第6話 聖剣の使い手

 透けるようなシルバーの頭髪はまるで湧き水の流れるように肩へかかり、朝を迎える寸前の空すら取り込んで淡いブルーをたずさえていた。エメラルドグリーンの光をたたえる瞳との対比はすぐれた美術品にも引けをとらない。上質なシルクと見紛うほどの美しい肌は、冷たく光る白銀の軽装鎧よりもなお白い。

 夜明け前の森のなか。どこか浮世離れした容姿の女が見据える先には――十数体の異形の生物。


「今朝はいつになく数が多い……。ようやく待ち望んだ時がくるのだろうか?」


 魔界から迷い込んできた異界の動植物。高位魔族の通り道から発生した低俗な思念体。意思の疎通が不可能な低級魔族。それら異形の生物が、たったひとりの人間の女をまえに、ただ威嚇を繰り返すのみであった。

 異形の生物たちは妙な感覚にとらわれていた。女の体躯たいくはたしかに殺気を纏っていたが、その表情はよろこび、感謝、慈しみ、敬意――それらすべてを併せもち満ちあふれ、ふしぎと幼さやあどけなさも感じられた。


「この世に生を受け十八年。いえ、私の生まれるずっと前から……待ちつづけたときが、いよいよくるのですね。神よ、太陽の神ファールーンよ。我が王の帰還に……感謝します」


 女の名はマクィーユ=ガドフィー。

 ファールー教ルクネイア派の神官長であり騎士長。彼女がその若さにして要職に就いている理由はいくつもあるが、最たるものがひとつ。


 したのだ。


「エル、今日も頼むよ」


 マクィーユが声をかけると、腰にさげた剣が呼応するかのように鞘ごと赤く光る。

 鎧と同じく白銀のつくりのグリップと鳳凰フェニックスの紋章が彫られているガードにより、長剣は美しい十字を描いていた。長さ九十デュールの両刃が姿を現すと、比の均整はもはや至高というほかなかった。

 エルと呼ばれたその剣こそ、“退魔の聖剣エルシャフィエ”。ルクネイア騎士長のみが持つことを許された秘宝であり、その刃はあらゆる魔を浄化させるという。


――マクィーユ=ガドフィーは、


 ふう、と大きく息をつき全身の力を抜くと、呟いた。

「……すべての魔はが絶つ」


――退魔の聖剣エルシャフィエにしていた!


 瞬間、白銀が大きく揺らめく。

 威嚇行動の最中であった魔獣の肩口には退魔の剣。吸い込まれるように食い込むと、黒い毛並みの体は二つに裂けた。

 一体目の命の灯が消えるのを待たず、二体目の頭蓋に振り下ろされる聖剣。

 振り返り、一閃。

 両脇から襲いくる三体目と四体目の牙も爪も、マクィーユには届かなかった。

 エルシャフィエが鞘から抜かれて何秒経っただろうか。体を持つすべての魔がその場に崩れ落ち、体を持たない魔は霧散していた。


 異形の生物をすべて斬り終えたマクィーユは満足そうにひと息吐き、魔物の死骸のひとつに剣を突き立てる。するとエルシャフィエの剣身はさらに赤く光り、死骸は刃にこびり付いた血とともに灰となり、さらさらと流れ落ちた。マクィーユはこれを“浄化”とよぶ。

 すべての死骸に同じことを繰り返し、その場がすっかり灰で覆われたころには、銀色の髪が朝陽でオレンジ色に照らされていた。



「マキちゃん、大丈夫?」

「ヤコ、つとめの最中なのだけど」


 魔物の“浄化”がひととおり終わったころ、白い法衣の女が木陰から姿を見せ、マクィーユに近寄ってきた。「ヤコ」と呼ばれたその女はえへへと笑い、悪びれることなく同じ調子でつづけた。


「いいじゃん、誰もいないんだし」

「ヤコ」


 もう一度マクィーユに戒められると、女は口をとがらせ、ようやく言いなおす。


「……マキさま、お怪我は」

「ないわ、ヤコ。それとも、あなたの目にはわたしの剣が遅れをとったように見えた?」

「いえいえ、とんでもございませんよー。はい、これ、法衣です」


 マクィーユに手渡したものよりも少しだけ質素なデザインの法衣を着ているその女の名は、ヤココット・マイント。神官長にして騎士長であるマクィーユの付き人を務める彼女もまた、ルクネイアの神官である。歳はマクィーユよりもいくつか上だが、どんなときにも笑顔でふるまう性格と、色づきはじめた薄赤い薔薇のような明るいロングヘアーが思わせる快活さにより、彼女より年下に見られることも多かった。

 また、「神官長とお付きの神官」という立場でないときは、二人は仲のいい親友でもあった。


「それにしても、今回はいつもよりずっと多かったですね」

「ああ。昨日も多かったが、今朝はそれよりもさらに増えていた。これは、いよいよかもしれないな」


 法衣をまとったマクィーユは、巨大な根の露出したひときわ目立つ樹の下に歩を進めた。樹のわきには石づくりの小さなほこらがあり、中には一枚の丸鏡が置かれている。

 鏡は装飾のほどこされた枠にはめこんであり、陽光を受けて光りかがやいている。枠は外側のきわこそわずかに青いが、鏡に近い箇所ほど真紅に染まっていた。

 ルクネイアの神官長には、毎朝この祠を礼拝し、鏡を確認するしきたりがある。


「もう、ほとんどあかくなってますね……」

「そうだな。わたしがエルを受け継いだときにはまだもう少し全体的に青みがかっていたが……」


 マクィーユはエルシャフィエを腰から鞘ごとはずすと、祠のまえにひざまずき、ガードに刻まれた鳳凰フェニックスの紋章を鏡面にうつした。


「神よ、太陽の神ファールーンよ。聖剣とともにマクィーユ=ガドフィーが参りました。日々の御加護に感謝いたします。我が王の帰還の時をおしらせください……」


 マクィーユが祈りをささげると、鏡はやんわりと紅い光をはなつ。その光はゆっくりとふくらんでいき、やがて祠ごと紅くかがやきはじめた。そのとき、鏡の枠の、最後に残っていた青色部分までもが真紅に染まった。


「あっ!」


 それを見たヤココットは思わず声をあげた。


 祠と二人の神官をつつむ紅い光はさらに輝きを増していく。が、突然、ピシィという激しい音を鳴らし鏡の中心へ収束した。

 二人が祠をのぞきこむと、鏡面には横一文字のひびが入り、綺麗に割れていた。

 驚愕と笑みの混じった顔で向き合う二人。


「ヤコ!」

「マキちゃん! じゃない、マキさま!」

「そんな場合じゃない! ついに、ついに王が!」

「急いで街へもどりましょ!」


 ヤココットの言葉を聞き終わらないうち、マクィーユはすでに駆け出していた。

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