オスラルド渓谷・失われた村[降魔暦 467年]

第33話 落葉の積み重なる村で

 南北ユゴー山群のあいだを走る渓谷けいこくの東端近傍きんぼうには、かつてひらけた一帯があった。そこへ導かれた亡国の民のつくりし街が、現在のドミ・アルダライルである。人々はこの土地――街と、その周囲に張られた魔を退ける結界の範囲――をとよぶ。


 聖なる谷から西には、雄大な山々に挟まれて伸びる長大なオスラルド渓谷を望むことができる。大小さまざまな淵と滝が連なり、トゥオール川の清流がゆるやかに流れる幻想的でしなやかな景観は、絵画のごとき風趣をただよわせ、見るものに悠久の歴史を感じさせるのだ。

 しかもアルダライルの暦でいうと“煌光こうこうの月”であるこの時期には、紅葉しゆく木々で美しく彩られた原生林があざやかなこと、この上ない。渓流を染める赤々とした落葉は“鳳凰フェニックスの尾”とも形容され、ドミ・アルダライルの民に愛すべき景勝と誇られている。

 流浪の詩人エンリヴァールがこれを『ロッシム百景』のひとつと選定したことに異を唱えるものはいないだろう。


 この日ダラルードたち五人が訪れた村も、色づきはじめた森のなかにあった。だがそこに人の気配はない。彼らの歩みにあわせて割れる乾いた落葉の音だけが、誰もいない村に反響していた。


「おーいルカ、なんか見つかったか?」

「ダメだな。やはりというか、なーんにも手がかりがない。お手上げだ」


 ドミ・アルダライルから北西の山中にあるその村は、時間が止まっているかのごとき姿を五人に見せていた。

 夕食の準備が途中のままの台所。干されっぱなしの洗濯物。子供たちのおもちゃは放り投げたように散らかっていた。ルクネイア教団の調査では五十四名の居住者がいたはずのこの村にいったいなにが起こったのか、ルカとクラッサスは実感をともなって知っていた。


「すまないことをした、村のものたち。子供たちよ……」


 クラッサスがハットをとり、胸に手を当てると、マクィーユとヤココットもそれにならった。


「おっさんが気に病むことはないだろうよ。これはヤツら……、ナイトウィッシュがすべてやったことだからな」

「……わかっておる。しかし、しかしだ、ルカ殿」


 悔しそうにうったえるクラッサスは、見つめた右手をつよくにぎりしめる。


「我輩はあの外道どもを……決してゆるさぬ!」

「同感です、クラッサス様! これほど怒りに震えたのはいつぶりでしょうか……!」


 マクィーユはいまにも聖剣エルシャフィエを抜き放ちそうな形相で歯を食いしばっている。ドミ・アルダライル周辺の巡回任務で何度もこの村へ訪れたことのある彼女にとって、この所業は耐えがたいことであった。


 ナイトウィッシュによる襲撃の翌日、ルカの指示で結成した騎士の調査隊が、聖なる谷近辺の村や集落に派遣された。ルカの想像どおり、こうしてひとつの村の住民全員が低級魔族をれる“うつわ”として利用されていたことがすぐに判明した。


「これだけの惨事だ。ふつうは魔力の痕跡かなんかが残ってるもんじゃねえのか?」

「時間がたっちゃったから、出てこないとかですかね~?」

「その線もなくはないが、当日に調査しても無駄だっただろうな」

「どういうことだ。説明しろ、降魔師」


 ルカは井戸に腰かけ、水筒の水を飲んでひとつ息をついた。


「今回襲撃してきた三人の降魔師のうち一人に、魔力痕跡を消せるやつがいる。いや、おそらく消せるだけじゃない。自由に調節して敵対する降魔師をかく乱することもできるんじゃねえかな」

「めんどくせえ能力だな。そんな降魔術、ほんとにあんのかよ?」

「そうとしか考えられないね。オレも最初は半信半疑だったが……。不可能じゃないって思えたのは……それだ、神官」


 ルカは、マクィーユの携えるエルシャフィエを指差した。


「その剣で斬られた魔獣は、魔力が一瞬にしてしていた。魔獣使いの降魔師を斬ったときも魔力のを感じた。それは物理的な攻撃以外にも、魔力そのものにダメージを与える剣だ」

「……エルの能力と、その降魔術にどんな関係があるというのだ」

「わかんねえのかよ。魔力を意図的に消す能力が、この世に存在するってなによりの証左だろうがよ」

「聖なる力をもつ降魔術があるというのか!? ばかばかしい!」

「る、ルカくん! 仕組みはわかんないけど、とにかくそういう能力の降魔師が敵にいたから、この村をいくら調査しても敵の尻尾をつかむことはできない。そういうことね? ほらマキちゃん、落ちついて、落ちついて」


