第38話 エルシャフィエを継ぐもの

――3日後。


「失礼します」

「来たか。あいている席に座ってくれ」


 深いお辞儀をひとつし、着席した。

 騎士たちの集まる会議室へ現れたのは、神官のヤココット。


「もう大丈夫なのかね?」

「マキちゃんなら、まだ目覚めません」

「いやその、きみ自身のことだ」

「あたしは……無傷でしたので」

「そうではなく……いや、すまない」


 ヤココットが申し訳なさそうに目を伏せると、ジュルーヴュは彼女の心情を察して言葉を切り上げた。

 かわりにベルギュストが声をかける。


「ヤココットさん、すべては我々騎士団の不甲斐なさゆえ。きみが心を痛める必要はない。とはいえ、そうすぐに整理のつくものでもないだろうが……。それは我々にとっても……」

「ベルギュスト。まずは話をまとめさせてもらえんか」

「は。申し訳ありません」


 アッカーヤムのウィルメリア廃教会の事件後、生き残ったヤココットや数名の騎士たちにより一応の報告はなされていたが、全体で集まって会議をひらくのはこれが初めてであった。というのも、マクィーユの目覚めるのを待って開催する予定だったが3日たっても彼女はいまだ昏睡状態にある。そのためまずは情報の整理だけでもというはこびになった。


「あの日、援軍の要請を受けアッカーヤムへ急行したところ、すでに教会は焼け落ちる寸前にあり、すぐそばに生き残った諸君らがいた。これについてはヤココットくんに今一度説明してもらおうか。教会のなかでいったい何があった?」


「はい。神官長を略取した敵降魔師グループは5名。うち1名をアンファルジュ騎士長が仕留めたものの、残り4名の降魔術により壊滅させられ、神官長と騎士長をふくむ多くの……多くの……し、し」


「無理して言わなくていい。そのあとどうなった?」

「は、はい。アンファルジュ騎士長から剣を託されたマクィーユがエルシャフィエに認められ覚醒。残り4名の降魔師をすべて葬りました」

「認められた……か。そうか、やはりマキが次の……」


「彼女は降魔師をすべて灰にしたのち、そのまま意識を失い昏倒。あたしはひとまず生存者の救出を優先するため、杖でベルギュストさんを回復させて彼女を外へ運んでもらいました。教会内で炎の攻撃を受けた騎士たちも息のあるかたは全員回復させ、逃げてもらいました」

「恥ずかしながら命拾いしたよ。ありがとう」


 ベルギュストが起立し、ヤココットに深々と頭を下げる。

 こたえ、ヤココットは伏し目がちに会釈した。


「敵降魔師の目的がなんだったのかは、わかるかね?」

「いいえ。敵同士でいろいろと喋ってはいましたが、よく聞き取れず……。申し訳ありません」

「うむ……まあ仕方ない。全員死んでしまったとのことだし、そのあたりの追究は神官たちに任せることにしよう」

「ジュルーヴュ副長、神官たちは情報を提供してくれますかね?」

「難しいだろうな。今回だって非協力的だ。ヤココットくん一人を呼ぶのも難儀したほどでね」

「くっ、なぜだ! 今こそ騎士と神官が協力すべきときなのに!」


 神官でありながら騎士団とも関係の深いヤココットにとって、これは悩みの種でもあった。ルクネイア教団の神官と騎士、とくに上層部においてはその繋がりを拒むものも多い。父子おやこであった神官長と騎士長が同時に席を空けたいま、その勢力がさらに増長してくるだろうことは明らかであった。


