第23話 降魔師と降魔師の戦い

 降魔術の発動に初めて立ち会ったクラッサスは、あまりの光景にただただ瞠目どうもくしていた。浮遊していたルカの身体がゆっくりと地上に降りていくさまを眺め、彼の革靴が地表を鳴らした音でと我にかえる。

 雨でぬかるんでいたはずの地面は、炎の獅子が駆けまわった余韻でところどころ焦げつき、あるいは乾いていた。


(これが降魔師同士の戦いなのか……っ!)


 三百年以上もまえに起こった降魔戦争のおり、たったひとりの降魔師がひとつの国をひと晩で滅ぼしたという伝説もあながち嘘ではないと、そう思えるに足る場景であった。


 ルカの放った炎の螺旋は、修練場を取りかこむ木々の葉を1デュールも焼くことなく、敵と物見やぐらのみを焼き切っていた。指定した対象のみを攻撃できるわけではないが、効果範囲だけは細かく決められるようだ。

 広場にはクラッサスが斬ったものや、炎で首から上を焼き切られたものなど、数十体の死骸がばらばらと倒れており、凄惨きわまりないありさまである。だがよくよく観察してみると、降魔術でほふった敵のうち、平均的な大きさの個体に対しては炎の渦での一網打尽の攻撃が、炎では首をねらえないほど極端に身長差のある個体に対しては闇の槍での攻撃が、それぞれなされていることがわかった。


(手当たり次第に攻撃していたわけではないのか……)


 見ると、ルカの背にはまだ〈闇が支配する絶対の静謐ダーク・トランキュリティ〉が翼のように生えており、左手にも炎の結晶となった〈紅蓮なる獰悪の牙イン・フレイムス〉が握られていた。


 そう、戦いはまだ終わっていないのだ。


「こやつらを操っていた降魔師はどこへ? すぐに追撃を」

「……さっきまではすこし離れた森のなかで戦況をうかがっていたようなんだが……、わからなくなった」

「わからなくなった、というのは?」

「オレにもわからん。魔力の感知を遮断された。……クソッ、どうなってやがる!」


 あれだけの数の駒を操るためには、通常は魔力を全開放させないと無理である。事実、戦っている最中のルカにははっきりと相手の居場所が感知できていた。

 それが急に、まるで扉を閉めたかのように、パッタリとわからなくなったのだ。


 体内の魔力の増減であれば、訓練次第でだれでもある程度はコントロールできるようになる。しかし放出した魔力までをも含めて瞬間的に痕跡を消すというのは、ルカの知るかぎりではあり得ないことだった。

 あるとすれば、術者が死んだときか、もしくはルカの知らないなんらかの降魔術や魔道具を用いた場合。今回の場合、ただ森に隠れていた術者が突然死したとは考えにくい。だとすると……?


「おっさん、罠にかけられたのはオレたちのほうかもな……」

「なにを弱気なことを。それならば、かけ返せばよかろう」

「言ってくれるね」

「ルカ殿、考えるのだ。こういうときこそ、しっかりと考えるのだ」


 少しずつ強まる雨足が、また大地を濡らしはじめている。

 森に降りそそぎ、木葉の鍵盤でふぞろいな音楽を奏でている。


 たしかに最初に魔力感知をした時点で、ルカはどこか違和感を覚えていた。ルカのなかで、なにかが引っかかっていた。ただ、それがなにかまではわからなかった。目のまえの敵に集中するため、考えるのをやめてしまっていた。

 だから今一度、考えをまとめるために、ひとつずつ整理していく。


 ルカが感知した魔力源は大きく三つ。

 ひとつは低級魔族を大量に召喚し、それを人々の身体に乗り移らせて強引に操り、ルカとクラッサスを襲ってきた降魔師のもの。こいつはルカとおなじく、召喚術に特化した降魔師のはずだ。森のなかにひそんでいる。

 そのとなりにはもうひとつの魔力源。聖堂からを奪い盗って逃げた石像の魔族だ。おそらくは中級魔族だろう。結界内で自由に動けていたことから察するに、石の身体は魔力で生成されたものではない。この世にもともとある石をつかって、魔族の精神を宿せるよう特別な彫りかたでつくったと考えるのが自然だ。こいつを召喚し操っていたのも、となりにいる降魔師であると推測できる。

 この二体の魔力が、さきほどの戦闘終了と同時にかき消えた。逃げて遠くにいったのではない。まったく、瞬間的に、ぷっつりと途切れたのだ。


 そしてもうひとつ、かわらず感知しつづけられている魔力源がある。それはドミ・アルダライルの街に張られた結界の、ギリギリ外側を沿ってこちらへと近づいてきている。まわりに数十体の魔獣を従えていることがわかる。おそらくは、魔獣使いの降魔師。

