第37話 その剣の名は――

「ここまでだ、降魔師。神官長を解放すれば命まではとらない」

「クハ……。人の手首斬り飛ばしといてくれて交渉とは、お坊っちゃんは育ちがちがうな」


 アンファルジュが横目でちらとベルギュストを見やる。落とされた剣を拾い、すでに構えている。

 もとより交渉の気などない。副隊長が体勢を立て直すまでの時間稼ぎだった。


「そうか。では覚悟!」


 アンファルジュが一歩踏み込んだとき。

 影使いの眼光が鈍く光る。


「……すんのはてめえだろうがよ!」



 ザッシュゥゥ――――!



「か……はっ……!」


 噴き出した血は降魔師のものではない。

 激しい血しぶきはアンファルジュの背中からほとばしっていた。

 ひと太刀のもとに鎧をも斬り裂き騎士長に深手を負わせたのは、それまでどこにもいなかったはずの

 さきほど倒した巨躯の降魔師をさらに上回る巨体が、背後に現れたのだ。


 否。

 ではない。

 極限まで強化された身体能力を駆使し跳んできた。

 ただそれだけだった。


 その降魔師は右手に刀剣を。左手にはツタで拘束されたマクィーユをまるで荷物のように軽々とかついでいた。

 アンファルジュを斬った勢いのまま、あっけにとられているベルギュストの腹に回し蹴りを放つ。


「おごっ――ッ!?」


 まともな声を発する間も与えない。

 たった一撃の蹴りでベルギュストの大きな体を壁面まで吹き飛ばし激突させる。

 蹴り足は無駄のない動きで次の攻撃モーションへと入り、前のめりに倒れこむアンファルジュの右腕をそのまま踏み抜いた。


「あ……が……ッ!」


 骨の砕かれる音が教会内に無慈悲に鳴り渡る。


「いやあああああああッッ!! 兄さまぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」


 なすすべのないマクィーユの叫びが粉砕音に重なった。

 だがその叫びも、呼吸とともに途切れることとなる。

 全身を床に叩きつけられたのだ。


「――――ッ!!」


 一連の攻撃を終えた新手の降魔師に対し、血と灰の流れつづける手首を見せつけ影使いは怒鳴った。


「遅ェんだよ、面倒だな! 外の虫けら程度に手こずってんじゃねえ!」

「手こずってはない……全員……殺した……。右手……笑えるな……」

「てめえの弟が役に立たねえから斬られたんだろうがよ! どうすんだあいつ!」

「弟が愚図だった……それだけ……。だが……落とし前……必要……」

「だよな?」


 影使いは床に転がるマクィーユへつかつかと歩み寄り、左手へと魔力を集中。影は刀剣の形へと変化してゆく。


「クハ。こっちで出すのはやっぱ慣れんな。思い通りにならんぞ」

「気にするな……。それより……右腕……なんとかしろ……」


 エルシャフィエに斬られた右手首の傷はいまだ血と灰を流しつづけており、すでにひじのあたりまでが青黒く変色していた。


「なんだこれ。ほっとくと死ぬか?」

「死ぬ……おそらく……」

「面倒だな」


 影使いは左ににぎったいびつな影の刀剣を右ひじに押し当て、一気に斬り落とした。

 灰の混じっていない、真っ赤な鮮血が淋漓りんりする。

 影はさらに形を変え、半分になった右腕を縛るように巻きついた。


「ッェな」

「死なないだけ……マシ……」

「あ? てめえもやってみろや」


 言い捨てながら、もう一度左手に影の刀剣をつくりだす。

 今度は前回よりも幾分か刀剣らしい形になっており、影使いは満足そうに口元をゆがめた。


「さて。じゃあこの女を殺す。てめえは手ェ出すなよ」

「気の済むまで……殺せばいい……」

「……卑怯ものめ!」


 呼吸が乱れたせいか、恐怖からか。

 それまで声を発せられなかったマクィーユが降魔師たちへ投げつけた精一杯の侮蔑。


「ああ? てめえらだって大人数で襲いかかってきやがったろうがよ」

「うるさい……! お、お父さまを離せ!」

「うるせぇのはてめえ……ん? そうか。やっぱてめえ、娘か」


 名案を思い付いたとばかりに、影使いは薄気味悪い笑みを浮かべる。

 振り返り、祭壇にはりつけられた神官長に向けて言った。


「おいオヤジ、てめえの娘を殺す! これは早くしゃべったほうがいいよな?」

「アン…ファル……マクィー…連れ……逃げ……」

「ああ!?」


 神官長の口からは、影使いの求める答えは返ってこなかった。

 それどころか――



 ザッ――――!



