第29話 異変の兆候

 ダラルードが〈空の王者を模る石塊の戯具モルス・プリンシピアム・エスト〉との戦いを新たな局面へとすすめたころ、クラッサスとマクィーユも守勢から攻勢へと転じていた。


「マクィーユ殿、同時に行くぞ!」

「はい!」


 魔獣使いの降魔師を倒せば、この戦いで大きく有利を得ることができる。二人はこの機こそがチャンスと捉えた。


 走り出した紳士と騎士が閃光のごとく合成魔獣キメラを斬り倒していく。

 二人の行動に反応し、大型の合成魔獣たちが魔獣使いの姿を隠すように壁をつくり、臨戦態勢をとった。が、


 遅い。


 正面の魔獣が腕を振りかぶったときには、すでにマクィーユの剣が腹をつらぬいていた。攻撃を受けた部分が灰と化していき、やがて身体の機能は停止する。

 文字通りただの壁となった魔獣のうえを、黒いマントをなびかせクラッサスが跳躍する。魔獣使いの降魔師にとっては、大きな一枚の葉が舞い落ちてきたように見えたかもしれない。

 クラッサスの剣が魔獣使いの心臓に命中する――


 はずだった。


 魔獣の手が、曲刀の刃をじかに掴んでいた。甲だけでなく、手のひらまでもが硬質な鱗で覆われた、魔獣の手だった。

 手の持ち主は、魔獣使い


「クカカ、若僧が。降魔師が剣士に膂力りょりょくで劣るなど、とんだ勘違いをしておるわ」


 魔獣を操る降魔術をきわめた老齢の降魔師。

 での名は“スカー・シンメトリー”。


 その姿は全身が鱗でおおわれ、脚部は獅子のうしろ足のように変化しており、耳もとまで裂けた口には鋭い牙が生えそろっていた。


「み、みずからを魔獣に……!?」

「命を散らせ、若僧」


 クラッサスのわき腹めがけ、魔獣となったスカーが鋭い爪での突きを繰りだす。


 刹那。


 鱗のすき間を縫い、聖剣エルシャフィエがスカーの右腕をつらぬいた。


「ぐあぁぁっ!」


 叫び声とともに後方へと跳び、大きく距離をとるスカー。

 エルシャフィエによって傷つけられた箇所が灰になり、雨と同化して黒く濁る。右腕の灰化は広がっていき、やがて肩口にまで到達しようとした、瞬間。スカーは左の爪を使い、右腕を付け根から切り落とした。


「あの降魔師、自分で腕を……ッ!?」


 驚愕するマクィーユをよそにスカーがすこしりきむと、腕の切り落とされた箇所から新たに人間の腕が再生した。そしてその腕もすぐに硬質な鱗でおおわれていき、魔獣の腕へと変化した。


 異様な光景に二人が目を奪われた瞬間、獅子の脚力で跳びこむスカー。両者の間合いは一挙にゼロへと詰められた。

 気づいたマクィーユがあわててガードするが、力まかせな攻撃は、無慈悲にも防御のうえから白銀の騎士長を突き飛ばす。

 動きだそうとしていたクラッサスも同様だった。彼のスピードをしても、魔獣化したスカーの攻撃を避けることはできなかった。


 ぬかるんだ土に叩きつけられる二人の身体。

 だがここでさらに対処を遅らせることは、すなわち“死”を意味するとわかっていた。バランスをくずしながらもすぐに起きあがり、体勢を立てなおす。

 降りしきる雨のむこう、獲物を仕留めようと機をうかがう降魔師に向け、二人の戦士は剣をかまえた。



       ◆       ◆



王の剣を綾なす破壊の衝動エッジ・オブ・サニティ〉により風の属性を付与エンチャントされたダラルードの大剣が、低空を舞う対敵をにらむ。

 その〈空の王者を模る石塊の戯具モルス・プリンシピアム・エスト〉――石像の魔族は英雄の周囲を飛びまわりつつ、隙をうかがっているようだった。


「かかってこないんなら、こっちからいくぜ!」


 ダラルードは声高に宣言すると、雨を切り裂くかのごとく大剣をつよく振った。切り裂かれた空間は鎌のような真空となり、石像の魔族へ向けて高速で飛来する。

 水滴をはじきながら飛びくる脅威を難なくかわしてみせる石の身体。しかしそこへ、もう一枚の真空の鎌がぶち当たった。

 石の胴に、綺麗な亀裂が生まれる。


「ひさしぶりにしては、うまく飛んだんじゃねえか?」


 そのとき。

 剣を振りきったダラルードを、背後から二体の合成魔獣キメラが襲った。

 振りかえり、二体同時になぎ払う。

 一体は短い衝撃音とともに吹き飛び、もう一体は低い破壊音とともに粉々になった。


 さらに魔獣の死体が地面に落ちきるよりもはやく、ダラルードは背後へと剣をやみくもに突き出す。

 突きとともに、剣先から大気の渦がうまれた。

 渦は、隙をつこうと急襲していた石像の魔族を乱気流へと飲みこみ、翼のコントロールを奪う。


空の王者を模る石塊の戯具モルス・プリンシピアム・エスト〉、墜落。


「やっと降りてきたな! ろうぜ、本気でな!」



       ◆       ◆



 ダラルード対〈空の王者を模る石塊の戯具モルス・プリンシピアム・エスト〉。

 クラッサスとマクィーユ対スカー・シンメトリー。


 二つの戦いを見守るルカは、修練場を見渡してふと気付く。


(死体が……、減っている!?)


 低級魔族を入れられた“うつわ”、そして合成魔獣キメラ

 そのどちらもの死体の数があきらかに減っている。


――否。


(ちがう! 生きている合成魔獣の数もだ!)


 集中し、魔力の流れを感知する。


 ダラルードと向き合う石像の中心部に、きわめて強い魔力が蓄積されているのがわかった。


(クソ……、これは……)


!)



 焦燥感に駆られたルカの表情に気づいたのか、それともただの偶然なのか。

 戦いの最中であるクラッサスが、ルカと会話のできる距離までさがってきた。


「……おっさん」


 ルカの声は震えていた。


「フルリーフ、頼めるか」

「……!!」


 二分で中級魔族の二体同時召喚をやってのけたルカからの、「四分かせげ」という要求。事態が思ったよりも悪い方向に進んでいることを、クラッサスは理解した。


「……もっぱらブロークン、ではなかったのかな?」

「オレもたまにはさ、新しいことにチャレンジしてみてもいいかなって……感じだ」

「熱めでよければ」

「いいや、すこし冷めるくらいで頼む。猫舌じゃあないけど、そういう気分だ」

「クレイスズ家の作法ではゆるされませんぞ?」


 瞬刻の沈黙。


「すまない、頼む」

「……できるかどうかはわからんが、やってみよう」



 ルカとクラッサスが後方で動きはじめたそのころ――

空の王者を模る石塊の戯具モルス・プリンシピアム・エスト〉が徐々に大きくなっていることに、相対あいたいするダラルードも気づきはじめていた。

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