第42話 ボロ布の女

 渓谷を流れるトゥオール川に沿った細い街道で、闇は翼を閉じた。


「はぁ~~~、舌噛むかと思った……」

「飛んでるときにしゃべろうとするからだ」

「どこまで行くのか聞いただけじゃんか!」


 頬を膨らますヤココットを尻目に、ルカは西へと歩きはじめる。


「今日の目的地があったろ。えっと、ダムイの村だったか」

「ダムイはさっきの村ね。今日の宿泊予定はミーノ村だよ……って、ミーノまで歩いていくつもり!? 馬で半日近くかかるよ!?」

「馬は陛下たちのところなんだから歩くしかないだろ」

「さっきみたいに飛んでいくのは? ビューンって」

「中級魔族の召喚がどんだけ魔力を消費すると思ってんだ! 話しながら歩いてりゃみんな追いついてくるだろ。オレたちが西こっちへ飛んだの見てるだろうし」


 ヤココットはすたすたと歩いていく同行者へと不満げな顔をしてみせたが、彼が振り返りもしないので仕方なく早足で追いかけた。横並びになり、顔を覗き込んでみる。無表情で歩きつづけるルカは機嫌が悪くも見えるが、おそらく考えごとをしているだけだろう。


「ねえ、さっきの話だけど」

「どうぞ」

「ノクターナルライツの残党を滅ぼすって言ってたの、本気なの?」


 ルカは相変わらず表情を変えずに答えた。


「冗談で言うようなことじゃないだろ」




 ノクターナルライツ――

 リハイ族に原初の降魔師が誕生してから70年ののち、最古の降魔師組織“ノクターナルライツ”が結成された。表向きは降魔師同士の互助組織とうたっていたものの、降魔師の人数を増やすため、また降魔術の実験を目的とした人さらいなど非人道的行為を常習的におこなう集団でもあった。


 降魔暦104年、一人の青年が半数近い構成員を連れてノクターナルライツを離反。自らをと名乗り、新たな降魔師組織“ナイトウィッシュ”を結成した。

 そうして始まったナイトウィッシュとノクターナルライツによる降魔師組織の争いは、のちに「第一次降魔戦争」とよばれる大規模なものへと激化していく。


 降魔暦106年、戦争に勝利したナイトウィッシュが国家を形成。ナイトウィッシュ以外の降魔師組織を認めないよう各国と条約を締結する。こうしてノクターナルライツは歴史の表舞台から完全に姿を消した。




「あたしの知識がたしかなら、ノクターナルライツはおよそ360年も歴史から姿を消していたってことになるんだけど」

「ナイトウィッシュだってその40年後に起こった第二次降魔戦争で負けてから姿を消してたろうがよ」

「降魔師弾圧の時代ね。でもそれは歴史の教科書の話でしょ。ナイトウィッシュが以降もずっと各国に降魔師を貸し出していたことやルーゲリア帝国の建国に暗躍してたことくらい、あたしは知ってる。

 でもノクターナルライツはちがう。そっちは完全に、あとかたもなく消滅したはずだった。残党が存在するなんて話は聞いたことないわ。なにか間違ってる?」


 ルカの目はめずらしく丸くなっていた。

 いろんなことを知っている女だとは思っていた。だがこれほどまでとは。それなら遠慮はいらないな、そうも思った。


「いいね。話が早いのは嫌いじゃない。そうだな……じゃあ、その二つの組織の降魔師にどんなちがいがあるかわかるか?」

「えっ、なに、クイズ? ちがい……? うーん、ヒント、ヒントちょうだい!」

「いきなりヒントかよ!? まあいい。たとえばだ、同じファールー教でも教派によって全然ちがうだろ。荘厳を好むルクネイア派と、質素を好むウィルメリア派だったか。二年前の廃教会にも飾り気がなかったんじゃないか?」


「あのときはそんな余裕なかったからそこまで気にしてなかったけど、基本的にはウィルメリアの教会はどこもつつましいよ」

「だよな。だからまあ、なんだ、偶像崇拝をよしとしないウィルメリアの祭壇に人質を張り付けてた影使いたちの意図。あれは騎士団に恐怖を与える目的だけじゃない。ファールーンを冒涜する意味合いも含まれてるはずだ」


「つまりノクターナルライツはそういうことをする集団だってこと?」

「降魔師ってのは無神論者だからな。宗教自体に興味がない。だがあいつらはわざわざファールーンを貶めている。興味がないのにだ。なぜだと思う? あいつらがクソ野郎だからだ」


「待って待って、個人的な感想になってるよ! クイズはどうなったの?」

「ああ、すまん。話が逸れたな。えっと……」

「二つの組織のちがいについて」

「それだ。結論をいうと、ノクターナルライツは原始的で派手な降魔術を好む。廃教会のヤツらのようにな。その教義に反旗を翻したナイトウィッシュ……いや、ウィッシュマスターは虚無を好んだ。そのあたりの趣向はローブの紋様にも表れてるな」


