第3話 決闘のゆくえ

「手加減は不要だ、ダラルード殿!」

「本気でいくぜ!」


 ダラルードとクラッサス、決闘者二人のボルテージは最高潮を迎えていた。

 しかしそんな二人に水を差すかのように……


「早く! こっちです! ケンカ、ケンカです!」

「暴れているというのはお前らか!」


 とんだ闖入者ちんにゅうしゃが現れた。

 白銀の鎧を全身に装着した兵士たち、その数八名。シャモンディの街に駐在しているサラミナ王国の衛兵である。いつのまにか倍以上の人数に増えていた観衆を割り、ダラルードたちに近付いてきた。


「ダラルード=ダレイルを名乗る不届きものというのはお前だな!」

「あぁん? 今いいところなんだ。邪魔すんじゃ……」

「邪魔しないでいただきたい!」


 衛兵の怒号をさらなる怒号で上塗り、クラッサスがダラルードに襲いかかる。

 クラッサスの目には、もうダラルードとの決闘しか映ってなかった。

 突然の攻撃をうまくかわしたダラルードだったが、驚きによりボルテージが少し下がる。と、そのとき、観衆のなかにいるルカが目に入る。

 両手でバツのマークをつくり、指を路地の奥に向けるジェスチャー。「ダメだ、逃げろ」と示しているようだった。


「おっさん、悪ィ。ちょっとストップだ」

「止まれぬ!」


 何度も斬りかかるクラッサス。

 やめろと叫ぶ衛兵たち。

 場は混乱を極めていた。


 ダラルードはひとまずルカの言うとおり、逃げることにした。

 ……ただ、クラッサスを連れて。

 取り囲む観衆をかきわけ、衛兵たちとは逆の路地に入る。クラッサスと衛兵もそれを追った。


「逃げるか、英雄!」

「こっちだ、おっさん!」

「待て!」

「捕まえろ!」



 一方、ルカは騒動に紛れ、こっそりと右手に魔力を集中させた。誰にも聞き取れないような小さな声で、何かを呟く。いや、聞こえていたとしても誰にも理解できはしなかっただろう。降魔術ごうまじゅつの発動。



――ロッシム大陸の中央部に連なるユゴー山脈。かつてその中腹に、精霊を信仰し生活するリハイとよばれる部族がいた。リハイ族は儀式を重ねていくなかで偶然にも“精霊の正体”を知ってしまった。

 過去に死んだ人間の魂が、何百年もの時を経ることでわずかながら意思を持ち、人間の世界に干渉できるようになったもの。それが精霊の正体だった。

 彼らはそれを“Ghomaゴーマ”とよんだ。人間と降魔ごうまの邂逅である。


 降魔は、しか持ち得ないはずのを持つ存在だった。

 降魔との対話を通じ、リハイ族は自らの体内に降魔を宿す術を知る。

 術を執りおこない降魔を体に宿そうとした人間の多くは命をなくしてしまったが、ごく少ない確率で成功する者がいた。それまで人間が望んでも決して手に入れることのできなかった魔力を、その者たちは手に入れたのだ。

 人々は彼らを“降魔師ごうまし”とよび、降魔師が魔力によって起こす現象を“降魔術ごうまじゅつ”と称した――



 ルカが不可解な言語を呟き終わると、右手の魔力が黒く輝き、やがて収束した。集まった闇はルカの足元に浮き、表面の皮とでも呼ぶべき部分がぐるりと反転する。気付くとそこには三つの複眼を頭部に備え、石色の肌を持つトカゲのような生き物がいた。


  “漆黒の隠密ダーケイン

 とルカが名付けた追跡用の使い魔である。


 人間の住む世界とは別の、“魔界”と称される異界。

 そこに棲息する生物や、知能と膨大な魔力を持った“魔族”を喚び出すことを得意とするのがルカの降魔術であった。

 この場に現れた石色のトカゲが魔界生物なのか低級の魔族なのかはルカにも確たる分類はできなかったが、魔力からる闇の残滓ざんしを糸状にして右手と〈漆黒の隠密ダーケイン〉を結び、意識の伝達をはかった。


(あの黒いフードの男を追え)


 ダラルードとクラッサスの決闘のさなか、ルカは観衆のなかに異質な存在感をはなつ男を見た。「なぜこんなところにが? 陛下の動向を見張るにしても動きが早すぎる……」、そう疑問に思いつつも、その男が自身の必要とする情報をにぎっていると踏んだルカは、こうして追跡の手はずを整えた。


 決闘者二人の去った広場は雑然としたありさまで、黒いフードの男は人込みに混ざりそのまま大通りへ戻ろうとしていた。ルカの使役する〈漆黒の隠密ダーケイン〉がそれを追う。

 ルカが右の掌を目に当てると、使い魔の複眼を通した視覚情報がうすぼんやりとまぶたの裏に映し出された。


「知覚されないギリギリの魔力だとこんなもんか……。オレが近付くしかないな」


 手を額に当てたまま、考えごとをするふりをしながら広場を出る。石畳の大通りは昼どきよりも人が少なかったが、それでもルカが距離をとりつつ身を隠し男を追うのには十分だった。〈漆黒の隠密ダーケイン〉は建物の壁を這いながらしっかりと男を捉えており、見失う可能性は低い。


 黒フードの男が大通りを逸れ、宿の多い区画に入ったときだった。同じく黒いフードをかぶったもう一人の男が〈漆黒の隠密ダーケイン〉の複眼を通して映し出される。黒フードの男たちは二言三言だけかわすとくるりとこちらをむき、懐からなにかを取りだしてそのまま投げた。

