 三日なんて、あっという間に経つもんだ。


「やあ、今日は楽しみにしてきたよ」


 砦の門の前には、馬車の列。そして、下りてきたのは疲れが振り切れてハイテンションになってるらしき領主様。


「おはようございます、領主様。また、すごい馬車の数ですね……」

「うん、まあ、色々とあってね」


 色々って、何? 聞きたいけど、ちょっと怖い。と思っていたら、一台の馬車から見知った顔が飛び降りてきた。


「サーリ!」

「あれ? ミシア? どうしたの? 大公領に、里帰りしたんじゃ……」

「結局、あの後ずっと王宮にいたのよ。カイド兄様ったら、お父様をがっちり掴んで離さなかったんだから!」

「当たり前だ。有能だとわかっている人間を、みすみす逃すか」


 あ、銀髪陛下も下りてきた。背後には剣持ちさん。いつものメンツだね、こりゃ。


 他にジジ様と侍女様方、叔父さん大公とフィアさん。総勢十人で温泉に向かうらしいよ。


 それにしては、馬車が多いな。


「半分は大公ご夫妻の馬車だよ。荷物が多いからね」


 あー、なるほどー。そして、残りの馬車のうち半分、つまり全体の四分の一は、ジジ様の荷物だそうな。すげー。


「じいちゃん、どうしようね?」

「うーむ。地上を馬車で行くしかないかのう」

「サーリ、先生、それについては、ちょっと相談が」


 ミシアが悪い顔をしてこっちに顔を寄せてくる。悪巧みか?


「うちの馬車は、私とお父様、お母様以外はそのまま大公領に返しちゃえばいいわ。お婆さまの荷物は、最低限だけに絞ってもらって、デンセットかネレソールで預かってもらいましょう。男性陣はそんなに荷物はいらないはずだし。護衛も残していけば、身軽になると思うの」


 合理的な考えでしたー。でも、それなら必要な荷物くらい、亜空間収納で引き受けるのに。


 そこから先はじいちゃんと相談し、荷物を減らしてもらってからじいちゃんの空間収納に入れ、全員絨毯で運ぶ事になりました。


 じいちゃんの収納は、時間経過ありで収納量に限界があるもの。このタイプは持っている魔法士も少なくないから。


 後は護衛や王都から乗ってきた馬車は、デンセットに、大公領の馬車はそのまま大公領に行く事が決定。


 護衛から文句が出たけど、そこはそれ、銀髪陛下や叔父さん大公、領主様達が黙らせてくれたよ。


「サーリ、もし私達が彼等を黙らせなかったら、ここに置いて行くつもりだったね?」


 何故バレる!? だって、面倒な事は嫌じゃない? 問題が起こったから、って言って逃げるつもりだったんだー。


 でも、そうすると依頼を破棄した事になるのかな? どのみち面倒だったか。


 絨毯は、大型のものを出してみた。


「以前見たのとは違うねえ?」

「こんな事もあろうかと、大型のものを作ってみました!」


 嘘だけど。これ、普通に絨毯として使おうと思って作ったもの。でも、大人数乗せる事を考えて、空を飛べる機能を追加しました。


 本当、魔法って便利ねー。

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