第2話 待ち侘びた!

「すまん、もう一回言ってくれ。変わった名前だな」

「このおっさんの名はクラッサス=クレイスズ。響きからすると、北の地方の名前か」


 ダラルードとルカにとって、知らない相手からケンカを吹っ掛けられるのは慣れたものだった。といっても多くは力自慢の大男や、からかい半分のゴロツキからのものであり、今回ほどに怪しい姿をした人物からの申し出は初めてだった。


「もちろん、受けて立つのであろうな?」

「ああ、いいぜ」

「ならば、決闘の日取りと場所だが……」

「いや、めんどくせえ。今すぐに、ここでだ」

「陛下、店の中はダメだよ」

「ルカの言う通りだ。表に出やがれ!」


 ルカと出会ってからダラルードが店の中で大乱闘を繰り広げたのはこれまでに三度。表に出やがれ。三つの店から追い出されたダラルードが学習した言葉がそれだ。


「ふん、気の短い輩だ。よいか? 我輩はクレイスズ家の伝統にのっとった方法で……」

「そんなもん俺には関係ねえよ。やんのかやらねえのか、どっちだ!」

「陛下がケンカ売ってるみたいになってるぞー」

「そうか、決闘を申し込んだのは我輩だと思っていたが、いつの間にか逆に申し込まれていたのか。それならば我輩、クレイスズ家が当主クラッサスの名にかけて断ることはできん! いざ尋常に勝負!」


 もとより喧騒な店内ではあったが、輪をかけて騒がしい三人に他の客から注目が集まるのは当然だった。「ケンカか?」「仲間割れ?」「あのあやしげなおっさん、いつもいるよな」と四方から聞こえてくる。突然、ルカの後ろで七つの皿を広げていた小太りの商人が割り入ってきた。


「あ、あの。ケンカはよくないです」

「あん? ケンカじゃねえよ」

「ひい、ごめんなさい。と、ところでお兄さん、ダラルードって……あのダラルード=ダレイルなんですか?」

「そうだな! あのダラルード=ダレイルだ」


 その返事に、一人残らず店にいる全員の視線がダラルードに集まる。

「ダラルードと名乗ったぞ」「たしかにあんな姿だって噂だよな」「あれが実物か」


 どよめく人々のなか、椅子の上に立ったルカが声を張り上げた。


「静まれ! みなも知っているだろう。いまより百二十年ほどの昔、魔王ゾディヅを打ち倒し大陸を救った英雄ダラルードを。魔王軍の侵攻により荒れ果てた南部地域を治め、秩序を取り戻したダラルード王を。そしてちょうど百年前……卑劣な謀略により城を、国を、そして命を奪われた英雄王ダラルードを!」


「最初に裏切ったのはダラルード王じゃないのかよ! そう習ったぞ」

「歴史の真実すら見極められんのか! すべて帝国の謀略だ!」


 ルカは声を荒げ、どこからか飛んできた非難を場の空気ごと重圧で押し潰す。

 非難の主かどうかはわからないが、それに答える声が上がる。


「でもまあ、すごかったってのは知ってるよ。死んだばあさんもよく話してたからな。魔王の軍勢をたった三人で次々と倒していったって。英雄ダラルード、剣士ツシマ、降魔師ガイト。この三人の名前を知らないやつは大陸じゃ誰もいねえさ」

「そうだ。そして噂くらいは耳にしたことがあるだろう。その英雄が生まれ変わり、この時代によみがえったことを。そう、この御方こそ、かの英雄ダラルードの生まれ変わりなるぞ!」


「証拠はあるのかよ? なんでその男がダラルードの生まれ変わりだってわかるんだ!」

「陛下を詐欺師よばわりするのか!」


 大声を出すのはルカの得意とするところではなかったが、英雄ダラルードの復活という噂話を一気に広めるには絶好の機会だと判断した。彼らの目的のためには、ダラルードが生まれ変わったことを大陸中に知らしめる必要があるのだ。


「陛下には、英雄王として生きたすべての記憶が残っている。それだけでも十分な証拠ではあるが……まあ、あとは実際に見てもらったほうが早いだろう」


 椅子から下り、ダラルードとクラッサスを見やる。


「百二十年前、討伐に向かったあらゆる国家の軍が瞬く間に滅ぼされた。ときのルーゲリア帝国皇帝ギルナント一世により集められた百人の勇者たちでも倒すことができなかった。大陸中を恐怖に陥れたその魔王ゾディヅを討った英雄の武勇を知らぬ者はおらんだろう! だがこの男、クラッサス=クレイスズは命知らずにも英雄ダラルードに決闘を申し込んだ。これより執り行う一部始終をしかと見よ。すべてのものが英雄の復活を確信するはずだ!」


 演説を終え息をつくルカに小声で「ありがとな」と笑いかけ、ダラルードは剣を手に取る。


「じゃあおっさん、やるか!」

「待ち侘びた!」



       ◆



 石畳の大通りから裏手に一本入った細い路地を抜けたあたりに、宿を一軒建てるのにちょうどいい広さの空き地がある。がらにもない熱弁をルカが振るった店からほど近いその広場の中心に、英雄の生まれ変わりと胡乱うろんな紳士が向き合い立っていた。