 赤き閃光が影使いの眼前をかすめた。


 赤き閃光。

 その正体は。

 アルダライル騎士団がルクネイア騎士団となってもなお受け継がれゆく剣。

 聖なる剣。

 魔獣を斬る剣。

 魔力そのものを断ち斬る剣。

 の戦闘で真価を発揮する聖剣。


 その剣の名は――


「私が相手だと……言ったはずだ!」


 おびただしい量の血を流しながら、アンファルジュ=ガドフィーが立っていた。

 聖剣を左手に持ち替え、影使いをしかと見据えていた。


「虫けらが……ムカつくな!」


 左の眼球から灰を流しながら、影使いは悪態をつく。


 礼拝堂にあがった火の手が少しずつ勢いを増していた。

 薄暗かった室内は隅々まで炎に照らされ、じりじりとした熱気が肌を焼く。


「ああくそ、面倒な剣だな! オイてめえなにボサッと突っ立ってんだ!」

「手を出すなと……言った……」

「バカかてめえ! もういい、このヤサ男を先に殺す! 押さえてろ!」


 アンファルジュの反応は早かった。

 敵の機微を捉え、命令の言い終わらないうちにすでに動いていた。

 影使いを攻撃するとともに、巨躯の男から身を避けようと動いた。


――はずだった。


 たしかに動き出しはアンファルジュが早かった。

 だが巨躯の速度は、それをはるかに上回っていたのだ。


「な……ッ!?」


 人間の手のひらとは思えないほど肥大化した左手が、アンファルジュの首と肩を押さえこむ。


「てめえは今から斬り刻まれるだけの虫けらだ」


 影の刀剣がアンファルジュの体を四方八方から斬りつけてゆく。


「兄さまああぁぁぁぁぁァァァァァッッッ!!!」


 何度も。

 何度も。

 斬る。

 刺す。

 えぐる。

 アンファルジュの体を、執拗に影が走る。


「ぐっ……! あう……! うっく……ッ!」

「やめろ、やめろおおおおおお!!!! うう、ううう……兄さま……!」


 時間にしてどれくらいだろうか。

 数秒だったか、数分だったか。

 あるいは数時間。永遠の時間に感じたものも、この場にはいた。


 影使いの乱撃はいまだアンファルジュに致命傷を与えられていなかった。

 自分を邪魔した男を斬り刻む快感よりも、慣れない武器に男は苛立っていた。


「くそ、おさまんねえ!」


 アンファルジュの腹部へ、影が思いきり刺し込まれた。

 力なくぐったりとしたアンファルジュの口から、どろりと粘る血が吐き出される。

 ここまでされてなお、アンファルジュは聖剣を離すことはなかった。


「オイ、もうやめだ。捨てて行くぞ」

「まだ……死んでない……」

「どうせもう動けねえよ」


 巨躯の降魔師から解き放たれたアンファルジュの体は、炎のさなかにあってまだひんやりとする床へと、重力にしたがい落ちた。


「オイ、オヤジ。あんたの息子も娘もこのまま死ぬぞ。早くしゃべりな」

「………逃げ……ファル……マクィ…………」


 求める答えはなかった。

 影使いは大きな溜息をひとつつき、そしてがなり立てた。


「もういい、オヤジを殺せ! 魔神器のことはまた調べなおしだ!」

「し、しかし! 本当によろしいのですか!?」

「何度も言わせるな、面倒だな! 殺せって言ってんだろうがよ!!」

「は、はい!」


 樹木使いの降魔師が不可解な言語をとなえると、神官長をはりつけにしていた枝やツタツルが動きはじめる。

 やがてそれらはだんだんと神官長を締めあげていき、


「やめろ、やめろ、やめろおおおおお!!! お父さま、お父さま、お父さまぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァッッッッッ!!!」

