第13話 ルカの誤算

 寝室を出てからどれくらい経っただろうか。

 ルカはこれまでに味わったことがないほどの体調不良を押して教団施設内を歩き回ったが、おそらくまだ半分も確認できていない。ただただ広く長い廊下が視界にひろがる。


(それにしても広すぎるんじゃないのか!? だから宗教ってのは好きじゃないんだよ。無駄なことにカネ使いやがって……!)


 壁に手をつき体をささえながら、まえへと進む。ルカはたしかに焦っていた。


(クソッ……、はどこにあるんだ! ここじゃないのか……ッ?)


 そのとき突然、うしろから声をかけられた。


「ルカさま? どうされました?」


 見つかった……!

 なにごともないかのように、ゆっくりと振りかえる。声の主は女神官――ヤココットだった。

 どういうことだ。マクィーユたちと一緒にいるのではないのか。

 見張られていた? だとしたら……!


「顔を洗いに行くがてら、聖堂を少し見ておきたいと思ったんだ。陛下の霊廟れいびょうも兼ねてるんだろう?」

「それなら明日の式典で……えっ、どうしたんですか、すごい汗!」

「いや、大丈夫。ちょっと暑かったのかもしれない」

「そんなレベルじゃ……」



 ドッッオオオオォォォォォォォォンン!!!



 突如、おおきく爆音が鳴り響いた。

 あまりのことに声を失う二人。

 そのまま何も喋るな、とヤココットの眼前に手をかざし、目を閉じるルカ。

 全身の感覚を研ぎ澄まし、爆音に意識を集中させる。

 音の反響の仕方、風の流れる向き。

 崩れ落ちる壁の音。これは外部から加えられた力ではない。


(……聖堂内部か!)


 瞬時にそう判断した。聖堂に、自分たち以外の“何者か”が存在する!


「チッ……!」


 吐き捨て、爆音のした方向へ走る。

 やがて闇のなかに宵の薄明かりが射し、無数に散らばる瓦礫がれきを確認した。


(あれは……)


 暗闇のなか、鮮やかな血のように妖しくギラつく光。


(……魔族!?)


 赤い光は邪悪な瞳の輝きだった。

 大型の猛禽もうきん類を思わせる頭部、背中には張られた膜のような翼。

 そして人間と同じ形をした胴と四肢は、石のように無機質でざらついた肌をしている。

 手には木の外枠にこぶし大の宝玉を嵌め込んだなにかを掴んでいた。

 その姿はまるで命を吹き込まれた石像が動いているかのよう……


 否。


 のだ。


 ルカはダラルードとの会話を思い出してハッとする。


――よくわかんねえが、ここではルカは降魔術を使えねえってことか

――死ぬほど痛いのを我慢すればあるいは……。まあ、生きてるかぎりは無理だ


 オレはばかか! 自分で結界の特性に気づいていたはずじゃないか!

 生きているかぎりは無理――つまりそれは、生きていない者であれば魔力を行使することが可能ということ……!


 やられたッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソがッ!


 を奪われた!


「待ちやがれッ!」


 ルカの声に石像の魔族が反応する。

 瓦礫の向こうがわの壁は崩れ落ち、その先には闇夜の空が広がっている。飛び去ろうとしていた魔族はルカのほうに向き直ると、猛禽のくちばしを大きく開いた。灰色の光が輝く。


 グゴォォォオオオォン!!


 聖堂内にふたたび爆音が鳴りひびく。

 あたりは熱気と爆風とに包まれ、大理石の壁、床、天井、いたるところに亀裂が入る。調度品や絨毯などは熱気に焼かれ、塵埃じんあいのごとく舞い上がった。


「目くらましのつもりか!」


 爆風がやみ、宙を舞っていた塵がぱらぱらと床に落ちたときには、そこにもう石像の魔族の姿はなかった。


、聖堂内に直接あの魔族を召喚しやがったのか……!? そんなことが?)


 ウソだろ。なんでは“谷の結界”を熟知してやがる。

 ずっと研究していた?

 それで襲撃の日がたまたまオレたちの到着した夜だったってのか?

 ばか、そんな偶然があるか。

 考えろ。何かある。は何かを知っている。

 ……クソ、とにかく追いかけながら考えるしかない!


 ルカは乱れた前髪をなおしながら、急いで瓦礫の山を越えて外へ出た。熱風を浴びたあとだ。外の空気をことさら冷たく感じる――はずだった。


「なっ、これは!」


 そこに広がる街の姿は、戦場そのもの。民家からは火の手が上がり、柱は崩れ落ち、夜空の境目を赤紫色に染める。

 視界に入るすべての路地から次々とわいて出てくる異形の魔物、逃げ惑う人々、応戦する騎士たち。

 喧噪。罵声。唸声。悲鳴。叫喚。遠吠え。殺気。漂う血臭。

 それらすべてを混ぜ合わせた戦場の空気が臓腑ぞうふを刺激し、強烈な吐き気をもよおした。


「……外道畜生が!」


 ルカはギラリと空を睨みつける。戦場の空を、石像の魔族が両翼を広げ飛んでいた。その先には山中の森。


(逃がすかよ! はオレのものだ!)


 ルカは石像を追って駆けだす。魔物に襲われている人々や騎士たちにも気づいてはいたが、それには目もくれず走った。どちらにしろ結界内でルカにできることはほとんどない。今はただ、石像を追いかけることしか考えないようにした。



「あれはルカ殿!」


 通りの交差する場所でダラルードとクラッサス、そして騎士たちの姿を見つけた。異形の魔物たちと向き合い、今にも交戦しそうな状況だ。

 クラッサスの声で足を止めたルカは遠巻きに一瞬ちらりと横目を向ける。静寂。街をむしばむ炎が路地をオレンジ色に染めるなか、ルカはやはり石像を追うことに決めた。走ってダラルードたちの前から姿を消す。


「ルカ殿、どこへ……!」

「ほっとけよ」


 呼び止めようとするクラッサスを、大剣を両手に構え魔物たちと対峙しているダラルードの言葉が制した。


「なんか考えがあるんだろうぜ」

「しかし、ダル殿!」

「そんなにあいつが心配か?」


 まるでからかっているかのように、にやりと笑う。


「これは独り言なんだが、ここは俺だけで片づきそうだぜ?」


 軽く見積もっても数十体。人間の倍以上の体躯をもつ魔物も多数。この状況下でこの余裕……、貴公はやはり――。

 クラッサスはかまえていた曲刀を下ろし、鞘におさめた。そして円筒状のハットを目深にかぶりなおし、笑ったのだろうか。一瞬だが口髭が動いたように見えた。


 バサッ


 魔物の咆哮にかき消されたが、ダラルードはたしかに聞いた。クラッサスのマントがひるがえる音を。


「行くぜえッ!」


 魔物の群れに突進していくダラルード。さらに騎士たちも雄叫びをあげ、それにつづく。


 クラッサスの姿は、すでにその場からは消えていた。

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