 噂を聞いて駆けつけたのか、二人を囲む観衆は店にいた人数よりもわずかだが増えている。


「勝負は武器の使用を可とし、どちらかが動けなくなれば決着……、ということでよいな?」

「いいぜ! おっさんは拳で殴り合いってタイプには見えねぇからな」


 身を纏う黒のマントを左手で払いのけると、それまで柄頭だけが顔をのぞかせていたクラッサスの剣が全身をさらした。黄金に煌く柄をにぎり剣を抜き、片手で中段に構える。

 見事な装飾の鞘から引き抜かれた刀身は薄く、三日月のように美しいカーブを描いていた。曲刀――その昔、大陸北部を支配した遊牧民の騎兵隊が好んで使ったとされる剣だ。


「貴公も早く剣を抜け。背中のばかでかい剣をな」


 ダラルードは答えるように左手を背に回し鞘を押さえると、もう一方の手に力を込め背負った剣を一気に引き抜いた。

 身の丈ほどもあろうかという大剣を、棒きれでも持つように軽々と構えてみせる。同時に、金褐色の瞳でクラッサスを強く見据えた。


「これが俺のえものだ!」

「ほう……、そのような顔もできるのだな。ただの腑抜けではないようだ」


 お互いに、剣を持つ手に力が入る。

 取り囲む観衆にも緊張が伝わり、キンと張り詰めた空気が二人を包む。


「行くぜ!!」


 先に動いたのはダラルードだった。

 瞬時に間合いを詰めると、巨大な刃を振り下ろす。


 クラッサスは後方へ跳び、その一撃をかわす。

 すぐさま右前方に跳躍、すれ違いざまにダラルードの脇腹めがけて斬りつけた。が、構えなおされていた大剣で受け流される。


 ダラルードが背中に抜けたクラッサスを目で追うと、さらに後ろへと跳ぶ影だけが確認できる。振り返っても視界に捉えることができない。


 刹那、足元にマントのはためく音。


 低い姿勢からの斬り上げ。

 曲刀はダラルードの眼前をかすめていた。

 すんでのところで仰け反り、なんとか避けたが、ダラルードは体勢を崩してしまった。


 その隙を見逃すクラッサスではない。

 高く掲げた曲刀を切り返し、振り下ろす。


 ダラルードは倒れこみつつ半身をひねり、大剣を振りあげてこれをいなす。

 空間を切り裂くカァァァンという金属音。

 二人はすぐに体勢を戻し、間合いをとる。


 瞬刻の剣戟けんげき

 彼らを取り囲む人々は言葉を発することもできず息を呑み、まばたきすら忘れていた。

 ルカにとってもこの展開は予想外であった。


「あのおっさん、なかなか……。というより、あの陛下がペースを持っていかれてる……ように見える。陛下、何を考えている?」


 当の二人はルカや観衆のことなど気にもせず、目前の相手に集中していた。

 ダラルードの双眸がクラッサスを鋭く捉える。


(速ぇ速ぇ。ったく、どんなバネしてんだよ)


 応えてクラッサスもダラルードを睨む。


(あのばかでかい剣、やはり懐に飛び込んでしまえば小回りのきくこちらが有利。……だがもう簡単には近付かせてもらえぬようだ)


 体中が熱い。思考、血と筋肉と細胞は高速でめぐっているのに。体外の空気、雲、街の人々の時間はひどく遅く流れているように感じる。


――先手必勝!


 クラッサスがふたたび跳躍した。


 不利な間合いへの侵入を防ぐように、ダラルードが剣を一文字にぐ。

 読んでいたクラッサスは瞬時にうしろへとかわす。そしてダラルードの剣の振り切らないうち、もう一度前へと跳び込んだ。

 剣の勢いに乗せて体を引くダラルード。だがクラッサスのスピードのほうが、上。


「もらった!」


 クラッサスが勝負を決めようとした瞬間。

 大剣が曲刀を弾き上げていた。


(振り終わってない剣を強引に戻したッ!?)


 後退しながらも大剣の軌道を力まかせに御したダラルードは、そのまま前身に重心をかけ、構えなおす。

 クラッサスは弾かれた曲刀を即座に握りなおし、そのまま振りかぶり襲う。


 二つの鍔が交わる。

 勝負を決めるはずの一撃を凌がれたクラッサスは動揺していた。

 この若さにしてこれほどの剣を……。不意に雑念が脳裏をよぎる。そのとき。


 ドン、と鈍い衝撃音が響いた。


「かはっ……!」


 低い呻き声とともに吹き飛んだのは、クラッサス。

 腹に思いきり蹴りを入れられたのだ。たまらず仰向けに倒れる。


「ぐ……」


 クラッサスが上体を起こしたときには、目の前に大剣の切っ先があった。


「もう終わりかい? おっさん!」

「ふん、まだだ」


 剣を引き、立ち上がる対戦相手を満足そうに見つめるダラルード。

 頭から落ちた黒いハットを拾うクラッサス。


「いいぜ、そうこなくっちゃな!」

「手加減は不要だ、ダラルード殿!」

「本気でいくぜ!」


 決闘の第二幕が、はじまる。

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