ルクネイア騎士修練場[降魔暦 467年]

第19話 紳士と降魔師

 薄暗い山道を、クラッサスは疾走していた。


 戦火と喧噪けんそうに染まった街を抜け、西へ。おそらく北ユゴー山群にあたるだろう山中へと足を踏み入れていた。

 炎と戦いの熱がちりちりと肌を焼く街とちがい、森のなかは全身で夜を感じられる静けさであった。


 大聖堂の通りで姿をくらましたルカのあとを追ったクラッサスだったが、魔獣に襲われている住民や騎士を何度か救っているうち、彼の足跡を完全に見失ってしまった。おそらく北口から街を出たと推測し、ベルギュスト率いる第二部隊の騎士たちにルカを見なかったかと聞いてまわった。するとやはり、ルカらしき人物が西の山へ向かったとのことだった。


 それから道をたどってはきたが、はたしてちゃんと追うことができているかについては、よくわからないところだった。ルカの目的をクラッサスがなにも知らない以上、道なりに進むのが正解という保証はない。


(街からはもうずいぶんと離れた。いくら走っていたとはいえ、ルカ殿は消耗している身。追った距離と時間差から考えると、道が正解ならばそろそろ追いついてもおかしくはないはずなのだが……)


 疑問に思いながらも、足を止めずに走る。今はそうするしかないと信じた。

 やがて木々のあいだから漏れていただけの月明かりが、視界全体に広がる。

 山道の中腹に、広場があった。

 街にあった大神殿をそのまま移動させてきてもあまるだろうほどの広さをもち、中心に物見やぐらが組まれている以外はなにもない空き地だった。おそらく人工的に作られた場所だろう。


――街から出るのであれば、山中の森にある騎士の修練場がよいかと


 クラッサスは作戦会議時の話を思い出していた。


 ああ、マクィーユ殿が「街の外の避難所」として提案していたのはここのことだったのだな。クラッサスはなんとなくそう感じた。

 そして、追いかけていた男もそこにいた。

 クラッサスが広場に歩を進めると、彼は小さくため息をつき、閉じていた目をゆっくりと開く。


「……陛下に言われて来たのか?」

「いや、我輩単独での行動だ……、ルカ殿」


 お互いになにかを探り合うような、確かめ合うような含みのある言葉は、どこか牽制し合っているかのようでもあった。月明かりでできたぼんやりとした二つの影が、ただ緊張感だけを映し出していた。


 沈黙がすっかり森へと溶けこんだころ、ようやくルカが口をひらく。


「敵は大勢だ。オレが感知したところでは……おそらく五十以上」

「ふむ」


 クラッサスはすこし驚いたが、ルカが何を言いたいのかすぐにわかった。さきほど目を閉じていたのは、その“感知”のために違いない。


「時間がないから手短に言う。そいつらを操っているヤツは一人だ。返ってきた魔力の波長からいって、術師はオレと同じ古代系降魔師。あとはすべてそいつの駒だ。のことだ……、そこらじゅうから“うつわ”をかき集めたんだろうな」


 言っていることの半分以上がクラッサスには理解できなかったが、わかった部分だけわかれば今はいい。敵はなんらかの術をつかって手駒を増やし、操り、五十以上の軍勢で攻めてくるということ。それだけの話だ。


「その敵とやらは、ルカ殿と同じく降魔師ごうましというわけですな?」

「……おっさん、降魔術ごうまじゅつを見るのは初めてか?」


 質問に質問が上乗せされる。ルカの思考は会話のテンポよりも多少進んだ位置にあるのだろう。クラッサスはそうとらえた。


 ルカが右手をひらき、前方に突きだす。

 すると広場の中心、物見やぐらのあるあたりの地面が淡い光をはなちはじめる。

 光は修練場一面に広がっていく。薄暗い路地裏か、街はずれの馬小屋か。とにかく一帯は下方からの光によって、ある程度の明るさに保たれた。


 降魔術――降魔師が魔力の行使により起こす現象。

 ここがもう結界の外であることを、二人はあらためて確認した。


「降魔師とは二日ほど、ともに旅をしましたぞ」

「フッ、そうだな。その降魔師が、いまから敵の降魔師と戦う」


 ルカは軽く笑ってみせた。

 横にならぶクラッサスは、まっすぐまえを見据えている。


「古代系降魔師ってのは主に召喚術や極大魔術を得意としていて、ああ、現在は使用が禁じられているんだが……なんていうか、そういうのがいる。普段は群れて行動する臆病者の集団だ。ま、なかにはオレみたいなキワモノもいるんだが」


 ルカはこの二日のあいだ、こうして説明を途中であきらめる場面がいくつかあった。だがそれはなにかを隠そうとしているのではなく、ただ単にひと口で説明するには莫大な前提知識を必要とし、そのための時間が足りなかっただけなのだなと、クラッサスはようやくわかった。


「だが、今は手駒が増えて気が大きくなってるんだろうぜ。このオレに対して降魔師一人とは舐められたもんだ」


(一人……。大将以外は眼中になし、か。ルカ殿らしい考え方だ)


 トレードマークの口ひげを整えながら、黒マントの剣士は心中でつぶやく。


 夜の山の冷たい空気に生暖かい風が混じり、空気中の水分がポツポツと地面に落ちはじめる。雨だ。


「それでそやつらは今、どこに?」

「もうしばらくでここにたどり着く。一斉に来るぞ」

「どうして敵はここがわかる?」

「相手の魔力を感知するってことは、こっちの居場所を教えるのと同じことなんだ。相手の魔力の発信源を特定するために、自分の魔力の領域テリトリーを広げる。魔力の強いものほど遠くのものを感知できるが、逆に相手にも感知されやすい。そんな感じだ」


 クラッサスは降魔師や魔力についてまったくの門外漢であったが、この説明にはなんとなく納得できた。狩りのときに標的の行動を制限するため、わざと大きな音を立てることがある。おそらくはそれと似たことをしたのだろう。


「むこうは常にこっちを探ってたみたいだからな。わざと思いっきり存在を示してやったら、まんまと挑発にのってきやがった。オレを罠にかけたつもりなんだろうけどな、逆だってことを思い知らせてやるぜ」


 ルカの双眸そうぼうがギラつく。それは彼がクラッサスのまえで初めて見せる表情だった。

 静かなる闘争心とほのかに見え隠れする邪心。もうすぐ戦場となるであろうこの場所でその瞳を見たクラッサスは、なぜだか少しうれしくなった。あるいはダラルードに重ねたのかもしれないし、あるいはクレイスズを名門家に戻すという自己の野心とも重なったのかもしれない。

 そしてルカがいつもより饒舌になっている理由がわかった。戦いの前の高揚感がそうさせているのだ。


「詳しいことはあとでゆっくり訊ける。我輩たちが勝ち残れば、だ。いまは眼前に立ちはだかる敵を討つのみ!」


 大げさに言ってみせ、クラッサスは腰の曲刀を抜いた。自らの野望を体現するがごとく、その刀身が薄暗い夜に銀光をはなつ。


 激戦の予感をさせる森には、降りはじめた小雨が木々の葉を打つ音だけがひびいていた。

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