「ちょうどいい。人事の話をさせてもらう」

「と、言いますと?」

「次の騎士長は当然、マクィーユだ。聖剣エルシャフィエが選んだのだ。異論のあるものはいるか?」


 ジュルーヴュの質問に、騎士たちは無言をもって肯定した。


「そして副長だが……私は降りようと思う」

「ジュルーヴュ副長!?」

「まあ聞け。今回のようなことが再び起こった場合、年老いた私ではもう対処しきれんのだ。そこでベルギュスト、おまえに任せたい」

「ま、待ってください! 私は騎士長を守れなかったのです! 騎士たる資格など、もう……!」

「ほかに誰がいる? おまえ以上に次の騎士長を守り、皆をまとめられるものが!」

「私は……!」

「みんな、どうだ?」


 葛藤するベルギュストに、騎士たちが口々に想いを伝える。


「ベルギュストさん! あなたしかいませんよ!」

「今回だって、精一杯やったってよくわかります!」

「やってください、ベルギュストさん!」


「と、いうことだ」

「……ひと晩、考えさせてください」


「わかった。そして次の神官長についてなんだが……」


 騎士であるジュルーヴュの口から神官長の人事について語られる違和感に、会議室はにわかにざわついた。


「まあ聞いてくれ。私も困惑しているのだ。司教たちから“次の神官長は神官からは選出しない”と伝えられた。正直、意味がわからん。が、気持ちはわからんでもない。神官長が降魔師に狙われてしまったいま、わざわざ身を危険にさらしたくもあるまい」

「しかし、それでは神官たちの命令系統はどうなるので?」

「まだわからんか。司教たちは傀儡かいらいを用意せよと言っておるのだ」


 机を叩きつける音が会議室に鳴り響いた。

 ベルギュストが怒りをあらわにし、声をあららげる。


「ふざけないでいただきたいっ! 形だけの神官長を置き、実権は司教たちにあるというのか!? 馬鹿にするのも大概だろう!」


 ヤココットも同意見だった。

 いや、この場にいる誰もが。ジュルーヴュをふくめて誰もが同じ意見だっただろう。


 と同時に、ヤココットにはジュルーヴュの思惑おもわくも見えてきていた。水面下で騎士団と司教たちとの情報戦が繰り広げられるのであれば、各方面へのコネクションが豊富な自らは副長の地位を退き、裏からサポートに徹するほうが得策であると判断してのさきほどの提案だったのだ。悪くない手だと思った。


「落ち着け、ベルギュスト。怒っているのはおまえだけではない。だが、これを騎士団としても利用させてもらおうかと考えている」

「……どういうことでしょうか」

「マクィーユに兼任してもらう」


「はあああああ!?」


 ヤココットの素っ頓狂な声に、騎士たちが目を丸くする。


「ちょ、ちょっと待ってください! わかります、わかりますよ。たしかにマキちゃんなら父と兄の跡を継ぐのに適任でしょう。信徒たちの反発も少ないはず。あの子の美貌であれば、偶像としての力も抜群でしょうよ! かわいいですもんね! 美しいですもん! 騎士団の都合としても、儀式ふくめそれがもっとも合理的であることは理解できます。でも、でもマキちゃんはまだ16歳なんですよ!? それに、それに、お父さんとお兄さんを同時に……いま、マキちゃんがどんなに苦しいか……ひとりになってしまったマキちゃんがどれだけ……この、人でなしジジイ!!」


 そこまで言って、ハッと我に返る。


「す、すみません……言いすぎました」


「……わかっている。本人の意思を尊重したい。この件はまたマクィーユが目覚めてから進めよう。本日は解散」


 いつものほほんとしているはずのヤココットの猛烈な抗議。

 それに一番驚いていたのは、ほかならぬヤココット本人であった。


 机に突っ伏すヤココットの後頭部に、老兵の声。


「人でなしジジイですまんな」

「ずびばぜん」

「……それから、マキはひとりではない」

「……そんなこと、わかってます」



       ◆       ◆



 ドミ・アルダライルの街の南西部、ひときわ目立つ屋敷があった。

 家族3人で住んでいたその家に、いまは少女のみがいる。


 慣れた手つきで鍵を開け、屋内へ入る。

 階段を上がり、少女の寝ている部屋へ。


「マキちゃん、具合はどうかな?」


 ヤココットが問いかけるも返事はない。

 すやすやと眠るマクィーユの顔は、とても丸三日も目を覚ましていないとは思えぬ可憐さであった。


「うーん。あたしが男だったら大変なことになってるところだよ」


 ベッドのかたわらに置いてある剣を見やる。


 エルシャフィエ。


 あの夜、降魔師たちを灰化させたマクィーユは昏倒し、ベルギュストに運び出された。エルシャフィエは彼女のすぐそばに転がっていたが、とてもではないが触れる雰囲気ではなかったので、ヤココットは置いていくことにした。

 翌日、騎士たちの亡骸を回収するために焼け落ちた教会を探索したとき、エルシャフィエとその鞘も見つかったそうだが、なんとどちらにも焦げ跡ひとつついていなかったという。

