第43話 魔王の心臓

「アンタへのお届け物さ、降魔師さん」


 ボロ布の女はルカに向かってはっきりとそう言った。


 自分を降魔師だと知っている理由。待ち伏せできた理由。届け物とは何か。そして依頼者は誰か――思慮をめぐらせ、戦うよりも対話すべきとルカは判断した。しかもほかの3人がいないこのタイミングがベストだとも。


「わかった。話を聞くからそいつを放してくれないか。こちらに攻撃の意思はない」


 そう言って、ルカは両手を広げてみせる。

 武器は持っていないというジェスチャーのつもりだった。降魔師なのだからそのポーズには意味がないとわかってはいても、それ以外に思いつかなかったのだ。


 ボロ布の女もそれに気づいて失笑しつつ、ナイフを手元でくるりと回すと腕に取り付けた鞘へと器用に仕舞った。


「こわい思いをさせちまったかい? すまないね、そっちの彼氏に殺されないための手段が咄嗟に思いつかなくてね」


「もう、いきなりひどいですよ~! ちゃんと説明してくださいね!」


 ヤココットはさして動揺する様子もなく、すたすたと歩き適当な岩に腰かけた。


「ハハッ、これは肝の据わった彼女さね。若さのわりに相当な修羅場をくぐってきたと見えるよ」


「あらっ、そんなに若く見えます~? いろいろね、がんばってるんですよ~」


「雑談はいい。さっさと話を進めてくれ。あと、彼氏じゃない」


 前髪をかきあげながらルカが促す。


「そうさね。なにから話そうかい」


「届け物はなにか。誰からの依頼か。そしてあんたが何者か。この3つを好きな順で話してくれ」


「じゃあその順番でいこうか。まず届け物はこれだ」


 ボロ布の女は小さな革袋を手のひらに乗せ、宝石のついた鍵を取り出した。


「なんだそれは」


「おや、渡せばわかるって言われてんだけどね。あいにくだけど、アタシはこれが何かは知らないよ。おおかた降魔術に関するナニカだろ。さっさと受け取ってくれよ」


「何なのかわからない、差出人も不明。そんな荷物なんか受け取れるかよ」


「そう言わずにさ。依頼主からの伝言でも聞いとくれ」


 ボロ布の女は声色を低くして語った。


  “こんにちは、ルカくん。

   突然だけどこれを受け取ってほしい。

   キミにとって必要なモノであればいいのだけれど。

   魔王の心臓……といえばわかってくれるかな。

   じゃあ、またいずれ”


「……おい、ふざけるのもいい加減にしろよ」


 ルカが魔王の痕跡を追っていることは、ダラルードにも話してない特別な秘密である。過去に出会った人物にもそれを知る者は皆無だ。

 この届け物がもし悪趣味なイタズラだとしても、“魔王の心臓”などというネーミングが出てくること自体がルカの心をざわつかせる。


「ふざけちゃいないよ。依頼主の言葉を伝えただけさ。どうすんだい? アタシとしては前金でもらってる以上、アンタがいらないって言や山に捨てるだけさね」


「依頼したやつは誰だ。それを先に言え」


「知らないね。名前は聞いてない。ただ、古くさい降魔師みたいなカッコをしていたよ。なんだい、知り合いじゃないのかい? 渡せばわかるって言われたんだけどね」


「古くさい降魔師みたいなカッコって、どんなのですかぁ?」


 ヤココットが場をなごませるように口をはさむ。


「そうさね、白いローブ着ておっきな杖持って。ローブはまだしも、今どきの降魔師って杖なんか持たないだろう? サラミナ王宮の降魔師しか見たことないからわかんないけどさ。でもなんだかこう、若いのに時代錯誤なカッコだったよ」


「若いって、どのくらいかなあ?」


「アンタらと同じくらいさ。20くらいだろうよ。なんだい、ホントに心当たりないのかい?」


「ないね。それで、オレたちを待ち伏せできたのもそいつからの情報か」


 苛立ちを隠さず、ルカが尋ねる。


「そりゃそうさ。依頼を受けたのはもう何日も前だけどね。この日にこの場所を通るこういう男に渡してくれと、そうはっきり言われたよ。だから知り合いだと思ったんだけどね」