 怒り心頭に発するマクィーユを、ヤココットがなだめる。


「しかし妙であるな。ナイトウィッシュといえば三百年以上の昔、第二次降魔戦争で連合国軍に敗退し、弾圧されたはずだが。まだ生き残っていたとは……」

「ヤツらなら百年前にもいたぜ。思い出したくもないが……。とにかく、組織自体がずっと残ってんのはたしかだな」


 クラッサスの疑問に、ダラルードは過去の記憶を思い出していた。


 ナイトウィッシュ――

 もともとは立場の弱い降魔師たちによって、自衛のためにつくられた互助組織である。だが人が集まり組織が巨大化していくとともに、次第に先鋭化していくことは避けられなかった。その結果が引き起こした第二次降魔戦争は、連合国軍の勝利で終結することとなり、のちに突入する降魔師弾圧の暗黒時代において、表向きにはと思われていた。

 だが、そうではなかった。

 ナイトウィッシュは歴史の裏にひそみ、百年前も現在も暗躍をつづけていたのだ。


「降魔師、貴様とナイトウィッシュにはどんな関係があるのだ。なぜ谷にあのような禍々しい魔神器まじんきが存在したのだ。あれはいったい、なんなのだ!」

「まえにも言ったろ。あれには魔王ゾディヅの思念が入ってる。百二十年前に陛下が討伐したとき、滅ぼしきれなかった残りカスだよ」

「待ってくれ。俺がゾディヅを完全に滅ぼせてなかったのはわかったが、なんでそんなもんが聖なる谷にあったんだ?」

「んなもん、導師様がやったに決まってる」


 投げ捨てるようなルカの返答。

 ダラルードは腰に手をあて、ぼんやりと空を眺めて思案する。


「……ガイトか。たしかに、あいつにしかできねえかもな……」

「え~と、つまりダルさまといっしょにゾディヅを倒したとき、残りカスになった魔王の思念をひっそりこっそり魔神器に集めておいて、それから結界のある聖なる谷に封印してたってことかなあ?」

「こっそりかどうかはわからんが……まあ、陛下も知らなかったんならそうかもな」

「完全に倒せてなかったってのも悔しいが、ガイトがそこまで後処理をしてくれてたってのを知らなかったのはもっと悔しいな。こんなこと、ひとりで背負いやがって」


 視線を落としたダラルードをちらと見やり、マクィーユがルカに詰め寄る。


「そこまではわかった。だが貴様はどうやってそれを知り、あまつさえ手に入れようとしていたのだ!」

「魔神器が谷にあるかどうかには確証がなかったんだがな。ゾディヅを調べていくうちに、おそらく谷しかありえないと結論づけた。なぜ手に入れようとしてたかについては……、悪いが今は言えない」

「貴様……ッ!」


 マクィーユが凄まじい気迫でルカにせまる。

 しかし、その勢いはルカの質問によって完全にかき消された。


「なあ。逆に聞きたいが、なぜ教団の神官長であり騎士長であるあんたがそれを知らなかったんだ? 結界の動力源についても知らないみたいだし、教団の秘密についてあまりにも無知すぎやしないか?」

「そ、それは……まだ任に就いて二年ほどしかたってなくて……」

「それから、異常なほどに魔族や降魔師を憎みすぎだ。谷にアルダライルの民を導いたガイトだって降魔師なんだぞ? なんかあったのかよ?」

「な…、なにも……!」


 辛辣をきわめたルカの詰問に動揺するマクィーユを見かね、クラッサスが割って入った。


「ルカ殿、人には話したくないことというものがあるのだ」

「……わかったよ。すまん」


 沈黙が場を支配しかけたとき、それまで静観していたダラルードが口を開いた。


「……いや、話してくれ。俺が思うに、マキの剣技は美しいが、魔獣や降魔師との戦いで、ときに迷いや雑念のようなものが見えた。それは今後の戦いで命取りになる可能性があるんじゃないか? 仲間として、俺はその理由を知っておきたい。どうしても言いたくないってなら別にかまわんが。ダメか?」


 思いもよらなかったダラルードの要望にしばらく考え込むマクィーユだったが、やがてゆっくりと顔をあげ、こたえた。


「………わかりました。ヤコ、お願いできるか?」

「……ほんとにいいの?」

「ああ。すべて……、みんなに話してもらえるだろうか」


 寂しげな目をしたマクィーユは「すこし歩いてくる」と言い残し、沢へ向かった。

 その背中を無言で見送り、ヤココットは語りだす。


「マキちゃんが、魔族や降魔師をあれほど憎んでいるのには、わけがあるの」



「あれは、二年前のことだった――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!