第一章 よみがえる英雄王

シャモンディの街[降魔暦 467年]

第1話 二度目の旅

 クラッサス=クレイスズがシャモンディの街に滞在してすでに四日がすぎていた。

 ロッシム大陸を真横に分断するがごとく連なるユゴー山脈。その南山麓に沿って東西に走るトラムール街道と、山脈を越え南北をつなぐゴージョン街道という、二つの大きな道が交わる場所がここ、シャモンディの街であった。


 北にそびえる山脈と南の小高い山々に挟まれてはいるものの、大陸南北の諸国を結ぶ交易の要としてサラミナ王国の文化と経済を担っている、人・物・金・情報の行き交う街。探している男の情報が手に入る可能性は高いとクラッサスは考えた。

 そして事実、その読みは当たっていた。


 よく晴れた日だった。

 街を縦断する石畳の大通りでは商人たちが露店を広げ、自慢の品を少しでも多く売ろうと声を張り上げている。昼どきで混雑する大通り。無軌道に歩く人々を踊るように華麗な足運びですり抜け、クラッサスは目的の店へと急いだ。


 夜には酒場へと姿を変えるその店は、日の出ているうちはトゥジナ料理を提供する料理店である。北部出身のクラッサスにとっても南沿岸部のトゥジナ地方で獲れる魚は好物の一つで、シャモンディに滞在しているあいだの昼食はすべてこの店で済ませていたほどだ。


 だが今日は、それどころではない。


 店に入るやいなや、座っている客たちを素早く見まわす。

 一人ひとりを確認していくまでもなく、目的の男はすぐにわかった。

 燃え上がるように逆立った真紅の頭髪、人を惹きつける切れ長で深い金褐色の双眸そうぼう。飾り気はないがよく使い込まれているとわかるショルダーガード。そして刃渡り百五十デュールはありそうな両手用の大剣を携えている、年の頃なら十六か十七の少年。

 すべて噂どおりだった。彼に間違いない。クラッサスは興奮を、闘気を抑えきれなくなっていた。


 探していた、この男を。待っていた、この日を。

 迷いなく男のテーブルに歩を進め、問い掛けた。


「食事中に失礼。貴公がダラルード=ダレイルを名乗る人物か? 我が名誉にかけて決闘を申し込む!」



       ◆



 ダラルード=ダレイルとルカ・ハルメアの二人がシャモンディの街に到着したのは、太陽が真上を通りすぎる直前だった。

 泊まる宿も食事する店だって「どこでもいい」といつものように言うダラルードだが、本当はどこでもいいわけはないとルカは身をもって知っていた。


 ルカ・ハルメア。

 黒に近い灰色の襟付きとショート丈の上着、それに合わせて黒く染めてある革の靴は、すべて体のラインに合わせて仕立ててある。動きやすさを重視する冒険者の衣服としては不適当かもしれないが、彼はこのスタイルを気に入っていた。肩まで伸びたブラウンの髪は紐で一つに括ってあるが、ウェーブがかったクセは隠しきれていない。

 ダラルードよりも二つ年上であるこの男の性分は決して社交的とはいえないが、細かいことを嫌う旅の同行者に代わって情報を集めるのも役回りのひとつだった。

 商人や通行人から話を聞き、味が良いと評判の料理店を見つける。結果としては、上々の上。その店のトゥジナ料理は生魚こそ扱っていないものの、シャモンディが内陸部にあることを忘れそうになるほど新鮮で美味しく、毎日通っても飽きさせないメニューの豊富さを誇っていた。


「当面の問題は、どうやって仲間を集めるかだな」


 トゥジナ産魚介のすり身を挟んだ穀物パンを口に運びながらのルカの相談は、香草ソースを絡ませた塩魚に舌鼓を打つダラルードの耳には届いていない。


「陛下、聞いてる?」

「ん? ああ、ごめん。聞いてない」

「仲間の話。“谷”に行くならせめてもう一人はほしい」

「ああ、仲間か。そうだな……」


 ダラルードが考えるふりをしながら食事を楽しんでいるあいだにも、昼食を求める街の住人や旅人、商人が次々と店に入ってくる。

 二人が席に着いてから五人目の客は若い商人だった。ルカの真後ろのテーブルに座り、七皿を注文する。肉づきのよい体型に相応しい食べっぷりだとルカは感心した。


「なんとかなるだろ?」

「なるわけないだろ! 勝手に集まってくるモンじゃないんだぞ?」

「集まってくるかもしれんだろう」


 本心なのか冗談なのか、食事を終えたダラルードは屈託なく笑ってみせた。この表情が会議の終わりを示すことを、ルカは承知だ。

 ダラルードはいつもそうだ。日々のちょっとした選択はもちろん、比較的肝心なことすら適当に流して決めてしまう。彼は、彼にとって本当に大切なことだけに頭を悩ませる。それ以外のことはどんなことであれ、些末なことがらに過ぎないのだろう。ルカは行動をともにするうちにそう理解していった。


「なあルカ、ここの料理めちゃくちゃ美味いな。夜もここで食べよう。明日もここで食べよう。あさってもここで食べよう」

「また陛下の悪いクセが出た!」


 同じ店なだけでなく、きっと同じ料理を注文するだろう。ダラルードは絶対に美味しいとわかっているものだけを繰り返し食べる。ほかにも美味しい料理があるかもしれないという可能性や、たまにはちがうものを食べたいと求める思いは、という保証に比べれば彼にとってつまらないことのようだった。


 店の扉が木のきしむ音をさせ、また開く。六人目。

 黒いマントと円筒状のハット、襟元にはあざやかなグリーンのタイ。そして左目に装着した片眼鏡と、綺麗に整えてある口ひげが印象的な壮年の男性だった。出入り口に立ち、店内を見まわしている。

 あまりにも奇妙な格好をした男の入店に目を見開いたルカに気付き、ダラルードも視線を移す。

 男はダラルードと目を合わすとひどく興奮した様子で二人のところへ真っ直ぐやってきた。


「食事中に失礼。貴公がダラルード=ダレイルを名乗る人物か?」

「おう! 名乗るっつうか、本人だ。おっさん、なんか用か?」

「我が名はクラッサス=クレイスズ。ダラルード=ダレイル殿、我が名誉にかけて決闘を申し込む!」

「クラッサ……なんだ? すまん、もう一回言ってくれ」


 ダラルードとルカ。そしてクラッサス。

 シャモンディの、魚料理のうまい店で。

 出会いは、よく晴れた日だった。

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