 街を襲撃した魔獣をのは、こいつだろう。

 のではなくだとルカはわかっていた。なぜなら街のなかにいた魔獣のうごきは、とてもではないが統制がとれていなかった。術者が操っていたとしたら、あんなふうにはならない。きっと、操るための魔力が結界にさえぎられるのだ。


 敵は二人の降魔師。

 シャモンディの街で目撃した二人の――


(ちがう。ここが引っかかっているんだ。もっと考えろ)


 という時点で、そう判断してしまっていた。


 シャモンディの街で見かけた二人の降魔師と、いま敵対している二人の降魔師は、まったく別の降魔師――?


(ちがう。魔獣使いのほうの魔力は、シャモンディで陛下とおっさんの決闘をのぞいていたやつと同じものだ。それは間違いない。オレたちをうしろから追ってきたか? いや、は山越えなんて面倒なことはしない。サクスター地方を経由する通常のルートで谷まで来たんだ。到着が早すぎるが、なんらかの手段でそうしたとしか考えられない。だから――)


 ルカは再度、シャモンディの街で起こったことを思いかえす。

漆黒の隠密ダーケイン〉を使ってを追跡した。普通の降魔師では知覚できないほどに魔力を抑えて、慎重に追跡したはずだった。なのに〈漆黒の隠密ダーケイン〉は見破られ、魔力でつむいだ伝達用の糸を切られた。

 それについてルカは「きわめて索敵能力の高い降魔師が相手側にいた」と解釈していた。



――降魔術の大きな特徴のひとつとして挙げられるのが、どれだけ優秀な降魔師であったとしても、さまざまな降魔術を使いわけることはできない、ということである。

 たとえば基礎的な魔力感知なら多くの降魔師ができる。しかし召喚術や魔獣を操るなど、高度に専門的な技術を必要とする降魔術は別なのだ。専門的な修練に年数がかかるという理由だけではない。

 降魔師が使えるは、宿した降魔によってほとんど決まってしまうからだ。


 降魔はもともとは人間である。人それぞれにさまざまな性格があるように、降魔にもそれぞれといえるものがある。

 たとえばルカが召喚術を得意とするのは、ルカの降魔が召喚術を得意とする特性を持っていたからだ。その素養があったうえで研鑽けんさんを積んだ。それが今のルカだ。

 余談ではあるが、召喚術や極大魔術などのいわゆる古代系――現在ではとされる降魔術の特性を得てしまった降魔師は、地下にもぐるか、無理やりちがう術を研究するかしかない。もちろん、国家に仕えるなどは到底できない――



 敵は二人の降魔師。

 一人は召喚術の使い手。もう一人は魔獣使い。


 では、“きわめて索敵能力の高い降魔師”はどこへ?

 襲撃に参加していない?


――もしその降魔師の能力が、索敵能力が高いとしたら?


「やられた!」


 簡単な索敵ならだれにでもできる。そのおごりが、判断を見誤らせていた。

 ちがうのだ。

 この降魔師が得意とするのは、ではない!


――高度な索敵。魔力の遮断、そして隠蔽。


 この降魔師が得意とするのは、に特化した能力!



 降魔師にも降魔術にも造詣の深いルカであったが、の能力に特化した降魔師など聞いたことはない。だがこの状況からは、そう考えるのがもっとも自然だった。


「おっさん、敵は三人の降魔師、それから魔族が一体いる! 今すぐこの場を――」


「ルカ殿、上だ!」


 修練場の上空に、何者かがあらわれた。

 雨に打たれながらも翼を広げるそれは――



 ルカが聖堂で遭遇した石像の魔族。

 召喚者がつけた名は、

  “空の王者を模る石塊の戯具モルス・プリンシピアム・エスト


「ゲクワァ……」


 上空から二人を見下ろしながら、そいつは猛禽もうきんのくちばしを大きくひらき、のどの奥を灰色に光らせた。

 聖堂のときよりもはるかに濃く、おそろしく禍々しい光。




 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!!!




 耳をつんざく、かん高い咆哮!

 灰色の光があやしく煌めいた瞬間。すさまじい熱波が修練場に襲いかかり、あっというまに寸毫すんごうの隙もなく空間を覆いつくす。

 その場にいたルカとクラッサスも、超高温の熱の波動にのみこまれていった――

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