「……ファル…ジュ……マクィー…頼ん………あぐッッ!!」


 神官長の体は樹木に包まれ、そして不可能な方向へと曲げられた。

 形容することすらためらわれる嫌な音がつづいたあと、マクィーユの父を包んだ枝の隙間から大量の血が漏れ出てくる。

 どろどろと、ぼたぼたと。


「いや、いやあああああああああああ!!! お父さま、お父さまあああああああ!!!!」


 礼拝堂に、少女の絶望が鳴り響く。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


「うっせえな! 向こう行ってろ!」


 影使いが目で合図する。

 瞬間、マクィーユの体は巨躯の降魔師に蹴り飛ばされ、礼拝堂の入口近くに舞っていた。

 投げ捨てられた人形のように、がれきだらけの床へ叩きつけられる。

 体の自由がきかないまま受け身もとれず、全身の骨と内臓にダメージを負った。


「ぐ……うぐ……うっ……うっ……」


 涙と血が、マクィーユの白い肌を汚す。

 絶望と憎悪が、マクィーユの心を濁す。




「オイ……計画が台無しになったじゃねえか。てめえらが愚図だからこうなったんだろうがよ!!」

「も、申し訳ありません!」

「はぁ……。もういい。生きてるやつらを教会ごと焼き殺す。もう一度火をつけろ」

「はっ!」


 炎使いの降魔師が詠唱をはじめるころ、マクィーユの飛ばされたほうへよろよろと歩く人影があった。

 右腕を壊され、全身を斬り刻まれ、それでもなお、男は立ちあがった。

 それでもなお、過去から託された剣を離さなかった。


「いいのか……?」

「クハ、まだ歩けたか。すげえな。まあもし教会から出ようとしたら、てめえが殺せ」

「わかった……」


 男は歩いた。

 全身から血を流し、足を引きずり、それでも歩いた。

 最愛の妹のそばへ。

 母からそうされたように、自分も妹へと託すために。


「アンファルジュさま! すぐに治します!」


 拝廊に身を潜めていたヤココットが走りこんできた。


「ごめんなさい、見ていることしかできなくて!」

「ヤコちゃん……無事だったんだね……。よかった……」

「なに言ってるんですか! すぐに傷を!」

「まずマキのところへ……」


 ヤココットは無言でうなずき、肩を貸した。

 マクィーユの場所までたどりつくと、アンファルジュは倒れこむように膝をつく。


「ヤコちゃん、マキを……治してやってほしい……」

「だめだヤコ、兄さまが先だ!」


 マクィーユに言われるまでもなく、ヤココットはアンファルジュへ向けて聖なる杖ジェスターレルムに祈りをこめていた。


「太陽の神ファールーンよ――!」


 杖はやわらかな光をはなち、アンファルジュを包みこんだ。


――が。


「ど、どうして!? 傷がほとんどふさがらない!」


 アンファルジュの傷は、少しだけではあるが回復していた。

 ただそれは、アンファルジュの体が壊れていくスピードにまったくかなわない程度のごくわずかなものであった。


「おねがい、おねがい!! 杖よ!! おねがい!! この人を救って!!」


 ヤココットが祈りをささげる。

 光。

 状況、変わらず。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、おねがい、おねがい、この人を、アンファルジュさんを助けさせて!! おねがい!!!!! おねがい!!!!!」


 焦るヤココットに、アンファルジュはにこりと微笑む。

 そして剣を持つ手に渾身の力をこめ、マクィーユに絡みついた蔦を斬った。


「マキ……、ヤコちゃん……、きみたちだけでも逃げるんだ……」

「兄さま、兄さま、だめです!! 一緒に……!! 兄さままでうしなったら……マキは……マキは……!」

「おねがい!! 助けて!! アンファルジュさんを!! おねがい!!」


 すがりつく二人の体を、アンファルジュの血が染めていく。


「兄さま、兄さまアアアァァァァ!!!!」

「なんで、なんでダメなの!! どうして、おねがい!!!!」


「ヤコちゃん、もういい……マキを……たのむ……」





「マキ……、立派な……騎士に…………」






 それまでどんなことがあっても絶対に離さなかった剣。

 その剣を妹に渡すように倒れ込み、兄は。





「ああああああああ、ああああああああああ、ああああああああああああ!!!」





「降魔師……降魔師……降魔師……!!!!」



――エルシャフィエ……



 剣が赤く赫く赭く紅く朱く緋く丹く絳く猩くあかくあかくあかく光った。


 少女の銀の髪は炎を透かしてあかく猛り。


 血で染まった鎧はすでに白銀ではなかった。


 にぎった剣は、炎に包まれる堂内にあってなお真紅の輝きを見せた。



――エルシャフィエ……



 飛びこんでくる巨躯の降魔師。


 次の瞬間。

 ヤココットは見た。

 灰の塊。


 マクィーユの剣に貫かれた巨体がまたたくまに灰の塊となり、崩れ落ちた。



「……エルシャフィエ」



 直後。

 赤い閃光が礼拝堂を駆け抜けた。

 祭壇に残る降魔師が、瞬きする間もなく。


 ヤココットは祭壇に降りしきる灰を、ただながめるだけだった。



――エルシャフィエ



 赤き閃光。

 その正体は。

 アルダライル騎士団がルクネイア騎士団となってもなお受け継がれゆく剣。

 聖なる剣。

 魔獣を斬る剣。

 魔力そのものを断ち斬る剣。

 の戦闘で真価を発揮する聖剣。



「降魔師……許さない……! 降魔師を……滅ぼす!」



 およそ380年ものあいだ、ひたすらに。

 降魔師を殺すためだけに、この世に存在している剣。

 幾多の降魔師の血を吸ってきた魔剣。

 そしてこれからも数千数万の降魔師の命を灰と為す、魔聖剣。



 その剣の名は――

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