第14話 王なき騎士団

 ドミ・アルダライルの静かな夜が戦場に変わる少し前。ルカがヤココットに連れられて大広間を出たあたりまで、時間はすこし巻きもどる。


 ルカがそのあと予想したとおり、ダラルードは教団のお偉方えらがたからの挨拶ぜめにあっていた。

 やれこの街の歴史がどうとか、やれ王の偉大さであるとか、やれ太陽の神のご加護であるとか、街の有力者やルクネイア教団の関係者から話を聞かされていたのだ。この街の人々に対する責任の一端を感じていたものの、そうなってしまったものは仕方ない、今があるならいいという生き方のダラルードは、やはりルカの予想どおり退屈していた。


(めんどくせえな……。今聞かないとダメなことなんだろうか)


「ダル殿。王の顔とはほど遠い、寝る直前の腑抜けのような顔になっておるぞ」

「おぉ……、おっさん。助けてくれ」

「ここは我輩にまかせよ。こういったことには慣れておる。ダル殿はあちらで酒を酌みかわしておる騎士たちをねぎらいに行かれてはどうかな?」


 クラッサスが広間のすみで所在なさげにしている騎士たちのテーブルを指すと、ダラルードの疲れきった表情はふっと明るくなる。


「悪い、頼むぜ」


 ダラルードがお偉方をすりぬけて騎士たちのほうへ向かう。


「あっ、ダラルード王! お待ちを」

「まあまあ、司教殿。王は疲れておるのだ。ここは我輩が話をうかがい、そして王に伝えよう」

「しかしクラッサス様、我々は王と……」

「歴史や王の偉大さについては我輩も、もちろん王も存じておる。“王の側近”である我輩が今知っておかなければならないこと。それを聞かせていただけるか?」


 王の側近か……少しちがうが、この場を収めるにはこう言うのがいいだろう。騎士たちのテーブルにたどり着いたダラルードを横目で確認したクラッサスは、ひとまず司教たちから必要な情報を集めることにした。



 一方、抜け出したダラルードはというと。


「この席、いいか?」

「だっ、ダラルード王! いけません、このような末席にいらしては!」


 突然の王の慰問に慌てた騎士たちは、手に持っていたカトラリーを投げるように置き、ガタガタと椅子から立ちあがっていく。口のなかのものを急いで飲みこんだせいか、顔をふせてむせるようにしている者までいる。


「あのなぁお前ら、気にしすぎだ。俺は王だけど、神様でもなんでもねえ。お前らと同じようにメシを食うし、酒も飲む。席なんざ関係ねえ。どの席に座ってても俺は好きなように振るまうし、お前らにもそうしてほしい。それともなにか? この席に座ったら俺の王位がけがされるってのか?」

「そんなことは決して……!」

「いいからみんな座れって。バカ話でもしながら飲もうぜ」


 ダラルードの言葉に騎士たちが戸惑っていると、神官たちのテーブルにいたマクィーユが慌てふためいて飛んできた。


「みな、我らが王はそういった堅苦しいのは好まないそうだ。言われたとおり、座ってもよい」


 騎士長であるマクィーユが指示を出すと、まだ混乱しながらも騎士たちはもとの席に着いた。


「じゃあ、乾杯といこうか!」

「お、王の帰還に乾杯!」

「か、乾杯!」


 騎士たちがそれぞれ周りをうかがいながら酒を口にするなか、ひと飲みで酒器をカラにしたダラルードは袖で口もとをぬぐいながらマクィーユを手招きした。


「マキ、ちょうどいい。騎士たちの紹介をしてくれるか?」

「かしこまりました。それでは副長。それから、じいやも」


 マクィーユに促されると上席に座っていた筋肉質な巨漢と、白いあごひげを蓄えた老齢の男がダラルードの傍へやってきた。


「騎士団の副長を務めるベルギュスト=アロンです。ダラルード王、心よりお待ちしておりました」


 マクィーユが騎士長と神官長を兼任しているとなると、騎士団に常在して指揮を執っているのは実質的にはこの男なのかもしれない。ダラルードにそう思わせるに足るほど、ベルギュストを見る騎士たちの目は彼を信頼しているようだった。


「前副長のジュルーヴュ=ラウルトでございます。生きているうちに王と出会えるとは、もう、いつ死んでも悔いはございません」


 顔の下半分を覆う白いあごひげのせいで一見すると年齢よりもさらに年老いて見えるジュルーヴュだが、近くで見るとしっかりと鍛え上げられた肉体や鋭さを失っていない眼光に気づくことができる。

 この男もまた、王なき騎士団を支えつづけた一人なのだ。


 彼らの名を聞いたダラルードは、すぐに過去の記憶から二人の騎士を思い出した。


「アロンにラウルト……! お前らの先祖もアルダライル騎士団にいたな? たしか……、ガエル=アロンに、レアンド=ラウルトだったか」

「王……! 我が先祖であるガエルの名を記憶していてくださり恐悦至極に存じます」

「レアンドは我が高祖父にございます。あの最後の戦いのおり、ダラルード王のおそばで戦えなかったこと、まことに申し訳ございません。レアンドは死ぬまでそれを後悔していたと伝え聞いております」

「いいんだよ、俺が来るなって言ったんだ。それより、民を無事にこの谷へ連れてきてくれたことを感謝しているぞ。そうだな、直接言いたい。明日は墓に連れて行ってくれ」


 ベルギュストとジュルーヴュはお互いに顔を見合わせる。ひとつ息をつき、緊張の糸を一度ゆるめ、もう一度引き締めた。ベルギュストは言う。


「ダラルード王、この街ができたときから現在まで残っている家系はつまり、王の最期に立ち会えなかった者たちの子孫でございます。無念なのであります。この血が王とともにあることを求めているのです。今度こそは、命尽きるまで王のおそばで戦わせてください」


 百年前、ダラルード王はアルダライルの民を救うため、ひとりで帝国率いる連合軍に立ち向かった。一部の騎士たちは王の命令を無視し、王とともに戦場で散っていったが――導師ガイトとともに民たちを聖なる谷へと護りとどけた騎士団本隊は、命をささげたはずの王と最期までともにあれなかったのだ。

 王の命令を遵守し民を護りきれたよろこびと、敬愛する王を見殺しにしてしまった後悔の感情。この矛盾は、騎士たちをおおいに苦しめた。

 それは代が替わり、何年、何十年たっても薄まることのない苦悩だったのだ。


 ダラルードはベルギュストの言葉からすべてを理解し、騎士たち全員に向けて言った。


「よせ。俺はまだ死なないし、お前らだって死なせねえ。だがその心意気は受け取っておくぜ。これからしっかり働いてくれ!」

「ありがたき幸せ……! ダラルード王が私たちの先祖を生かした意味を、きっとお見せいたします」



 突如、広間の扉が大きく音をたてて開く。

 街を見回っていた騎士の一人が息をきらし駆けこんできた。王のいる部屋になんと騒がしいことだと、ベルギュストが振りかえる。


「なにごとだ!」

「火、火が! てっ、敵襲です!」


 この日、ドミ・アルダライルはこれまでの歴史上なかったふたつのこと、“王の帰還”と“敵襲”を、同時に経験することとなる――

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