第10話 英雄王の帰還

 しかし“この光景”には、ルカでさえ息を呑んだ。

 街の入口に待ちかまえたるは純白の法衣を着た集団。両脇にはたいまつを持った騎士たちが整然と並んでつづく。その数、総勢三十以上。たいまつのあかりが風のあおりを受け、長く伸びた影が揺れている。

 それらを率いて先頭に立つのは、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる女だった。夜の色を吸いこんで青みがかった銀髪は流れるように肩へとかかり、瞳の奥からは静かなエメラルドグリーンの光を感じることができる。白の法衣と白銀の甲冑に隠されているのに、全身の肌の色はその頬と同じく白く透きとおっているだろうとわかる。

 その女が腕にかかえる鏡が、紅く、紅くかがやいている。


 ダラルードが近づくと、輝きはさらに増す。紅く、深く、煌々とかがやいている。


 ザッ


 法衣の集団と騎士たち。その全員が一斉にひざまずく。


「永らく……永らくお待ちしておりました。ダラルード王……!」


 ダラルードのまなこにもはや疲れはみえない。

 この場の人間、空気、そして歴史。そのすべてを支配するかのごとく強い力をもった視線で法衣の集団を見据えていた。金褐色の双眸が“王の証”としてこれ以上ない説得力をはなっている。


 刹那の静寂が永遠にもまさっていた。クラッサスの固唾を飲む音すら響きわたりそうだった。


 先頭の女が立ちあがると、後続のものたちもそれにならった。彼女の言葉が風に乗る。


「この街――ドミ・アルダライルの民を代表して、王にご挨拶させていただきます。ファールー教ルクネイア派の神官長にして騎士長、マクィーユ=ガドフィーでございます。あるじであるダラルード王のお帰りを、百年……、心待ちにしておりました。いまより我らは、ダラルード王に従います。ふたたびアルダライル王となり、我らをお導きください」


 姿だけでなく声までもが透きとおった清水せいすいのような響きをもつマクィーユの言葉。

 ふいにダラルードは空を睨み、考える。


「ガドフィー……? マクィーユと言ったな。もしかしてギュリアンの娘か?」

「……ッ!」


 おそらくは感動だろう、声の出ないマクィーユにかわってほかの法衣たちがざわざわと騒ぎ始める。


「おお、ダラルード王……」「我々のことを覚えてくださっている!」「王よ! ダラルード王よ、万歳!」「万歳!」


「ああ……もったいないお言葉でございます。ダラルード王の仰せられるギュリアンとは、おそらくは我が先祖ギュリアン=ガドフィーでございます。ギュリアンと同様、命をかけて王に仕えさせていただきます」

「そうだよな、娘のはずはねえ。……百年、待たせたんだもんな。みんなにはつらい思いをさせた。だがな、もう安心していい。俺は民のもとへ帰ってきた。英雄王ダラルードは帰ってきたぞ!」



 ダラルード=ダレイル王、聖なる谷ドミ・アルダライルの民のもとへ、帰還。



 歓声。喝采。かちどきの声。すすり泣く声すらも混ざってきこえる。ダラルードの言葉は法衣の集団と騎士たち、さらに奥に立つ街の人々をも奮い立たせていた。

 マクィーユはここで初めてかたい表情をくずし、上品な笑みを浮かべた。


「ダラルード王、それからお付きのかたがた。遠路はるばるお疲れのことでしょう。なにもない街ではありますが、お食事をご用意してございます。まずはゆっくりとお休みになられてください」


 先ほどまでこの谷の聖なる力とは何であるか、いざというときにダラルードをどう守るかの話をしていた。それは今ここにいるダラルードが、英雄王ダラルードの生まれ変わりであると信じてもらえないかもしれない、そういう危惧の表れからでもあった。

 ルカもクラッサスも、今この時代のダラルードこそは英雄であり、これからふたたび王となる男だと信じている。だがそれが他人にも通用する理屈かは別の話である。一筋縄にはいかないだろうと、口にこそ出さないがそう考えていた。

 しかし一行のそんな思いは、ただただ杞憂きゆうに終わった。

 谷に着いた途端に仰々しく出迎えられ、何の疑いもなく受け入れられる。さすがのダラルードは即座に対応したが、クラッサスはというとあっ気にとられているふうにも見えた。

 マクィーユと法衣の集団に街を案内される三人。最後尾を行くルカは、そのとき一瞬、誰にも気づかれないほどの一瞬だけ、苦悶の表情のなかにニヤリとシニカルな笑みを貼りつけていた。

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