 ルカの目的だけでなく、ダラルード一行としての行動もすべて見透かされている。

 情報が筒抜けといった程度をはなはだしく超えているのだ。

 ここまで知られているとわかると、ルカはむしろ落ち着き始めていた。

 依頼者が誰かはわからないが、あきらめて付き合うしかないと理解できたからだ。


「わかった、受け取るよ」


「毎度あり! たしかに渡したからね」


 鍵の入った小袋を受け取ったルカは、中身を一度確認してから懐に仕舞った。


「そいつからほかに伝言はないか?」


「アンタが一人のときに渡してほしいってさ」


「こいつがいるだろ」


 あごでヤココットを指す。


「女神官はいてもいいってさ。赤髪と紳士と騎士はダメだと言われたよ」


 そこまで細かい指定を……と驚きかけたが、やめた。

 敵か味方かわからないやつはすべて敵だ。

 今後はわずかたりとも油断しない。完璧でいく。

 ルカはそう心に決めた。



「で、最後はアタシが何者かって話だね」


「ああ、それが残ってたな。でもだいたいわかってる。あんた、さっきオレたちを襲ってきた盗賊の仲間だろ? しかも、わざわざ山を越えて南から来たな」


「あたしもそう思いまーす。だってお姉さん、ルゲリオ語で話しかけてくるんですもん。不自然ですよお。さっきの盗賊もそうでした。だからすぐわかっちゃった」


 ルゲリオ語。

 名前のとおりルーゲリア帝国の公用語であり、帝国がつよく影響をおよぼす大陸南部でひろく使われている言語だ。

 大陸北部で使用されるサクスター語とヨライ語の圏内であるオスラルド渓谷ではルゲリオ語をあまり耳にすることはない。もっとも、もともと南部に国があったアルダライルの民が住む聖なる谷を除いてだが。


「なんだい、お嬢ちゃんもわかってたのかい。ってことは、わかっててアタシに捕まったってことね。英雄王の一行ってのはとんだくわせもんだよ」


「んふふ~、そういうことになりますかね~。しかもお姉さん、さっきサラミナ王宮って言ってましたからね。詰めが甘いですよお」


「いやはや参ったね。そうだ、名乗るのが遅くなっちまった。アタシはトゥギア。盗賊のカシラやらしてもらってるよ。よろしくね」


 トゥギアが手を差し出すと、ヤココットが応じた。


「平和に握手なんかしてんじゃねえ。そいつが頭ってことは、オレらを盗賊たちに襲わせたのもそいつだってコトだろ」


「あっ、そうかあ。トゥギアさん、もしかしてそれも依頼されたとか?」


「その節は悪かったね。依頼ってわけじゃないんだけど。本当に英雄王の一団か確かめるために、試しに襲ってみたらいいよと言われたんだ。アタシもおもしろ半分、儲かったらラッキー半分で襲わせてみたのさ。すまなかったよ」


「へえ~、心底ろくでもない男ですね、その人!」


「はぁ……。それで手下たちがオレに殺されてたらどうするつもりだったんだ?」


「そんときはそんときさ。盗賊ってのはそういう稼業なんだよ」


 トゥギアが豪快に笑ってみせる。

 まったくどうしてトップに立つ人間というのはこうなんだろうと、ルカは誰かの顔を思い浮かべていた。


「おっと、話はここまでみたいだね」


 トゥギアの視線の先には、馬に乗った集団がいた。

 ダラルード、クラッサス、マクィーユ。それから数人の盗賊が見える。


「王様のご到着だよ。で、アタシらの一番大きなシゴトはこっからさ」


「その男にまだ何か依頼されてるんですかあ?」


「なに、王様にもお届け物があるだけさ。でも今度はモノじゃない。アタシら自体が商品さ」


 意味がわからないといった顔をする二人にトゥギアは続けた。


「遺跡へ行くんだろ? アタシらが案内してやるよ。盗賊団は王サマの指揮下に入る」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

降魔戦記 ~よみがえる英雄王~ 佐都 一 @samiyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