 瞬間、ルカと使い魔の魔力伝達は遮断されてしまった。


「くそ、勘付かれたか!」


 急いでその場に向かおうとも考えたが、相手の正確な人数もわからない状況でそれを行なうのはあまりにもリスクが高いとルカは判断した。

 わかったのは、がこの街に少なくとも二人以上で来ていること。きわめて索敵能力の高い降魔師がその中に一人はいること。

 それから、こちらが禁術である召喚の降魔術を使用するとさとられてしまったかもしれないこと。


「……やはり“谷”か? この街に滞在するのは危ないな。陛下のところへ戻らなければ」



       ◆



 追ってくるクラッサスとときおり剣を交えながら、ダラルードは裏路地を疾走した。

 しばらくそうして駆け回っているうち、衛兵たちをけたようだった。気がつくと二人はもとの広場に戻ってきていた。

 広場は先ほどとはうってかわって誰もおらず、閑散としている。


「それじゃあおっさん、仕切りなおしといこうか!」

「望むところ!」


 クラッサスの片眼鏡が鋭く光る。

 この男が真に英雄の生まれ変わりかどうかはもはや関係ない。これほどの使い手と戦えることの喜び、戦士としての矜持、それらが剣を振るわせていた。体が加速していく。


 ダラルードの胸が躍る。百年前に死ぬ直前、こんなふうに強いやつと本気で戦ったっけな。あのときは楽しかったよな。

 あいつは……そうだな、もう生きてないか。

 この時代にもこれだけ強いやつがいるんだ。今このときを、本気で戦いたい!


 二人の剣は重々しく、しかし軽く。踊るように、舞うように。祈りのようであり、遊びのようであり。剣にのせた想いをぶつけ合う。


 いつの間にかルカもその場に戻ってきていたが、戦士たちを邪魔することのないよう壁に寄りかかり、ただ見ていた。


「おっさん強ぇな! なかなかいねえぜ、ここまで戦えるやつ」

「ふん、この大陸はもうすぐ戦乱の世となる。これくらい戦えねば生きてゆけぬ!」


 クラッサスの言葉を受け、ダラルードとルカの顔つきが変わった。宝物を見つけたときの子供のような表情に変化したのが、対峙するクラッサスにもわかった。


「おっさん! どうしてそう思うんだ?」

「どうして、だと? 戦乱の世を生き抜くには力が……」


 ダラルードが畳みかけて質問する。


「そこじゃない! どうしてこの平和な世の中で、争いがはじまると思ったんだ? 普通はそんなこと考えもしねえ」

「簡単なことだ。諸国の情勢と歴史、力関係。それらにまつわる知識と時代の空気……流れというものか、総合的に見ていけばわかる。そうだな、英雄の生まれ変わりという存在も要因のひとつとなるやもしれんな」


 クラッサスは口もとをゆがめてニヤリと笑った。

 太陽がその役割を、月と交替しようとしていた。

 ダラルードの瞳が夕陽を受けさらに輝く。


「いいだろ、ルカ?」

御心みこころのままに」


 冗談めかしたルカが胸に手をあて一礼する。

 ダラルードは剣をおろし、かまえを解いて話をはじめた。


「なあおっさん、俺とそこのルカは、旅をしている」

「存じておる。我輩はそれを追ってきたのだ」

「旅の目的は……、ふたたび俺の国をつくり、そして帝国に奪われた俺の城を、必ず取りもどす!」

「それはつまり、ルーゲリア帝国に剣を向けるということですかな?」

「ああ、そうだ。おっさんのにらんだとおり、戦乱の世になるだろうな」


 ダラルードがにやりとわらう。

 腕組みをして会話を聞いているルカも、同じくにやりとわらっていた。


「まったく、英雄というのはとてつもない野望を抱いておるのですな。しかし……、だからこそ英雄、なのかもしれんな」


 クラッサスもすでに剣をおろしていた。

 なんと大それたことを宣言する少年なのだろうか。

 そして、なぜそれをわざわざ話したのだろうか。

 クラッサスの脳裏を疑問がよぎる。


 微笑を笑顔に変えて、ダラルードは言った。


「おっさん、俺たちと一緒に行く気はないか?」

「んナッ!?」


 思ってもみなかった言葉は、これまでダラルードが繰り出したどの攻撃よりもクラッサスを驚かせた。円筒状のハットが、少しずれた。しばし無言の時が流れ、紳士はようやく口を開いた。


「なんだそれは……? 驚きのあまり動けなかったではないか」

「そいつはちょうどいい。たしか“動けなくなったほうが負け”というルールだったよな?」


 クラッサスはこのとき覚悟を決めた。

 ちがう。最初に蹴り飛ばされたときには、もう認めていたのかもしれない。

 心に優しい風が吹いた。


「ハッハッハ。そうだな、我輩の負けだ。決闘で負けたということは、死んだも同然。ならばこの命、貴公にあずけよう!」


 胸のポケットから取り出した布で見事なカーブの刀身をひと拭きし、腰にかけた豪奢な装飾の鞘に納めた。“命をあずける”などとは大袈裟であったかな……そんな考えも浮かんだ。

 しかし金褐色の瞳から放たれる強い眼差しにとらわれたとき、咄嗟に出た自分の言葉に偽りも、後悔も、まったくの皆無であると知った。クラッサスの魂がそう願っていた。

 この命、貴公にあずけるぞ。


「決まりだな。歓迎パーティーといきたいところだが、ちっとばかり予定がくるっちまった。街の西門に馬車を待たせてある。陛下、悪いがトゥジナ料理はまた今度だ」

「ルカにまかせるぜ。トゥジナ料理はまた食べに来ればいいさ。というか、トゥジナで食べればいいな」

「ですな。もたもたしておったらまた衛兵が来てしまう。さ、参りましょうぞ」


 こうして三人はシャモンディの街を発ち、西へ。

 次の目的地、リベルザの街へと向かった。

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