 騎士たちは「神の御加護だ」と言っていたが、を目撃してしまったヤココットにはとてもそんなふうに思えなかった。


「まったく。こんなときに何もこたえてくれないなんて」


「……あ………ん…………?」


 声がした。

 聞き覚えのある、大好きなあの声。


「ヤコ……?」


「マキちゃん!!」


「……わたしの部屋…………?」


「そうだよ? おはよう、マキちゃん……」


 声は涙でにじんでいた。


「やっと起きてくれたね……。マキちゃんまでいなくなったらどうしようって、あたし、あたし……」


「ヤコ……そうだ、どう、どうなったの? アンファルジュ兄さまは……お父さまは……?」


 そこまで言って、よみがえる記憶がマクィーユの顔をゆがめる。

 ヤココットが横に振る首に、事実を突きつけられた。


「そんな……、そんな……そんな……!!」


「マキちゃん、ごめんね……あたしに力がなかったから……」


 透明で大きな涙の粒が、マクィーユの白い頬をぽろり、ぽろりと流れる。


「ごめんね、ごめんね、ごめんね、マキちゃん……ごめんね」


「うあ……あ……うああああ、あああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 抱きしめていた。

 抱きしめるしかできなかった。


「うわあああああああああん、ああああ、うああああ、うあああ」

「あああ、うああ、うああ、うああ、うああああん」


 二人ぶんの嗚咽が、ただ静寂な時間を撫ぜていた。

 もしここに太陽の神ファールーンがいたとして、彼女たちの心を救うことはできなかっただろう。









「そうか。騎士長だけでなく、神官長もわたしがやるべきだと……」

「これは騎士団と司教たちの政治的な思惑が絡んだ人事なの。関わる義務もないし、マキちゃんがひとりで背負う必要なんてないよ」


 あたためたミルクを飲みながら語り合う二人の話題は、今日の会議の内容についてに変わっていた。


「それもそうか」

「でしょ? 司教たちはあたしがなんとか説得してみるよ」

「……でも。それでも、やるよ。それがきっとルクネイアにとっていちばん良い」


 マクィーユは微笑んだ。


「兄さまと、お父さまの跡を継ぐ。わたしにしかできない。わたしがやるべきだ」


 ヤココットはその笑顔に、アンファルジュを重ねてしまっていた。

 あのやさしい笑顔がそこにあった。


「マキちゃん……」

「それがこの剣を……エルシャフィエを継ぐものとしての使命なんだろうって、今ならわかるよ。お母さまの気持ちが、アンファルジュ兄さまの気持ちが。今ならすこしだけわかるような気がする」


 複雑な表情を浮かべるヤココットに、マクィーユはさらに笑ってみせた。

 大丈夫だよ、そう強がっているようにも見えた。

 なら……彼女を支えるのはあたしの役目だ。

 ヤココットの胸にも、新たな決意が生まれた。


「そうだ。なぜこの剣がエルシャフィエと呼ばれているのか、なんとなくわかったんだ」

「エルシャフィエの……名前?」


「うん。兄さまからエルシャフィエを渡されたとき、頭のなかに声が響いた。〈エルシャフィエ、エルシャフィエ――〉って。まるで“エルシャフィエ”という名の誰かを探すようだった。なんていうかな? この剣がなのではなく、という感じがした」


「うーーーん? なら、ちがう名前をつける?」

「いいや。そういう感じがした、というだけなんだ。わたしの代で勝手に変えていいはずもないだろう。それに……」

「それに?」

「エルシャフィエという名を呼んだとき、この剣はより赤く輝いた気がする。だからこのままでいいと思うんだ」


 ヤココットとマクィーユは幼いころからの付き合いではない。

 だが、今はもう誰よりも心を通じ合わせることのできる関係にあった。

 お互いのどんな表情も知り尽くしていると、胸を張って言える。


 そんなヤココットが思う。

 いま目の前で聖剣を手に取る少女の姿は、これまでのどんなマクィーユともちがうと。


(がんばれ。がんばれ、マキちゃん)


 その日、ルクネイア騎士団に16歳の騎士長が誕生した。

 同時に、ルクネイア教団に16歳の神官長が誕生した。


 マクィーユ=ガドフィー。

 エルシャフィエを継ぐもの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます