第11話 百年の孤独

「これは美味い! 明日も同じ料理を頼む!」


 ドミ・アルダライルの民たちに王として迎え入れられたダラルードは、この谷の名物ともいえるジビエ料理をいたく気に入ったようだった。

 野生の鳥獣を捕らえる技術、保存する技術、適切に処理する技術。それらはもちろんとして、狩猟肉のくさみを消す香草や調味料など、独自の文化がこの地に根付いていることを知るに十分な皿が次々とやってくる。


「ダル殿、もう少しゆっくり食べてみてはいかがかな? それではせっかくの料理の味もわからぬであろう。我輩のようにだな、クレイスズ家の伝統にのっとった作法で……」


 クラッサスが“クレイスズ家の伝統にのっとった作法”の説明と実践を披露しはじめる。もちろんというかなんというか、ダラルードの目と耳には届いていない。


 街の入口で盛大に歓迎されたあと、三人はところせましと皿の並べられた大きなテーブルのある広間へと通された。本来は街の案内と歓迎式典を催してからの予定だったそうだが、到着が夜になった時点でそれは翌日へ持ち越され、とりあえずの会食のみ執りおこなわれるはこびとなった。


 聖なる谷ドミ・アルダライル

 街の中心部に位置する大神殿には英雄王ダラルードを祀る大聖堂霊廟れいびょうが併設されており、さらに教団の施設も合わさっていた。

 荘厳さと威厳をたたえて存在感をしめす大神殿と大聖堂霊廟。外壁の大理石はたいまつの灯りを受けて伸びる人影を映しだす。きっと朝、昼、夕とさまざまな時間帯で異なる壮麗さを見せてくれるのだろう。

 そして移民前からあったとされる石造りの古民家と、アルダライルの民が新たに建てたという木造の建造物。ちぐはぐな雰囲気を醸し出すそれらは遠い郷里のようにどこか懐かしくも思え、来訪者に郷愁きょうしゅうの念を抱かせる。

 ミスマッチとも思えるそれらは、この“谷”という独特な地に共存して調和を生んでいた。たとえ今ここに無神論者がいたとしても、あるいは神の存在を見出すかもしれない。

 その無神論者の代表格ともいえる降魔師――ルカは、依然として結界の影響を受け、苦しんでいた。苦しんではいたが、必死で隠していた。なぜなら。


「ダラルード王、お食事はお口に合いますでしょうか」

「マクィーユか。最高だ、明日も同じものを頼む」

「ありがたきお言葉。ところでそ、その鳥なのですが……わ、わたしが射たものにございます」


 ダラルードのかじっている燻製を指して言った。

 神秘的な容姿のマクィーユも、照れたような顔をすれば年相応の雰囲気になる。最初に会ったときには緊張していたのか硬い表情を崩さなかったが、ダラルードの食事の世話をしているうちに少しずつ笑顔を見せるようになっていた。

 百年のあいだひたすらにダラルード王の帰還を待ちつづけていた人々。その上に立つ彼女はきっと、生まれたときより王の忠実な従者であったのだろう。実際に王のもとで働けるよろこびは到底はかりしれない。


「そうか。騎士はみな狩りを?」

「訓練の一環で覚えます」

「そうか、苦労をかけたな。マクィーユも飲むか?」


 琥珀色が美しいアルディル酒。その輝きは、樽のなかでしっかりと熟成された証拠だ。味のつよい肉料理に負けない、粘るように舌へからむ口当たりは極上のソースのようでもあり、キレのよい後味は口のなかに雑味を残さずどこか爽快感すらある。ジビエ料理の美味しさをもっとも引き立てるよう丁寧につくりこまれたことがひと口でわかる酒だ。

 料理や酒を味わえばわかる。自らの築き上げたアルダライル王国を受け継いではいるが、ドミ・アルダライルはすでに独自の文化を成立させていると。


(そりゃそうだ。俺の国はたかだか十八年で終わった。この街は百年もつづいてるんだもんな)