 そこまで言うとルカは腰にかけた革鞄から水筒を取りだし、ひと口飲んだ。


「なるほどねぇ~。使う降魔術の種類がちがうのかあ」

「というより、そもそもの理念がちがうって話だな」

「理念かあ……。ホント、よくそこまで調べ上げたものだよ」


 ヤココットが感心すると、ルカは軽く手を振って感謝を示した。


「で、そんなルカくんはどうしてノクターナルライツの残党をみなごろしにしたいと思っているのカナ?」

「ノクターナルライツだけじゃねえよ。ナイトウィッシュも壊滅させるつもりだぜ」

「はぁ!? なにそれ!?」

「なぜだと思う?」

「もう、またクイズ? 今度は付きあわないからね?」

「……まあ、いろいろあんだよ。とりあえず今後ノクターナルライツに関する情報は共有していこう。それでよろしいか?」

「こちらこそよろしくね……って、そういえばもうけっこう歩いたと思うんだけど……ミーノ村にはまだ着かないのー?」

「たいして歩いてないだろ! 馬でも半日かかるって言ったのは自分じゃねえか。もうちょっと我慢して歩けって」


 ようやく不満げな顔を見せつけることに成功したヤココットだったが、それによって歩く距離が縮まるなどといったことはなかった。


「もうやだーー! 疲れたよーー!」

「わがままか! ほら、しゃんと歩け!」


 ふらふらとへたり込んでみせるヤココットの腕を、呆れながらルカが引く。


「もっかい飛ぼ? ね?」

「おまえさあ……」

「ダメ?」

「ダメ! 疲れてんのはおまえだけじゃないんだって」

「けち!! いいじゃんちょっとくらい!!」

「ダメなもんはダメだ!」

「ガンコじじい!」

「おまえのが年上だ!」


 二人が益体やくたいもないやりとりをしていると、とおくの川岸で岩がのそりと動いた。

 岩はむくりと起き上がると二人のほうへ向きなおり、言った。


「おーい、アンタたち! ちょいと助けてくれないかい!」


 岩ではなく、人――それも女の声だった。




       ◆       ◆




「プハー、助かったよ。このままのたれ死ぬかと思ったさね」


 すすけたボロ布をまとった女は、見た目に反して明るい声でそう言った。

 水と食料を盗賊に奪われてしまいすっかり困り果てていたとのことだったので、すこしだけわけてあげようとヤココットが提案したのだ。


「水ならいくらでも流れているだろう。源流に近いし綺麗なもんだぞ」

「失礼だね。アタシは川の水は飲まない主義なんだよ」

「そんなんで旅人やってんのか。死ぬのも時間の問題だな」


「ちょっとルカくん、言葉が悪いよ」

「ほんとだよ。初対面の相手に向かって。彼女のほうは優しいのに、彼氏のほうは手厳しいね」

「初対面の相手に水と食料を無心する女に言われたくないね。あと、彼氏じゃない」


 ボロ布の女は肩をすくめてみせたが、とくに気にした様子でもなかった。


「ところでアンタたち、ミーノまで行くんだろ? アタシもそのつもりさね。ついていってもいいかい?」

「そうだったんですね。もちろん大丈……」


 ヤココットの言葉を、ルカが遮った。


「ダメだ」


 言い捨てるルカに対し、さすがにムッとしたヤココットが反論する。


「ルカくん、困ってる人を見捨てていくなんてよくないと思うな」

「そうだよそうだよ、アタシは困ってるんだ。見捨てていくなんでどうかと思うね」


 はあ、とルカは溜息を吐いた。


「なぜだか教えてやろうか。それはあんたが困ってないからだ。盗賊だろ、あんた。オレたちがここを通ることをわかってて待ち伏せてたな。なにが目的なんだ。だれに頼まれた?」


 ルカが言い終わらないうち、ボロ布の女は素早くナイフを取り出してヤココットの首に突きつけ、彼女を後ろ手に捕らえた。


「えっ、なっ、なに……?」


「なんだ、バレてたのかい。でもアタシは奪いにきたんじゃない。届けにきたのさ」


 即座に詠唱の体勢に入るルカを見て、女はナイフをヤココットの首もとにさらに近づけた。


「おっと、召喚なんかさせないよ。アンタがスゴ腕の降魔師だってのは聞いてる」


「……なにが目的か、さっさと言え」


「言っただろう、お届け物がある」


 不敵に笑う女の言葉から、ルカはふたつの答えを導きだしていた。

 ひとつは、ひとまずこの女の話を聞く必要があること。

 もうひとつは、ダラルードたちが追いついてくる前にそれを終わらせるべきということだ。


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