第18話 その名はダラルード


 ズガァッッッ!!


 ダラルードの突き出した大剣が異形の魔獣の喉もとを正確に貫く。

 濁ったどす黒い血が百五十デュールの長いブレードをつたう。ガードにせき止められしずくとなった血が、ポタポタと石畳のうえへ落ちた。


「ヘッ、張り合いのねぇやつらばかりだな!」


 挑発するかのようにわらい、魔獣の首の付け根に突き刺さったままの大剣を乱暴に振りまわした。

 サルを何倍にも膨れ上がらせたような巨大な魔獣の体躯がかるがると宙を舞い、グシャァァと肉のこすれるいやな音を立てて道端に落ちる。

 サルの魔獣は数秒のあいだ痙攣し、そして動かなくなった。

 流れ出る黒い血が、夜の石畳をさらに黒く染める。


 十五体――いや、これで十六体目。周囲にはこれと似たような死体が転がっていた。すべてダラルードの大剣により絶命させられた魔獣たちのなれの果てである。

 ダラルードは顔に飛び散った返り血を服のそでで乱暴にぬぐい、もう一度ヴンと大剣を振るった。剣身に纏わりついた魔獣の血が、路上に湾曲した血痕をのこす。


「さて、次は……テメェらだ」


 振りかえり、鈍い銀色の輝きをはなつ大剣をかまえなおす。

 その先には二十体ほどで群れる人間大のトカゲと、さきほどダラルードに殺されたサル魔獣をふたまわりほど大きくした、クマのような魔獣が七体。

 人間大のトカゲはどの個体も首から下はトカゲの鱗と尾をもっているのだが、頭部にかぎってはヒツジ、サル、ウマなどバラエティに富んでいた。クマのような魔獣は、体の大きさと姿は大型のクマそのものだが、頭部はウシのようだった。

 どれもが血に飢えた形相でダラルードの動きを警戒している。


 ダラルード指揮下の第一部隊に配属された五人の騎士はみな、動けないでいた。

 彼らにとってこれほどまでに異形の姿をした魔獣たちは、いままで見たこともない存在であった。それにくわえ、“目の前の人間を殺戮することだけ”を目的に動いているかのような凶暴性は、鍛練を積んだ騎士にとっても「恐怖」のひと言であった。


 そして――その恐怖の体現者たちをはるかに超えるダラルードの強さに、ただただ驚愕していた。


 そう。動けない、動かないのではない。手が出せないのだ。

 戦闘が開始されたときには恐怖を追いはらい、勇気を振りしぼり、ダラルードを援護しようとあとにつづいた。が、まるで戦いのレベルがちがいすぎた。

 ダラルードは縦横無尽に大剣を繰りだし、何体もの魔獣をたったひとりで、それも同時に相手した。

 膂力りょりょく、胆力、剣技。そのすべてが桁違いのものであったのだ。


――俺が二十五人分だ。


 王は作戦会議でそう断言していた。

 そのあと剣士クラッサスが戦線を離脱したとき、「四十五人分、やってやろうじゃねえか」とも言っていた。

 五人の騎士は思った。それどころではないと。

 中途半端な実力のものであれば何十人集まっても勝てないだろうと。

 この戦いに自分たちが割ってはいるのは、足を引っ張ることと同義である。


「こ……、これが……ッ! これが、我らが……ッ!」


 通りに面した建物がまたひとつ、大きな音をたてて焼けおちた。

 それをきっかけとしてかどうかはわからないが――


「行くぜェ!」

「ゲキャキャァァッ!!」


 限界まで弦を引きしぼった弓からはなたれた矢のように、魔獣の群れへと突っ走るダラルード。

 立ちはだかるはトカゲ人間、数体。


「ウラァァァッッ!」


 ドガァァァンッッ!!


 ダラルードの振りおろした一撃はトカゲ人間を接近させるまえに両断し、その勢いで道をえぐる。まるで爆発が起こったかのような音とともに石畳がめくれあがり、周囲に飛び散った。生じた亀裂から、むきだしの大地が顔を見せる。


 ズッッ……ゴガァッッッ!!


 土煙の止まぬまえに、出遅れたもう一体のトカゲ人間を鋭い突きが貫いた。

 消えかかりそうなさけび声をもらし、あたり一面に青い血を吹き散らす魔獣。


 ダラルードはさらに一歩踏み出し、貫いたトカゲ人間を切っ先に残したまま、大剣を振りまわす。飛びかかってきた次のトカゲ人間を剣身のどまんなかでとらえ、腹から真っ二つに切り裂いた。

 切り裂かれた魔獣はそのまま転がって倒れ、突き刺さっていたほうの魔獣は振りまわした剣のベクトルを受けて、いきおいよく燃えさかる民家のなかへと吹き飛んだ。その衝撃で、民家は火の粉を散らしながら崩れおちる。


 民家の崩れおちる音に驚いた魔獣たちが見せた一瞬の隙をつき、ダラルードが跳びあがった。

 魔獣が気づいたときにはもう遅い。

 トカゲ人間の頭を踏み抜き、さらに跳躍し、クマ魔獣の頭部よりも高い位置から大剣を振りおろす。


 ゴッ ゴゾァァァァッッッ!!


 もはやなにが斬られ、なにが割られ、なにが壊されているのかも認識できない音と音が乱雑なハーモニーをひびかせる。

 赤、青、緑、黄、紫、黒……色とりどりの血しぶきが、燃えあがる街を背景に、次々と噴きだしていく。それはある種、幻想的な空間にも見えた。


 五人の騎士は当初に命じられたとおり「せめて王の討ちもらした魔獣だけでも片づけよう」と決心していたが、その思いが遂げられることはない。

 なぜなら、すべての魔獣はもう、生きものではなく、ただの肉塊であったからだ。


「あれ、もう終わりかよ」


 凄惨な戦場にはとても似つかわしくない調子の言葉。

 声の主は、もちろんダラルード。


 彼こそが英雄王、ダラルード。

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