 指導者不在のなか、どれほどの苦労や努力があっただろう。

 ダラルードの喉を慙愧ざんきが流れる。


「いえ、神に仕える身ですので……」

「そうだ、神官でもあったよな。狩りは戒律に背かないのか?」

「それは、騎士ですので」


 理屈はよくわからなかったが、彼女のなかでは正しいのだろう。ダラルードは差し出したグラスを引く。

 失礼ついでとばかりに、マクィーユはひとつ願い出た。


「それから王。僭越ながらわたしのことはマキと。みなそう呼びます」

「マキか。わかった。ではマキも俺をダルと呼べ。近しい者はみなそう呼ぶ。百年前からそうだ」

「そんな!」

「いやならいいぜ」

「……ダル…王…様」

「おう!」


 思いもよらぬ申し出に、マキは白い頬を真っ赤に染めてうつむいてしまった。

 ダラルードは彼女の反応を楽しむかのように大口を開けて笑う。そこで、ふと気になっていたものについて聞いてみることにした。


「ところでマキ、腰にさげているその剣なんだが」

「はい、アルダライル王ダラルー……ダル様からたまわった聖剣、エルシャフィエにございます」


 愛しそうにエルシャフィエの柄をひとなでし、アルダライル王国の紋章である鳳凰フェニックスが彫られているガードを見せる。


「やはりそうか」

「代々のアルダライル騎士長が受け継いできたこの退魔の聖剣。わたしに適応いたしました」

「それは俺の仲間が使っていた剣なんだ」


 魔王ゾディヅとの最終決戦。ダラルードはそのときのことを、特に二人の仲間のことを思い出していた。彼らのことを思い浮かべるときはいつも、自分ひとりでは魔王を倒せなかっただろうという思いも同時によぎる。それほど三人は強かった。三人で最強のパーティだった。自慢の仲間だ。


「ダル様とともに魔王を打ち倒した剣士ツシマ様……でございますね」

「ああ。だからってわけでもねえけど、その、大事に頼むぜ」

「心得ております。エルはもはやわたしの一部。ともにすべての魔を絶つと誓いました」


 それまで和やかに話していたマクィーユの表情がふいに厳しいものに変わる。


「忌むべき魔族はもちろん、わたしは降魔師も邪悪な存在と考えます。太陽の神ファールーンによりつくられたこの破邪の結界に弾かれるもの。それすなわち滅すべき存在なのです」


 言葉ひとつひとつに敵意がこもっており、膨れ上がった闘気はいまにもあふれだしそうだ。そんなマクィーユをダラルードはさとそうとしたが、ルカが目で制止するのでひとまず口をつぐんだ。


 そう、ルカが結界の影響で苦しんでいること――降魔師であることをひた隠しにしているのは、こういうわけだった。


「陛下、オレのを食え。オレはもういい」


 手前の皿をダラルードへ向ける。ルカの食事はいつも早いが、体調からか気まずさからか、十分な量は食べていないように見えた。

 クラッサスはそんな様子を口ひげをなでながら気にしていたが、ひとまずはやはりダラルードと同じく黙ることにした。


「おう、もらうぜ。……ルカ、今日は疲れただろ。先に休んだらどうだ?」

「そうだな。そうさせてもらおう」

「ルカ様、お休みですか。ヤコ! こちらへ」


 後方には女神官たちが数人控えていたが、そのうちの一人、ヤコと呼ばれた者が早足で寄ってきた。


「ダル様、こちらはわたしの付き人を務めている、神官のヤココットでございます」

「みなさま、はじめまして! ヤココット・マイントと申します」


 色づきはじめるまえの薔薇の薄赤さを思わせる綺麗なロングヘアーを手で軽くかきあげると、ヤココットはニコニコと満面の笑みを浮かべてお辞儀した。


「ヤコ、ルカ様を寝室へご案内してさしあげなさい」

「かしこまりました」

「いいよ。一人で行ける」

「ここは広いですから。さあさあ、こちらですよ!」


 ヤココットに腕を引かれ広間から出ていくルカを、ダラルードとクラッサスは心配そうに見送った。

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