第27話 ジェスターレルム

――数分前、山道。


 ドミ・アルダライルの街を出て、北西へと道なりに進む。道は北ユゴー山群のひとつにあたる小高い山へとつづき、ルクネイア騎士団の修練場にいたる。

 その山道を修練場へといそぐマクィーユは見た。道をおおう木々の切れ間から見上げた空に、それを見た。

 降りしきる雨のなか、修練場の上空にふたつの影があった。

 ひとつは石像、おそらくは魔族。

 そしてもうひとつは――ダラルードの仲間、ルカ・ハルメア。


(なっ!? 彼はなぜ空を飛んでいる!?)


 ふたつの影は交戦しているらしかった。

 石像の凶撃がルカをとらえ、地に叩き落としたそのとき。


「あそこへはこのまま登っていけば着けるのか?」


 並んで走るダラルードが問いかけた。


「はい! このまま……あっ」


 言い終わるまえに、ダラルードは猛スピードで修練場へと登っていった。

 あまりのことに足を止めてしまったマクィーユを、遅れて走ってきたヤココットが呼びかける。


「マキさまぁ、ちょ、ちょっと待ってえ」

「ヤコ、いまの見たか?」

「ルカさまのこと?」

「ああ、空で戦っていた……漆黒の翼を生やして。もしかして……彼は降魔師なのだろうか」

「……うん、たぶんそうだと思う。でも、いまは……いまはまず助けにいこうよ、マキちゃん!」


 マクィーユのもっとも尊敬するダラルード王が、マクィーユのもっとも忌み嫌う降魔師を仲間に選んでいるかもしれないことは、聖なる谷がはじめて敵襲を受けたことよりも、彼女にとって飲みこめない事実であった。



       ◆       ◆



――現在、修練場。


 やわらかな光がルカをつつむ。

 雨に打たれて冷えきっているはずの彼の身体は、芯からあたたまっていく感覚で満ちていた。


「ん……」

「あ、気がついた?」

「傷が……!?」


 光は、ヤココットの持つジェスターレルムから発せられていた。

 杖の先端をかざるみどり色の宝石の奥で、輝きが揺らいでいる。


「よっし、まあこんなもんかな。戦えそう?」

「……オレになにをした?」


 裂傷、打撲、そして骨折。そのすべてがすっかり完治していた。


「なにって、ケガを治しただけだよ?」

「ちがう。オレが聞きたいのは、、ってことだ」


――治癒の降魔術。


 魔力をもちいて物理法則を無視した現象を引き起こす降魔術においても、治癒術の存在は疑問視されていた。

 人間は生まれた瞬間から死へ向かう存在であり、よって身体は不可逆である。それをくつがえすことはいくら降魔術であっても難しいだろう――これが降魔術研究における基本的な見解である。


 ルカもこれまで、その論に特別な反対をとなえることはなかった。

 ただ現在、こうして自身が経験してようやく理解する。人間の身体においても、降魔術は物理法則を無視した作用をほどこす。


「なぜと聞かれましても……そんなのわかんないよ~。この杖に祈ればできちゃうんだもん」


 ヤココットがみどり色の宝石をかざった杖をルカに見せる。

 光の余韻をくゆらせるその杖から、ルカはたしかに魔力を感じた。対して、ヤココット本人には魔力の気配がない。


「……降魔杖ごうまじょうか」


 治癒の降魔術を行使しているのは彼女ではなく、その杖だとわかった。


「うん! ジェスターレルムって名前なの」


 ヤココットはにっこりと笑って、杖をやさしく撫ぜた。


「クソ……、いまは礼を言っておく。体は治った。ありがとう」

「はい、どういたしまして!」

「しかし骨折まで完璧に治すとは、いったいどういう原理だ……納得できねえ」

「もー、素直じゃないなあ。ほかに異常は?」

「……魔力は消耗したままだ」

「んー、さすがに魔力は回復してあげられないかなー? 流れた血はもとにもどしたけれど」

「ちょっと待て、血もだと……!?」


 ルカの驚愕の声を制するように、ヤココットは人差し指をみずからの柔らかいくちびるに押しあて、こっそりと言った。


「マキさまにはナイショね?」


 そう言っていたずらっぽく微笑んで見せる彼女に、ルカは言葉をなくしてしまった。


「じゃあ、おじさまも治してくる!」


 ルクネイア法衣の白いフードをかぶりなおし、ヤココットは立ちあがる。

 そうしてもう一度くちびるに人差し指をやりニコッと笑うと、振りむいて小走りで駆けていった。



 ルカは、自分は降魔術についてほかの誰よりも詳しい知識を持っていると、これまで思っていた。だがその自負心はこの短時間に、二度も叩きこわされた。

 の能力に特化した降魔師の存在。

 そして、治癒の降魔術の存在。

 そのどちらもが、彼がこれまで読みあさってきた文献にはまったく記述のないものであった。


 ヤココットのが降魔杖そのもののことなのか、骨や血まで完璧に回復させられることなのか。それとも治癒の光がルカをつつむ直前、彼女がだれかと話をしているような声が聞こえたことについてなのか――ルカにはわからなかった。

 だからルカは、ひとまずすべて黙っておくことにした。


 知られたくないことくらい、誰にでもある。

 そしてこの女と杖については、もうすこし調査する必要があると。



       ◆       ◆



――降魔は人間に宿る。


 そんな常識はある日とつぜん、いとも簡単にくつがえる。


  “降魔具ごうまぐ”の発見。


 その道具を使えば、降魔師の行使する降魔術に類似した現象を引き起こすことができた。

 本来、魔界に存在する魔族しかもちえない力――魔力。

 降魔具は、魔力をもつ道具であった。


――なぜ、そんなものが存在する?


――ものに宿る降魔もいる。


 それだけの話だった。


 死んだ人間が数百年の時を経てわずかな意思をもったもの――降魔。

 それを宿した人間のことを“降魔師”とよぶ。

 それを宿した道具のことを“降魔具”とよぶ。

 それだけの話だった。


 降魔具はこれまでの歴史で、そこまで数多く発見されてはいない。

 なぜなら、からだ。

 人間が降魔師になろうとするときには、かならず儀式を必要とする。

 しかし降魔具がどうやってつくられているかは、いまだ誰にもわかっていない。


 ただ、発見された降魔具に関する記述が、いくつかは残っている。

 それら降魔具は、おおきな戦いにおいて、一騎当千の能力を発揮したこと。

 それら降魔具は、国家によって管理されているものも多いこと。

 それら降魔具は、かならずということ。


 これまでに発見されている降魔具は、主に武具である。

 降魔杖、降魔槍、降魔弓、降魔斧、降魔盾、降魔鎧――


 そして、降魔剣。

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